第14話 神々が見逃すのは2度まで


 ―― それは前触れもなく、もたらされた情報だった。



 今日はルルが交流会、レナが例のお茶会に参加する日。

 俺はハイネ殿と協業している関係各所の連携や魔塔との密かなやり取り、領地を任せている代官からの報告書をもとに改善案や決済、処分等でしばらく忙しく、当日朝になって気付いたというオチだ。せめて前日に思い出せていれば……! と内心地団駄を踏んだぐらい、やらかしたと思っている。言い訳になるが、前日夜はハイネ殿を交えて職業斡旋所の新規取り扱い業種の担当者といろいろ詰めていたから、帰宅が深夜になって会えなかったんだよ。


 ルルには交流会の話を帰ってきたら聞かせてほしいと伝えたし、レナには出発前にハグをした。ほんのり頬を赤く染めて「いってまいります」と出発したレナを見送った。

 なお、ギルは義両親がフィッシャー邸にやってきて見てくれるとのことだった。まだギルは幼児だ、勉強だなんだと集中できるはずもない。普段なら俺やレナ、使用人たちが構ってやれるんだが、ハインリヒに引導を渡す日時が決定したも同然だからな。忙しくなってあまり構えない状況だから、義両親の存在にはすごく助かっている。

 正直最初は頼るのを躊躇したが、引退した義両親は孫に構うことができるのが嬉しいようで今では気兼ねなくお願いしている。今日は出かけると言っていたな。俺の両親もギルに会ってやればいいのに。あのふたりはどこにいるんだか。

 ……ん? 俺の両親ってどんな顔だっけ。


「失礼いたします旦那様、お手紙が来ております」


 ニューラから声をかけられたので、思考を中断する。

 彼の手元にあるトレイには手紙がいくつかあったので、それを受け取った。差出人を確認していると、初めて見る差出人の手紙があった。


 中央神殿所属、祭司長ハーシェス。

 ……祭司長様ってハーシェスって言うのか。初めて知った。祭司長様はただおひとりだから、祭司長様で通じてしまうんだよな。だから彼の名前はあまり知られてないと思う。

 いや、感心してる場合じゃない。祭司長様から手紙が届いたということは、祭司長様がカティの魂について何等かの情報を掴んだということだ。

 はやる気持ちを抑えながら、ペーパーナイフで封を切る。中の便箋を取り出せば、読みやすい綺麗な字で文章が綴られていた。うちの国の公用言語で書かれてるのが地味にすごい。だって祭司長様が普段いる中央神殿がある地域は全然違う言語圏のはずだ。

 なるべく平静を心がけながら手紙の内容に目を通す。


 ―― 結論から書かれたその手紙に、思わず便箋を持つ手に力が入った。ぐしゃ、と音が鳴る。


「……ニューラ」

「はい」

「馬と護衛の準備を。これから急ぎシュルツ閣下にお目通り願う」

「かしこまりました」

「それから、すまないが今日休みのオットーを呼び出してくれ。小一時間で今日の業務の引き継ぎを行う」

「ただいまお呼びいたします」


 ニューラが部屋から退室したのを見送ってから、机の引き出しから精霊の伝言用の手紙を取り出す。

 俺の魔眼のことで至急相談したいことがある、と簡潔に書いて、精霊を召喚する魔法陣が描かれた用紙に魔力を供給するために持ち上げて額につけた。目を閉じて、意識して用紙に魔力を送る。

 やがてポンッという軽い音と共に、とてもかわいらしい精霊が目の前に現れた。


「これをギード・シュルツ閣下へ、なるべく急いで届けてほしい。前払いの砂糖菓子だ。足りるだろうか?」


 お願いする精霊に、引き出しからいつもより多めの菓子を渡す。

 精霊はその小さな手で菓子を受けてにこりと微笑むと、魔法でパッと消してしまった。おそらく、どこかに収納したんだろう。空間収納系の魔法は人の手では実現できないって聞いてたから、精霊しか扱えないんだろうなぁ。

 それで魔法ファンタジーでよくある魔法鞄マジックバックとか作れたら色々と楽になりそう。いや、この世界だと中に精霊いてもらわなきゃいけなくなるから無理だな。……っていうか、昔誰かやって神々から怒られてたりして。


 手紙を受け取った精霊の姿がしゅるんと音を立てて消える。砂糖菓子も足りたようだ。これでとりあえずはよし。

 オットーが来るまでの間に頭の中にあった今日やるべきことをリスト化して紙に書き出す。その中でオットーでは対応しきれないものは俺が戻ってきてからすぐやるか、明日に回せるように手配させよう。オットーで対応してもらえそうなものは指示の方針を書き記す。これでとりあえず今日の分は大丈夫だろう。


 30分後。オットーが慌てた様子で入ってきたと同時に、シュルツ閣下から精霊の伝言で返事がきた。返事は「早く来い」だったので、オットーに手短に説明してリストを渡してざっと確認してもらう。


「本日のハイネ地区への訪問が出来ないかわりに、手土産を持っていきつつ俺が話を聞いてきます。新しいアクセサリー型魔道具の製造の件ですよね?」

「ああ、頼んだ。工房長にはこの一筆と一緒に詫びといてくれ」

「承知しました。領地からの問い合わせの件、もう少し詳細にまとめておきます」

「休みだったのに悪い。手当を出しておく」

「楽しみにしてますよ」


 いってらっしゃい、と笑ってくれたオットーに感謝しつつ、急ぎ私室に戻る。シュルツ閣下がいる研究所に訪問しても問題ない服装に着替えてすぐ、邸を出て用意してもらっていた馬に飛び乗った。

 護衛はラルスだ。彼も同じように馬に乗ったのを確認して、馬を走らせる。


 できればペベルやマルクス、レナにも連絡を取りたい。

 シュルツ閣下経由であればシュルツ卿、ブラウン卿にも連絡は取れるか。

 五大公侯を巻き込まないとダメだ。その上で魔塔にも協力を依頼して、神殿側にも協力者を作らなければ。


 俺ひとりでは、対処しきれない。

 懐にある手紙はそれだけの情報を有していた。



 ◇◇



 俺が入るなり手早く遮音結界を張った閣下に、手紙を渡す。

 閣下は何も言わずにそれを読み始めた。だが読み進めるにつれ、閣下の眉間の皺が深くなっていく。最終的には額に手を当てながら読んで、最終的には眉間をもみながら重苦しいため息を吐いた。


「―― 疑おうにも疑えんな。この手紙の最後に記されてるサインに込められた魔力を鑑定しても祭司長様の魔力であると判定が返ってくる」

「では」

「真の話だろう。―― よもや、王族が魅了の魔道具に手を出していただけに飽き足らず、魂に対して実験を行っていたなど誰が思うか」


 祭司長様から届いた手紙で報告された大きな内容はふたつ。


 ひとつは、魂を確保し、実験する場を提供した村があったこと。辺鄙なところにあったその村にどうやって目をつけたのかまでの詳細は分からないが、わざわざ中央神殿の祭司長様が訪れるような場所ではない。王家直轄領地内にあるその村は、村ぐるみでとある王族に協力していたという。

 さすがに、エレヴェド神に最も近くで仕える祭司長様に嘘や誤魔化しをし続けることはできなかったらしい。村にいた若者が涙ながらに罪を告白したそうだ。前世の言葉でわかりやすく言えば「告解」といえばいいか。そこから、芋づる式に他の村人たちも祭司長様に告解し始めたらしい。

 そのとある王族、が誰かまでは分からないようだが王家の紋章を見せられたことがあるとのことだから間違いない。


 もうひとつは、そこで実験にが管理されていたこと。

 元々、行方不明になっていた魂はカティだけではなく他にも複数あったらしい。エレヴェド神に問い合わせたところ、行方不明になっていた魂と一致したそうだ。

 ―― いや、手紙には「正確には一致しないが、行方不明になっていた魂含まれているとエレヴェド様が宣言された」とある。幸いと言ってはあれだが、カティの魂はそこになかったらしい。


「……こんなときに王家が機能していないとは、頭が痛いどころの話ではないな」

「閣下」

「この話、儂の前に誰か持っていったか」

「いいえ。閣下だけです」

「お前はフィッシャー侯爵、レーマン公爵に話を通しておけ。儂は息子の現当主に話を通しておく」

「はい」

「五大公侯のうち三公侯が招集をかければ監査会議は行える。その場でベルント公爵とブラウン侯爵に伝えられれば良かろう」


 正直、伝えたところで何の手があるのか、とも思う。

 魂なんて神々の領域だ。俺は魂を見る魔法と、魂の檻を破る炎を授けられているが……そもそも、どのぐらいの被害が出ているのかすら分からない。

 だが国家の危機に相当するこの事態に、何もせずにはいられないだろう。神々の領域である魂に手を出した王族を冠する国など、神罰があたる確率が高い。

 神々によって滅ぼされた国は遠い昔の出来事じゃない。直近では約30年ほど前に実際、一国滅んでる。


 神々は、神々なりに独自の価値観に基づいて動いている。

 神が許すのは「2度まで」と言われている。3度目はない。

 直近で滅んだヴァット王国も3度のやらかしを経て女神セレンディアに呪われ、その呪いが解けることなく滅んだという。

 現時点で、すでにこの国は2度神の怒りに触れていると思われる。


 ひとつ、先代ライゼルド神の墓を暴き、その眼が組み込まれた魔道具を使用している。

 ひとつ、エレヴェド神の御下へ向かうはずの魂を捕縛し、実験している。


 前者については当初は疑いでしかなかったが、先日ルルにハインリヒが何か常に携帯しているものがないか聞いたときに確定した。あいつ、いつの間にか腰のベルトに少し大きめの球体状のアクセサリーをぶら下げるようになったみたいだ。見た目を描き起こしてもらったが、前世の天体球のようなデザインだった。黄金色の球体の周囲に幾重もの円環がある。人の目玉は大人で23~4mmぐらい、前世日本の硬貨である10円玉より少し大きいぐらいのサイズだ。やや大ぶりのアクセサリーとして腰からぶら下げるのに違和感はない。

 少なくとも、それは婚約した当初はつけていなかった。たしかに俺もその辺の時期は見た覚えがない。

 その点も閣下に伝えれば、珍しく表情を崩されて両肘を机について両手で顔を覆った。元々軽くなかった部屋の空気が更に重くなって、なんだか気温も下がった気がする。

 俺が呆れられたわけじゃない。そうじゃないが、この雰囲気の閣下はちょっと怖い。


「……この件はすでに魔塔関係者に報告済みのため、現在は向こうの判断待ちです」

「……そうだな。魔道具に関しては魔塔の指示に従うように。こちらは、魂の実験に関わった罪人を調査する」

「それであれば、ペベルも巻き込んではいかがでしょうか。あいつ、この前プフィッツナーを吸収したので」

「ああ、そうか。それであれば丁度良いな」


 丁度良いといえば、牢にぶち込まれていた暗殺者ギルドの面々をこの前うちが吸収できたんだよな。

 彼らは本来死刑であったところを俺の嘆願で減刑され、10年間の無償労役が課せられている。労働内容は雇用主の裁量に任せられ、そこで更に罪を犯せば即牢屋戻りの上裁判なしの処刑という形だ。まあ、期間限定の奴隷だな。

 だが実際はゾンター家の隠密隊への取り込み。元々、レーマン公爵家の隠密隊を間借りしている状態だったから一気に人手不足解消……とまではまだいかないが、現在レーマン公爵家所属の隠密隊の連中にしごかれつつ王都内に散らばって無償労働しながら、情報を集めている。

 実力はどうあれ、元々暗躍するために作られた組織だ。一から育てるよりは良かったらしい。正式にまだゾンター伯爵家所属とはなっていないが、事実上もう我が家の隠密見習いだ。

 カールに「一気に後輩ができたな」と笑ったら苦笑いで返されたのは記憶に新しい。


 ―― どうやって引き取ったのかって?


「プフィッツナーの裏を取り込むとは、お前も大胆なことをするものだ」

「罪人たちから『我々の罪を責めぬどころか減刑を嘆願してくださった聖人ヴォルフガング様のお役に立ちたい』と言われては、拒否できませんよ」


 肩を竦めながらそう答えれば、ふんと閣下は鼻で笑った。

 そこまで言うなら俺の家で監視しつつ罪を償ってもらおうじゃないか、という流れになっただけなんだよなぁ。ま、減刑を嘆願したのはそれを見越してのことだけど。


 事実上、30人近い引き取りとなったので他家門も文句はあっただろうが、通常無償労役期間の彼らの衣食住は国が用意すべきところを引き取る代わりに我が家が出すことになってる。国への負担を減らし、犯罪者を一気に引き受けてくれるところなんてめったにない。

 こういう無償労役期間中に逃げ出す奴はいる。そうして王都から地方に逃げ、そこで更に罪を犯すという負の連鎖が起きるのもよくあることだ。ゾンター家が自腹切って30人もの集団の面倒を見るんだから他家門にとっては、自領への未来の脅威をタダで防げた状態。さらには「ゾンター伯爵は王太子殿下の婚約者のご令嬢がいる家門なのに犯罪者を引き取った」という嫌味を言えるからいいか、という思惑もあるんだろう。そこまで大きな反発は起きなかったし、王家からも突っ込まれなかった。


 ただ、ある連中からはなんとなく探りは入れられている。


「ある連中は暗殺業は続けてもらいたいようで」

「連中も必死だな。そのような政争、自前でやれば良いものを」

「さすが、暗殺者を100人斬りされた閣下の仰ることは重みが違いますね」

「盛りすぎだ、戯け。せいぜい30人ぐらいしかやっておらん」

「いやそれでも多いですって」


 でも、そう。そうだなぁ。

 感謝祭での断罪でハインリヒ王太子はルイーゼ公爵令嬢に「暗殺依頼を出し、実際にモニカ嬢が襲撃された」と言って婚約破棄を宣言している。だが現時点で、暗殺依頼を出せそうなところは潰してしまった。婚約破棄宣言をさせるならこちらで反証できる下地がありつつ、ああいうインパクトが強い言いがかりをつけた方がいい。となると、どうすべきか。


「また何かくだらんことでも考えているのか」

「ルルのことなのでくだらなくないです」

「それは帰ってからにしろ。やるべきことは覚えているな」

「はい。お時間いただき、ありがとうございました」

「良い。今回お前が持ってきた知らせは国の存亡に関わることだ。祭司長様から続報が来たら至急、共有しろ。前触れはいらん」

「承知しました」


 閣下が張っていた遮音結界を解いたのを見てから一礼する。

 頭を上げた頃にはすでに閣下はシュルツ卿やブラウン卿に宛てる手紙を書き始めるようだったので、そのまま執務室から退室した。


 ふぅ、と息を吐く。

 懐中時計を取り出して見ればまだ茶会が開催されている時間だ。

 うし。敵情視察も兼ねて、レナたちの様子を見に行くか。招待されていないから本来は入れないだろうが ―― なんとなく、あのモニカ嬢なら入れてくれるだろうな。

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