第13話 「それ」を使っていないと信じたい


「うちとしても協定違反の魅了の効果を持つ類のものは回収したいの。でも今回の相手は王族。処分されるならまだ良いけど、王侯貴族っていうのはこの手のものは隠したがるのよね。そこで、言い逃れが出来ない状況が欲しい」

「魅了が発動された、と分かる状況だな」

「そ。今回は事前報告で魔道具のようだ、と分かってるから、それを証人が大勢いる環境で使わせて現行犯で捕らえたいのよ」


 あー。そうなるとハインリヒは国際犯罪者になるのか。うちの国から重罪人が出ることは確定だな。頭いてぇ。

 しかし、証人が大勢いる環境、ねぇ。

 魔塔の面々が入れるように工面しやすい場所で、かつ、魅了を使用しそうな環境。


 ふ、と脳裏に浮かんだ、原作ゲームの一場面。


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『君には失望したよ、ルイーゼ嬢』


 華やかな夜会はしんと静まり返り、その発言をした男性へと視線が一斉に向けられる。


 そこはホール中央。身分に見合った綺羅びやかな正装を身に纏い、王族の証である徽章きしょうが襟元で輝いている。

 金髪碧眼の青年はこの国の王太子。彼の傍らには本来いるべきはずの人物はおらず、見知らぬ令嬢が寄り添うように立っている。

 スカイブルーの髪に翡翠の瞳を持つ令嬢のドレスは美しいロイヤルブルーに金糸の刺繍が施されており、令嬢自身の瞳の色であるエメラルドのネックレスが胸元に輝いていた。


 そして、このふたりと対峙するかのように、向かいに立つ女性。

 マロンブラウンの髪にオレンジの瞳を持つ彼女もまた、ロイヤルブルーのドレスに金糸の刺繍が施されており、令嬢自身の瞳の色に近いカーネリアンのネックレスが胸元に輝いていた。

 ―― 本来であれば、彼女が王太子の傍にいるべき令嬢である。


 糾弾されている令嬢 ―― ルイーゼは嫋やかなその手で扇子を開き、口元を隠した。


『失望、とは』

『私が知らないとでも思ったか。私の婚約者であった君には常に王家の影がついていた。そこで、君が何をしたか報告は受けている』


 顔を顰めたあと、王太子はギッとルイーゼを睨みつけ、隣に立つ令嬢の腰を抱く。

 反対の手を開いて伸ばしてルイーゼを示し、彼は叫んだ。


『聖女でありベッカー伯爵令嬢であるモニカ嬢の暗殺依頼を出し、実際にモニカ嬢が襲撃された!依頼主はルイーゼ嬢、君であることは既に分かっている!犯罪者となった君と婚約を続けることは不可能であることから、君との婚約は破棄し、君は犯罪者として裁かれるため収監されることとなった。衛兵、捕らえよ!!』


 ざざ、と集団の中から衛兵たちが飛び出し、ルイーゼの周囲を取り囲んだ。

 しかしルイーゼは動じない。相変わらず、扇子で口元を隠したままじっと王太子を見つめている。

 その表情に怯えを見せた王太子の傍にいた令嬢 ―― モニカは、そっと王太子の影に隠れるように下がる。すると、王太子は彼女を守るように半身を前にした。


『ハインリヒ様……』

『大丈夫だモニカ嬢。私が君を守る……どうか、私に生涯君を守らせてくれ』

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「―― 感謝祭」

「え?」

「4年に1度、春先にヴノールド神への感謝祭を行う。我が国独自の行事だから基本、国内の貴族しか招待されないが他国の要人を招待することもある。ちょうど次の春先に行われることになっている」


 ゲームの王太子ルートにあったルイーゼへの婚約破棄への場面はたしか、感謝祭だった。学院の卒業式典は制服で参加する厳かな式だし、その後に卒業記念パーティーなんてものはない。すぐに感謝祭が控えてるからだ。

 だが、その場面は最終局面といっても良いものだからルルたちが卒業間近の18歳のときに起こっていたはずだ。ゲーム中はハインリヒは魅了魔道具を使用して現実世界のような事態を引き起こしていたわけじゃないし、魔塔も魅了魔道具等の使用疑いがなければ来なかっただろうから単純にキリの良いところでイベントを起こしたって感じなのかもしれない。


「ちょうど良さそうね。でも魅了を発動させるタイミングなんてあるのかしら?」

「ここだけの話、あのクソ王子、たぶんとある令嬢と懇意になってるから周囲を味方につけようとすると思う」

「あらやだ。アンタ意外と口悪いのね。―― ま、よくある断罪の場に仕立て上げる可能性があるってことね?」


 よくあってほしくはない。少なくとも、我が国では感謝祭のような大規模な夜会で婚約破棄騒動なんて起こっていない、と思う。あまりにも古い記録は覚えてないから分からん。

 こちらから誘導して仕立て上げる必要があるが、感謝祭まではあと3~4ヶ月ほどしか時間がない。それまでにハインリヒに墓穴を掘ってもらって、モニカ嬢の魂を揺らがせることをして本物のモニカ嬢を助けなければ。


 間に合うだろうか。間に合って欲しい。どうか、耐えて欲しい。


「いいわ。こっちも色々証拠とか集めつつ解呪も進めないといけないし。準備期間として妥当ね」

「こちらも手一杯な部分はあるが、もし手伝える部分があれば手伝おう」

「ありがとう。アタシたちの方からも手伝えることがあれば手伝うわ。ところで、そのハインリヒ王太子殿下とやらが魔道具を使ってるところは、見ていないのね?」


 頷く。

 たしかに魅了の効果が発動された、と分かる瞬間は2回あったが、あからさまに道具を出したりはしていなかった。となると、俺のブレスレットのように何か身につけるタイプのものだろうか。

 うーん、と両腕を体の前で組んで唸ったフェン殿は、やがて視線を天井に向けた。

 しばしの沈黙の後、腕を解いて頬を掻きながら、言いにくそうに言葉を探していく。


「もちろん、先の大戦時代に作られた魅了魔道具だと思いたい、のだけど。もし、もしよ。次に王太子殿下を見かけたとき、球体の何かをつけていたら教えてくれないかしら?」

「球体?」

「……フォンセルド神から加護を与えられてるアンタなら教えてもいいって魔塔主から言われてるから、言うけど。初代ライゼルド神が魅了の魔眼持ちだったって、知ってる? 右眼だけなんだけど」

「100年ほど前の話だったか? たしか、奥方を見つけられるまでは大変苦労されて、ご結婚後、代替わりして人の身となったあとも持たれてたとか」

「そう。その右眼の魔眼も別の神からの加護なのよ」


 ……え? いや、まさかと思いたい。

 だが現実は無情だ。


「その加護を与えた神が、初代ライゼルドが亡くなったときに加護を回収するのを忘れちゃってたらしくて。そうなると遺物化するから右眼が腐らないのよね。最近その神が思い出して加護を回収しようとしたら、墓になかったそうよ。しかも比較的最近、掘り起こされた形跡があるって。話を聞く限り、ほぼ無条件に魅了をかけられる魔道具ともなると、それを使って作られた可能性もあるわ」


 ―― は?

 え、いや、元とはいえ神であった人の墓を暴くとかどんな倫理観してんだよそいつ。

 思わずドン引きしてるとフェン殿も肩を竦めた。


「分かるわぁ~~。墓泥棒ってだけでもドン引きだってのに、そこから持ち出したものを加工して使ってる可能性があるだなんて、考えたくもない」

「……娘にも確認してみる。俺よりも、娘の方が王太子殿下と接点が多い」

「お願いするわ。なるべく早く回収したいのよね……今代のライゼルド神が、しずか~に怒りを溜めてるようだから」


 ああ、そうだ。2代目のライゼルド神は血が繋がっていないとはいえ息子という立場だった。

 そりゃあ、親の体を道具化されて利用されたら怒るわ。俺だって身内の誰かの体が利用されたらブチ切れる自信あるし。下手したら国滅びそう。

 しかし、加護の回収忘れって……よっぽど、その加護を与えた神はうっかりする奴なのか。というか、罰せられないのか? 罰しようとしないのか。

 いや、今はそれは置いておこう。


「……今後のやり取りについて、取り決めをしよう。レイゼン卿の代理として君がハイネ殿と交流できるように手配する。ハイネ殿経由で俺に連絡が来る形だ」

「まどろっこしいわね」

「どこに王太子殿下たちの目があるか分からん。あと、俺の娘にも王家の影がついている。ルイーゼへの接触も気をつけてくれ」

「……仲間にも伝えておくわ。そうね、その方法でいきましょう」


 手紙のやり取りはハイネ殿経由で行うこととし、ハイネ殿には職業斡旋所関連の書類に紛らわせて送ってもらう、もしくは俺が直接ここに来ることで受け取ることとした。精霊の伝言は正確にその人に届けられる分にはいいんだが、他の誰かがその場にいても話すものだから機密情報を託すには向いていない。

 直接こうやって対話するのは極力避け、緊急時の場合はその限りではないとすれば大丈夫だろう。本来なら契約書を交わすのが良いんだが、ここで物理的な証拠を残してしまうと逆に怖いな。

 そう思ってると、フェン殿が懐から巻物のようなものを取り出した。


「書面に残しておきましょう。これは登録した魔力を持つ者しか読めないようになってるの。今のところ、アタシと魔塔主ね。そこにアンタの魔力も登録させれば、他の奴はどうやっても見れないわ」

「……こんなものもあるのか」

「これも一種の古代魔道具よ。レプリカだけどね、再現させるのがすごく難しいから魔塔でしか使われてないの。さ、これに魔力をこめてちょうだい」


 差し出された巻物を受け取る。

 魔力を込める、かあ。結界石へやる要領でいいのかな。

 巻物を目元にあて、目を閉じる。魔力を巻物へと移すように意識すれば、魔力がスゥッと巻物の方へ吸い込まれていくのが分かった。


「そのぐらいでいいわ」


 ストップがかかったので、巻物を目元から離す。

 フェン殿がはらりと紐をほどくと、その場でスラスラと先ほど取り決めた内容を書き込んでいく。

 書き終わったそれを渡され、内容に問題ないことを確認するとお互いにサインをした。

 フェン殿がスルスルと巻物を閉じると、彼は「これは魔塔主に預けるわ」と言った。複製できないため俺に複写を渡せないらしいが、まあ、魔塔主に保管してもらえるならありがたい。


 魔塔は中立機関だ。

 国々の思惑の外に常に立ち、魔法や魔法薬、魔道具の研究開発や魅了等の問題に対処する機関のため、ある意味我が国の王族よりも信頼できるところになっている。

 まあ、フォンセルド神のお膝元だからやらかす輩なんていないだろうが。……いないよな?


「―― それにしてもアンタ、本当に目からしか魔力が放出できないのね。不思議~。アタシ、生きてる魔眼持ちは初めて見たわ」

「そのせいでこの国で基本と言われている魔力による強化や結界を張ることができないから、貴族界隈の中では落ちこぼれ扱いだけどな」

「アンタの魔眼は恒久なものかしら? 好奇心がくすぐられるわね」

「……我が国の魔術研究機関から、魔塔に何度か問い合わせしていたと聞いているからそっちにも資料があるとは思うが。あと、俺は基本国から出られない身なんだ。そっちから人員が来るのであれば、まあその好奇心を満たすことについて考えておくよ」

「その資料を見た上で言ってるのよ。まあ、そうね。この国独自の聖人という立場からすれば、国外に出るのは難しいでしょうから今回の騒動が落ち着いたら考えてほしいわ。この国の結界石についても研究したいのよね~、他国じゃ見ない光景が見られるっていうし」


 ここで匂わせつつも「研究に協力してほしい」とはっきり言わないあたり、色々分かってる人だ。

 でも魔眼持ちって。まるで魔塔内にホルマリン漬けのサンプルがいるような言い方をしてるように感じて頬が引きつったのは、許してほしい。思わず想像して怖くなったのもある。

 そんな俺の様子を見てクスクスと笑ったフェン殿は、あの結界を張る魔道具に触れた。スイッチの切り替えで結界が消えるのかな。めっちゃ欲しい。


「あら、これ気になる?」

「ものすごく」

「元は魔力が低い人向けに開発されたものなんだけど、改良の余地があるのよねぇ……持ち運びにはちょっと大きいから」

「あ、うちに混じり属性コンビテュープルで、物を小さくできる魔法を持つ子がいるんだけど」

「なにそれちょっとそれ詳しく聞かせてちょうだい。あ、まだ時間あるわよね!?」

「あと10分ぐらいじゃないか」

「キィ~! 時間がないじゃない! アンタなんておいしい情報を最後に出すのよ!」


 本当にハンカチ取り出して噛んで「キィ~!」って悔しがる人いるんだ……絵面もすごいけど。

 結局、その話をするには時間が足りないってんで、手紙で詳しく書くことになった。カールの負担が増えそうだな……手当を増やすことを検討しよう。

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