第12話 ギャップで風邪ひきそう
珍しく王都に雪がちらついた日。
今日は殿下の国の人間を装った魔塔関係者が職業斡旋所に視察に来る日だった。
殿下とルル主催の文化交流会、モニカ嬢とマリア第一王女殿下主催のお茶会は明後日の予定だ。
殿下いわく、分体を他人に付き添わせるには直接相手からの了承が必要なため、先日レナと共に小神殿に赴いて神々へ祈りを捧げるついでに殿下とレナをこっそり会わせた。俺もその場に同席していたが、本当に「分体(精霊)くっつけますのでよろしく」「分かりました」程度だったんだよ。むしろその程度で付き添わせることができるって不思議でしかない。
「ヴォルフガング様!」
職業斡旋所に到着し、中に入った途端ぱあ、と表情を明るくして出迎えてくれたのはハイネ殿だ。
裏口から入ったから特に騒ぎにもならなかったが、まあそれでもゾンター伯爵家の家紋が入った馬車が裏口に入っていくのが見えたからだろう。こそ、と手が空いている職員が覗き込んでいるのが見えて思わず笑う。
「忙しいときに悪いな、ハイネ殿」
「とんでもありません!ヴォルフガング様のご依頼であれば、どんなに忙しくても時間を作りますよ!」
「こら、そんなことを軽々しく言うんじゃない。私があれこれ押し付けてるみたいじゃないか」
「ヴォルフガング様のご負担の方が多いでしょうに」
「現場で働く君と、裏方の私では全然違うよ。現場の方が人との接点がある分、大変だろう」
職業斡旋所、という場所柄、失職者が職を求めてやってくる。
中には問題を起こして解雇されたものが来ることがあり、そういった輩は相応にして理不尽な要求を出すものだ。自分の実力や適正に見合わぬ場所を希望し、首を横に振られれば怒声を上げる、など。
もちろん、そういった相手は多数の人が集まる場所から別室に案内して説得するようにしているが、応対するのも人だ。どんな世界でもクレーマー対応は心がしんどくなりやすい。
ましてや、ハイネ殿はここの現場監督のような立場だ。職員が対応しきれないことを代わりに対応することもあるだろう。
……俺だったら無理だな。うん。
「大変なこともありますが、非常にやりがいのある仕事でもあります。私は平気ですが、その……ヴォルフガング様から職員へ直接お言葉をいただくことは可能でしょうか?」
「私から?」
「はい。そうしていただけると、彼らのモチベーションアップに繋がりますので助かります」
「私なんかの言葉でよければ、いくらでも」
よく分からんが、俺が顔を出して声がけすればいいんだよな?
まあ、そのぐらいの時間は取れるし、俺も今現場で働いてる人たちの顔を見てみたい。せっかくブレスレットのお陰で顔も覚えられるようになったし、ある程度職員も把握しておきたいな。
視察に来られる方々が来るまでの間、俺も裏から現場をこっそり覗いて様子を見る。
構造的には、文字を書ける人は入口付近に設置してある記入台で必要事項を記入してから、受付に提出。文字を書けない人は受付に直接伝える。その際、希望する職業に必ずしも就けるわけではないことを徹底的に説明させる形にしている。前世でもいたんだよなぁ、話聞いてない人。
その説明に納得したと言質を取ることで受理完了。職員が相手に呼出番号の札を渡す仕組みになっていて、そこから先は奥で番号を呼ばれた人から半個室で順次相談を開始する、という仕組みだ。数字だけは誰でも読めるからな、この国。
幸い今日は荒れていない日らしく、相談する声があちこちから聞こえてきた。
半個室なのでどのぐらい入っているかは分からないが、待合室に結構人がいるからまあまあ盛況なんだろう。……あんまり喜ばしいことではないけどな。
漏れ聞こえる話では、入口で書いてもらった(あるいは口頭で申告してもらった)各個人が培った
どの職種を紹介すべきかのフローチャートをあらかじめ作っており、ある程度どの職員でも判断できる仕組みにしてあるからスムーズに進められているところは進んでいるだろう。あとは求職者側と求人側との詳細な条件次第だ。
もちろん、フローチャートはあくまで参考程度なので、該当するものがないなんてことも侭ある。
「あの、あの、所長、お忙しいところすみません……」
「どうしました」
「いらっしゃってる求職者の方が、どうしてもこの職種がいいと譲らず……でも、申告されたスキルや対面した感じではこの職種には向いていないように思うんです。一緒についてくれた先輩も同意見で、上長に相談したかったのですが現在別な求職者に対応中で、他に相談できる方がいない状態で時間が経ってしまっていて……」
「資料をいただけますか? ……ああ、なるほど。この方はあなたにはまだ荷が重い。私の方で一旦引き受けましょう」
「は、はい!」
泣きそうな表情で助けを求めてきた新人っぽい女性職員にハイネ殿はにこりと微笑むと、資料を受け取って俺の方を見た。そこで新人職員は俺がハイネ殿の隣にいたことに気づいたらしい。はっとした顔をした後、呆然と俺を見つめてきた。
「ヴォルフガング様、申し訳ありませんが一旦離れます。視察の方々が来られる前には戻ることができるかと」
「ハイネ殿の手腕が拝見できるいい機会だな」
「はは、ご期待に添えるかはわかりませんがやってみます。君、悪いんだけどヴォルフガング様と一緒にいて、もし視察の方々が来たら私を呼びに来てくれますか?」
「はい!」
若干声がひっくり返ったけど大丈夫かなこの子。俺から見てもめっちゃ緊張しててカチコチになってる。
「―― 最近入ったのか?」
「ひっ、は、はい、こちらで幸運にも勤めさせていただくことに、なりまして、1ヶ月です」
「ああ、だから名札のところに研修中ってあるのか。ひとりで応対してたのか?」
「い、いえ、その、先輩も一緒です。先輩から上長にヘルプを依頼されたんですが」
「そうか。上長殿の手が空いていない中、よくハイネ殿に助けを求められたな。良い判断だ」
「え、で、でも、所長の手を煩わせることに」
「下手に長引かせるよりは、早く相談するのが良い。私は相談せずに自分で何とかしようとした結果、大変なことになったことがあるから」
いやあ、今生でもいろいろ報連相でやらかしてるけど前世もそれなりにやってた気がする、と思わず遠い目になる。具体的に何やったかはもう覚えてないんだが、何かやらかしたってのは覚えてるんだ。
きょとんと新人職員が目を瞬かせて、それからふふ、とおかしそうに笑った。
「……お美しい方でも、失敗はあるんですね。完璧だとばかり」
「美しかろうが醜かろうが、うまいことやる奴はやるし、下手うつ奴は下手うつさ。対面でのコミュニケーションを行う職種を私は尊敬するよ。だから、君も胸を張って仕事をするといい」
「はい」
お。緊張が解けてる。良かった良かった。思わずにっこり笑えば、新人職員は大きく目を見開いて固まった。じわじわと顔が赤くなっていく。
あれ? なんて首を傾げていると、ハイネ殿と新人職員の先輩であろう男性職員が戻ってきた。男性職員はなんだか疲れてる様子だから、おそらくクレーマーに近かったんだろうな。
ハイネ殿、この短時間で対応してきたのか。さすがというべきか……ハイネ殿ってどっちかっていうと商人が向いているのかもなぁ。
男性職員は俺を見てギョッとした表情を浮かべ、それからワタワタと新人職員に駆け寄った。
「お、おまっ、しっかりしろ! あと失礼なこと言ってないだろうな!?」
「はっ、えっ、先輩?」
「この方は所長と共にここを立ち上げた、創設者のおひとりであるゾンター伯爵様だ!」
「はくしゃくさま」
「暇だった私の相手をしてもらっていたんだ。彼女の話を聞けて良かったよ、ありがとう」
「は、え、え??」
おーおー混乱してる。っていうか俺が貴族だって知らなかったのか。
赤から青へ顔色を変えて、ペコペコと頭を下げる彼女たちに気にしていない旨を伝えた辺りで、今日の目的である来客があったようだった。
ハンス殿と共に彼らと別れ、応接室へと向かう。ドアを開ければすでに通されていたふたりと目が合った。
ひとりはレイゼン卿。もうひとりは俺でも見上げるほどの身長を持つおっさ、男性だった。俺と同年代か? それにしてもでけェな、180以上はありそう……ん? なんか、化粧してる?
「おまたせしました。ここ職業斡旋所を運営しております、ルッツ・ハイネと申します。子爵位を賜っております」
「共同運営者のヴォルフガング・ゾンターです。伯爵位を賜っております」
「先日ぶりですな、ヴォルフガング様。プレヴェド王国で侯爵位を賜っておりますウィリアム・レイゼンです。ハイネ子爵、どうぞお見知りおきを。そしてこちらがご連絡していた従者の」
「フェンリウェルと申します」
軽く頭を下げた彼に俺は頷いてみせた。もともとは対等とすべき魔塔の一員だろうが、一応、公の立場的には従者の扱いだからな。この部屋には関係者以外いない状態だが、聞かれてる可能性も考慮しなければならない。
魔塔から人が派遣されていることはまだ秘匿事項だから。
軽く挨拶を交わしたあとは、早速とハイネ殿とレイゼン殿が表向きの目的である職業斡旋所の視察のため部屋から出ていく。
俺とフェンリウェル殿だけが残ると、フェンリウェル殿はぐるりと周囲を見渡した。それから、懐から取り出された何かの魔道具のスイッチを押した途端、一瞬にして遮音結界が張られたのが分かった。
うっそだろ。魔道具で張れるのか。いや考えればいろんな魔道具があるんだからこういう機能を持つ魔道具が世界中のどっかで開発されても不思議じゃないか。
結界が張られたことを確認した途端、ふぅとフェンリウェル殿がため息を吐いた。
「あ~~~、かたっ苦しいのは嫌いだから、もう普通に話してもいいかしら? アンタも普通でいいわ」
「お、おう」
思わず素で返してしまった。オネェ系か、この人。
仕草も女性らしく、優雅に足を組んでソファの背もたれにより掛かる。
「アタシの通称、長いのよね。好きなんだけど。ここではフェンと呼んでちょうだい。一応、魔塔主に次ぐ第二位の地位にあるわ。で、アンタが魔塔主が言っていたヴォルフガング・ゾンター? やだ噂通りホント美人ね。なんかケアしてるの?」
「一応、侯爵邸から出されるスキンケアはしてるぐらいだな」
「あら羨ましい。まあもともと顔の造りは憎らしいほどに良いものね、アンタ。で、早速本題に入るけど、いくつか質問させてちょうだい。魅了を防ぐ加護を娘さんがもらって、アンタにも適用されてるって? ああ、話の内容は今回の関係者以外には漏洩しないと魔塔を守護するフォンセルド神に真名で誓うわ。ただ、人名は控えるけど記録には残させてもらうわよ」
「ああ」
サクサクと確認事項が進む。
ルルに加護が与えられたのはいつか、ルルに与えられた加護によって魅了を防げたことはあるのか。効果範囲はどのようになっているのか。
俺の方からも情報を開示する。ルルから与えられた加護は魅了を防ぐものだけではなく、魅了を解除するものも含まれる。素手で触れるという制限があるが、今のところ加護対象外の者数名を正気に戻したことがあること。
「やだ。魅了解除なんて魔道具の中でもレア中のレアよ。アンタの娘さんうちに欲しいわ。来ない?」
「どこぞの王族から奪い取れるものなら」
「あーね。じゃあ今は諦めるわ」
「それに、この加護は期間限定とエレヴェド神から注意を受けている。永年じゃない」
「うう~~ん。色々と残念!」
「……話はそれだけか?」
こんな情報、祭司長様とかに聞けば入手できそうなものだが。
首を傾げて問えば、フェン殿はニヤリと雄らしい笑みを浮かべて、肘をソファの背もたれに乗せる。なんか話し方と顔のギャップで風邪ひきそうだ。
「ちょーっと、協力してほしくて」
「協力?」
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