第11話 やっぱこの人も王族だなと思った瞬間


「旦那様」

「ん?」

「もうじき小神殿に到着します」

「分かった」


 本日の従者であるニューラの言葉に頷いて、窓の外を除く。

 いくら車内とはいえ暖房設備があるわけじゃないからちょっと寒い。


 今から約3時間ほど前、アーサー殿下から至急神殿に来て欲しいと連絡があった。

 まだこの時間帯は学院で授業を受けている頃合いだ。なのでルルはまだ学院にいるため、同乗していない。レナは王城で仕事中だ。アーサー殿下の話の内容次第では戻ってきてもらう必要があるかもしれないな。

 アーサー殿下は「国から連絡があり早退」という形を取っているらしい。


 アーサー殿下が滞在している小神殿に到着すると、意外なことにレイゼン殿が出迎えてくれた。


「お久しぶりです、レイゼン殿」

「再びお目にかかれて光栄です、ゾンター殿。ご案内いたします」


 1ヶ月前には貿易交渉はなんとかまとまった、と聞いていたがレイゼン殿は帰国されなかったのか。留学されている殿下の側近のような扱いなのかな。

 レイゼン殿に案内された先は、以前にも訪れたことがあるアーサー殿下の自室だった。入室すると、殿下がにこりと微笑んで出迎えてくれた。

 レイゼン殿はそのまま部屋から下がり、護衛のラルスは廊下に待機。部屋の中はアーサー殿下、俺、それとアーサー殿下と俺の従者がそれぞれの後ろに控えた。今日連れてきたニューラは、ゾンター伯爵家所属の従者だ。ハンスに鍛えられてるから腕っぷしも良いし口も堅い。


「お呼び立てして申し訳ありません。エレヴェド神の加護に感謝を」

「いいえ。殿下のお声がけですから。感謝を」


 儀礼的な挨拶を交わし、勧められるままに椅子に腰掛ける。

 それを確認してから殿下は精霊魔法で遮音結界を張った。あまり耳にしない詠唱にちょっと興味がそれかけたが、殿下の表情が真剣なままだったので雑談を持ちかける雰囲気じゃないなとやや姿勢を正した。


「早速本題ですが、魔塔が動きました。もうじき到着するそうです」

「―― ようやく、ですか」

「この国の位置が魔塔があるところから大分離れているそうですから、移動時間を考慮すると早い方ではあります」


 魔塔の正確な位置は知らされていないが、プレヴェド王国があるフォース大陸と、この国がある大陸の間にある大海のどこかにあるらしい。ちなみに、我が国の位置はその大海からかなり遠い位置にある。

 そうだなぁ……。前世の世界で言えば、オーストラリア大陸と南アメリカ大陸の間にある太平洋のどこかに魔塔があって、我が国はユーラシア大陸にあるイタリア等の地中海辺りだと思ってくれていい。

 しかも交通手段に飛行機なんてものはない。海上はエンジンに似た魔道具があるとはいえ船による移動だ。時間がかかるのは当然だな。


「それで、ですが……魔塔側から連絡がありまして」

「連絡」

「ヴォルフガング様と話がしたい、とのことでした」

「話、ですか」


 魔塔側が俺と? 一体何を聞かれるのか。

 ルルのことを把握しているとか? たしか、魔塔には闇の神、フォンセルド神が関わっていたと聞いたことがある。それならエレヴェド神やフォティアルド神、ヴノールド神等から何か聞かされている可能性もあるか。


「承知しました。どのように動けばよろしいでしょうか」

「私に付随する者の入れ替え要員として派遣されてきた者たち、というていで入国予定です。そのため滞在先もここになりますので、彼らが来訪されたら私の方から再度ご連絡します」

「なるほど……おそらく魔塔側はルイーゼとの接触も望むかと思いますが、どうしますか? ここに連れてくるのは些か危険かと思いますが」

「ご推察の通り、彼らはルイーゼ嬢とも話がしたいと要望が来ています。しかしルイーゼ嬢をここに連れてくるのは向こうに露見する可能性も考えると危険です。彼らとの交渉次第ですが、彼らのうちひとりを私の新たな従者として学院内に連れて行くことを検討しています」


 俺はここ、ルルは学院でそれぞれ接触できるということか。

 だがルルには王家の影がついている。下手に接触すると、魔塔が来ていることが国にバレるな。

 今、バレるとどうなるか……ハインリヒが魅了魔道具をどこかに隠すだろう。だがおそらく、魔塔は希少な魅了効果を無効化する魔道具等を持ってきているはずだ。ルルに負担をかけずに王城内で魅了にかかった者たちを解放できるなら、それに越したことはないが。


「……その従者とルイーゼが接触すると?」

「いいえ。あくまで従者がルイーゼ嬢をだけです。その後は直接の接触はせず、何らかの方法を用いて交流できればと考えているようでした。私経由も考えましたが、現在の『我が国の交流会を共同主催している』という関係以上のことをしようとすると、怪しまれますね。最近、ハインリヒ殿から目をつけられている状況のようですので」

「なるほど」


 トン、トン、と椅子の肘掛けを指で叩く。

 ルルから話を聞く限り、交流会の内容は原則複数名の生徒を巻き込んで都度企画・決定している状態だ。そこから更に個人的な手紙のやりとりを始めると、ハインリヒ側から怪しまれる。

 魔塔としても、ハインリヒが所有しているであろう魔道具を隠されるのは困る。


 魔塔としては魅了魔道具を確保したい。そのためには、ハインリヒには油断していてもらいたい。

 俺らとしてはハインリヒにくっつくモニカ嬢には油断していてもらいたい。そのために魔塔側に派手に動き回られて、モニカ嬢に警戒されると困る。本物のモニカ嬢が救えなくなる可能性があるからだ。


「……魔塔側のメンバーの人数はふたり以上ですか? 守秘義務があるなら答えなくも構いません」

「正確な人数はお答えできませんがふたり以上であることは確かです」

「ひとり、職業斡旋所で職を探すフリで来ることは可能でしょうか。顧客として来訪が可能であれば、私も事業主のひとりとして会うことが可能です。いくら聖人の身分であるとはいえ、予備役ですからあまり小神殿に足を運ぶと怪しまれる可能性もあります」

「それであれば、私の方から事業視察の申し込みをします。その担当者のひとりに加えられないか確認します」

「お願いします」


 事業視察なら定期的に訪問されても問題ないし、手紙を渡されたとしても報告書に紛らわせて送ってもらうことも可能だ。

 ハイネ子爵も王城内の不穏な空気には気づいているからな。協力してくれるだろう。


「そういえば学院内で発生した窃盗事件について、本日進展がありました。犯人が捕まりました」

「へぇ?」

「ルイーゼ嬢やモニカ嬢とは異なるクラスの、子爵令嬢だったそうで。移動教室でルイーゼ嬢たちが不在のおり、ルイーゼ嬢の荷物に盗んだ教科書を仕込もうとしたところを私の忘れ物を取りに教師と共にロッカールームに戻った私の従者が、教師と共に取り押さえまして」


 にこり、と微笑んだアーサー殿下に俺は思わず吹き出した。って。


「しびれを切らす頃合いだったということですか」

「さあ? 私は、彼に忘れたものを取りに行ってもらっただけですから」


 ちら、とアーサー殿下は後ろに控えていた従者に視線を向ける。殿下の従者は俺と目が合うと微笑んで軽く一礼した。


 オットーの話はルルとカールにも共有してあった。

 いつ、どんな形で窃盗の罪を被せられるか分からんから気をつけろと。おそらく教師を巻き込んだとしてもカールが取り押さえたのであれば、ハインリヒから余計ないちゃもんをつけられただろう。

 だが、見つけたのはアーサー殿下の従者と教師だ。しかも話を聞く限りでは見つけたときにデカい声で指摘したらしい。グッジョブ殿下の従者殿。

 俺がアーサー殿下に伝えたわけじゃないから、おそらくルルか、カール経由で殿下に伝えたのだろう。どこまで話したかはわからないが、不確定事項によく行動を起こしてくれた。


「後日、娘から感謝を込めて贈り物をさせていただきましょう」


 冤罪をかけられるところだったのだ。それを防いだということだけでも婚約者がいる立場のルイーゼから礼を贈ることはなんらおかしなことではない。

 アーサー殿下は目を何度か瞬かせてから「ご無事で何よりでした」と受け取る意思をほんのり匂わせた。

 うん。ハインリヒたちの目眩ましも兼ねて、俺からも何か贈ろう。


 ―― あ、そうだ。


「殿下は我が国のマリア第一王女とお会いになられたことはありますか?」

「ええ。この国に到着した際に一度」

「その後はない、ということですか……」

「ええ、まあ。王城を出てしまいましたから会う機会はありませんね。第一王女殿がどうかされましたか?」

「実は ――」


 ルルに渡されたあの招待状の件を話す。

 マリア殿下が連名で出していたこと、マリア殿下はモニカ嬢に良い感情を抱いていないと聞いていたため、それは本来であればあり得ないこと。事情は話せないが、マリア殿下は魅了にかかりにくい状況だったと話せば、アーサー殿下は顎をさすりながら首を傾げた。


「単純に考えれば、魅了にとうとうかかってしまった、ということだと思います。かかりにくい状況ではあれど、かからないということは絶対ではないのでしょう?」

「まあ、そうですね」

「……あるいは、第一王女殿がルイーゼ嬢に助けを求められているか、何か伝えたいことがあるか」


 助けか伝えたいこと……ああ、それは有り得そうだ。

 アーサー殿下はぎしりと椅子に座り直して両手を腹の前で組んだ。


「ルイーゼ嬢が王太子妃教育の最中はお会いできる時間はないのですよね?」

「ええ、そうと聞いています。僅かな時間しかお会いできないと。そうか、助けか、伝えたいこと……手紙等は検閲される可能性があるし、王城からルル宛に精霊の伝言が飛べば何事かと思われる」

「ああ、でも僅かはお会いできているのか」

「でもそのタイミングでは話せない、もしくは話し切ることができないことかもしれませんね。私の妻が敵情視察をすると言って、参加することになっていますが」


 お茶会はレナの参加で返事を送り、了承されている。

 予定通り、プレヴェド王国文化の交流会と同じ日時でお茶会が開催される予定だ。交流会の場所は学院内だが、お茶会は王城内の庭園だったか。


 庭園ってだけで心配になってきた。俺も参加したい。けどその日はもうすでに俺は別件で外せない予定が入っていて動けない。ルルの傍にはアーサー殿下も、カロリーナ嬢もクリスティーナ嬢もいる。けどレナはひとりだ。

 レナは五大公侯のひとりだからさすがに変なことは起こらないと思うが……。


 うーん、と思わず唸った俺にアーサー殿下はにこりと微笑んだ。


「私がついていきましょうか?」

「……え?」


 どうやって? だって殿下は当日は交流会の方に参加するんだぞ。

 殿下の従者はぎょっとして「殿下!」と思わず声を上げている。


「交流会の方参加しますので問題ありません」

「え、いや、あー……参加時間をずらすとか、でしょうか」

「いいえ。同時に参加します」


 ……頭の上に疑問符が飛び交っている。たぶん後ろに控えてるニューラもそうだろう。

 混乱する俺をよそに、殿下の従者は慌てている様子だが、殿下は手を振ってそれを制した。


「精霊族の血が強いと、できることがありまして。本体である私と、精霊体としての私を分離することができるんです。いわゆる分身ですね。我々は精霊体の方を分体ぶんたいと呼んでいます」


 ―― そういやあったわそんな設定。今唐突に思い出した。


 前作紅ファンの隠し攻略対象者、精霊族のヴェラリオン第一皇子の能力のひとつ。

 精霊族は「分体」と呼ばれる精霊体の分身を作ることができる。その分身はまるでもうひとつの自分のように考えて動くことができ、しかも精霊そのもののようなもののため一般的には姿を見ることができなくなる。


「分体で収集した情報は、本体に戻ったときに吸収されます。本体も本体の意思で動けるので、諜報活動にはうってつけなんですよ」

「……それ、私に開示しても良い情報なんですか?」

「あはは」


 つまりよろしくないってことですね分かります。

 すん、と表情が死んだのが自分でも分かった。いやこれ表情取り繕うの無理だろ。後ろの殿下の従者も死んだような表情になってんぞ。

 だが殿下の表情は落ち着きはらっている。まるで、俺が裏切ることがないと確信しているかのようだ。


「―― 我が真名に誓って、精霊族の分体に関する情報を他言せぬことを誓う。我が従者ニューラが他言した場合においても私が罰を負うものとする」

「旦那様!」

「お前の真名では足りない。俺の真名をかけなければならないほどの情報だ ―― 覚悟しておけ」

「……はい」

「別に、真名宣誓までしていただかなくてもよろしかったのですが」

「そういうわけにもいかないでしょう」

「今後のことを考えればわざわざしていただかなくても良かったんですよ」


 ―― こいつ。暗にルルを貰い受ける前提で話してやがる。

 思わず顔が引きつった俺に、アーサー殿下は楽しそうに笑っていた。


 ……ああ、くそ。やっぱ王族だな、殿下は。

 どこぞの誰かとは違う。


「ちゃんと順序は守りますよ。どこぞの誰かとは違って」

「そうでなくては困ります。あと、私は意外と頑固なのでご注意ください」

「はは。ヴォルフガング様に認めてもらえるよう頑張ります」

「―― では、当日レナを、我が妻をよろしくお願いいたします」

「ええ。お任せください」

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