第10話 お茶会の共同主催者


 学院への訪問から数日後。執務室にて。


「―― 以上が、学院内での噂、および例の方々の動きです」

「ん、ご苦労だったカール」


 まとめられた資料をパラパラと眺めながら「ふむ」と声を漏らす。

 カールが収集した情報によると、とりあえずルルの噂は下火になったようだった。代わりに俺やラルスの噂がすごいことになってる。

 まあラルスに関しては一般的にスラム出身の者は学がなく、粗暴だって印象が強いからな。あそこまで煽られたにも関わらず淡々と対応した姿は、社交界や親の姿を想像させるものだったからこそ衝撃的だっただろう。

 俺? 俺のはまあ、やっぱりメインは魔法のことのようだな。一気に9つの的を燃やしたパフォーマンスは功を奏したらしい。それに的あてをしてくれたあの教師が俺を絶賛してるというのもある。

 あのパフォーマンスで見せた中ランクの水の槍。あれを相殺できるのは同程度の魔力を込めた中ランク以上の魔法しかない。そして、中ランク以上ともなると詠唱破棄が難しくなる上、魔法を発動させる補助道具が必要になってくる。

 だが俺は、道具なし、詠唱なしで相殺してみせた。それが衝撃的だったらしい。


「ルルの魔法が逸れた件もようやく調査が入ったか」

「旦那様があの場で『原則魔法は途中で軌道を変えることはできない』と発言されたのが効いたようです」

「いや魔法に関わったことがある貴族なら誰でも知ってる常識だろうが……」


 思わず頭を抱えた俺は悪くないと思う。

 自らの手から放つ魔法がまっすぐにしか飛ばないのは、魔法を扱う者であれば常識だ。手元にあれば自由自在に動かせても、手から一旦離れればそれは向けた場所に飛んでいく。

 もちろん、魔法技術としてはマーキングさせたところに魔法を飛ばすことは可能だと思う。けれど、そもそも飛ばす対象にマーキングさせるのは難しいし、まだこの国では実現出来ていない技術だ。理論上可能、という可能性に過ぎない。

 そして仮に実現できていたとしても高度な技術が必要で、ルルはおそらく扱えない。ルルには悪いが、努力して比較的どれもそれなりに出来ているが魔法技術はレナにも劣る。たぶん、貴族の平均ぐらいだ。まあ、王太子妃教育じゃあそこまで求められないもんな。その他諸々は求められるけど。

 俺? 俺なんてド底辺だから。


 ぱらり、とめくった資料で目に止まった記述。


「―― へぇ。盗むのは実行したのか」


 オットーが聞いた、モニカ嬢の私物を盗んだのがルルっていうしょうもない冤罪をかけるやつ。

 まあルルは常にカールやカロリーナ嬢、クリスティーナ嬢と一緒に行動することにしてるからそんな隙はないだろうけど、話を聞いたハインリヒが「身内の証言は信用ならん」って押し切られる可能性は高い。

 ……モニカ嬢は知ってんのかな。ルルに王家の影がついてんの。ハインリヒは知ってて当然のはずなんだが。


 盗まれた件は未だ解決していないらしい。たぶん、ルルの隙を狙ってるんだろうけどもう時間も経ってるし無理だろうなぁ。

 あと考えられるのは、王道の「自ら傷つけて相手に傷つけられたフリ」をするカッターキャーとか階段からの突き落としか? いずれにせよ、カールやルルの友人ふたり、さらには王家の影をだし抜かないと上手く行かないと思うが、やりかねないなというのがハインリヒとモニカ嬢の印象だ。


「自作自演でルルを巻き込む可能性がある。引き続き、警戒してくれ」

「承知しました。それから、こちらが本日分の録画映像です」


 カールから渡された、手のひらサイズの魔石をかざす。

 これは、ルルが常につけているブローチの魔石から複製したものだ。ブローチってあれだ、マルクスがルルの8歳の誕生日に贈った、繰り返し記録・再生できるやつ。


 なんで複製できてるかって? いや俺もびっくりしたんだけどさ、職業斡旋所に来た庶民の女性が混じり属性コンビテュープルで、魔石に記録された映像や音声を複製できる魔法持ってたんだよ。どこで使うんだって魔法が、めっちゃ役に立ってる。現在進行系で。

 魔石に記録された内容を他の魔石に複製できるのはデカい。これで原本を保管しつつ、利用できる。

 ただたくさん複製できるわけじゃなくて、同じものを複製できるのは最大1日3回。しかも、2回目以降は内容が劣化してノイズや雑音が入るようになるから実質1日1回なんだよな。


「ご苦労。ルルの傍にいてやってくれ」

「はい。失礼いたします」


 カールが一礼して退室したのを見送ってから、ふぅと息を吐いて執務椅子の背もたれにより掛かる。

 腕を伸ばして再生魔道具に魔石をはめ込んで、ボタンを押した。すると魔道具に備え付けられていたディスプレイに映像が浮かび上がり、音声も聞こえるようになった。

 ここは……ああ、従者の立ち入りが制限されている区画か。たしか貴重なアイテムとか、実験ポーションとか置いてあるから生徒でも限られた者しか入れない。

 一緒に歩いているのはカロリーナ嬢のようだが、何かに気づいたようだ。


『ルル様、あっちから回りましょう』

『……一歩遅かったようです、リーナ様』

『ルイーゼ!』

『そこまで大きな声を出されなくとも聞こえております。何か御用ですか、殿下』

『喜べ。お前を茶会に招待してやる』


 散々婚約者との茶会をすっぽかしてる奴が何言ってんだ?

 ふんぞり返るハインリヒの様子が見えるが、モニカ嬢の姿は見当たらない。側近のひとりのウーラン侯爵令息だけか。

 ウーラン侯爵令息もウーラン侯爵令息で忌々し気にこちら ―― ルルを見ている様子に思わず眉間にシワが寄る。


『モニカ嬢が俺のために開いてくれる。お前への招待状だ』

『……頂戴いたします』


 ひらりと差し出された招待状を、ルルの手が開く。

 ブローチに見えるような位置で招待状を開くルルは気が利くなぁ。内容がしっかり見えるぞ。

 内容的にはあまり問題ないように見える。が、主催はモニカ嬢なのになんでハインリヒが「招待してやる」なんて言ってるんだ? 理解できん。


『持ち帰って検討いたします』

『は?』

『予定を確認せねばなりませんので』

『お前の予定などよりもこちらの予定の方が重要だ。いいか、必ず出席しろ!』

『出席の可否は後ほどお伝えを』

『命令だ!!』


 ―― こいつ。やっぱ燃やすのがいいんじゃないか。

 トントンと指で机を叩きながら、頬杖をついて映像を眺める。目の前にいるなら燃やしてやるのに。


『それは』

『ハインリヒ殿。すまないが、その日は私が先約を入れている』


 体の向きを変えたのだろう。映像が動いて、映し出されたのはアーサー殿下だ。

 ひとりこちらに歩いてきたアーサー殿下はにこりと微笑みながら、ルルの少し前に立った。


『我が国に興味がある学生たちと交流会を開催する日なんだ。主催は私とゾンター嬢と共同だから、彼女に抜けられるとちょっと困る』

『なぜ私の婚約者と会を』

『……いや。ハインリヒ殿にも手紙を出していたよ?』


 ―― この魔石の複製を急がせた目的の場面を見て、両手で顔を覆った。


 帰ってきたルルが言っていた「ちょっと問題が発生したので、ブラウン卿にご連絡いただきたいです」と言っていたやつだ! 外交問題起きかけてるぅー! これ外交監査のブラウン卿に連絡入れないとヤバいやつー!

 ルルが「ハインリヒ殿下がアーサー殿下に対して失礼な発言をしてしまいまして……」とため息を吐いて、詳細は今日渡す魔石を見てほしいって言われたから急遽複製を依頼したんだ。いつもだったら、数日分まとめてやってもらってたんだけど。

 幸い、アーサー殿下側は訴えるつもりはないようだが下手すりゃ外交問題じゃねぇかこれ。プレヴェド王国を知る交流会を「そんな会」って。失言だろ。

 手元の机から急ぎ手紙を取り出し、音声を聞きながら取り急ぎブラウン卿に送る内容をまとめる。


『ゾンター嬢は博識だ。我が国のことを詳細に調べてくれて、文化やルールの違いを教えてくれるから非常に助かっているよ。彼女がいなければ成り立たなかったかもしれない』

『お褒めいただき光栄です、プレヴェド第三王子殿下』

『ハインリヒ殿は聖女殿のダンジョン攻略に協力されていたようだから、不在で手紙を把握してなかったんだろう?』

『……そうだ。申し訳ない』


「ウソつけ」


 思わずボロっと独り言が声に出た。

 仮にそうだとして、アーサー殿下の交流会の話が出たのは1ヶ月以上前だぞ。それに1ヶ月前にはダンジョン攻略は一段落して戻ってきてた頃合いだ。今日まで一度も自分宛ての手紙を確認してないなんてことあるか? いやこいつならあるのかもしれない。


『まあ、そういうわけなので。すでに場所も人も抑えてしまっていて、予定を動かすことができないんだ』

『ぐ……なら、いつが良いのだ。ルイーゼ』

『私もすべて把握しているわけではありませんので。確認しておってご連絡いたします』

『……分かった』


 苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、くるりと踵を返して去っていくハインリヒ。ウーラン侯爵令息は一応、アーサー殿下に向けて一礼するとハインリヒを追いかけていった。

 彼らの姿が消えて「あぁ」とカロリーナ嬢の安堵の声が聞こえた。


『引き下がってくれて良かった……ハラハラしましたわ』

『本当、そうね……。アーサー殿下、ありがとうございます。助かりました』

『君の護衛の精霊が危急を知らせてくれたから。ここらへん、従者が入れないエリアだからカール殿も守れなくてやきもきしてるだろう。戻ろうか』

『精霊が、ですか?』

『私は精霊族の血を引くから、精霊を視認できるし交流もできるんだよ。カール殿の精霊にルイーゼ嬢に何かあれば私にも知らせるようにお願いしてたんだ』

『まあ』


 いつの間に。でも、精霊と親交が深いとされる精霊族の血を引く殿下がいるのは本当に心強い。今回のハインリヒの接触も精霊が危険だと判断して、アーサー殿下を呼びに行ったんだろう。

 結果、ハインリヒの命令を有耶無耶にできたのだから良かったと言うべきか。いつの間にかカールの精霊がアーサー殿下と仲良くなっているのを危惧すべきか。当然、カールは把握してる……よな?

 ペンを置いて、映像に集中する。


 アーサー殿下とルルの距離が常識的な範囲内とはいえ、カメラに映る範囲を越えているからかアーサー殿下の胸元ぐらいしか見えない。こんなとき、彼はどんな表情を浮かべていたんだろうか。

 ルルの手がとられて、その甲にアーサー殿下が身をかがめて額がそっと触れたのが映った。ほんの少し、顔が上がってアーサー殿下がルルを見上げる形になる。


 ―― あ、殿下嬉しそう。


『手を取ることは叶いませんが、カール殿のところまでお送りいたします』

『……はい』


 ルルの声色が柔らかい。

 このブローチ型記録装置の難点は装着者の表情が見えないことだな。まあ、一般的な使い方をする上では不要だからいいんだけど。

 映像が動く。カロリーナ嬢が映って、はわ、とどこかうっとりしている様子だった。いやどうしたカロリーナ嬢。


『リーナ様?』

『……はっ、なんでもありませんわ。参りましょう、ルル様!』


 一瞬呆けてたなカロリーナ嬢。何だ、何があったんだ。


 映像ではアーサー殿下がルルの右隣を歩き、カロリーナ嬢が左隣を歩いていた。

 やがて見えてきたドアを開けば建物の外で、カールが心配そうな表情で待っていたのが見える。

 そこで映像は終了した。


 魔道具が動きを止めたのを確認してから、どデカいため息を吐いて椅子の背もたれに寄りかかって天井を見上げる。なんだこれ。映像見ただけなのになんで疲れるんだ。なんか頭痛くなってきた。

 いや、とにかく、ブラウン卿へ急ぎ連絡しなきゃ……。


 そのとき、コンコンとドアがノックされた。返事をすれば部屋に入ってきたのはレナだった。

 手紙を書く手を止めて、レナを見る。


「どうした?」

「とても大きなため息が聞こえたもので」

「げ」

「ふふ。また殿下ですか?」

「そう。ブラウン卿に連絡しないと」

「まあ……ルル様から少しお聞きしてましたが、そこまでだったのですね」

「頭が痛い話だ、本当に」


 見るなら見て良い、と再生魔道具を指させば、レナも見ることにしたようだ。

 最初から再生されていく映像を横目に、途中だった手紙の続きを書き始める。


「―― あら?」


 不意に、レナの不思議そうな声が聞こえた。

 その声にペンを止め、顔を上げればレナが魔道具を止めた。一時停止状態の映像は、モニカ嬢主催のお茶会の招待状の文面が表示されているところだった。


「どうした、レナ」

「モニカ様主催のお茶会の招待状の文面なんですけれど……ほら、ここ」


 指さされた部分を見る。

 そこには共同主催者の名前も記されていた。モニカ嬢単独じゃないのかと一瞬思ったが、その名前に見覚えがあって思わず顔を顰めた。


「マリア殿下?」


 マリア第一王女殿下はハインリヒの横暴さに辟易してて、王族の中ではルルと良い関係を築いていたはずだ。

 なんで、モニカ嬢と連名で出してるんだ?


「……マリア殿下にかけられた魅了はたしか、定期的に外してるってルルが言ってたな」

「ええ。ルル様が王太子妃教育で登城するタイミングで必ずお会いする都合をつけて、その際に手を触れ合うようにしているとのことですので解除されているはずです」


 また魅了をかけられたのか。それとも何か意図があって参加するのか。今の時点では分からんな。

 うーん、どうするか……あんな敵地だらけのところにルルを行かせたくないんだよなぁ。

 映像内の招待状の文面を見ながら、腕を組んで唸る。


「わたくしが参りましょうか?」

「え?」

「向こうとしてはルル様に出てほしいのでしょうけれど、ルル様よりも上の立場であるわたくしフィッシャー侯爵が出る分には向こうとしても断る理由はないと思います。それに、わたくしもモニカ様と少しお話してみたいのです」

「それは、ありがたいが……大丈夫か?」


 そんな俺の問いに、レナはにこりと微笑んだ。


「わたくしを誰だと思っていらっしゃいます? フィッシャー侯爵家当主であり、ゾンター伯爵の妻であり、ルル様の義母ですよ」


 そう、凛として答えるレナの姿が眩しく見えて思わず瞳を細める。

 ああ。彼女と縁が結べて本当に良かったと、心から思う。


 窓の外で木枯らしが吹く。

 もう季節はヴィンターを迎えようとしていた。

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