第7話 母校に堂々と正面から訪問したら
1ヶ月後。
様々な手続きを経て、なんだかんだでこの時期になってしまったがまあ問題はない。
その間、ルルの噂は下火になりつつはあったが、まだ根強く残っていた。そのせいか、ハインリヒはとうとう婚約者間の交流会も兼ねていた茶会に関する誘いの返事もしなくなったし、一切参加しなくなった。理由は公務が忙しいとのことだったが、王太子になったばかりの王子に任せている仕事はまださほどないはずなんだがな。
あと、王太子の婚約者としてルルが参加する必要がある昼食会なんかのエスコートはするが、ドレスや装飾品等の手配がない。だが、ペベルいわく「婚約者用の予算は動いている」そうなので、どこぞの誰かに使い込んでいるのだろう。バカかあいつ。
モニカ嬢は、着実にダンジョン攻略を進めている。年をまたぐ冬季休暇はベッカー伯爵邸に戻らず、シュルツェン辺境伯領にあるシュルツェン地底火山ダンジョンに挑戦するそうだ。相変わらず、彼女は結界石への魔力補充の巡業は行っていない。現在は他の聖女・聖人がカバーできているから問題は出ていないが、
もはやシナリオが破綻してるとは思うが、レアアイテムでありトゥルーエンドを迎えるための必須アイテムは資料を見直して判明した数は、全部で4つ。そのうちモニカ嬢が手に入れたと確定しているのはひとつ。
トラッド迷宮ダンジョンの「導きのネックレス」。
その他必須アイテムは東ティレルの洞窟ダンジョンの「亡国のティアラ」、シュルツェン地底火山ダンジョンの「護りのイヤリング」、
ゲーム本編ではこれらのアイテムをすべて身につけることで「大聖女」として神に認められるとされている。
「亡国のティアラ」は国全土をひとりでカバーできるほどの魔力を。
「導きのネックレス」はこの世にあるすべてのダンジョンの構造を理解できる力を。
「護りのイヤリング」はいかなる攻撃も防ぐ力を。
「ヴノールドの指輪」はベルナールト王国が崇める山の神ヴノールド神からの加護を。
そのうち「亡国のティアラ」は俺がブレスレットに変えてもらって所持しているが、魔力増幅装置が付帯していたことから設定内容から逸脱しているわけじゃない。ということは、他のアイテムも類似した効果を持っている可能性が高い。
先回りして拾得できるのが一番良いが、
「ヴノールドの指輪」はなんとかできるかもしれない。ヴノールド神にお会いできるから、あの指輪のことを話して回収してもらうことはできないか今度聞いてみよう。
馬車の揺れが収まり、馬がブルルと鳴く。
正面に座るルルはいささか緊張の面持ちをしていた。道中、あんなに穏やかに会話できていたのが嘘のようだ。手も微かに震えているように見える。
手を伸ばし、そっとその手を両手で包み込んだ。ルルがゆっくりと、俺と目を合わせる。安心させるように微笑めば、ルルも微笑み返してくれた。言葉を交わさずとも伝わったようだ。
馬車の中からも分かるざわめき。ドアがノックされたので「開けてくれ」と応えれば、ドアはゆっくりと開いた。本日の護衛であるラルスの顔が見え、カールと俺の臨時従者を務めるオットーが軽く頭を下げている。
いつもならここで、俺が先に降りなければいけない。だが俺は今日、ゾンター伯爵という立場ではない。
カールが手を差し出したのに合わせ、ルルが手を重ねた。カールのエスコートで馬車を降りたルルは少し脇に避けると、くるりと馬車に振り向いてカーテシーをした。
ルルたちの向こうに、学長と副学長、ハインリヒとモニカ嬢、ウーラン侯爵令息がいるのが見えた。ほか、ハインリヒの側近ふたり。それから学院に登校する途中だった生徒多数が興味津々でこちらを見ているのが分かる。
……いや、なんでモニカ嬢をエスコートしてんだよハインリヒ。バカか。
一度目を閉じて、深呼吸。目を開いて、ゆっくりと体を動かした。
馬車から降りると、先ほどまでのざわめきが一瞬で消えた。
カツンと馬車のステップを踏む音が周囲に響き、地面に降り立つ。動いたことによって羽織っていたマントがふわりと揺れたのが分かる。普段は下ろしたままの前髪を掻き上げて、ぴっちりと髪を固めているからなんかちょっと違和感があるがまあ、問題はない。
視線を足元から、ルルへ。うん。体幹もブレていない。さすがルルだ。思わず口元に笑みが浮かぶ。
「本日はどうぞよろしくお願いいたします。聖人ヴォルフガング・ゾンター様」
「送迎をありがとう」
にこりと微笑んで、余所行きの言葉で迎えてくれたルルに答える。
それと同時に大きなどよめきが起こった。周囲を視線だけで窺えば、全員が全員ではないが男女関係なくぼうっと俺の方を見つめており、モニカ嬢もすこしうっとりとしているようだった。
口元を手で抑えている女子生徒の集団がいたので、笑みを浮かべたまま軽く彼女らに向けて手を振る。すると彼女らはボンッと顔を真っ赤にして、中には卒倒してしまう子もいた。え。マジかよ。
思わずルルの方へ向けば、ルルはすぐ近くにいた別の女子生徒に「彼女らの介抱を手伝ってあげてください」と声をかけており、ハッと我に返ったその生徒は数人連れて卒倒してしまった子たちの元へ急いで向かっていた。
「―― 旦那様。それはちょっとやり過ぎです」
「え」
「お父様の挙動ひとつで大混乱になりかねませんので、控えめにお願いいたします」
「……分かった」
俺、ただ笑って手を振っただけなんだけど。事前に説明した振る舞いのひとつではあるが、まあ、手を振ったのはアドリブ。え、それがいけなかったの?ウソぉ。
正直そこまでだとは思ってなかった。だって俺アラフォーだぜ。40近いおっさん。
ただまあ、オットーもルルも至って真剣な表情だったので抑えることにした。納得はいかないが、学院の玄関先とも言える場所で足止め状態になってるし。
ざわめきの中から、声を拾う。
「あの方が美の化身ゾンター伯爵! はじめて見た」
「噂や肖像画に違わぬ方だ」
「いやむしろ肖像画よりも美しいのでは?」
「お待ちになって。ゾンター伯爵が聖人、ということは、ルイーゼ様は聖人の御息女ということよね?」
「どうしましょう。王太子妃候補という点だけ目に入っていたわ」
「王太子妃候補で聖人の御息女……王太子殿下がお選びになったのも分かるな」
いやそこは分からないでほしい。ハインリヒの暴走の果てだから。あと聖人の名前からルルが誰の娘なのか分かるだろうが。なんで王太子妃候補ってとこだけ残るんだよ。
ざわめきの中、ルルの先導で学長たちの元へ向かう。途中、ハインリヒとモニカ嬢がにこやかに微笑んで立っていたが俺も微笑みを返して軽く一礼するに留めてハインリヒたちをスルーした。「え」と声を漏らしたのは誰だったか。
学長と副学長は俺の行動に少しも動揺することなく、胸に手を添え、俺に向かって一礼した。
「聖人ヴォルフガング様をお迎えできたこと、光栄に存じます」
「こちらのわがままを通していただき感謝する。こちらが私の護衛騎士ラウル、従者のオットーだ」
「どうぞよろしくお願いいたします」
校長と副学長がふたりにも一礼し、ふたりも礼を返す。
校長と副学長はラウルがスラム出身だって事前情報で知ってるはずだが、きちんと客人として対応してる辺りは好感を持てるな。このふたりも、カールやアーサー殿下からの事前情報でハインリヒの魅了にかかってるはずなんだが、今のところそのようには見えない。
あれか? この前、モニカ嬢にハインリヒもくっついてグリッツェ大森林の素材採集についていったから魅了効果弱まってんのか?
「ゾンター伯爵令嬢。聖人ヴォルフガング様をドームまでご案内いただけますか」
「承知いたしました」
「ヴォルフガング様にご対応いただく授業は約1時間後、時間割で言えば2時限目に行います。模擬戦用ドームの使用許可はすでに行っておりますので、ご準備をお願いいたします」
「ああ、分かった。私やラルスと対戦する選抜メンバーの選出は完了しているんだったな?」
「はい。事前にご連絡いただいた条件に合致するものを、抽選で。観覧は自由とさせていただいましたがよろしかったでしょうか?」
「ああ、問題ないよ。ありがとう。ではすまないがルイーゼ。案内を頼む」
「はい。こちらです」
ドームの場所なんて分かっているが、それはそれ。ルルに任された役割は俺たちをドームまで案内することだから、ここはルルに従う。移動を始めると、先導するルルの先の人垣がざあと静かに分かれていく。まるで前世の逸話にあった海が割れたかのようだ。
背筋を伸ばし、指先、足先まで真顔で意識して歩く。これは今回の話を聞いたマルクスから言われたことだが、俺が笑うと女性、真顔でしゃんとして動くと男性、特に年下に刺さりやすいという。「もちろんどちらの兄上も自慢の兄上なんですが」と真顔で言われたときの俺の頭はクエスチョンマークが飛び交っていた。
何気なく周囲を見渡せば、男子生徒はキラキラとした眼差しを向けられている気がする。凄いなマルクスの考察。当たってる。
「あ、あのっ!」
そのとき、人垣の中からひとりの男子生徒が飛び出してきた。
咄嗟にラルスとオットー、カールが俺たちを庇うような動作を見せたのを見て、男子生徒はびくりと驚いた様子を見せた。だがすぐ持ち直し「突然申し訳ありません」と軽く一礼する。
「シュルツェン辺境伯領、イグナス村管轄のキューネ男爵家の者です。一言、御礼を申し上げたく」
ちら、とルルが俺を見た。俺は頷いて「少しだけなら」と答える。
男子生徒はぱっと顔を明るくすると、騎士を目指しているのか片膝をついて胸に手をそえ、俺を見上げる。
「以前、我が村の結界石への魔力補充に来ていただいた際に破損しかけていたことに気づかれ、新しいものを手配いただいたと耳にいたしました。ヴォルフガング様がお気づきにならなければ、いらしてくださらねば我が村は近いうちにモンスターに襲われ壊滅したでしょう。当主からすでに御礼申し上げているとは思いますが、私めからも御礼を。ヴォルフガング様のお陰で故郷を失わずに済みました。ありがとうございました」
膝をついた姿勢のまま頭を垂れる。
モルックの結界石への魔力補充後、近隣の街や村等を巡ったがそういえば結界石が壊れかけていた村あったなとぼんやり思い返しながらラルスに視線を向ければ、ラルスが頷いたので確かなことだろう。
「―― 当然のことをしたまでだ。すでにキューネ男爵から充分な謝意を受け取っている。だが君からの謝意も有り難く受け取らせていただこう。君は騎士を目指しているのか?」
「はい!」
「ここにいる護衛騎士のラルスはスラム地区出身だが、私の護衛の中でも腕が立つ騎士なんだ。今回、生徒たちとの模擬戦で相手することになっている。君が模擬戦に参戦するかは分からないが、もし参戦するのであれば彼と一度相対してみるといい。勉強になるよ」
「はい、参戦予定です!」
おや。特に忌避感を出さず、俺を見上げてきた。
ちらと周囲を見れば「えっ」という表情を出している者もいるし、表情には出ていないが目に嫌悪の感情を表している者もいるのに。
シュルツェン辺境伯領の騎士たちもどちらかといえば実力主義だったはずだから、あまり忌避感はないのかな。それか、男爵ともなれば市井の者たちとの交流も深いから、特に気にしていないのか。
そういう子もいるのか。これはちょっと良い収穫かもしれない。一概にペベルの言っていた普通は低位貴族に適用されてないのかもな。
「彼は強いよ。参戦する子らに健闘を祈ろう」
「ありがとうございます!」
キューネ男爵子息から視線を外せば、ルルがスッと動き出した。
今度こそ誰にも邪魔されずに、ドームの方に進む。後ろの方が賑やかになったが、まあ、悪い内容を喋っているわけじゃないだろう。うん。そう思いたい。
「……旦那様」
す、と近づいてきたオットーが小さく声をかけてきたので視線を向ける。
「王太子殿下がこちらを睨みつけてきてるのですが」
「ほっとけ」
俺に無視されてご立腹なんだろうよ。振り返るわけにもいかないから表情は窺えないが、なんとなく分かる。
よーし。とりあえずはひとつめの山は越えた。
次は模擬戦だ。
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