第6話 暗殺者ギルドの終焉と悪巧み

 ぶっすぅ、と口をとがらせ、腕を組んでそっぽを向くペベルに首を傾げる。


 襲撃を受けてから1週間後。ペベルから「久々に休みが取れたから、うちに来ない?」と誘いがあったのでベルント公爵邸に遊びに来たのだが、通された応接室で襲撃されたときの詳細をせがまれて語ったらその反応。なんでだよ。

 ちなみに一緒に来たルルとギルは、ペベルの子どもであるイザークと隣の部屋で遊んでいる。本当は俺ひとりで来る予定だったんだが、ギルが「ぱぱまもる!」と鼻息荒く俺にしがみついてきた上、ルルからも「私もお父様を守ります!」と腕にしがみついてきたのだから仕方ない。かわいいルルとギルを置いて出かけられない。直前になってしまったが、ちゃんと精霊の伝言でふたりも連れて行くことは伝えたぞ。

 レナも来たそうだったんだけどな。どうしても手放せない仕事があるらしく、ムッとしたまま王宮に出かけていった。帰ってきたら甘やかしてやらないと。


「なんだよ」

「……ヴォルターを襲った奴ら、僕も一発入れる」

「もう牢にぶち込まれてるんだからやめてやれ。あとできればうちの隠密隊に使いたいから却下」


 ペベルに暴れられたら困る。理由?こいつの学院時代の魔法実技が首席だったって言えば通じるか。

 あと意外と肉弾戦も得意らしく、俺はこいつと組み手して一度も勝てたことがないとだけ言っておこう。いや、俺運動そんなに得意じゃないからあれだけど。


 俺の発言を聞いて、ペベルは頬杖をつきながら苦笑いを浮かべた。


「君、本当に貴族的思考じゃないよね。僕もそこまで染まってないつもりではあるけど」

「あ?」

「君の護衛騎士の出身は?」

「ラルスのことか?ハイネ地区出身だけど」

「ルイーゼ嬢の護衛兼専属執事は?」

「同じハイネ地区だな」

「護衛騎士や執事って貴族階級にいた人間がやることがほとんどなんだよ。次男坊三男坊とか、侍女なんかも低位貴族からとかね。でも君の周り、スラムや庶民からの成り上がりでまとまっていることが多い。普通はあり得ないからね、それ」


 ……そういえば、フィッシャー侯爵家の面々は貴族階級出身がほとんどだった気がする。魔術師団は貴族階級が占めているのは魔力保有量の関係上仕方ないが、魔力があまり関係ない騎士団もそうだったような。

 初めてフィッシャー騎士団と俺の護衛騎士らを合わせたとき、フィッシャー側で動揺が少し起きたのってそのせいだったのか?


「実力を尊重してるだけというか。成果が出りゃそれ相応に扱うさ」

「今の市井でのゾンター伯爵家とハイネ子爵の評判、知ってるかい?」

「いや。知らん」

「《庶民の味方》だって。君らが関わった事業は信用度が高いからね。自警団の事業はマルクス殿主体だけど、君が立ち上げに大きく関わっていたのは庶民にも知られているよ」


 ―― それは。


「次期王太子妃の実家としては良い評判だが、良い顔をしない連中も多いやつだな」

「ね」

「は~。なるほどなぁ」


 どこぞで恨みを買ってるだろうと思ってはいたが、市井の評判が引き金か。

 ハイネ卿との共同事業は順調で、商会の方も他国との取引が進んでいたりしている。井戸の手押しポンプに関してはほぼ国中に行き渡ったと言っても良い。今はメンテナンス事業をメインに、井戸ポンプの改良や消火活動に使える移動式ポンプ、市街地に設置する消火栓の開発を進めていたりする。

 もちろん競合商会もあったりするが、それはそれ。切磋琢磨してより良いものができれば良いと思ってるから、あまり利益は追求していない。損害はなるべく出ないようにしてもらってはいるけれど。

 自警団に関してはペベルの言う通り、俺自身は出資者として名を連ねてるぐらいだが、弟のマルクスが関わってる時点で俺も立ち上げ当初何かしたと思われるのも当然だろう。


 飛び出た釘は打たれるということわざがこの国にはある。

 いずれの事業も俺だけが関わってるわけじゃないが、おそらく職業斡旋事業の影響だろう。他地区、他領にまで拡大してきたこの事業によって考えていた何かが破綻した連中からの嫌がらせをされたと考える方が筋が通る。

 だが、嫌がらせするならハイネ子爵にするのが妥当だ。彼がメインで事業を進めているのだから、彼を失えば俺でも事業を制御できるか分からん。だが、今のところそういった問題は報告されていない。

 というかよくよく考えたらハイネ子爵の手腕凄いよな。なんであんな人が没落寸前まで陥っていたんだか。


「でも愚かだよねぇ、依頼主も、今代プフィッツナーも。いくら目の上のたんこぶ目の中のトゲとはいえ、聖人に危害を加えたらどうなるか想像できなかったのかな」


 ひらひらと手を振りながら、反対の手でカップを持って紅茶を口にしたペベルに思わず頷いた。それはそう。


 庶民ですら聖女・聖人、貴族がいるお陰でモンスターから身を守れる場所が作られていることを知っている。特に聖女・聖人は、ダンジョンが多い領地では崇められやすい傾向がある。結界石に魔力補充をするあの光景を目にする頻度が多いから、というのも理由のひとつだろう。貴族たちにとっても聖女・聖人は、己らでは不足している魔力をカバーしてくれ、領地を守ってくれる貴重な存在だ。

 そんな存在に危害を加える者たちがいると知れば、どう思うだろうか。


「あの表情は傑作だったぞ、お前に見せてやりたかった」

「ぜひ同席したかったよ」


 実は3日前に、プフィッツナーがうちの邸に訪問してきていたところを第1騎士団が捕縛した。

 襲撃者たちがプフィッツナーが管理していた情報ギルドに所属していた者たちであったこと、そもそもそんなギルドを持っていたことからプフィッツナーは捕縛されたのだ。

 そもそも暗殺者ギルドが今まで見逃されていたのは情報ギルドとして存在していたから。裏でひっそりしていれば、まだ存続は出来ていたんだ。暗殺者ギルドが存在するという証拠がなかったからちょっと過激な、グレーな情報ギルドという形で目をつけられてはいたが、目こぼしされていたに過ぎない。


 彼がうちに訪問してきたのは、この襲撃をなかったことにしよう、という三流以下の提案をするためだった。呆れるしかない。

 先代は優秀だったらしいが、今代は質が落ちたというのは本当だったらしい。彼が来る前の2日でざっと調べさせただけでもボロボロと粗が出始めていて、情報ギルドとしてギリギリの体をなしているという状態だった。

 こりゃ忠誠心も生まれないわ、と思う男だった。よくぞここまで組織を壊したな、と逆に称賛したくなるレベル。


 第1騎士団から捕縛の協力を依頼されていたから、応接室でプフィッツナーの話を延々と聞き流していたが、俺の態度に激昂したプフィッツナーが、出していたティーカップを俺に投げつけた時点で護衛のラルスに取り押さえられた。ティーカップは俺自身には当たっていない。ラルスが叩き落としたからだ。

 なお、ティーカップはこういう最低な客が来たときに出す用の粗悪な品物だったので、壊れても特に問題はない。プフィッツナー用に出された紅茶も同様である。

 騒動に乗じて第1騎士団の騎士数名が乗り込み、罪状を読み上げたときのプフィッツナーの表情は絶望。顔色が赤青白と変わっていく様子は前世のジェットコースターを思い出させるような勢いだった。


「依頼人についてはどうするんだい?」

「真名宣誓してるから一切の情報がない。プフィッツナーも同様だ。神殿の方で真名宣誓の解除手段がないか探ってくれるらしい」

「ああ、じゃあ今彼らの処罰は保留状態なのか」

「まぁな」

「……真名宣誓までやらせるなんて、よっぽどの人物なんだねぇ。その依頼人は」


 貴族であれ庶民であれ、おそらくこの世界に住まう者はすべて真名宣誓を行うのは慎重になる傾向にあると思う。それに真名宣誓は相手に強要できるものでもない。実際、強要されて真名宣誓をしようとすると言葉に詰まって出来ないという報告もある。

 プフィッツナーや襲撃者たちについてはそれ相応の金銭なり報酬なりが発生するはずだったのだろう。宣誓する本人が納得していれば、先方から求められても強要扱いにはならないからな。


「ところで」

「ん?」

「プフィッツナー情報ギルドってもう瓦解してるようなもの、で合ってるよね?」

「あー。そうだな」

「表の方、僕にちょうだい?」


 にこ、と微笑んだペベルに首を傾げる。

 ベルント公爵家は歴史ある貴族家のひとつだ。なので、うちの隠密隊のようなものもいるにはいるだろう。ただでさえ財務関連の監査を担っている家だ。情報戦の重要性は知っている。

 今の人員では不足しているということだろうか。


「そりゃ、俺は構わんが」

「ちょうど市井を見るを増やしたかったんだよねぇ。貴族階級のと庶民のは時に異なるから、あればあるほどいい。情報ギルドに所属できるぐらいだからある程度身元は保証されてるだろうし。まあ精査するけどね」

「暗殺者ギルドを抱えていたのに?」

「先代プフィッツナーにはお世話になったこともあるから、まあちょっとした恩返しも兼ねてるのさ」


 もちろん無条件に全員引き受けるつもりはないけれど、と補足をしたペベル。そういえばこいつ、受けた恩は必ず返すって言ってたな。先代プフィッツナーは腕の良い男だったというし、きっと何か依頼したのかもしれない。

 ……暗殺者ギルドの方を利用したかどうかを聞くのは、無粋だろうな。


 コンコン、とドアがノックされたのにペベルが反応する。

 ドアが開き、隙間からひょっこり顔を出したのはルルだった。


「いま、大丈夫でしょうか?」

「ルル、どうした?」

「イザーク様とギルが眠ってしまったので、私もこちらの部屋で過ごさせていただいても…?」

「もちろんだとも!すまないね、イザークとも遊んでくれたんだろう?」

「イザーク様、とても良い子でした。ギルのほうがイザーク様を引っ張っていしまっていて、疲れさせてしまったのではないかと少し心配になったほどです」


 俺の隣に座りながら、そう答えるルルの表情は柔らかい。

 ギルはこの前3歳になったから、ペベルんとこのイザークは4歳だろう。大人しい少年で引っ込み思案だが、ギルがいると年相応の少年らしくはしゃぐらしい。ギルもギルで、末っ子らしい甘えん坊気質だがイザークと一緒にいるとイザークを自分なりに慮って遊ぶそうで。やっぱ、年が近い子どもがいるのはいい影響を与えそうだな。お互いに。


「学院の方はどうだい?グレタからいくらか聞いてはいるが、君からも直接話を聞いておきたかったんだ」

「学院は……そうですね。正直に申し上げるならばあまり居心地の良い環境ではありません。静かで勉強しやすい環境ではありますが」

「ああ、モニカ嬢が戻ってきてるんだったね。噂の方は少し落ち着いてきたとは聞いたけれど」


 へぇ。モニカ嬢、ちゃんと忠告を聞いたのか。

 まあ一旦対応しましたっていう姿勢を見せただけなのかもしれんが。


「それでも一度流れた噂を払拭するのはなかなか骨が折れますね」

「そうだろう?学院内はまだ小さいがね。実際の社交界ともなると、それはもう取り返しがつかないと思った方が良い」

「やるなら上書きだな」

「そうだね」

「上書きですか」


 人というのは、噂から噂に食らいつくハイエナのようなもんだ。

 新しい話題があればそちらに食いついて、古い話題は置いていかれる。稀に思い出されることもあるが、話題が出たばかりの頃よりは頻度は少なくなるしそれ以上広がらないことも多い。

 だから社交界では次々と新しい話題が飛び交う。どこぞの領地で新商品が出た、どこぞのダンジョンでレアなアイテムが出た、どこぞの子息と令嬢が婚約した等など、事業から他人の恋愛事情、信憑がない噂まで。

 俺はそういう話題を出しながら会話するというのが苦手なので、結婚した今もレナに任せていることが多い。ブレスレットのお陰で人の顔を忘れなくなったのは良いことだが、やっぱり貴族特有の遠回しな喋り方は苦手だ。


「と、いうわけでヴォルター」

「ん?」

「新しい話題、学院に提供してみる気はないかい?」


 に、と悪戯を思いついたような笑みを浮かべたペベルに俺は何度か目を瞬かせ、それから同じように笑みを浮かべた。

 なるほど。ルルの噂を払拭するために俺が一肌脱ぐってことだな。


「へぇ、いい考えだ。やるか」

「ベルント様!お父様は先日襲撃を受けたばかりで」

「だからだよ、ルイーゼ嬢。その事実がまだ新しいうちに話題を提供しなくては」


 ばっとルルが俺を見上げる。その表情はとても心配だと、かわいらしい顔が歪められていた。ルルの頬に手を添えて安心させるように微笑む。

 大丈夫。大丈夫だ。


「ルル。俺を存分に利用しなさい」

「お父様」

「それがお前の傍に居てくれる友人たちのためにもなる。それに一度、今の学院内を見てみたいと思ってたんだ」


 ルルがどんな視線に晒されているのか。どんな雰囲気で過ごしているのか。カールから聞いているとはいえ、見れるのであれば自分の目で見るのが一番良い。

 しかし、学院には授業参観のような制度がなく、原則貴族の介入を受けないため親であっても内部に入ることは難しい。定期的に学院側から報告があり、執事や侍女の帯同は許されているものの爵位を持つ者は教員以外は入ることは許されていない。閉鎖的な状況だ。

 だが、何事も例外というものがある。


「ラルスと手合わせさせてみるか」


 そう。聖女・聖人の地位を持つ者は、学院生に向けて特別授業を行うことがある。

 大体が講話だったりするんだが、あいにくと俺は話すのが得意じゃない。どちらかというと俺は実践向きだ。なら、それを見せてやればいい。聖人にも戦えるやつがいるのだと、改めて示すのも良いだろう。ルルの噂は俺の話題で上書きしてしまえばいい。

 どうせならペベルたちがやけに褒める俺のこの容姿も利用してやろう。俺にはよく分からんが、刺さるやつには刺さるんだろ?


「ふ、ふふ!庶民出身の聖人の護衛騎士との手合わせなんて貴重な体験じゃないか!彼らもどんな反応するだろうね!いいなぁ、僕もやりたいなぁ」

「うっせ。どうせなら俺とやれよ」

「嫌だよ。どうせなら背中を預けて共に戦いたいね」

「それは同感」


 ポンポンとペベルと言葉を交わしていれば、ぎゅうと手を握られた。

 視線をルルに向ければ、ルルはやや俯いてつむじを見せている。表情は俺から伺えないが、ルルを見つめるペベルが優しいまなざしを向けているからそう悪い表情じゃないだろう。

 反対の手でルルの頭を撫でる。さらさらと、ややウェーブしているルルの髪が揺れた。


「ルル。聖人であり、伯爵である以前に俺はお前の父親だ」


 ルルの顔がゆっくりと上げられた。泣きそうな表情は、久々に見たな。


「例え学院全体が、国中がお前を嫌っていたとしても、俺はルルの味方だよ」

「君の同世代の味方は少ないけれど、大人の味方は大勢いるよ。この場にいる僕も含めてね。だから安心して、君は君のやるべきことをやりなさい」

「……、はい。お父様、ベルント様」


 ルルが安心したように微笑んだのを見て、俺はもう一度、彼女の頭を撫でた。


 よし、帰ったら早速レナやオットーにも話を通して、小神殿経由で申し込むか。

 どうせなら学院生たちには、ルルには俺というバックがいることを強く認識してもらうのもいいかもしれない。ルルは王太子妃候補以前に、俺の娘なのだから。

 あ、でもやりすぎると逆効果になるか?やっぱりちゃんと内容は相談して進めよう。

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