第5話 嬉しい誤算なんてあるんだな


「―― 飛んで火に入る夏の虫ってか」


 ハンスに押さえつけられ、ハンカチを口に突っ込まれている男が俺を見上げ睨みつけている。が、俺は立ったまま男を見下ろしていた。

 周囲にはうちの護衛たちが捕縛した襲撃者たちが転がっている。


 ヴノールド神へ、本物のモニカ嬢の魂の件を相談しに行った小神殿からの帰りだった。

 馬車に揺られていると突然の怒号と急停車、続けて起こる剣戟。それから魔法の発動。馬車自体には魔法に対する防御用の魔道具が備え付けられているが、限度というものがある。

 同乗していたハンスが「出ます」と言ったので、任せて俺は座ったままでいた。ハンスならまあ、事を収められるだろうという信頼があったから。いざとなれば馬車を飛び出すために外の様子は見ていたけれど、問題なさそうだった。

 実際、こちらの被害は軽微の状態で襲撃者たちの捕縛を成功させた。特にリーダー格を真っ先に捕縛できたのがデカいだろう。一瞬、隙ができた他の襲撃者たちを見逃すほどうちの護衛たちは馬鹿じゃない。貴族であり、聖人である俺を守る役割を持つ者たちは一般的な騎士団に所属する騎士よりもよっぽど強い。


 男の近くに歩み寄り、しゃがみ込む。いわゆるヤンキー座りだな。

 手を伸ばして男の髪の毛を掴むと、顔がよく見えるようにぐいと上に引っ張り上げた。苦痛に歪む男の顔に、見覚えはない。ということは原作ゲームの主要キャラクターではないということだろう。


「準備不足だな。成功させたいならせめて二個小隊分ぐらい引き連れてこい」


 俺の護衛につく者は対人戦で軽く見積もってもひとり5人は相手どれるようにしている。なぜならモンスターの力量が大体、魔法が使えない者の5倍とされるからだ。護衛は魔法を使えない者も含め全部で5人。そして今回同乗していた獣人族のハンスは人族よりも身体能力が高いため10人ぐらいならまあ、相手できるだろう。そして、襲ってきた奴らは俺を勘定に入れていない。聖女・聖人は後衛でサポートする役割が多いが、俺は前衛だ。

 精鋭を揃えてきたんだろうが、この国における一個分隊の10人程度で成功させようってのは認識不足にも程がある。一気に制圧するなら最低でも二個小隊、60人ぐらいは連れてきてもらわないと。俺自身も戦力に数えたらそれすら足りないけど。


 さて。どこぞの奴からの依頼か、なんて聞くのは時間の無駄というものだろう。こういう奴らは口は割らないように訓練されている。酷いところだと真名宣誓まで使って口外禁止の契約をするだろうが、こいつらはどこまで条件を飲んでいるかは分からない。

 だから依頼主については聞かない。親元だけ分かればいい。といってもまあ、おそらくあそこしかないんだろうけど。


「プフィッツナーだな」


 男の目を見てそう言えば、わずかに瞳が動いた。やっぱな。

 男の頭から手を離す。自然と男の頭を重力に従って落ち、地面に強く顔を打ち付けて唸った。


「いかがいたしますか」

「そいつの服を剥いで、入れ墨があるかどうか調べろ」

「うっ、うぅ!!」

「まあ、俺もうろ覚えだからあるかどうかは分からんが」


 どんな入れ墨だったかは覚えていないが、プフィッツナーの裏の顔である暗殺者ギルドに所属している場合は入れ墨がどこかにあるはずだ。ゲームのカールも上半身のどこかに入れてたって資料集に書いてあった。たぶん。帰ってからちゃんと確認しないと分からんが、あれば僥倖、なければ第三者を巻き込んでどうにかする。

 ……ま、こいつが暴れて抵抗しようとする反応からしてあるんだろうな。

 あまりの暴れっぷりにハンスが手こずっているのを見てちょっとかわいそうになってきた。ハンスが。他の護衛メンバーは周囲の警戒や第1騎士団への通報など、襲ってきた残りの9人の対応におわれて手が出せない。

 ああ。一応、他のメンバーにも入れ墨があるかどうか確認しなきゃならんのか。面倒だな。


「よしわかった。ハンス、服を剥ぐのはやめていい」

「はい」

「……ぅっ?」


「服だけ燃やせば、手間がかからんだろう」

「!!?」

「旦那様、ここ一応往来ですよ」

「往来だからだろう?貴族の馬車を襲ったんだ、それぐらいの覚悟はあると思うが」

「旦那様〜、さすがに素っ裸の連中を我々が監視するのは嫌です!それにゾンター伯爵家が素っ裸の罪人を縛ってたとか知ったら夫人怒りません?」

「ルイーゼ様もドン引きしますよね」

「じゃあ上半身の服だけにするか」

「それならまあ大丈夫ですかねぇ、どう思いますハンスさん」

「まあ、許容範囲でしょう」


 レナも怒らせたくないしルルにドン引きされたくない。上半身ぐらいだったらいいよな?問題ないよな?ハンスも頷いてるし。

 ぶんぶんと首を横に振るリーダー格ににっこりと微笑んでやった。すぅっと目の方に魔力が集まっていく。上半身の服だけ《認識》する。そうして、指を鳴らそうと手を出したそのときだった。

 ベッと突っ込まれていたハンカチをなんとか吐き出したそいつは、叫んだ。


「やめろ変態!!おれは女だ!!」

「だから?」

「……え?」

「女だから、そういうものから逃れられるとでも?もしそう思っているのなら阿呆だな。そういう覚悟があってこの場にいるんだろう?」


 鳴らそうとしていた指を伸ばし、男のフリをしていた女の頬に手を伸ばし、撫でる。栄養状態があまり良くないのか、肌はがさついていた。段々と顔色が青くなっていくその様子に口角をあげて笑みを作ってみせる。ひ、と女から小さな悲鳴が上がった。


「せい、せいじん、なのに、おまえ」

「聖人であり伯爵家の当主だ。なんだ、聖女や聖人は皆、清廉潔白な人物だと思ってたのか?そんなわけないだろう。貴族なんて清濁飲み込まなきゃ生きていけないんでな。残念ながらそういう聖女や聖人はオハナシの中でしかいないんだよ」


 頬から目元に親指を伸ばし、眼窩付近をグッと押し込む。あわや目に入るという位置に添えられた指に、女の顔が引きつった。


「依頼人について吐けとは言わないさ。口外しないと真名宣誓しているのであれば吐かせようとしても意味はない。けれど、お前の親玉とはしっかり話し合いはしとかないといけないんだ」


 目に集中させた魔力はまだ散らさない。だから俺の目はまだ赤いだろう。

 ぐり、とえぐるように親指を動かせば「うぁッ」と痛みで女は顔を歪めた。


はいJaいいえNeinで答えるだけでいい。なあ、かんたんだろう?」

「ッ、」

「やめてくれ!!」


 背後から男の叫び声が聞こえたので、指を少し目元から離す。

 ほんの少し振り返るように見れば、縛られた連中のうちのひとりがこっちに身を乗り出していた。だがすぐに護衛騎士の剣を喉元に突きつけられて、姿勢が戻る。若い男だ。20代前半といったところか。


「その子はまだ16歳なんだ。まだ成人していないんだ。尋問なら俺にしてくれ、この集団のサブリーダーをやっていたのは俺だ」

「16の小娘をリーダーにするとか人材不足にも程があるな」

「……スラム地区が改善されていってるからな。昔は職にあぶれた者なんざ、大勢いた。そういった奴らの中で見込みがあるやつを取り込んでたんだが、あんたが考案した職業斡旋事業のお陰でめっきり減ったよ」


 おっと。あの事業、暗殺者ギルドの弱体化にもつながったのか。それは嬉しい誤算だ。

 年齢的にたぶん、この女がカールの代わりのようなもんだろうが、実力的にカールの足元にも及ばない。それでもリーダーとして担ぎ上げられたのは、この女がこのギルドの中でも上位の実力を持っていたのかな。

 視線を女に戻す。ハンスに押さえつけられたままだが、まだあどけなさが残るその顔は気丈にも俺を睨みつけてきている。この状況下でまだ睨みつけられるのは、肝が座っているのか、状況を把握できていないただのバカか。

 ……まあ、ここはこの状況下で声を上げたサブリーダーとやらの男に花を持たせてやろう。女から手を離し、立ち上がる。「待てッ、おれが!」と声を上げた女を無視して男のもとに歩み寄ると、立ち止まって腕を組んだ。見下ろせば、男はまっすぐ俺を見上げてくる。


「依頼人についての口外に関する契約に真名宣誓を行ったか」

「Ja」

「上との契約に死を持って償うものはあるか」

「Nein」

「今、この場にいるメンバーがギルドで出せる最高峰の戦力か」


 迷いなく回答していた男の声が、止まった。

 ぐっと口を噤んだ様子から、組織構成に関する情報までは漏らすつもりはないらしい。とん、とん、と指で自分の腕を叩きながら男をじっと見つめる。見上げてくる男は口を開きそうにない。


「まあ、そこは重要じゃないから別に答えずとも良い。じゃあ最後の質問だ」


 一歩、男に歩み寄る。


「―― ギルドに対して、親玉に対して、契約がなかったとしても尚、忠誠心はあるか」


 しんと静まり返った周囲だったが、男はあいも変わらずまっすぐ俺を見上げている。

 そのまま男ははっきりと、俺にこう告げた。


「Nein」

「ははッ。そこは嘘でも『そうかもしれないJein』って答えるべきじゃないのか」

「……生きるために契約してるだけだ。裏切れば俺達はギルドの手によって死ぬわけじゃないが、仕事を斡旋されずに野垂れ死ぬだけだからな」

「素直に答えるやつは嫌いじゃない」


 ぐるりと捕縛された連中を見渡せば、一様に俺を見つめていた。その表情は凪いでいて感情を読むことはできない。だが、殺気等はないので現状は暴れるつもりはないのだろう。

 まあ、あの小娘はできなかったが、目の前の男を含めこいつらはプロだ。己の感情を抑え込むことなど、俺ら貴族同様、かんたんにできるだろうな。


「旦那様。このまま第1騎士団への引き渡しでよろしいでしょうか」

「よろしいでしょうかって、もう呼んでるだろ」

「はい。もうじきこちらに着くでしょう」

「ならそのまま引き渡すべきだろう」


 もう一度、捕縛された連中を視界に入れて《認識》する。

 腕を伸ばして指を弾くと同時に、男どもが燃え上がった。悲鳴が上がり、背後からは「兄さん!!」と小娘の叫びが聞こえる。振り返れば、ハンスに抑えつけられているにも関わらず小娘は今にも俺に飛びかからんばかりに暴れていた。


「お前、お前ェ!!お前が聖人だなんて嘘だッ!!偽物野郎!!」

「そんなんでよくリーダーとして務められていたな、お前は。よく見ろ」


 悲鳴は数多の戸惑いの声に変わり、少しの間を置いて炎は消えた。

 燃え尽きたのは連中の上半身の服だけで、縄やズボン、靴なんかは燃えていないし、人体は当然無事である。火傷の痕ひとつすらない。

 ポカンとする小娘の脇を通り過ぎ、馬車に乗り込む。抑えつけていたハンスも静かになった小娘を見て手早く縄で縛り上げ、俺が話した男の隣に運ぶとそっと座らせた。


「衣服に武器など仕込んでいない、もう降参しているというのを手っ取り早く騎士団に知らしめるための措置ですよ」

「え、なん、なんで、服が燃えたのに、火傷がない」

「あなた、襲う相手の事前情報が不足していますよ。本当に暗殺者ギルドの一員ですか?旦那様の炎は、旦那様が燃やすと決めたものだけを燃やします。その他には影響はありません」

「―― つまり、あの人は服だけを残して俺らを消し炭にすることだってできるってことだな」

「実際にされたことはありませんが、おそらくは」

「たぶん臓器だけ燃やすってのもイケるぞ。やったことないけど」


 聞こえてきた話に乗って窓からひらりと手を出して答えれば、ひ、とまた小娘の悲鳴が聞こえた。

 やったことないし、やるつもりも今後はないけどな。ルルに何かあったらやるかもしれないけど。


 ひとつ、ため息を吐いたらしい男は馬車に乗っている俺を見上げた。


「おそらく、我々が失敗したことをは把握しているでしょう。近々接触があるかもしれません」

「わざわざ?ご苦労なことだ」

「聖人ヴォルフガング様を襲撃した組織を保有している、なんて露呈すればどうなることか」

「それを知っていて尚、依頼を承諾したのはとやらだろう」

「……質は落ちました。先代であれば受けなかったでしょう」


 そういえば、プフィッツナー情報ギルド長が交代していたな。あまり接点がない情報ギルドのことだったから実情までは探っていなかった。

 なるほど。普段であれば受けないような依頼だが、現在のギルド長が引き受けて渋々と暗殺を実行しようとしたのか。恐らく前金も振り込まれたことだろう。今のギルド長の質が良くないのであれば、職業斡旋所の件がなくとも集まる者たちもそれ相応ってとこだろうな。


 原作ゲームでは、悪役令嬢ルイーゼが暗殺者ギルドにヒロインを殺すよう依頼する。

 攻略対象者の好感度が一定値に満たないと、ヒロインは殺されゲームオーバーになる。バッドエンドの中では唯一、ヒロインが魔物暴走現象アウトオブコントロールではない原因で死ぬルートだ。逆に好感度が高ければ、断罪の場でルイーゼが依頼したことが露見して社会的制裁を受けることになる。

 ……ヴォルフガング父親やルイーゼ自身が襲われるような話は、どのルートにもなかったはずだ。ここら辺はシナリオから予測することは出来んな。


 考えに浸っていると、コン、とドアがノックされる。


「旦那様。第1騎士団が到着しました」

「はぁ~。帰りが遅くなるな」

「後ほど、精霊の伝言でお伝えしておきます」

「頼んだ」


 これから事情聴取もあるだろうし。一旦、聴取のために第1騎士団の最寄りの拠点に移動することになるだろう。帰ったらギルとめいっぱい遊んで、ルルから学院の様子を聞こうと思ったんだが今日は無理かもしれんな。



「ちなみに、ハンス」

「はい」

「襲ってきたあいつらの動きはどうだった?」

「……荒々しいですね。一部、洗練された動きをした者もいましたが。ただの石ころよりは原石の者の方が多い印象です」

「ふぅん」

「引き入れ交渉しますか?」

「あいつらのとの話し合いの後だ」

「承知いたしました」

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