第四章
第1話 それから1ヶ月の間に起きたこと
ようやく、モニカ嬢と対面できることになった。それまでに色々あった。
ため息を吐きながら、着替えを進める。一応、聖女・聖人として面会する
「悪かったな、長らく伯爵邸の方を空けさせることになって」
「問題ありません。半年ほど会えないパターンも考慮して体制を整えてからこちらに来ましたので」
軍服のジャケットを持ち待機しているハンスは淡々とそう返した。うん。やっぱ優秀だ。
中に着るシャツに袖を通し、ボタンをしめながらここ1ヶ月の事態を思い返す。
まず、ルルの加護について分かったことがいくつかある。
祭司長様ご協力の下、色々と試行錯誤した結果、ルルに与えられた加護は身内は無条件に、他、ルル個人と関わりが深い者たちに対して加護の力が動作することが判明した。
現時点での対象者は俺を含めた家族とフィッシャー侯爵家、レーマン公爵家、ベルント公爵家、シュルツ公爵家、ブラウン侯爵家、それからフンケル辺境伯家とヴィンタース子爵家、事業で関わりのあるハイネ子爵家、あとアーサー殿下。
やっぱ神様の判定ってガバガバなんだなと思った。エレヴェド神、絆が強い者って言ったじゃん。家族どころか貴族家になってるぞ。直接ルルと関わってないご家族も入ってるぞ。アーサー殿下のところの使節団が対象に入ってないのは家族判定じゃないからか。
そして加護の発動はオートで、魅了をかけられた側はなんとなく分かる。あのぶわって感じは他の面々も感じたらしい。元々、アーサー殿下は魅了が効きづらいが向けられると居心地が悪く感じられていたらしく、最近は過ごしやすくなったとニコニコしているらしい。ちなみに、ルルの加護云々については我が家しか知らない。
それから、エレヴェド神は言っていなかったが他にも加護の効果があって、魅了にかけられた者の解呪もできる。
たまたま具合いの悪そうな文官が廊下で蹲っているのを見かけたルルが声をかけた。しかし文官はルルと分かるとあからさまに眉間にシワを寄せて「大丈夫です」と言ったそうだ。それでも、とルルが彼に触れた瞬間、文官の顔つきが変わった。そうして「なんであんな行動を」と顔色を悪くしながら呟いたそうだ。
つまり、ルルは魅了にかけられた人に触れれば、魅了を解呪できることになる。
俺はそれを聞いて天使かなと思った。いやルルは天使。異論は認めない。
ただ、かけられた時間と比例して、長ければ長いほど魔力を消費するし、時間もかかることが分かった。
ルルの魔力保有量はそれなりにあるとはいえ、無尽蔵ではないし俺よりは少ない。発動条件は「素手で触れる」のようだったので、ルルには常に手袋をつけてもらうようにした。
そして、あの戻って来るティアラ ―― 現在はブレスレットとなったものの効果のひとつである
モニカ嬢に使う前に、とレナとペベルが実験台を引き受けてくれた。
まず、この魔法の使用により目の色が赤に変わることが判明。魔法を使ってるとバレるためどうするかと思っていたが、それはアーサー殿下が解決してくれた。
彼の曾祖母である戦妃イェーレが身につけていた、目の色を変えるメガネを貸し出してくれたのだ。彼女の遺品、かつ変装するときに便利ということもあって持ち込んでいたそうで、本当偶然ってスゲェなと思う。
前作ゲームでも彼女はメガネをかけていた設定だった。紺色の髪に赤い瞳と、邪神に近い色合いだったから身につけていたそうだ。先々代プレヴェド国王が邪神の色合いによる迫害をなくそうと動き始めたのは、イェーレ妃のためかもしれない。
見せかけの目の色は、メガネの丁番部分にはめ込める宝石の色合いで変えられるそうだ。メガネに組み込まれた魔術回路が宝石の色を読み取り、変えてくれるらしい。一点ものらしいので恐縮しながらお借りすることにした。
で、
一言で表すなら、ヤバい。マズい。こんな魔法は失われて正解だ、と思うものだった。
―― 魂の形も分かるが、相手の真名も分かるのだ。
繰り返すが、真名は本来他者に公開することはない、秘すべき部分の名だ。
一般的に公開するのは家族、伴侶、または神々のみ。それを視ることで暴くことができるこの魔法は存在すること自体がよろしくない。
レナは俺と夫婦だから問題ない。だが、問題はペベルだった。
実験台は多い方が良いだろうと、同時に視たのがよろしくなかった。真っ青になった俺にギョッとしたふたりだったが、話を聞いたペベルは。
『まあ半ば事故みたいなものだし。それに、別に君になら真名を開示しても問題ないよ、僕は』
なんて、あっけらかんと答えた。
『バッ、おっま!』
『悪用なんてしないだろう?君は』
『死んでもするか!!』
『ほらね』
だから知られても平気だよ。と笑ったペベルに頭を抱えるしかなかった。レナも驚いていた。当然だ。
真名は魂の名と呼ばれる。名を把握することは、命を握ったに等しい。真名を使って相手を傷つけることができるからだ。
はるか昔の事例で、どっかの阿呆が殺したい相手の真名をどうにかして手に入れ、魔道具の中に真名を書いた紙を入れた上で、魔道具を壊したところ相手が死んだ、みたいな嘘みたいなこともある。
俺はしばらく葛藤したあと、俺もペベルに真名を開示した。
ペベルはその細い目を大きく見開いて驚いたのはすごく印象に残ってる。あいつ、あんなに大きく目を開くことができたのか。いつも開いてんのか閉じてんのかわかんないぐらいだったのに。
そしてじわじわと嬉しそうに微笑んで「信じてくれて嬉しい」と言われ「親友だからな」と返したけどすごく恥ずかしかった。レナと同席していたハンスはニコニコと微笑ましくこの光景を見守っていた。
話を戻そう。
2週間ほど前にモニカ嬢がグリッツェ大森林ダンジョンの攻略を終了した。
まあゲームと違って攻略済みのダンジョンだからな。欲しい素材によっては低階層をしばらくうろつくだけで集まる。何の素材を集めたのか、はレーマン公爵家の優秀な隠密隊が断片的に拾ってきた。
月の雫と呼ばれる、満月のときにしか咲かず採取できない花。
グリッツェ大森林にのみ生息するグリッツェウルフというモンスターの毛皮。中ランクのモンスターだな。
宵闇草と呼ばれる薬草。
モンスターを討伐した際に出てくる魔石をいくつか。
そして、特筆すべきはグリッツェ大森林で稀に入手できる精霊の水。
モンスターの毛皮や魔石以外は魔法薬の精製に使うものだ。その他色々採集したらしいが、そこまでは確認できていない。
月の雫は魔力回復薬用、精霊の水はポーション生成用として主に使われているから、まあ今後もダンジョンをまわる上で魔力回復薬、ポーションを都度購入するのは費用がかさむ。それを少しでも節約するために自力で精製する目的なんだろう。
そして、もうひとつ。特筆すべき点として、学院内でのルルの立場だ。
じわじわと真綿で首を絞めるように「ゾンター伯爵令嬢が聖女モニカを忌み嫌っている」「ゾンター伯爵令嬢が聖女モニカに危害を加えた」などの噂が学院内に蔓延しはじめた。グリッツェ大森林の攻略を終了してモニカ嬢らが学院に戻ってきてすぐのタイミングだった。
1点目の「忌み嫌っている」という件についてはハインリヒとモニカ嬢のパーソナルスペースの近さへの苦言だが、ある意味さすがとも言うべきか、モニカ嬢の方が口が回る。カールやアーサー殿下、フンケル嬢やヴィンタース嬢から見れば至極真っ当な苦言も、モニカ嬢にかかれば悪意ある言葉に置き換えられてハインリヒに伝えられた。
そのハインリヒが公衆の面前でルルを叱責する。当然、ルルは「そのようなことは言っていない」と正しい内容を伝えようとするが、モニカ嬢が「どうしてそのような嘘をつかれるのですか」とはらはらと泣いて訴えたことでハインリヒが激昂。この光景が周囲の生徒にどのように映ったのか。少なくとも、カールなどのルルの味方陣営から見れば「ハインリヒが悪い」の一択だった。だがなぜか、周囲の評価は逆で「ゾンター伯爵令嬢が悪い」という状態だったらしい。
カールの報告、やや離れたところから状況を見ていた臨時講師のグレタ夫人からの連絡。
そして、ルルが身につけていたブローチ型の記録魔道具。ルルが8歳のときにマルクスから贈られたそれは大いに役立っている。その記録を見る限り、カールとグレタ夫人の報告が正しい。
―― なのに周囲の評価が逆なのは、ハインリヒが魅了を使用したからに他ならない。
カールの精霊も反応したし、加護があるルルも、加護の対象となっていたアーサー殿下、フンケル嬢、ヴィンタース嬢も何かを感じたという。
……ルルに与えられた加護の効果範囲が「絆が強い者を対象」なのが痛かった。
どうせなら「その場にいる者を対象」にしてほしかった、と強く思うがどうにもならない。素手で触って解呪しまくるのはルルに負担がかかる上、そもそも素手で他人に触れるというのはハードルが高いものだったりする。
幸いにも、アーサー殿下やフンケル嬢、ヴィンタース嬢が寄り添ってくれるためルルは落ち着いている。特にアーサー殿下がこころ砕いてくれているようで、交換日誌にも「アーサー殿下がいてくださって、とても嬉しい」と書かれていた。
そして2点目の「危害を加えた」という件。これに関しては、こちらの言い分としては「事件」として調査すべき案件と言える。
学院では魔法実技の授業がある。魔術師団に所属するような高等技術を持った教師が指導するんだが、この日、自分の属性魔法を使った遠距離攻撃の授業だった。
ルルは火属性。マルクスのような
まだ入学初年度ということもあり、演習場に設置された的に向かって魔法を当てるというシンプルなものだった。事故など起こりようがない。
だが、ルルが的に向かって放った火魔法が途中であり得ない軌道をえがいてモニカ嬢に向かった。幸いにも、モニカ嬢に届く前に水属性を持つハインリヒの側近が相殺したことによって何事もなかった。
以前も言ったかもしれないが、魔法に追尾機能なんざない。それは常識だ。魔法に関しては放たれたら一直線に飛ぶ。
だが、ここで俺の特性が足を引っ張った。
俺が魔眼で炎を使うのは周知の事実。そして俺が指を弾くだけで対象を燃やすことも。
―― 父であるヴォルフガングが特殊な技能があるのなら、娘であるルイーゼも特殊な技能があるのではないか。そうして事故を装ってモニカ嬢に対して危害を加えようとしたのではないか。
当然、我が家としても抗議した。そもそも放たれた魔法は軌道を変えられない。そんなことができたらもっとモンスター退治の際の被害を減らすことができるはずだ。
大体俺には魔眼という特殊な代物が体にあるがルルにそんなものはない。何ならシュルツ閣下率いる研究陣に調べてもらってもいいと宣言したら落ち着いたが、一度広がった噂は消えづらい。こちらとしては事実ではないと否定するが、受け取り手はそう思わない。
本編ゲーム中は、ルイーゼがヒロインであるモニカに危害を加えようとする描写は確かにあった。
だが、どちらかというと内容はよくある王道の「突き飛ばす」やら「頬を叩く」などの描写だ。今回のような魔法を当てるような描写はなかったはずだ。
ルルが無罪である証拠は徐々に集まってきているが、事態の発生を未然に防ぐことができず後手に回ってる。特にあのルルの魔法の軌道を変えた件。あれをどうにか解明しないとマズい。
学院に調査を申し入れているが、グレタ夫人いわく反応が芳しくない。
「旦那様、到着しました」
御者台にいたハンスの声に思考を切り替える。
色々と考えながら移動していたが、考えているうちに面会の場である小神殿に着いたらしい。
馬車のドアが開き、ゆっくりと体を動かして馬車から降りた。
色々と考えたいことはあるが、まずは目の前のことを片付けることからだな。
出迎えの神官に挨拶して、案内されるまま歩く。
この小神殿は聖女・聖人が会合することもあるため、大小様々な応接室が用意されている。そのうちの一室に案内され、神官がドアをノックした。
「聖人ヴォルフガング様がいらっしゃいました」
「はい」
中から女性の声が聞こえた。その声の後、神官がドアをゆっくりと開く。
小規模な応接室の中、ソファから立ち上がって出迎えた彼女はにこりと微笑んだ。
「お久しぶりでございます、ヴォルフガング様」
スカイブルーの髪に翡翠の瞳。
俺もにこりと義務的に微笑んで、応じた。
「久しぶりだな、モニカ嬢。4年ぶりほどだろうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます