第23話 神々との対話


 神と思われる青年は俺を見るなり、ぱっと表情を明るくした。


《うわ~~~!ヴォルフガングマレウスじゃんちょー久しぶりーーー!!》

「うっ!?」


 キィン!と響いた声に思わず両耳を塞いだ。いや、響いたのは頭の中だ。ズキズキと痛みを感じて顔が歪む。

 俺の様子に「あ」と声を上げたのはヴノールド神か。


《フォティアルド!ただでさえお前の声はでかいんだから落とせ!大丈夫か》

「……ちょ…っとしんどい、です…」

《あ、悪い悪い》


 声量を落としてあっけらかんと謝ってきたフォティアルド神に、頭を抱えたくなった。今も痛みで頭を抱えてる状態だけど。

 ヴノールド神はあからさまにため息を吐くと「わたしも一緒にいるよ。こいつ、よく暴走するから」とふわりと俺の近くまで来てくれて、そっと小さな手で俺の額に触れてくれた。すっとひいた痛みに安堵の息を吐く。


《えー、ゴホン。元気だったか、ヴォルフガングマレウス


 一言で言えば陽キャ。根明。軽薄。キラキラと炎の残滓が髪から溢れている。

 思わずそのまばゆさに目を細めながら「はい」と答えた。っていうか何この神。見た目と口調にギャップありすぎないか。


魔眼それ使ってくれてるんだ。嬉しいなぁ》


 にこにこと嬉しそうに笑うフォティアルドに「いや使わざるを得ないから」と内心突っ込む。さすがに言葉に出せないので曖昧に笑うしかなかった。


エレヴェド様親父殿から聞いてるよ。魔眼使って探せって言われたんでしょ。それねぇ、今持ってるティアラに埋め込まれてる魔法を使うと良いよ》


 今や持ち歩くくせがついた、ティアラが入った袋をフォティアルド神が指さした。

 彼がくい、と指を折り曲げると同時に袋からティアラが飛び出す。ティアラはそのままフォティアルド神の指にくるりと引っかかった。

 ひとつひとつ、宝石を指さしてフォティアルド神が効果を話していく。


《これ、魔力増幅の魔法。持ってるだけで効果あるよ。こっちは魂見こんけんの魔法。文字通り、魔眼を通して魂を見ることができる魔法だ。俺ら神でも、エレヴェド様親父殿から許可をもらえなければ魂は見ることも触れることもできないからね。デメリットは魔力消費がバカ高いことかなぁ。組み込んだ魔法陣、どうがんばってもこれ以上効率化できなかったんだよね》

「もしかして、その魔法のために魔力増幅の効果がついてるんですか?」

《せいかーい!まあ、そのせいで魂見こんけんの魔法なんて滅多に使われなくて今じゃ失われた魔法だけどね。エレヴェド様親父殿が特別に作った魔法だから、エレヴェド様親父殿ももう作り方覚えてないかも。あ、発動方法はね、意識すればいいよ。炎の発動方法と一緒。視ようとすればいい》


 閣下の推測が当たったか。

 ニコニコと話すフォティアルド神の話の内容をまとめると、ティアラにはめ込まれた宝石のうち魔法陣が組み込まれたのは4つ。

 1つめは、純粋に装着者の魔力を底上げする魔力増幅の魔法。2つめは、魂が視えるようになる魂見こんけんの魔法。3つめは、装着者の元に自動的に戻る魔法。そして4つめは、魔法。

 4つめの魔法はいわゆる外部記憶装置だという。なんでそんなもの、と思った俺にフォティアルド神はにこりと微笑んだ。


《祭司長から聞かなかった?加護にはデメリットもあるって》

「はい、お伺いしました。私の場合、人の顔を覚えづらいのと、魔眼を使うと人の顔を忘れるので、それだと思ってましたが」

《そうそう。目って、脳と直結してるだろ?だからどうしてもそこら辺が改善できなくてさ~。いやな、先代の魔眼保有者に泣かれたんだよ。『もう忘れたくない』って。だから、記憶する魔法をその宝石にかけてある。まあ、そのとき何を思ったのかまでは保持できないけど》


 ああ、だから外部記憶。人の感情までは別の容れ物で保管することはできないしなぁ。カメラしかり、ビデオしかり。再生はできてもそのとき感じたことまでは分からない。

 その宝石を保持している間、魔眼を通して見たことをずっと記憶してくれるらしい。記憶できる容量とかあるんだろうか。人の記憶ってめっちゃ容量くうと思うんだが。

 思わずその疑問をぶつければ「前回の運用では30年分ぐらいは余裕で保持できてたよ」とのこと。魔力消費もほとんどないらしい。いやチートかよ。


 呆れた表情で、ヴノールド神が「お前……」とフォティアルド神を見た。

 

《そのデメリットを話さずにこの子に加護与えたのか?》

《だーって。たまたまその子が生まれたタイミングで通りかかったときにさ~、面白い魂だなって思ったから。まだそいつ赤ん坊だったし、説明できないって》

《あっちから来た魂は確かに面白いけど。お前本当に衝動的に加護与えるのやめろ。先代の子もそうだったじゃないか》

《え~》


 はあ、と盛大にため息を吐いたヴノールド神が、俺の目の前までふわりとくるとそっとその小さな手で俺の頬に触れた。眉を下げ、俺の頬をぺたぺたと撫でてくる。


《悪いな。昔からこいつはこうなんだ》

「いえ……そこはもう、諦めるしかないというか」

《ありがとう》

「……あの、フォティアルド様。エレヴェド様から『眼を用いて魂を開放しろ』とも神託を受けたのですが、そちらの方法はご存知でしょうか」


 今までの話は「探す」方法だ。エレヴェド神から言われたのは「探す」と「開放」のふたつ。例えば迷子になっている魂を見つけたら、どうやって開放しろというのか。神や精霊の捜索すら欺く檻のようなものを用意されてるとなると、容易に開放なんてできない気がする。

 フォティアルド神は、きょとんと目を瞬かせた。そうして「何を言ってるんだ」とでも言いたげに、あっさりと俺に告げた。


《燃やせばいい》

「―― え?」

《お前に与えた魔眼から発せられる炎は、普通の火の魔法で発せられるものとは異なる。俺が操る炎、つまり神の炎同然だからね。魂を囚えている檻は普通の魔法では壊せないだろうけど、魔眼の炎であれば壊せるよ》


 モニカ嬢が脳裏に浮かぶ。

 もし、人の体を檻にして魂を隠しているのだとしたら。俺は彼女自身を燃やさなければいけないということだろうか。

 俺は人に炎を向けたことはない。燃やしてやろうかと思ったことは何度もあるが、実際に事を起こしたことはない。人殺しになるからだ。戦争時や正当防衛と証明されるようなレアケースでもない限り、この国、いや今の世界では殺人は重犯罪になる。


 ざあ、と顔から血の気が引いたと思う。

 俺はモニカ嬢を燃やさなければいけないのだろうか。彼女の中に、モニカ嬢ではない魂がいたときは、この手で。


 俺の様子に気づいたのか、ヴノールド神が「大丈夫?」と顔を覗き込んできた。ぺたぺたと、その小さな手で俺の目元に触れる。


「……その、檻が。生きている人の体、だった、場合は」

《は?生きてる人?》

「その、迷っている魂が人の体に入り込んでいる可能性があるんです。ヴノールド様、聖女モニカ・ベッカーをご存知でしょうか」

《知ってるよ。最近入ってきた子だろう?……あー。なんか最近おかしいなと思ってはいたけれど、そうか。彼女か》

《え。人の身体に2つも魂は入らないでしょ?》

《普通はな。どうりで、様子が変だと思っていたよ。あの子、1年前までは熱心に祈りを捧げてきたのに今は祈りにすら来ないから気にはなってた》


 え~、とフォティアルド神が驚いたように声を上げた。それから、目を閉じ腕を組んで考え込む素振りを見せる。

 とん、とん、と腕を指で叩きながらたっぷりと考えていた。パチパチと彼の髪である炎が燃える音だけが部屋に響く。それでも、時間的には1分もかかっていないと思う。ゆるりと目を開け、視線を天井付近に向けた。


魂見こんけんの魔法で檻も見れる、と思う。さっきも言ったけど、人の身体に魂は2つも入り込めない。なんらかの方法を使って元の魂を押しのけて、新しい魂が居座ってるはずだ。例えば、魂が入るべき場所に、元の魂が入れないように逆に檻のようなものを作ってるとか》


 閉め出されている、と言った方がわかりやすいかもしれない。

 モニカ嬢の魂が本来いるべき場所(家)に、どうにかして入り込んだ悪女モニカの魂がモニカ嬢を追い出し、家を檻で囲った。こうすればモニカ嬢は家に戻れない。自ら悪女モニカは家の檻に入り込んでやりたい放題している、といったところか。


《俺らも中に入った魂が見えればいいんだけどなぁ。裸の魂だったら俺らや精霊でも見えるけど、何かに入られちゃうと見えないもん》

「それならばなぜ、私の魂が面白いと思ったんですか?」

《あ。子どもは別なんだよ。まだガワが弱いからね、見えやすいっていうか。日本にも諺なかった?『7つまでは神のうち』って。こっちだと10歳までになるのかな。真名を与えられるともうわかんないから、お前の魂は今は見えないよ》


 悪女モニカが、真名授与の儀の前にモニカ嬢に宿っていたとしたのなら、おそらく神々や精霊によって乗っ取りが解除されていたことだろう。だがモニカ嬢はすでに15歳だ。もう神々の目が届かない、絶好の隠れ家となっているのだろう。

 しかし、魂見こんけんの魔法かぁ……なんで、先代の魔眼保有者に与えられたのかね、それ。


《あとなんか聞きたいことある?まあ、後でまた喚んでくれれば来るけど》

「あー……ティアラじゃない形にできますか。さすがに男の私がティアラかぶるのはちょっと」

《たしかにー。んじゃ、ホイ》


 フォティアルド神の手元にあったティアラがなんの前置きもなく燃えた。え、燃やしていいのそれ?

 ギョッとして驚いている間に、炎の中でティアラが溶けてなくなり、宝石だけが残る。溶けた液体が炎の中でぐるぐると回りながら宝石とくっついていき、最終的に炎がなくなるとフォティアルド神の手のひらの上にブレスレットが現れた。

 差し出されたブレスレットに、手を差し出す。しゃらりと音を立てて俺の左手首にとりつけられたブレスレットは、男の俺がつけても違和感はあまりないものだ。


《あ、檻を壊すなら相手がめちゃくちゃ動揺したタイミングか向こうから壊してくれって言われたときがいいよ。ガッチガチに固まってるときに燃やしても効果あんまりないと思うから》


 そのタイミングも視れば分かると思う、というフォティアルド神の助言に頷いた。

 ということは今度会ったとしてもすぐに檻を壊すことはできないってことか。動揺を誘う、なあ……お前が聖女モニカじゃなく悪女モニカだろって言っても「それが何か?」って開き直られたら困るし。仕掛けるタイミングは色々、ハインリヒやモニカの企みを壊してからの方が良さそうだ。


「ありがとうございます。タイミングを見計らってみます」

《ま、何かあったら俺の名を喚んでね。力になってあげるよ》

「はい。ヴノールド様もありがとうございました」

《いいよ。君の娘のこともあるし、何か困ったらおいで》


 じゃあね、とフォティアルド神が先に消えた。続いて手を振ってヴノールド神が消える。


 ―― やっべぇ。なんか神様も味方につけちゃった?もしかして。千人力どころじゃないなこれ。

 まあ、でもそれにあぐらをかいてしまうと思わぬしっぺ返しが来るだろうから、軽々に神々を頼るのは良くないな。彼らに相談したりするのはよくよく考えてから……いや、レナとオットーに相談してからにしようそうしよう。

 なんか相談がゲシュタルト崩壊してきた気がする。はぁ。


 帰ったらルルとギルに構ってもらおう。レナにも少し甘えさせてもらおうか。

 その後、色々整理しよう。まずもってトゥルーエンドに必要なアイテムのひとつの元ティアラ現ブレスレットが、俺以外装着できないって問題もあるし。

 まあ取られる可能性がぐんと減ったから、良かったと言えばいいのかな。

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