第22話 形式上の文章にアドリブ突っ込むんじゃありません(ただしルルは除く)


 数日後、アーサー殿下一行が祭司長様が拠点にされている小神殿に拠点を移したとレナから聞いた。先立って使節団一行を小神殿に送り出し、最後にアーサー殿下が王宮を出た形らしい。

 おそらく、使節団側に魅了された人物がいたんだろうと推測できる。マルクスとレナからプレヴェド王国との貿易協定の締結が遅れていると小耳に挟んだからだ。

 詳細は伯爵位である俺のところまでは来ないが、ハインリヒが魔道具か何かで魅了の力を使っていることは分かっているから、ハインリヒがそれを使って我が国有利の協定を結ぼうとトラブルを起こしていると容易に想像できる。実態は不明だが、もしそうなら財務局の監査役であるペベルがあれほど忙殺されてるのは納得だ。おそらく外交監査のブラウン卿も巻き込まれてるな。どっちに転んでいるかは、不明だが。


 そうして、やってきた立太子の儀。

 一般的な儀式は伯爵位以上の出席になるが、立太子の儀、戴冠の儀だけは爵位を持つ者すべてが招かれる。男爵位、子爵位を持つ者は人数が人数なため、参加できるのは当主夫婦だけだ。そして聖人・聖女とヴノールド神殿の神殿長も来賓として招待される。俺は予備役なので、元の身分の伯爵兼侯爵夫君としての参加だ。

 ちら、と聖人・聖女が並ぶ貴賓席を見る。幸いにも侯爵夫君の立場もあって貴賓席は近いから見やすい。そこには当然モニカ嬢もいた。復帰したビアンカ嬢とキルヒナー小子爵も。モニカ嬢は口元に笑みを携えながら視線のみで周囲を見回していた。ドレスはベッカー伯爵家として用意したんだろうが、いささか胸元露出し過ぎじゃないですかね。TPOってものがないのかあいつ。

 厳かな雰囲気の中、国王陛下、王妃陛下の元に堂々とハインリヒが向かう。それだけを見れば自信に満ち溢れた好青年だ。王子教育の成果も出ているのか、マントを翻しながら歩く凛としたその姿勢は王族として問題はない。


 両陛下の前で跪いたハインリヒに、陛下が告げる。


「第一王子ハインリヒ・ベルナールト。今、このときをもってそなたの身はそなたのものではない。次期王として研鑽を積み、国のため、民のため、その身を捧げよ。この国のより良い未来のため、今この場にいる共に国を良くする臣に宣言せよ」

「私、ハインリヒ・ベルナールトは今、このときをもってこの身を国に捧げます。国の礎となり、より良い国へと導く努力を、この身滅びるまで積み重ねることを誓います」


 宰相から渡された、王太子の証である剣を陛下は受け取った。そうして、両手を掲げたハインリヒの手に陛下がそっと剣を乗せる。重いのか、ほんの少しハインリヒの手が揺らいだがすぐにぴたりと静止した。

 ハインリヒが立ち上がると、我々貴族の方に振り返る。鞘の先を床につけ、剣の柄に両手を重ねて立てると真剣な表情で口を開いた。


「私は未熟である。ゆえに、貴公らの助力を願いたい。どうか支えてほしい。どうか力を貸してほしい。私のため、この国のため、貴公らと共にこの国を末永く栄えさせていこう」


 ―― 警戒していたが、特にあのぶわっとくる感じはない。

 貴族が一同に揃うこの場であれば、魅了を使う絶好の機会だと思うんだが……発動条件があるのか?内心安堵の息を吐きながら、拍手をしつつ周囲に視線を巡らせる。


 皆一様にアルカイックスマイルを浮かべながら拍手をしている。一定の音量。大きくなることはない。

 前回の立太子の儀に参加した閣下に当時の様子を聞いていたが、期待されていた現国王陛下が立太子されたときは万歳Hochも起きたらしい。前回を知っている年上の世代の方々は内心失笑してるかもしれない。

 つーか宣誓にさらっと「私のため」と入れたなあいつ。それが余計に反感を買ってる気がする。それさえなければマトモな宣誓だから、万歳Hochもあったかもしれないのに。


「ルイーゼ・ゾンター・フィッシャー」

「はい」


 王妃陛下に呼ばれ、背筋をまっすぐ伸ばし、この場に相応しい美しい装いをしたルルが歩み寄った。ルルが動くと同時に、ルルのドレスのトレーンを持った侍女が付き添う。は~~、うちの娘は控えめにいって天使かな?カメラない、カメラ。ビデオでもいい。この光景をおさめたい。ハインリヒは映さないでルルだけ。

 王妃陛下の前で足を止めたルルは深く、膝を折って王妃陛下の前でカーテシーを披露する。

 その後姿勢を正し、軽く頭を下げたルルに王妃陛下は告げた。


「そなたの婚約者であるハインリヒ第一王子は本日、王太子となりました。未来の王太子妃となるそなたも王太子と共に、次期王妃として研鑽を積み、国のため、民のため、その身を捧げなさい。この国のより良い未来のため、今この場にいる共に国を良くする臣に宣言を」


 ここで普通なら、ルルはハインリヒ同様、次期王太子妃として国に身を捧げる宣言をする。

 でもまあ、ルルは王太子妃になるつもりはないし、俺らもさせるつもりはない。


「私、ルイーゼ・ゾンター・フィッシャーは皆様と共に国を支えることを誓います」


 ぴく、と王妃陛下の動きが止まった。シンプル過ぎる宣言は事前に聞いたものとは異なるだろう。でも「契約する限りは」なんて文言が飛び出さなかっただけマシじゃないか?

 学院内は置いといて、社交界ではルルがハインリヒの過失によって婚約者とされてしまい、俺とレーマン公爵、フィッシャー侯爵が即日王宮に乗り込んだ話は有名だ。ルルが望んでその座にいるわけではないことは皆知っている。知らないのは爵位を持たない国民だけだ。

 王妃陛下は少し間を置いて「期待しています」とだけ返した。


 帯剣したハインリヒと共に両陛下に頭を下げたルルは、ハインリヒのエスコートでドレスのトレーンを持った侍女と共にカーペッドの上を歩いてこの場から退場していく。途中、貴賓席の前で立ち止まってハインリヒは軽く頭を下げ、ルルはカーテシーをした。

 ふ、とハインリヒとモニカ嬢が目が合い、お互い微笑む。おい。今儀式中だバカ。最低限のマナーは取り繕えアホ。

 くい、と腕を引かれレナの方を見れば小声で「お顔が」と言われて知らぬうちに眉間にシワが寄っていたのに気づく。表情を無にして、何事もなかったかのように再び歩き出したふたりを見送った。



 ◇◇



 立太子の儀のあとは、いつも通りの日常が始まる。

 休暇明け、ルルは侍従兼隠密隊のカールと共に通学を始めた。授業が開始されてから数日経っているが、今のところは遠巻きにされてるだけで特に何かされてるとかはないようだ。

 王太子妃教育の方は、ひとまず王宮で受けてもらっている。図らずとも創世神から魅了無効化のような加護をもらったからな。様子見しながら有効活用してもらおう。なお、王太子妃教育の講師はブラウン侯爵夫人らしい。顔は思い出せないが、なんか全体的にふっくらとした柔らかい印象の御婦人だった気がする。うーん。


 俺の方はというと、とりあえず、閣下が小神殿に俺の問題を(加護の件は伏せて)報告したこともあり、神殿側から一応顔を出してくれと要請がきていた。なので素直に応じることにする。モニカ嬢との約束も取り付けないといけないしな。例の加護の効果が物理的に離れていても問題ないのかは気になるところではあるが。それにヴノールド神にフォティアルド神へ取り次いでもらうよう、祈らなければいけない。祈りはどこでもいいって言ってたから、ついでにそれもやってしまおう。

 そういえば小神殿にアーサー殿下たちが滞在してるんだっけ。ちょっと会話できないかな。


 そう、思って小神殿にアポとって訪問してみたんだが。


「え?モニカ嬢がグリッツェ森林ダンジョンの攻略を開始した?」

「ええ。ハインリヒ第一王子殿下、いえ今は王太子殿下でしたね。殿下たちと一緒に学業のかたわらにとつい先日攻略を始めたので、お時間が取れるかどうか」


 モニカ嬢と話がしたい、と伝えたところ申し訳なさそうに神官から伝えられた上記の回答。それは ―― ちょっと、マズいかもしれん。

 この世界が乙女ゲームの世界とは似て非なるものだとは理解しているが、現在ハインリヒたちが攻略しているダンジョンはトゥルーエンドにたどり着くためのフラグのひとつのダンジョンだ。司祭長様は「影響はある」と仰っていたから無視はできない。


 グリッツェ森林ダンジョンは、その名のとおり森林が舞台のダンジョンだ。こちらも木々に視界が遮られ、俺とはあまり相性は良くない。ここは魔法薬の材料の宝庫で、現実でもゲーム上でも素材集めに便利なダンジョンである。

 ここのダンジョンは現実では攻略済みダンジョンのため、ランクさえ合えば誰でも入れるようになってる。ゲームではそのグリッツェ森林ダンジョンで採取できる「雨待ち花」と呼ばれる、雨を呼ぶことができるレアアイテムを入手するのに必要なダンジョンだ。この雨待ち花、トゥルーエンドに進むために必須な別ダンジョンを攻略するのに必須なアイテムとなっているが……。

 いや、それが目的の可能性は低いかもしれないな。どちらかというと魔法薬の材料を集めに入ってる可能性が高い。


「あー……一応、話を通しておいてくれ」

「承知しました」

「それから、ヴノールド様に祈りを捧げたい」

「ご連絡いただいていた件ですね。小礼拝室を開けております。どうぞご利用ください」

「ありがとう」


 本来なら聖堂で祈らなきゃいけないんだが、聖堂は一般庶民にも開放されているエリアだ。そこに貴族が交じると色々と厄介事が起きたりするので、大抵の貴族は小神殿に併設されている小礼拝室に案内される。

 俺も例にもれず、小礼拝室に案内された。聖堂には劣るがステンドグラスが窓にはめ込まれており、きらきらと陽の光を通して室内を明るく照らしている。案内してくれた神官は「失礼いたします」と離れていった。小礼拝室の最奥、そこにヴノールド神を模したとされる小さめの神像が設置されている。

 神像の前に敷かれたシンプルなラグに膝をついて、胸に手をあて目を閉じて祈る。


 ―― ヴォルフガング・ゾンター・フィッシャーと申します。山の神ヴノールド様に感謝を、祈りを。この国が平和でありますよう。そしてどうか、火の神フォティアルド様とのお取次ぎをお願いいたします。創世神エレヴェド様から無茶ぶりされました。なんですかフォティアルド様の加護って。俺知らないんですけど。助けてください。フォティアルド様に聞きたいので会わせてくださいお願いします。




 ぶは、と誰かが吹き出した声が突然脳内に響いた。

 思わず目を開くが、目の前には変わらず小さめの神像しかない。だが、その神像の上。ふわふわと神像と同じ大きさの人のようなものが、浮かんでいた。

 神像と同じ柔らかな顔つきのタレ目がちな男性だった。深い緑色の髪と瞳を持つそれはふわりとその場で足を組んで、座るような仕草を見せる。


エレヴェド様父上から無茶ぶりされたの。かわいそうに》

「……え」

《どうせエレヴェド様父上のこと。説明も端的で、とりあえずフォティアルドにぶん投げてたろう》

「あ、はい」


 脳内に響く声に、声を出して反応する。

 エレヴェド神の神託は断片的というか、情報が少なすぎるというか、もうちょっと具体性は欲しかった。まあでも神託もらえただけでも有り難いと思わなきゃいかんのだが。

 え、というか今目の前にいるこのふわふわ浮いてるの、やっぱりヴノールド神?


《いいよ。他ならぬ、フォティアルドから加護を与えられた君の願いだ。フォティアルドを喚ぼう、ここに》

「え、いま?」

《いま。ちょっと待っててね》


 ヴノールド神が人差し指でくるくる、と空中を何度か円のようなものを描いた。くるくる、くるくる。続けているとその指先からボッと炎が突然現れた。

 驚く間もなくその炎が一気に大きく広がり、俺と同じぐらいの大きな炎が現れる。やがて炎が人を象ると、ボゥ、と一瞬炎が膨らんで消え去る。するとそこに浮かんでいたのは、揺らめく紅い炎の髪を持つ青年だった。


 神々の衣装は、前世にあった古代ギリシャの服装であるキトンのようなものが多い。ただまあ、生脚さらしてることはなく、ズボンのようなものは履いていて、サンダルだったりブーツのようなものを履いていたりとそこはファンタジー要素が入っていることも多い。目の前に突然炎の中から現れた彼はまさにそれ。

 ひらひらの短めの袖から見える腕は筋肉質で、それ相応に鍛えているのだと分かる。いや神様が筋トレしてるのかはわかんないけど、その手には重厚な槍があった。切っ先が青い炎で覆われている。

 切れ長の瞳がゆっくりと開く。赤、オレンジ、青。炎の色が揺らめく。綺麗だ、と思わず言葉が溢れたほど、幻想的な色合いだった。

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