第21話 結局は神に聞かなければ分からんということだ
ペベルと別れ、魔術師団が詰める塔へと足を踏み入れる。
シュルツ閣下のところでレナたちと待ち合わせをしているからだ。そのあと、レナとルルは邸宅に戻る予定になっている。
「ゾンター伯爵にルイーゼ嬢。お待ちしておりました。すでにフィッシャー侯爵とご子息はシュルツ閣下のお部屋でお待ちです。ご案内します」
「ありがとうございます」
魔術師団が常駐するこのエリアは、魔術師が魔法の研究を進めたり魔法に関する古今東西のあらゆる資料を保管している。もちろん、国際機関である魔塔よりはレベルが落ちるだろうが一般的な貴族から見ればものすごい量の蔵書だ。さすがに禁書は魔塔で管理されているが、この国独自の法律で許可がないと閲覧できない蔵書もある。魔法の研究も同様。
そのため約束がないと王族ですらこのエリアに立ち入ることは許されず、立ち入る際は魔術師の同伴が必要になる。過去、他国の事例で王族ではないものの高い地位にいた貴族がこういった研究所に好き勝手入り、私欲で利用してクーデターを起こしたことがあったから、我が国でも未然に防ごうと法律で決まっていることだ。
……ま、魔術師側を抱き込まれたら法律もクソもないんだろうけどな。今のところ、そういった事案がないのは幸いだろう。
シュルツ閣下は以前は魔術師団長を務めていた上、元聖人だ。まあ俺の大先輩ってとこだな。
今は相談役として時折ここに来ているものの、普段は王都内にあるシュルツ公爵のタウンハウスで過ごしているとか。
考えながら、塔の階段を上がって案内された部屋の前。案内してくれた魔術師が部屋のドアをノックする。
「閣下。ゾンター伯爵、並びにご息女がいらっしゃいました」
「入れ」
威厳のある声に思わず背筋が改めて伸びる。「失礼いたします」と魔術師がドアを開けて、俺とルルも「失礼いたします」と声をかけて入ると同時に、どすっと足に衝撃。視線を下げれば「ぱぱ!」とギルが俺に抱きついていた。
「ギル」
「じじとあそんだの!」
閣下を「じじ」と呼べるの、ギルだけだと思う。
案内してくれた魔術師が一礼して去っていくのを見送り、ギルを抱っこしてレナが座っている応接ソファまで進む。部屋の奥、重厚な執務机に備え付けられた椅子に腰かけていた老齢の紳士が俺を見る。
「直接は久しいな。息災か」
「一応は。閣下もお元気そうで何よりです」
「他国からの来賓が来ている時期だというのに馬鹿どもが何やら動いているせいで、人手が足らんと隠居した儂まで引っ張り出されたからな。それぐらいはやれる程の気力はあるつもりだ」
「閣下までですか」
「言っておくが、馬鹿どもには貴公も入っているからな」
呆れたように告げられた言葉にぐっ、と詰まる。確かに余計なことを持ち込んだ自覚はあるので、反論できない。
座れとソファを示されたのでギルを抱っこしたまま素直に座る。ティアラを入れた袋は応接テーブルの上に置いた。テーブルの上にはギルを退屈させないようにするためにレナが持ち込んだであろう、白紙の画用紙が数枚と既に拙い絵がある。傍にはクレヨンが転がっており、更には幼児向けの絵本があった。
俺と入れ替わるかのようにレナが立ち上がり、閣下にカーテシーをする。ルルも同様だ。
「それでは閣下。わたくし共はこれで失礼いたします」
「最近はきな臭い。周囲にはよくよく注意するようにしてくれ」
「はい。ご忠告ありがとうございます」
「ルイーゼ嬢、来たばかりで返すような形で悪かった。何かあれば儂にも連絡しろ。ただでさえこれは暴走するからな、手綱は多い方が良かろう」
「は、はい。父に関して何かありましたら、ご連絡させていただきます」
え、何。俺暴走する前提なの?いや猪突猛進的なところがあるのは自覚してるけど、閣下にも言われるのはちょっとショックを受けた。
どうにかしてこの性格直らねぇかな……いや、もうこの性格で40年近く生きてるんだ。無理か。
退室していくふたりを見送ると、閣下が席を立って俺らの向かいのソファに座る。
応接テーブルに置いていた袋からがさりと箱を取り出し、その蓋を開けた。メガネをかけて、箱の中にあるじっとティアラを見つめる。やがて手袋をしてからティアラを取り出すと、それをあらゆる角度で見つめ始めた。
「あ、ぱぱの!じじ、あのね、それぱぱのとこにくるんだよ!ぱぱだいすきなんだねぇ!」
「そうか。ギルベルトはこれが父の頭に飛んでくるところを見たか?」
「うん!」
「ふむ」
「ギル、お絵描きするの?」
「うん!じじかく!」
閣下は立ち上がるとティアラを持ったままかつかつと窓際に歩み寄る。
何をするのかをその様子を見ていれば、窓を開け放った。
閣下はじっと、窓の外を見つめていた。……え。いや、まさかな?
冷や汗がたらり、と流れた瞬間、閣下は思い切り振りかぶって、ティアラを窓の外にぶん投げた。えええええええ!!閣下!?凄い良いフォームだけど何してんだアンタ!!
「閣下!?」
「この方が早い」
「いやちょっ、おわっ!」
ぼす、と頭の上に何かが落ちてきた軽い衝撃に思わず声を上げた。
閣下は既に俺、というか俺の頭を見ており、ふむと顎をなぞった。
「本当に戻るな」
「あー!おかえり!」
「はは……」
頭の上に戻ったティアラを掴んで、テーブルの上に置いてため息を吐く。
加護の件もあるっていうのに頭が痛い……ああ、いや。こっちが先か。いやそれでも頭が痛いことには変わりがない。
閣下は窓を閉めて俺の方に歩いてくると、俺の隣に腰掛けた。
「目を見せろ」
「はい」
自分のメガネを外して、閣下に向き直る。顎に手を添えられて目の中を覗き込まれた。
普通、爺さんにこんだけ顔近づけられると嫌だけど閣下イケ爺だから拒否反応はない。まあ、魔眼制御で扱かれてたときによくやられてたから閣下には慣れたってだけかもしれないけど。他の爺を想像して無理だな、と咄嗟に思った。
す、と閣下のメガネの奥の瞳が細められた。
「……呪いではないな、確かに」
「そりゃ、良かったです」
「どちらかというと契約だ」
「契約?」
す、と閣下が離れたので、メガネをかけ直した。閣下はティアラを手に持つと、ティアラにつけられている宝石にひとつひとつ触れていく。
「正確には貴公の魔眼と契約しているように見える。そも、貴公の魔眼は魔塔に問い合わせても詳細が分からなかった代物だ。儂でもはっきりとは言えん。儂の前に中央神殿の祭司長殿にお会いしたというが、何か言われなかったか」
言われた、が。真名と同等の扱いである加護の話を言っても良いものか悩む。
まあ言われたこと事態は伝えても問題ないので、口を閉じて笑みを浮かべた。それだけで閣下は察したようで、深く、深くため息を吐く。
「他言せぬという真名宣誓が必要なほどか」
「はい」
「貴公は本当に厄介事しか持ち込まんな」
「いや、こればっかりは私も不可抗力です。物心ないうちから持ってますから、これは」
苦笑いを浮かべながら目元に触れる。いや本当。赤ん坊の頃に付与された加護なのだとしたら俺不可抗力。赤ん坊に何を期待しろというのか。前世の頃から神の思考回路なんて分かるはずもない。
創世神エレヴェドは元日本人らしいが、元だ。一方的に祭司長様の体使って神託して、ルルの承諾もなしに加護を与えるなんて暴挙は神らしいと言えば神らしいから、神になって人間らしさはなくなったのかもしれない。
閣下が何事かを呟くと、閣下の手元に杖が召喚された。ファンタジーものでよく見かけるような、魔道士が持つ上部に円盤状の装飾が施されているものだ。小さな宝石のようなものがいくつもぶら下がっており、中心には大きな宝石がはめ込まれている。―― いや、宝石じゃなくて魔石だな。
これは魔術師が魔法を発動させるときの補助道具だ。なしでも問題ないといえば問題ないけど、複雑な魔法を発動させる場合はあった方が良い。本来なら魔法は長ったらしい呪文を詠唱する必要があるんだけど、これで詠唱を短くすることができる。
俺?俺は持ってないよ。どうせ燃やすことしか出来ないから…ははっ…。
ギルも突然現れた杖に驚いた様子を見せたが、すぐに目をキラキラと輝かせた。
「じじ、かっこいー!」
「……ふ、ありがとうな。ギルベルト、儂とお父様は少し大事な話がある。絵を描いていてくれるか」
「はーい!」
ギルの元気な返事に微笑んだ閣下は、俺越しでわしゃわしゃとギルの頭を撫でて離す。と、同時に杖の先で床を数度叩いた。
その瞬間、キン、と一瞬で何か結界が張られた感覚。
―― 何度見ても、感嘆の息が溢れる。無詠唱で、杖の動作だけで2重の結界を作れるのは俺が知る限り閣下しかいない。
部屋全体にひとつ。俺と閣下、ギルの間にひとつ。
部屋全体にかけたのは外からの傍受を防ぐため、そしてギルとの間にかけたのはギルに聞かせないため。まだギルは子どもだ。うっかり話してしまう可能性もあるからだろう。
ギルは閣下の言いつけ通り、絵の続きを描き始めた。
「我が真名に誓おう。これからこの結界が解かれるまでの間にヴォルフガング殿から話された内容を、ヴォルフガング殿の許可なく他人に告げることはしない」
「我が真名に誓って、これからこの結界が解かれるまでの間に嘘偽りなく語ります……ありがとうございます、閣下」
「何、巻き込まれたついでだ。貴公の魔眼について分かるのであろう」
長年の謎だったからな、と笑った閣下に俺も笑い返した。
本当、こういうところは格好いい爺さんだよ閣下は。
真名宣誓まで行われたのだし、結界も張られているから大丈夫だろう。俺は祭司長様から告げられた俺の加護の件とルルの加護の件を閣下に伝えた。閣下は僅かに目を見張り、やがて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、はぁとため息を吐いた。
「その話は本当か、と疑いたいところだが、祭司長殿直々に告げられた上、真名宣誓しているのであればまことであろうな。貴公ら父娘は何に巻き込まれているのだ」
「私も聞かされたときは嘘だろと思いましたよ」
「しかし、火の神フォティアルドからの加護か……であれば、その魔眼がフォティアルド神からの贈り物なのであろう。全身の魔力回路を目に集中させるなどやり過ぎだが、神には通じんだろうな」
「一言、文句を言いたいぐらいですね」
「一どころか万ぐらい言え。貴公はそれでいらぬ苦労をしただろう」
そんな若造に付き合って一緒に苦労してくれたのは、目の前の閣下だ。
でもそんなことは一言も言わず、神にぶつぶつと文句を呟く閣下に思わず顔が緩む。なんか、うん。嬉しい。前世でどうだったかはもう覚えてないけど、今世の両親からはこんな風に親身になって助けてくれたことはなかったから。
「閣下」
「ん」
「ありがとうございます」
思わず、礼を述べれば。閣下はじっと俺を見て、それからぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でてきた。
その手が暖かくて、じわりと泣きそうになる。
「今回はよく連絡をした」
「……はい」
「不安だったか」
「俺は別に良かったんですけど、ギルを巻き込んだんじゃないかって、心配で。でもレナはギルも心配だけど、俺が一等心配だと、言ってくれました」
「カサンドラ夫人もそうだが、お前は良い夫人に恵まれたな」
「はい」
ポンポンと肩を叩かれて深呼吸する。
一応結界を張っているとはいえ、こちらの様子はギルから見える。俺が泣いたと気づいたらギルは驚くだろうし、どうしたのと自分も泣きそうになりながら心配するだろう。それはさせたくない。
「魔眼が神の加護によるものである、というのであれば、このティアラも魔眼に関連している可能性がある。このティアラにつけられているのは魔石ではなく宝石だが、魔法に関する術式が組み込まれている」
「え。宝石にも術式が組み込めるんですか?」
「現代の技術では無理だな。ロストテクノロジーというものだ。だが、詳細な鑑定をかけても術式が組み込まれている、というだけでどういう効果の魔法が発動するのかは分からん。ただそのうちのひとつが、貴公の頭に戻るというものなのだろう。ギルベルトには契約のようなものはなく、貴公の魔眼とのみ契約されたということは、このティアラの元の持ち主が貴公と同じ魔眼だった可能性がある」
なるほど、と思わず頷いた。
要するに火の神フォティアルドから加護を、つまり魔眼を授けられた者が古い時代にいて、その者が身につけていたティアラだってことか。そのティアラを奪われないようにそのような仕掛けを施したのなら、まあ頭に戻ってくるのは納得できる気がする。
いや、納得はできるけど俺男だからティアラは嫌だな。どうにか別なものにできないだろうか。
「近々、ヴノールド神経由でフォティアルド神に接触を試みる予定です。そのときにお尋ねしてみます」
「それが良かろう。前時代については資料がほぼ存在しないからな。推測でしかない」
「いえ、閣下にお話して良かった。私ひとりではどうにもできませんでしたから」
「ヴォルフガング」
敬称なしの名を呼ばれて、目を瞬かせた。
この呼び方は俺がまだ閣下の下で扱かれていたときだけで、伯爵位を継いでからは聞かなかった呼び方だ。
閣下は俺を見つめ、一度口を閉じてから、開く。
「貴公は、魔力を使いすぎると人の顔を忘れるのだったな」
「……はい」
「加護にはデメリットがある場合がある、と祭司長殿が仰っていたとおり、貴公のそれは魔眼を使用したことによるデメリットなのだろう。だが、儂はそれだけではないと踏んでいる」
「え?」
「……まだ、確信を持てぬ。それ故にまだ告げることはしないが、絵は必ず続けろ。それから、日記もつけることだ」
絵はよく描いているから、まあそれは良いけれど。日記?なんでまた。
まあでも、閣下がそこまで言うからには何かあるんだろうな。
頷けば、閣下はこれで話は終いだと言わんばかりに再び杖の先で床を叩いた。ふと結界が解かれる。
「ギル、お話終わったよ」
「ぱぱ、みて!じじ!」
「お、上手だな」
「じじあげる!」
「ありがとう」
ギルが描いた絵を閣下が受け取った。描かれた内容を見た閣下は、ふ、と声を出して笑う。
幼児らしい、拙い絵柄は閣下であろう人っぽい何かが描かれている。そんな絵を見て、目尻を下げて笑う閣下ってやっぱり優しいなって胸がぎゅってなった。
「ギル、お父様のは?」
「ぱぱはないよ!」
「え~~」
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