第20話 加護が早速役立ってしまった

 面会時間が終わり、祭司長様との挨拶を済ませて別れた後、ルルと王宮内を歩く。幸いにもルルの右手の甲に浮かび上がっていた紋章は消え、今は何も無い。

 向かう先はペベルが務めている財務局だ。


 五大公侯は国の監視役、つまり一般企業で言えば監査役の地位にいる。

 国の政策に首を突っ込んだりはできないが、ちゃんと国が不正せずに働いてますかってチェックする立場だ。俺もレーマン公爵代理時代にやったよ、公共事業系。国が金を出すべき事業なのかそうでないのか。むしろこれ国がやるべきだろ〜〜ってやつももちろんあったが、俺に口出し権限はないのでスルーするしかない。上がってきた最終決裁待ちの時点では、すでにそういったものは弾かれてるから。

 まあ、ある意味ではそこで勉強できたのは良かったけどな。


 ルルをエスコートして歩いているときだった。

 向かいから、ぞろぞろと人を連れて歩く人影を見つけてぴたりと足を止める。ルルも相手に気づいたのか、すんと表情が落ちた。分かる。俺もそうなってるから。


「……お父様。持ってるようです」

「そうか」


 ルルにはカールを主とした精霊がついている。鉱山のカナリアならぬ、魅了のカナリア役として。

 それが反応してルルに知らせたということは、やっぱり持ってるんだな。魅了魔道具か、それに相当するものを。

 好都合といえば好都合。今、ルルには創世神エレヴェドから与えられた加護がある。絆が強い者にも加護の効果があるらしいから、恐らく俺にも効果はあるはずだ。


 向かいから歩いてきた金髪碧眼の少年もこちらの存在に気づいたらしい。にこりと表面上は完璧な笑顔を浮かべて、手を上げた。俺は胸に手をあて軽く一礼、ルルはカーテシーをした。


「ルイーゼ嬢、ゾンター伯爵じゃないか。久しいな」

「お久しゅうございます、ハインリヒ第一王子殿下」

「はは!まあもうじき立太子することになる。次に会うときは、正式な口上を期待しているよ」


 どの口が言ってんだよクソが。

 まだ立太子してないからこそだろうが。


「その袋は?」


 俺が手にしている、ティアラが入っている箱を持ち歩くための袋に気づいたのだろう。

 視線を向けられたので、軽くそれを掲げた。


「シュルツ閣下からのご依頼の品です。このあと、用事を済ませてからお届けに上がる予定でした」

「ああ、あの爺さん…まだ元気だな。伯爵ともあろう方が、お使いさせられるとは。他の者に頼めば良いものを」

「直々に依頼をいただいたものですから。責任持ってお届けいたします」


 こいつ、シュルツ閣下が怖くないのか。あの人の拳骨めっちゃ痛いんだぞ。


「ルイーゼ嬢は休み期間中は領地に戻っていたそうだな。ゾンター伯爵領などなにもないところだ、さぞつまらなかっただろう?」

「とても充実した日々でしたわ。東ティレルの洞窟に挑戦する機会を得ましたので、フンケル辺境伯様と一緒に攻略してみましたの。最後までは行けませんでしたが、楽しかったです」


 にこりと微笑んで返したルルに、ハインリヒが連れ歩いている側近っぽい少年が「え、あの東ティレルの…?」と呟いた。ハインリヒの顔がやや歪む。

 そりゃそうだろうなぁ。一応、あのダンジョンに挑戦するのって高ランクの資格を持つ人だけだから。


 ダンジョンっていっても千差万別で、危険が小さいものから大きいものまで幅広くある。

 我が国独自の基準で、ダンジョンにはランク付けがされている。高、中、低の3種類だ。そのランク付けは国と冒険者ギルドが共同して行っており、ダンジョンにチャレンジできるのは冒険者ギルドからの実力査定を受けた者だけ。これは冒険者ギルドに所属しなくても受けられる。

 我が国は、原則男性であれ女性であれ戦えるように教育に組み込まれている。貴族の義務アーデル・フェアプリヒテのひとつだ。だからルルも戦えるし、エマ嬢なんかも戦える。ただ、貴族は魔力を生かした魔法戦が主となっており接近戦が苦手なものが多いため、後衛が多い。俺もそのひとりだな。

 で、ある程度実力がついたと判断されたら、子どもだろうが大人だろうが必ず冒険者ギルドでランク査定を行うことになってる。

 ちなみに、ここで忖度して実力に見合わないランク付けがされるとあっさりと死ぬので、そういったことはほぼない。強要された場合は即国に通報。いや、前例があったからこその制度だけどな。


 で。俺はいわずもがな、レナとルルも高ランク持ちだ。

 だからこそ東ティレルの洞窟に入ることを許可したし、まあとはフンケル卿がいたのもあったけど。


 …そういえば、ハインリヒのランクってどうなってるんだろうな。


「…そうか。そういえば、ルイーゼ嬢は聖女モニカの結界石への魔力供給の光景を見たことはあるか?」

「いいえ、ございません」

「今度頼んで連れて行ってやろう。とても幻想的な光景なんだ、君も気に入る」

「とても有り難い申し出ですが、無関係な私が同行すると聖女モニカ様もお気になさるでしょう。ご遠慮させていただきます」

「そう言わずに、来い。あとで連絡する」


 命令形かよ。

 というか同行させるか否かは聖女・聖人側が決めることでお前が決めることじゃねぇわ。

 焼け石に水かもしれないが、とりあえずその事実を伝えようと口を開いたそのときだった。


「ご遠慮いたします。そも、私は聖女モニカ様の魔力供給の様子は拝見したことはありませんが、父の光景は見たことがありますの。殿下は、父の様子をご覧になられたことはありますか?」


 ん?ルル?何言おうとしてんの?

 なんかうっとりとしてないか?


「ゾンター伯爵のか?ないな」

「まあなんともったいない!私、聖女ビアンカ様の光景も拝見させていただいたことがありますが、身内贔屓と言われようとも父の方がとても荘厳でしたの!聖女ビアンカ様や聖人アヒム様、さらにはシュルツ御大閣下からも父は別格と評されていますのよ!」


 待って。それ初耳なんだが。


「な、なに…?そんなに、か?」

「ええ!両陛下も現役時代の父の魔力供給の様子はご覧になられていると思いますから、ぜひお尋ねくださいませ。きっと快くお伝えくださると思いますわ」


 にっこり、と聞こえそうなほどに笑みを浮かべてそう答えたルルから、俺にハインリヒの視線がよこされた。俺もにこりと微笑んでおく。他の聖女・聖人と大して変わらないと思うんだがな!?


「では、次の結界石の魔力補給の際は私を連れて行ってくれるな?ゾンター伯爵」


 ―― ん?

 なんだ、今の。ぶわ、となんか来たけど一瞬で掻き消えた。

 いやそれよりもなんで断定系なんだよ。嫌だよ誰がお前なんか連れて行くか。


 とりあえずやんわりと断ろうとした瞬間、ガシッとルルから腕に抱きつかれた。

 その勢いに思わず目を見開いたのは俺だけじゃないだろう。


「殿下。残念ながら父は予備役。よほどのことがない限り、巡業に出ることはございませんの。その機会はございませんわ」

「は?だがこの前のシュルツェン辺境伯領にはゾンター伯爵が派遣されただろう」

「あれは、たまたまビアンカ嬢やキルヒナー殿が怪我を負われたこと。そしてプレヴェド第三王子殿下の出迎えに適当な人間が私しかいなかったからですね。モニカ嬢の活躍もありますし、当面は予備役の私が出る機会はほぼないかと思われます。そのため、申し訳ありませんがお連れするお約束は出来かねます」


 俺だって聖人として出動したのは数年ぶりだったしな。そう頻繁に予備役を動かされても困るってもんだ。

 ビアンカ嬢やキルヒナー殿はもう復帰されてるし、俺の出番は当面ないはずなのは本当。それこそ、現役聖女・聖人が総出で出動しなければならない事態が発生しなければ。

 あからさまに、ハインリヒの顔が歪んだ。自分の思い通りにならないことに気づいたからだろうか。

 ……さて。あまり長居してもな。


「殿下。申し訳ありませんが、このあとベルント公爵、シュルツ閣下と続けて約束があるのです。時間に遅れてしまいますため、本日はここで失礼させていただきます」

「……そうか。悪かったな、引き止めて。ルイーゼ嬢、また学院で会おう」

「はい。失礼いたします、殿下」


 側近たちを引き連れて、去っていくハインリヒを見送って俺とルルも歩き出す。

 自然と、俺とルルからため息が溢れた。嫌な奴に会った。


「そういえばルル、殿下の様子を見て何か思ったことはあるか?」

「いいえ、特には。それよりも虫に刺されたのか右手が痒くて」

「え?見せてくれ」


 思わず立ち止まると、右手を差し出してきたルルの手を取った。手の甲は特に何もない。

 ルルの手の甲を撫ででやりながら「今は大丈夫か?」と問いかける。頷くルルに良かったと答えを返して、再び足を進めた。


 ―― それ、どう考えても加護が発動したんだろうな。痒い、は聞かれても良いような適当な理由か。それとも加護が発動したことによるデメリットか。

 いずれにせよ、夜の手紙交換で分かることだな。

 は~。つまりはあれか。魅了の力を使われたんだな。あのぶわって何か来たやつか。

 警戒してなけりゃ違和感を抱かなかったほどの感覚。あれはマズい。感覚が鋭い精鋭騎士団や魔術師団はもしかしたら気づくかもしれないが、あれを防ぐ手立てがルルと仲良くなるってことしかないのが辛い。

 最悪、断罪のときにルルの敵となるかもしれない。精鋭騎士団とか魔術師団相手にすんのはさすがに俺でもしんどいと思うから、ルルの加護を使ってどうにかならないか考える必要があるな。


 ◇◇


 王宮内、財務局監査室。


「やあ、久しぶりだねヴォルター。それから、ようこそルイーゼ嬢」

「うわ」

「うわってひどいな、君」

「…お久しぶりです、ベルント様。あの、大丈夫ですか?」


 うわ、と声が出たのは許してくれよ。

 そこまで目の下のクマが酷いとは思わなかったんだから。


「どうした、お前」

「あ~。ちょっと、ね。チェックすることが多くて」

「去年より多いのか?」

「殿下が立太子されるから。それ関連が多くて」


 深いため息を吐いたペベルは椅子に深く座り直した。

 元々、飄々とした雰囲気を持つ男だったが、今はその片鱗は失せている。ここにいるのは疲れ切った男だ。

 本当なら愚痴なりなんなり吐いてもらいたいところだが、ここは王宮内の仕事場だ。誰に聞かれるか分かったもんじゃないし、ルルには王家の影がついてる。迂闊に言葉を漏らすことはできない。

 けれどペベルは笑ってひらひらと手を振った。


「とりあえず、ヴォルターの顔が見れて良かったよ。君、怪我したって聞いてたから心配してたんだ」

「もう完治してるから大丈夫だ。ありがとう」

「それならいいけど。君は無茶するからねぇ。まあそれも、レナ殿やマルクス殿、それにルイーゼ嬢やギルくんもいるからしなくなったのかな。うん、良いことだね」

「お前こそ無茶してるだろ。ちゃんと休んでるのか」


 俺があまりペベルを意識していない頃はよく覚えていないから分からないが、ペベルと親友になってからもう8年ぐらいになる。その間、これだけの疲労感を顔に出すことは両手で数える程しかない。ペベルがグレタ夫人と結婚して、触れ合えるようになってからは見かけたことがなかったんだが。

 ペベルは少し驚いたように目を丸くしたあと、へにゃりと表情を崩した。


「……あんまり?」

「お前なぁ。人のこと言えんだろう」

「ああ、うん。ルイーゼ嬢の前で情けないけど、ちょっと、1ヶ月ほど邸に戻れてなくてしんどい」

「ちょっとどころじゃねぇし。忙しいのは領地と監査役の仕事だけじゃないな?」

「……まあ。抵触するから、君にも言えないけれど」


 深く、深くため息を吐いたペベルは、両肘を膝について両手で顔を覆って俯いた。その様子に思わずルルを見れば、ルルも困惑したように俺を見ていて顔を見合わせた状態になる。

 こいつがこれだけ追い詰められるなんて、と思わずペベルの執務机の方に目をやった。本当なら別にある応接室辺りに通されるんだが、なんでか今回執務を行う監査室に通されたからなんかおかしいとは思ったんだよ。机の上にはたんまりと書類の山がある。これ、俺らとの時間を無理やり作ったな。


「ペベル」

「ん」

「あと何分だ」

「……10分ぐらいかな」

「よし来い。グレタ夫人ほどじゃないが、久々にやってやる」


 ポン、とまだスペースがある俺の隣を叩けば、ペベルは少し黙り込んだあとのそりと立ち上がった。

 こちらに来るついで、おもむろに腕輪を外してテーブルに置いたと同時にドロンと視界を覆うぐらいの煙が広がり、ペベルの姿が一瞬見えなくなる。やがて煙が晴れれば、ぼさっとした毛並みの黒狐の獣人が隣に座っていた。

 頭を下げてきたペベルに両手を伸ばし、わしゃわしゃと頭や顔を撫でる。


「あ゛~~~」

「毛並みやべぇ。ゴワゴワじゃねぇか」

「仕方ないじゃないか、ここに詰めてるんだから。すまないねぇ、ルイーゼ嬢、こんなとこ見せて」

「いえ、父から聞いてましたので」

「何話してんだよぉヴォルター」

「ルルがペベルを格好いい大人だっていうからつい」

「君ねぇ……ああ。君の手は、本当に温かい」


 ペベルの文句を言いながらも目を閉じて漏らす安堵した声色にふと笑った。


 ペベルを親友認定した辺りだろうか。

 こうやって、疲れ切った様子を見せてくれるようになった。

 そのとき、あまりにも疲れた様子だったので思わずルルにやるように頭を撫でてやったのがきっかけだったと思う。俺の手が温かく、心地よいのだそうだ。


 目を閉じてされるがままだったペベルは、やがてゆっくりと目を開いた。


「―― ありがとう。だいぶすっきりしたよ」

「俺よりはグレタ夫人の方が良いだろう。呼べないのか?」

「彼女は学院もあるからね。呼びづらくて」

「そこはちゃんと要望言え。相手を慮るのは良いことだが、言葉に出さないと伝わらんぞ」


 呆れながらそう伝えれば、ふは、と狐のペベルは笑う。


「前にも似たようなことを言われたなぁ」

「それは俺も思う。だから言え」

「うん。そうするよ」


 テーブルにおいていた腕輪をつけ直したペベルの姿が、煙と共に人に戻る。

 その表情は先ほどよりはスッキリした様子で、ちょっと安堵した。


「見苦しいところをみせたね、ルイーゼ嬢」

「いいえ。お父様の手、温かいですよね。私も、撫でられるの好きなんです」

「ヴォルターに撫でられる同盟でも組もうか」

「いやどんな同盟だよ」



「ところで、僕の獣人の姿をルイーゼ嬢には初めて見せたと思うんだけど、驚かなかったね」

「はい、お父様が描かれた絵を見たことがありますので」

「……ヴォルター?初耳なんだけど?」

「だ、大丈夫!ルル以外には見せてないから!」

「そういう問題じゃないよ!なんで僕に見せてくれないんだい!」

「そこかよ。まあ上手くないから…」

「被写体が僕なんだろう!?なら僕に見せるべきじゃないか!今度見に行くからね、絶対に!!」

「むしろお前の邸に送るか?」

「送って!!君が描いてくれたんなら家宝にする!!」

「お前はアホか!!」

「うふふ、ベルント様相変わらず、お父様のことお好きですね」

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