第18話 友人ってやっぱりいいな
レナたちが帰ってきて早々「お話があります」とにっこりと目が笑っていない笑みを浮かべられた俺は逃げることを許されず、粛々とレナのあとをついていくしかなかった。その後は察してくれ。俺は足が痺れたし泣きそうになった。
ちなみに、フンケル卿は事情を聞いたらしくルルが謝罪したそうだが「夫の過ちを矯正させるのも妻の役目だ。逆も然りだがな」と笑ってくれたらしい。
結局、フンケル卿らと同じ日程で王都に戻ることになり、それならばと一緒に王都へ向かって移動している。幸いにもギルはカロリーナ嬢やクリスティーナ嬢にも懐いており、領への往路よりもずっと楽しく過ごせているようだ。
ルルもルルで、親しい友人たちと一緒に過ごせているのが嬉しいらしい。
魔導列車での移動中、気分転換にとコンパートメントを出たクリスティーナ嬢を追いかける。
俺に声をかけられたクリスティーナ嬢は目を瞬かせたが、差し出した手紙の宛先を見てそれが何なのか理解したらしい。
「父に、ですね」
「ああ」
「……承知いたしました。必ずや、父にこの手紙をお渡しします」
こくり、と神妙に頷いたクリスティーナ嬢に微笑む。
まずはヴィンタース子爵へのとっかかりが出来た。あとはペベルとグレタ夫人にうまいこと動いてくれれば助かるな。
しかし、王宮が向こうの手に堕ちたとなると、王太子妃教育も危ういな。
どうにかしてルルを王宮に行かせずに済む方法はないものか。ルルを病弱と偽って自宅学習に切り替えるか。いや、それだと余計な詮索を呼び込みかねない。
は~。やっぱり、魅了に対抗できる何かがないとキッツいなぁ。何かないものか。
「私」
「ん?」
「私、絶対にルル様を裏切りません。もし裏切りそうになったら、お姉様やお義兄様に正気に戻してもらいます」
「……うん」
ぱ、とクリスティーナ嬢が俺を見上げる。
アクアマリンの瞳は、真剣な色合いを見せており、揺らぎはない。
「ローラ様のようにはなりません。決して。真名に、」
「ストップ」
クリスティーナ嬢の唇付近に人差し指を近づける。びく、と驚いた様子を見せたクリスティーナ嬢が困惑した表情で俺を見つめた。
彼女の口から続きの言葉が出てこないのを確認して、指を下ろす。
「真名宣誓は軽々と行うもんじゃないって習ったろう?」
「でもっ」
「君も話を聞いているだろう。あれは自らの意志を捻じ曲げるものだ。真名宣誓をすることであれから守られる保証もない。むしろ、あれにかかることでルルが望まぬ罰を君が受けてしまうかもしれない」
クリスティーナ嬢は本当にルルを大事に思ってくれているのだろう。だからこそ真名宣誓なんて手段が出てくる。
けれどそれは今回のように、意志を捻じ曲げる何かが関わっている場合は悪手となり得る。ルルもクリスティーナ嬢やカロリーナ嬢を大事な友人だと常々言っているし、態度でもそう表している。
だからこそ。彼女は真名宣誓をしてはいけない。
「―― 君の覚悟は私が受け取ったよ。どうか、ルルの味方であり続けてほしい」
「はい!」
「わ、
背後から声が上がったので驚いて振り返れば、そこには両手で拳を握り込んだカロリーナ嬢がいた。
「もしルル様やリスティ様に影響が出たら、私が正気に戻してみせます!」
「リーナ様、つかぬことをお伺いしますけどどうやって?」
「え?こう、スパーンと、頭を?」
「リーナ様!それは淑女としていかがなものかと思いますわ!あと絶対に加減してくださらないでしょう!」
「えぇ?じゃ、じゃあ私がそうなってしまったらルル様やリスティ様がそうしてくださって構いませんわ!スパーンと頭を叩いてくださいな!」
「叩く前に避けるでしょう、リーナ様は!」
ふたりのやり取りを聞いて、思わず声を出して笑った。
ポカンとするふたりと、その向こうにコンパートメントから顔を出して顔を真っ赤にしているルル。
ああ、本当に仲が良い。
「ルル」
「えっ」
「あっ」
「良い友人を持ったな」
「はい、自慢の友人です」
笑顔で答えるルルに、ルル様、と駆け寄るふたり。お互い照れながらも話すその様子がとても微笑ましく思う。
―― なんだか、無性にペベルに会いたくなってきたな。
「あ、お父様。素で笑うの止めてください」
「え?」
「お父様は初恋製造機なんですから」
「は?え?」
俺普通に笑っちゃダメ?っていうかはつこいせいぞうきってなに?
目を瞬かせれば、ぱちりと俺と目が合ったカロリーナ嬢とクリスティーナ嬢がポッと顔を赤くして慌ててルルの後ろに隠れた。
んん?なんで?
そのとき、ポンと背後から右肩を叩かれた。ついで、ギリギリと強く握られる。
「ヴォルフガング殿。少し、わしと話をしようか」
「ヒェ」
めっちゃ怖い笑顔のフンケル卿が、背後に立ってました。
こんなに早く駅に着いてほしいと思ったのは、この時が初めてだったと思う。
というか正直俺、悪くないと思うんだけどなんで。
フンケル卿らと駅で分かれた馬車の中でそう言ったらレナには「自覚ってどうやったら育てられるのでしょうね。わたくしでも自覚していますのに」と呆れたように言われ、マルクスにはどでかいため息をもらったし、ルルからは苦笑いをもらった。どうして。
ギルだけがニコニコと笑って「ぱぱ」と言ってくれる。は~~、癒やし。
ちなみに、本邸に戻ってから同じようにハンスとオットーに愚痴ったら揃って「それはそう(でしょう)」って返された。いや本当、だからなんで。
◇◇
本邸到着後、王宮に連絡を入れつつバタバタと準備を整え、離れに詰め込んである肖像画を手にうんうんと唸りながら必要最低限の人の顔を頭に詰め込み直し、正式に祭司長様の名義で呼び出された当日。
俺は聖人として登城するために紺色の軍服に百合の刺繍がある白マント。ルルも俺の色に合わせて紺色のドレスにトパーズのネックレスとイヤリングを身に着けて馬車に乗り込んだ。
ちなみに、ティアラは箱にしまって手で持ち歩いている。ルルの頭に乗せることも考えたが、ルルに何かあっても困るからな。一応、このあと祭司長様との面談が終わり次第、レナに連絡を入れてギルを連れてきてもらう予定だ。閣下との面会時間まで余裕があるし、その間にペベルに訪問するつもりで連絡を入れている。
祭司長様との面会なんて、俺でも緊張するのにルルも緊張してるだろう。
エスコートで俺の腕に手を添えているが、微かにルルの手が震えているのが伝わってきた。
案内された先の部屋にはまだ誰もおらず、内心ほっと安堵する。
ルルを下座に座らせ、俺もその隣に腰掛けた。
「あ~~、緊張するな」
「……お父様でも緊張されるのですね」
意外、とでも言うようにルルはぱちくりと目を瞬かせた。
お、そんなに俺余裕そうに見えてた?それならそれで、父として格好いい姿を見せられているのかな。ふふ、嬉しい。
「ああ。俺でも緊張することは山程あるよ」
「レナ様もそうですけど、いつも堂々とされてるので無縁かと思ってました」
「そんなことはないさ。俺もレナも緊張することはある。王族だって緊張してるかもしれないな」
というか、俺がルルとハインリヒの婚約条件を交渉しに行ったときは確実に両陛下は緊張していただろう。色んな意味で。ま、今はどうだか分からんが。
そんな軽い雑談をしている最中、コンコンと部屋をノックされた。
「中央神殿所属、祭司長様がお見えです」
廊下に立っていた護衛の言葉に、俺もルルも立ち上がり頭を下げた。
ドアが開き、ひとりの足音と衣擦れの音が部屋に響く。やがてそれは俺たちの近くまで来るとぴたりと止まり「顔を上げてください」と柔らかな声が頭上からかけられた。
その声に従い、顔を上げる。
―― 思った以上に若い、というのが第一印象だった。
この世界の神官は、前世の三大宗教のひとつにあった服装に似ていると思う。アルブと呼ばれる白いローブの上からストールを肩からかけ、頭に布製の冠を被っている。ストールと冠の装飾の細かさと色で、その人の階級が分かる。
目の前にいる人はストール、冠共に白地の金。冠につけられた金属製の装飾や艶やかな刺繍は目を奪われるほどに美しい。
これを身にまとうことを許されているのは、創世神エレヴェドに仕える祭司長様ただおひとりである。
「どうぞ、お座りに」
促されるままに俺とルルは彼が座るソファの向かい側に腰を下ろした。
なんだろう。この、威圧感のようなものは。
穏やかに微笑んでいるだけなのにまるで見定められているような感覚に陥る。
そう、見定められている。なんで。
「突然、申し訳ありません」
「いえ、祭司長様とお話ができる機会が設けられたこと、とても光栄に思います」
「私こそ、この国一と誉れ高いお方と次期王妃と名高い御息女とお会いできたこと、嬉しく思います」
この国一ってなんだ。誰だそんなことをこの人に教えた奴は。
俺は自他共に認める猪突猛進型のポンコツだぞ。ルルは次期王妃にはならないけどな。
ふ、と微笑んだ祭司長様は「そう緊張なさらず」と軽く手を振られると、瞳を細めた。
「私はただ、貴方がたにお伝えすること、確認することがありここに来たまでです。何も咎めることはございません」
「私共に、ですか」
「ええ」
祭司長様は腹の前で手を組む。
ゆっくりと、瞳が伏せられた。かの方の冠につけられた金属製の装飾が、しゃらりと音を立てる。
「―― ヴォルフガング様の前妻であり、ルイーゼ様の御母上であらせられるカサンドラ様の魂が行方不明となっております」
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