第17話 ただの装飾品だと思ったら大変なことになった件
両手を組んで、両肘を机について、手で口元を隠す。
俺の目の前にはティアラが置かれていて、マルクスとハンスの視線もそれに注がれていた。
重苦しい沈黙に耐えきれなかったのか、マルクスがややあって口を開く。
「ただのティアラでしたよね?」
「そうだな。だから邸で管理してた」
「魔具士の鑑定でもただの古いティアラでした。こちら鑑定書です」
ハンスから差し出された鑑定書を受け取って目を通したマルクスは唸る。
「―― それが、なんで毎度兄上の頭に戻るようになったんですか」
そう。なんとこのティアラ、どこにしまっても自動的に俺の頭に戻ってくるようになってしまったのだ。俺だって驚いてるし気味が悪いと思ってる。
ギルから受け取ったティアラは地下室にあったはずだから、何者かが地下室に侵入した形跡がないかと確認した。そもそも鍵にかけていたエリアロックに反応がなかったから、侵入されたとも考えにくい。室内の様子を見るためエリアロックを解除させたとき、反応があったから誤作動というわけでもなさそうだ。
調査は継続しつつ、一旦ティアラを元の場所に戻した。そう。地下室に戻したんだ。
地下室から出て、普通に上に戻って昼時だったからって食堂に足を踏み入れたタイミングでポンと頭に何か落ちてきた。なんだ、と思って頭に手を伸ばしたときに、先に食堂に来ていたギルがはしゃいだんだ。
「あ!ぱぱ、おひめさま!」
そう。俺の頭にあのティアラが乗っかっていたのである。
使用人たちにも凝視されたそのときの俺の心象を10文字以内で答えよ。
検証した結果、ティアラはある一定の距離を離れると俺の頭に戻ってくることが分かった。
具体的にメートル換算だと10メートルほど。
ねぇ待って。それだと俺、外に出るときは常にティアラを持ち歩かなきゃいけなくね?置いてけないじゃん。
「呪われたか〜〜」
「呑気に言ってる場合じゃないですよ。緊急の通信魔道具貸してください。シュルツ閣下に連絡とります」
「閣下は待って!怖い!」
「閣下以外に誰が見れるんですか!そもそも兄上が不用意に被ったから呪われたんでしょう!」
「ギルが被せてくれたんだから不用意じゃない!!それに例え呪われてるって分かっててもあんな天使なギルを裏切れるわけないだろう!!」
「僕だって裏切れないからたしかにそれはそう!!」
「あの、もしそうなら呪われているのはお坊ちゃまもでは」
ハンスの戸惑いの声にハッとふたりして我に返る。
それはそうだ、異変があったときに最初に触って、被ったのはギルだ。
サァっと顔から血の気が引いた気がした。
「ハンス、ギルの様子を随時確認するように通達。何か異変があればすぐに伝えろ。マルクス、悪いがシュルツ閣下に連絡を取ってくれないか。精霊の伝言で取り急ぎレナには俺から連絡する」
「承知いたしました」
「分かりました。魔道具お借りします」
はぁ、とため息がこぼれて両手で顔を覆う。
本当、どうしてこうなった。ギルまで巻き込むとかマジで自分がクソ。もっと厳重に管理してればよかった。
気を取り直して精霊の伝言を使う準備を進める。便箋を取り出し、レナに伝える内容を簡潔に、的確に書かなければ。
そうこうしているうちにシュルツ閣下と連絡が取れたらしい。急ぎ精霊の伝言を飛ばしてもらい、魔道具の前に出れば白髭を蓄えた老齢の紳士がそこにいた。威厳があって、思わず背筋が伸びる。
『事情はレーマン公から聞いた。ただの装飾品だったはずが呪われていたものだったやもしれん、と』
「はい」
『鑑定には呪いも対象に含めていたか。鑑定した魔具士の等級は』
「対象に含めており、呪いはないとの結果でした。魔具士の等級は上級です」
『……それなら、鑑定違いの可能性も低いか。今のところ被害はティアラが戻ってくるぐらいか』
「はい。ただ、戻って来るのは私のところだけで、私より前に被った息子のところにはいきません」
『そのような事例は聞いたことがないな。ティアラに触れた、あるいは被った当時に何か違和感は感じなかったのか』
「違和感は」
……あった。
なんか目がチクッとした。前髪が目に入ったのかと思った程度の痛み。
俺の反応を見た閣下が重苦しくため息を吐いた。
『息子殿にも確認をとれ。幼いゆえ、言質が取れるとは思わんが恐らく息子殿は何も感じていない可能性が高い』
「…はい」
『そも、魔道具越しで貴公や息子殿が呪われているかは正確には判別できん。戻り次第儂のところに来るといい』
「ありがとうございます。ちょうど、戻ったらすぐ王宮に行かねばならないのでその際にお伺いします。予定では明後日に出発しますので、戻りは1週間後ほどになるかと」
『分かった。その前後は予定を空けておこう。―― 貴公は本当に、トラブルを起こすな』
「申し訳ありません!!」
再び重苦しくため息を吐かれたので、魔道具の前で思い切り頭を下げた。マルクスから「それだと閣下から見えないのでは」とぼそっと言われて思わず頭を少し上げる。
閣下はふ、と微笑むとひらひらと手を振った。
『良い。今回は不可抗力であろうからな。自ら起こしたものであれば再びこの拳を振るおうかと思ったが』
「勘弁してください」
『しかし事実上実害がないとはいえ、聖人が呪われたのは非常に面倒なことには変わりない。聖人・聖女が詰めている小神殿には儂の方から連絡しておく』
「ありがとうございます」
では、と魔道具の光が消えた。
緊張しっぱなしだった体から力が抜けて、深く、長くため息が出る。
隣にいるマルクスから、じとっとした目線を向けられた。
「兄上。なんで違和感があったことをすぐ言わないんですか」
「いや、髪の毛が目に入ったかなぁぐらいの痛みだったからつい」
「……兄上、あなたの魔力はどこから流れるものですか」
「……目だな」
「絶対それじゃないですか」
そうだな。俺の魔力は目から流れるものだ。
だから目に異常を感じたらすぐ言えと閣下にも言われていたのを思い出した。
―― せめて、ルルやギルの前ではあの拳骨が来ないといいな、と願う。あれ本当に痛いんだよ、閣下本当に容赦がないから。
まあ、それが両親から表立って愛されなかった俺への閣下なりの愛情だというのは、分かってるけど。
閣下との付き合いは、俺が魔眼の力を初めて使用した17歳頃からになる。
五大公侯の一角であるレーマン公爵家長男でありながら、まともに魔力操作もできない俺は実技試験は常に0点だった。聖人としての巡業で結界石の魔力補充もやっていたが、他の聖女・聖人に比べ効率が悪く、本当に聖人かと陰口を叩かれていた頃だ。
魔眼でカティを貶した奴らの周囲を炎で燃やした事件後。自室で謹慎となっていた俺の元にやってきたのが、当時シュルツ公爵当主であり魔術師団長だった閣下だ。
気づけば閣下の権限であれよあれよという間に魔術師が詰める塔へと連れ込まれ、あれやこれやと検査された。なぜ魔力操作が上手く行かないのか。なぜ突然炎の魔法が使えたのか。
一般的に、魔力は手や足などの末端から使えるとされているのに俺は一切それが出来ない。それはなぜか、とシュルツ閣下監修の試行錯誤で原因を突き止めようとしたのである。あれは一言で言えば地獄だったので、思い出したくもない。17歳の青少年だった俺が連日大泣きしていたとだけ言おう。尊厳もへったくれもない。
やがて閣下は目撃証言で俺の目の色が変化したことに着目し、魔力が空の結界石を持ってきて「極力目を結界石に近づけて、魔力を込めろ」と言われた。その通りにしたら、いつもよりもだいぶ早く結界石の魔力が補充されたのに驚いたのを覚えている。
柄にもなく、閣下に「すごい!早く出来ました!」と子どものように喜んだら、閣下はほんの少し目を見開いて、それから微笑んで俺の頭を撫でてくれたのも。
結界石への魔力補充の効率が悪かったのは、他の聖女・聖人のように手だけを添えて補充していたから。
詠唱して結界石に触れれば、結界石の方から勝手に魔力を吸ってくれる仕組みになっているのだが、俺の魔力は手足から発せられることがない。石から離れた目から補充しようとしていたため、時間がかかっていたし非効率だったんだ。俺の場合は結界石に顔を寄せ、目を結界石に近づける必要があった。目を閉じていても開いていてもそれは変わらない。
そこからは、魔眼を扱えるようになるようにとの修行が始まった。
目を意識しろ、魔力の流れを意識しろ、燃やす対象を意識しろとめちゃくちゃスパルタ式で叩き込まれ、そのお陰で今は問題なく魔眼で炎を発動できるようになっている。
両親が亡くなって、俺自身がマルクスの代理としてレーマン公爵家当主代理となったとき、真っ先に俺のサポート役として隣に立ってくれたのが、閣下だった。続けて、現シュルツ公爵。
社交界に不慣れな俺とカティにあれやこれやと教示してくれ、親戚共の横槍に毅然と対応してくれてずいぶんと助けられた。間違ったことをやれば拳骨を食らって叱られた。俺が今当主代理をやり遂げてゾンター伯爵としてこの場で立っていられるのは閣下のお陰といっても過言じゃない。
俺にとって、閣下は師匠であり、恩人であり、祖父のような人。
「それにしても閣下って今おいくつでしたっけ?」
「俺より40歳上だから、もう80歳近いな」
「お元気でしたね」
「そうだな」
ああ。緊張はするけど、今から会えるのが楽しみだ。
「それはそれとして、たぶんレナ殿からもお叱りがあると思うので覚悟しといてくださいね」
「……おう」
怒ると怖いんだよな。レナ。
これは死んでも言わないが、下手すると閣下よりも怖いと、俺は思う。
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