第14話 意外な犯人
本日も快晴。
窓の外から見えるガーデンテラスでは、昨日到着したカロリーナ・フンケル辺境伯令嬢とクリスティーナ・ヴィンタース子爵令嬢、そしてルルがお茶会を楽しんでいるようだった。
話し声は聞こえないが、とても楽しそうな様子に思わず笑みが溢れる。
「すまないな、ゾンター卿。家族団らんの時間に無理言って割り込む形となってしまって」
「いいえ、御息女とヴィンタース嬢にはルルがいつもお世話になっていますから。東ティレルの洞窟以外なにもないところですが、羽根を伸ばして休んでいただけると幸いです」
「ははは、まあ、最近色々ときな臭いからな。休める場所があるのはありがたい」
ぎしり、と応接ソファの音が鳴る。
視線を窓の外から振り返れば、口ひげを蓄えた俺より少し年上の紳士がソファに座っていた。
ロータル・フンケル辺境伯。3ヶ月ほど前にトラッド迷宮ダンジョンで
ようやく落ち着いたタイミングでルルからゾンター領への誘いがあり、乗ったとのことだ。
「きな臭い、ですか」
「まぁな」
ちら、とフンケル卿が俺を見る。ああ、これは聞かせたくない話があるのだなと理解し「ハンス」と呼びかけた。部屋の隅に控えていたハンスが手早く遮音魔法を部屋全体にかける。
ハンスから「完了しました」との言葉と共に、俺もフンケル卿の向かいのソファに腰掛けた。
「こちらもまあ、きな臭いですよ」
「お互い大変だな。遠回しの言い合いは好かん。率直に述べるが良いか」
「気が合いますね、私も好きではありませんよ。どうぞ」
「先日、聖女モニカがトラッド迷宮を攻略したのは耳にしているな。我が領ではトラッド迷宮の特殊性から精霊士を数名確保しているが、うちひとりが契約している闇の精霊からきな臭い話を聞いた。『少女の慟哭が聞こえる』、『聖女とやらが気持ち悪い』とな」
気持ち悪い?と怪訝な表情を浮かべた俺に、フンケル卿も渋い表情を浮かべた。
「わしにも分からん。だが、感じているのは闇の精霊だけで、他の契約精霊は特になにも感じなかったそうだ。闇の精霊も詳しくは分からないようだが、とにかく聖女モニカの存在がおかしいということだけはしきりに言っている」
精霊の属性によって感じるものが異なるのか。それは知らなかった。
カールが契約した精霊の属性はたしか風だったはずだ。最もカールと相性が良く、遠くから音や声を届けさせるという性質もあって何かあったときに使えるとカールから聞いていたが、なるほど。風の精霊ではモニカ嬢の異変に気づかなかったということか。
しかし、伝えてきた内容が不可思議だ。少女の慟哭?聖女が気持ち悪い?どういうことだ?
「それから、同行していた精霊士に向けてハインリヒ第一王子から魅了をかけられた気配を感じた、と報告があった」
「……は?」
あまりの衝撃的な内容に目を見開いた。
ハインリヒから?ハインリヒが魅了にかかっているのではなく?
俺の様子にフンケル卿はため息を吐き「そうなるのも理解できる」と呟いた。
「わしも報告を聞いたときは耳を疑った。だが、たしかにハインリヒ第一王子の所持品を検めさせるために近づけさせた兵士と精霊士が軽く魅了に当てられた様子を見せた。結果、ハインリヒ第一王子の所持品をすべて検められていないことは分かっている。幸いにも契約精霊から警告を受けた精霊士が我に返り、これ以上かからないように上手く立ち回ったようだが」
「それは、そうなると」
「信じたくはないが ―― 王家が堕ちている可能性がある」
ああ、そうか。ここで合点がいった。
なんでハインリヒが正式に立太子できたのか。まだ王太子候補として置いておいても問題なかったのに、立太子が成立したのはこれが理由か。
既に陛下も魅了にかかっている可能性が高い。王妃はすでにかかっている。宰相殿は誰が内通者かと頭を悩ませていたが、まさかハインリヒだとは思いもよらなかっただろう。
ハインリヒに怯えていた側近が、ハインリヒに傾倒するようになったのもこれの影響か。
それに、先日マルクスから伝えられた王都に残してきた隠密隊からの報告。
宰相がハインリヒを迎合する動きを見せている、とあった。それが相手を欺くための演技ならいいが、今の話を聞く限りはその可能性は低い。宰相殿も、ハインリヒとの接点はそれなりに多い。恐らく魅了をかけられた可能性が高い。
「厄介なことに、契約精霊からの警告がなければ疑わなかったほどの薄いかかり具合だ。離れればすぐ解除される。だが、長期間かけて幾重にもかけられた場合は、その分解除にも時間がかかるだろうな」
「……実は数年前に王妃陛下が魅了にかけられていた可能性があります。最近は落ち着いていたようですが、立太子の話が出てきた辺りでまたかけられたらしい、と宰相殿から密かに連絡がありまして」
「数年前…ああ、王妃陛下が突然外遊に出た辺りか。なるほど、あの外遊は魅了を解除するための行動だったか」
しかし、どこで魅了魔道具なんて手に入れたんだ。
王家でひっそり保管していたのだろうか。そんなことしたら、国際的な評判が落ちるほどの重罪になるんだが。
「魅了魔道具は、現物を発見できなければ報告できないんでしたっけ」
「いや、疑いとして報告はできる。できるが、報告ができるのは王家だけだ。魔塔への連絡手段は王家しか持っておらん」
「ああ、そうでした」
思わず天井を仰いだ。王家から魔塔に連絡するしか方法がないとなると、八方塞がりだ。
絶対握りつぶされる。ワンチャン、陛下が魅了されていないことに賭けることも出来るが ―― いや、立太子が決まってる時点でもう無理だ。
魔塔への連絡手段が限られているのは、魔塔が中立組織だからだと聞く。禁忌である魅了魔道具や薬も管理しているし、
なんとか王家に報告させることはできないだろうか。ハインリヒとは関係のないところで、魅了疑いが出たとか嘘をついて?いやすぐバレる。
「……前期はハインリヒ第一王子と接点が少なかったからか、娘も正気でいられるが。休み明けの後期からどうなることか」
「同感です」
「特にルイーゼ嬢は婚約者だからな。傍に精霊士を置いていると娘から聞いているが、精霊はこちらに向けられた魅了へのカナリアであって防ぐ手段を持っているわけじゃない。学院では互いに娘たちには気をつけるよう伝えよう」
「そう、ですね。ヴィンタース子爵にも伝えた方が良いでしょう、が、やり取りが厳しいですね」
「下位貴族だからな。我々のような暗号も持ち合わせておらんだろう」
「―― いえ。ペベル、ベルント公爵の奥方がヴィンタース子爵の御息女です。ベルント卿は信のおける男であり、奥方はその男の《運命の番》だ。彼女経由で伝えてもらいましょう」
グレタ夫人が実家に顔を出すのは問題ないはずだ。
こちらが接触するより、ペベル経由で伝えてもらう方が安全性が高い。ペベルもいくらか情報を掴んでいるだろうからすり合わせながら進めるのが良いだろう。
「方法があるなら、良かった。そなたはベルント公爵と仲が良いのだったな」
「はい。親友です」
もはや唯一無二の友と言っていい。彼は俺の親友だ。
はっきりと言いきった俺にフンケル卿は少し目を丸くした後「そうか」と笑った。
フンケル卿がカップに手にとり、紅茶で口を潤す。俺も同じように用意されていた紅茶を口にした。ふ、と自然と息が出る。
カチャリと小さくカップがソーサーに置かれる音が響いたので、フンケル卿へと視線を向ける。
「魅了の問題もあるが、気になるのは闇の精霊が言っていた内容だな。『少女の慟哭が聞こえる』、『聖女とやらが気持ち悪い』。聖女に嫌悪するのはまあ置いといて、慟哭とは何か」
確かに、それは俺も気になることだ。
気持ち悪いのは精霊の主観だからまあそう感じることもあるよな、とは思うが、少女の慟哭とは。
聖女を見ただけでは普通、感じることはないだろう。しかも少女の。聖女が泣いているわけじゃない。
「……聖女モニカを表しているわけではない、という解釈しかできませんね」
「そうだなぁ」
「あの、」
ずっと控えていたハンスが声を上げたのでそちらに視線を向ける。
珍しい。こういうときにハンスは声を上げることはない。いつもずっと黙って控え、口を挟むことはないのに。
「どうした、ハンス」
「少し、気になることがありまして。差し出がましいかとは存じますが」
「良い。話せ」
逡巡した様子を見せたハンスは、ゆっくりと口を開いた。
「結論から申し上げますと、その少女とは、モニカ嬢そのものではないかと」
「うん?」
「ああ、ええ。ややこしいことは理解しています。到底現実的ではないと。現在、聖女モニカとして活動しているのは本来のモニカ嬢ではない、別の誰かではないかと思った次第です」
「……すまぬ。何を言いたいのかさっぱり分からん」
「あー。つまり、俺が数年前に会ったときや、ルルがローゼ嬢のところで会ったときのモニカ嬢と、今学院に通っているモニカ嬢は別人じゃないかってことか?」
「はい」
「さすがにそれは無理があるのではないか。聖女のすり替えなど、出来るものではない」
「そう、ですよね。差し出がましいことを申しました。失礼いたしました」
しょぼんと耳と尻尾が垂れた様子のハンスに大丈夫だと笑いかける。
まあ確かに、ルルも「モニカ様の雰囲気が、ガラリと変わっていました」と言っていたぐらいだ。俺は実際に最近のモニカ嬢と会ったわけじゃないから正確には言えないが、話を聞く限りは別人だと思う。
だが、そうほいほいと聖女の変わり身が見つかるとも思えない。モニカ嬢に双子がいたとか?そんな人物がいれば耳に入るはずだ。
そもそも、聖女・聖人はそう簡単に代替がきかない。んな簡単に出来てりゃ予備役の俺が駆り出されることはほとんどないだろうし、国内にある結界石の補充ももっと安定している。
それこそ、体は同じで、魂だけが変わったとかそんな荒唐無稽なことが起こらない限りは。
「しばらくは様子見をするしかないな。ルイーゼ嬢も身辺には注意してほしい」
「今まではルイーゼに向けて魅了をかけてこなかったようですが、休み明けからはどうなるか分かりませんからね…ご忠告ありがとうございます」
しかし、意外な収穫があった。
まさかハインリヒから魅了をかけていたとは。てっきりモニカ嬢がやってるのかと思ってたけど。
ということは、やはりハインリヒは自らモニカ嬢に浮ついてるってことか?それはそれで、クソだなやっぱり。
「そういえば、明日には娘たちが東ティレルの洞窟に挑むとか。わしも楽しみで仕方がない」
「私にとっては相性が最悪なダンジョンなので、申し訳ありませんが妻のレナが同行することになります」
「そなたの実力が発揮できぬのであれば仕方あるまい。そなたの活躍も見たかったが、フィッシャー侯爵も実力者だからな。楽しみだ」
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