第12話 なんだこの人


 さて、もうじきゾンター領に出発…というタイミングで届いた手紙に、俺は思い切り顔を顰めた。

 オットーも真顔で無言で差し出すほどである。


「……無視して領に行って良い?」

「俺としては是非どうぞって言いたいですがダメです」

「いやだってもう出発明後日だぞ?荷物も着々とまとめてて護衛計画も完璧だし魔導列車のチケットだってもう取ってるんだぞ?ハンスにだってもう行くぜって連絡してんだぞ?なんつータイミングで出してくんだよクソが!!」


 思わず両手でガンと机を叩く。その衝撃で、インク壺が倒れた。蓋してたからこぼれはしなかったけど。

 オットーから差し出された手紙の封蝋は、王家の紋章である。すなわち呼び出し。


 今?今なの?なんでさ!!

 俺事前にゾンター領に向かうって連絡してたよな!?この日に行くからな邪魔すんなよってオブラートに包んで連絡してたよな!?嫌がらせかよ!!


 クソでかいため息を吐いて、ぐしゃりと前髪を上げた。


「……くれ」

「はい」


 オットーから手紙を受け取り、ペーパーナイフで封を開ける。

 封筒の裏には差出人である名前が書かれていた。


 ―― アンゼルム・ベルナールト。王弟殿下である。




 翌日。

 豪華絢爛、とまではいかないが華美過ぎず、かといって品を損なわない調度品で統一された部屋のソファで座っていた俺は、ドアのノック音を聞いて立ち上がった。応答を返せば、ゆっくりとドアが開かれる。


 現れたのは王族の徽章きしょうを胸につけた俺と同じ年ぐらいの男性だった。金髪碧眼、ぱっと見ればハインリヒに似ている。肖像画で必死に覚え直した陛下にも似ているような…まあ兄弟だもんな。

 ゆっくりと頭を下げて礼を取れば「そんなにかしこまらないで」と柔らかい声がかかった。


「アンゼルムだ」

「ご配慮いただきありがとうございます。王弟殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

「本当に、そこまでかしこまらなくていいよ。急に呼び出したのはこちらだ。座って」


 促されたので、座っていたソファに座る。王弟殿下も俺の向かいのソファに腰掛けた。

 …殿下、俺の件知っていたのか。いやまあ、陛下から聞いたのかもしれないけど、ちょっと意外だった。


 王弟殿下と俺は同学年だったが、交流はほとんどなかった。

 俺は聖人として活動してあちこち出ていてあまり授業等に参加していなかったし、殿下も殿下で王族として忙しくしていたようだったから。

 ゾンター家としてもカティが授業で何度か一緒になったことがある、と言った程度の関わり。


「領に戻ると聞いて、迷惑だとは思ったが来てもらったのだ。どうしても貴公に直接謝罪をしたくて」

「謝罪、ですか?」

「…貴公が聖人としての派遣先で怪我をしたと。しかも原因は飛行型モンスターによるものだって聞いたよ…シュルツェン辺境伯から叱られたんだ。なぜ、もっと早く竜騎士団が来ると伝えなかったのかと。そうであれば飛行型モンスターをある程度事前に無力化できたのにと。すまなかった。王族として、聖人たる貴公に謝罪する」


 少し頭を下げた殿下にちょっと居心地悪さを感じつつも俺は「謹んでお受け取りいたします」と返した。

 まあ発端は殿下が使節団がワイバーンで移動してくるということを失念したことだからある意味殿下のせいなのかもしれないが。こちらも嘘をついているのでそこで相殺としよう。

 頭を上げた殿下はホッとした様子を見せた。聖女・聖人は大事にせねばらない存在だ。彼らにそっぽを向かれるとたちまち国防が崩れるのだから、まあ、王族なのにお伺いする形になってしまう状況なのは仕方ないことかもしれない。


「幸い応急処置が早く、シュルツェン卿の治癒士のお陰でとくに支障はございません」

「それは良かった」


 ほ、と安堵の息を吐いた殿下は、苦笑いを浮かべながら頬をかく。


「実は、ずっと実現させたかったことがようやく実を結んで…柄にもなく浮かれてしまったのが良くなかった。人としても王族としても、そういうことで仕事を蔑ろにしてしまうのは良くなかったと反省している」

「実現させたかったこと、ですか」

「そう。ずっと、ずっと実現したかったことだよ」


 本当に嬉しそうに笑う殿下に、俺も笑みを浮かべた。

 人前でこんな風に喜ぶということは、よっぽど実現させたかったことなんだろう。まあ、俺もロケットペンダントの件が実現できたときは嬉しかったしな。


「実はまだ試験段階だから、まだ時間がかかるけれど。もし成功したなら、貴公にも見てもらいたいんだ」

「…?はい、お呼びいただければ拝見いたします」

「きっと君も喜ぶと思うよ」


 にこにこと笑う殿下に内心首を傾げる。

 前にも言ったが、覚えている限り、俺は殿下と接点はない。こうやって成果物を見て欲しいと言われる関係性を築いた覚えがない。


 ……なんだこの人。というのが、初めて殿下と会話した俺の感想だった。



 ◇◇



 そこから特に問題なく、翌日にはゾンター領へ家族で移動を開始した。

 魔導列車に初めて乗ったルルとギルははしゃいでおり、風景が過ぎ去る速さに「すごいすごい」と声をあげている。向かいに座るレナと微笑ましくその光景を見つめた。

 貴族階級が利用できるコンパートメント車両なので、利用している個室の防音性も良い。

 課題を挙げるなら、長時間座りっぱなしは辛いというところか。もう少し座席にクッション性があるものがあるといいんだが。あと結構揺れる。下手したら酔いそう。そう考えると、電車ってかなり快適だったんだな。


 ちなみに、マルクスは今同じコンパートメント車両の別の部屋にいる。本当に視察って名目で時間をもぎ取ってきた。そのために数日前から仕事を詰めに詰め込んだらしく、今は個室で死んだように眠ってる。


「なんだかんだ、俺以外みんな領に行くのは初めてか」

「そうですわね。ゾンター領はレーマン公爵の傘下ですから、わたくしが視察するというのもおかしな話ですし」

「逆に俺はフィッシャー領に行ったことがないな。まあ書類では何度か見てるけど」

「ふふ、わたくしもですわ」


 家族旅行というもの自体、初めてだ。

 カティのときもなかった。あってせいぜい、近場で出かけるぐらいだったと思う。

 そう考えるとマルクスともなかったな。一度だけ、マルクスはレーマン領に両親と一緒に行ったと思うけど。ちなみに俺は聖人の巡業で参加していない。まあ、行ける状態だったとしても留守番だっただろう。


 ちなみに先日、ハインリヒが正式に立太子した。

 それに伴いルルも将来の王太子妃として教育が始まるというタイミングだったが、ルルは優秀だった。むしろハインリヒの方がやや教育が遅れていたらしく、まあ、ハインリヒ(の自尊心)に配慮してルルの教育はやや遅れて開始することになったらしい。おかげで時間が空いてルルを領地に連れてこれたわけだが。

 なお、ハインリヒに配慮して、というくだりの交渉はレナがやった。さすが。


「ヴォルフェール様、今回領内を視察される際に結界石も確認されますよね?」

「うん?まあそうだな」

「その際は、わたくしもお連れくださいませ。今回の補充はわたくしがやります」


 目を瞬かせる。なんで?というのが正直な感想だ。

 まあ、東ティレルの洞窟以外はモンスターが湧き出る場所は領内にはないから結界石の魔力の減りも少ないだろうから、レナでも十分補充できると思うが…。

 俺の考えを察したのか、レナがむっとした表情を浮かべた。


「先日の件、お忘れですか」

「いや、忘れてない。忘れてないけど、今回はそこまで量も多くないしいつものことだから」

「わたくしが嫌なのです。ヴォルフェール様に比べればわたくしの魔力など微々たるものでしょうが、少しでも忘れてほしくないのですから」


 ……やばい。顔ニヤけそう。

 思わず片手で顔を覆ったら、話を聞いていたのかルルも「私も行きます!」と声を上げた。ついで「ぎるも!」と。


「ふふ。ではみんなで、結界石を見て回りましょうか」

「…はー。仕方ないな。ルル、ハンスへの言い訳考えておいてくれ」

「はい」


 頭の中で予定を組み替える。

 家族全員で移動するなら、ハンスにも準備を依頼しないとな…キレられそう。まあルルと交流できる時間を増やしてやろう。

 なんだかんだ、ハンスもルルに甘いから。きっとルルのお願いには渋々頷くだろうな。

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