第9話 出会って数分でってどういうことだってばよ
翌朝、俺やラルスを含めた10名は一足先にフィッシャー本邸に戻ることになった。
提案をしてくれたアーサー殿下に礼を述べれば「我々があなたにしてしまったことの償いにもなりませんよ」と苦笑いを浮かべられた。
俺とラルスはアーサー殿下のワイバーンに。
その他、腕の良い竜騎士の後ろにつく形で皆ワイバーンの背に乗る。当然、皆こんな経験は初めてだからか緊張している様子だった。
乗り込む前にシュルツェン卿とカミルが見送りに来てくれたんだが、シュルツェン卿からはバシバシと俺の背を叩かれた。痛い。
「酒は取っておくゆえ、また来られた際にでも飲み交わそうではないか。あれは熟成させるともっと美味くなるのだ」
「はい。今度は地底火山のダンジョンに一緒に潜りましょうか。…あなたに、創世神エレヴェドと山の神ヴノールドの加護があらんことを」
「それも楽しみだ。そなたにも加護があらんことを」
「ヴォルフガング様!道中のご無事をお祈り申し上げます!貴方様と巡業できたこと、一生の誇りです!」
「私もカミルと巡業できて楽しかったよ。いつかまた、機会があれば話をしてくれると嬉しい」
「光栄です!!」
カミルのキラキラとした眼差しに思わず口元が緩む。こう、素直に慕われるのはむず痒いものがあるが嬉しいものだ。
カミルの頭を撫でてみるが、振り払われないので嫌ではなさそうだ。思ったよりふわふわな髪の毛に、思わず撫で続けてしまう。なんだろうこれ。癖になるな。
「あ、あ、あ…」
「旦那様、このままだとカミル殿が倒れてしまいます」
「え!?大丈夫か!?」
「だ、だ、だい、だいじょぶ、でひゅ」
え、ちょ、顔真っ赤。
どうしたのかと顔を覗き込んで見たら「ヒィ!!」と悲鳴をあげてシュルツェン卿の後ろに隠れてしまった。
…え。なんで?俺怖がらせるようなことした?
目を瞬かせる俺に、ラルスはため息を吐くし、シュルツェン卿はワハハと笑っていた。
ワイバーンに乗っての移動は、快適かと言われるとそうでもなかった。
むしろよくこんな上空で堂々と飛べるなぁって思うぐらいには怖かった。
いや、だってよく考えてくれ。
ちょっとそこら辺にいるような鳥なんかは大体建物3階ぐらいの高さである10〜15メートルぐらいしか飛ばない。3階ぐらいの高さでもめっちゃ怖いってのに、こいつらが飛んでる高さがとんでもない。
ふはは、人がゴミのように小さいなぁ!!と白目をむきたくなるほどには、高い。
いやそれなりに高さのある山すら遥かに下だ。
「殿下、ひとつお聞きしたいのですが」
「はい?」
「ワイバーンってどのぐらいの高さまで飛べるのでしょうか」
「そうですねぇ。ヴノールド様の本神殿がある山は飛び越せない、ぐらいでしょうか。この国にある大体の山は飛び越せそうです」
山の神ヴノールドが祀られている本神殿の山は、我が国最高峰の高さを誇り、標高5,000メートルを超す。それが越えられないのはまあ分かるが、我が国にある山は標高3,000メートルを超えるのはざらだ。
つまり。現在今、我々が飛んでいるのは上空3,000メートル超の場所だ、ということである。
ちょっと雲の上を飛んでる感じだな。まあ、俺たちがいる高さにも雲は出るし、もっと上にもあったりする。たしか雲って上中下の3階層に分かれてるんだっけ、とちょっと現実逃避した。
ここで渡り鳥同等に高いところを飛べるワイバーンたちが、あのとき俺が手助けできる程度の高度にまで下がっていたのかと疑問に思うだろう。
俺も疑問に思って聞いてみたんだが、飛行機と同じで、徐々に高度とスピードを落として着地するのが一番ワイバーンに負担がかからない降り方なのだそうだ。もちろん、急降下もお手の物らしいんだが、一歩間違えれば即死するためよっぽどのことがない限りやらないらしい。
俺たちがいた山の向こうから徐々に高度を落としていたのはそのせいか、と納得した。
さて、ここまで上空だと空気が心配になるが、そこは魔法の世界。
ワイバーンの鞍に魔道具がつけられていて、乗っている者への空気の補充や、風の影響、寒さをそれなりに抑えてくれるらしい。完全に防げないとはいえ、かなり高機能な魔道具なんじゃないだろうか。
「体調の方はいかがですか?」
「問題ありません。ラルスも大丈夫か?」
「はい」
鞍から落ちないように、俺とラルスにはそれぞれ落下防止用の紐が腰にくくりつけられている。俺とラルスはその紐を掴んで、鞍に乗っている状態だ。
同乗者には紐をつけるものの、操縦者である竜騎士には命綱なんてものはない。その身一つで飛び降りて戦うこともあり、むしろ紐があるのは邪魔なんだそうだ。
彼とワイバーンを繋いでいるのは、彼が握っている手綱ひとつだけである。
気遣われたのか、飛んでる間にアーサー殿下から話を振ってくれたりしてくれたのでポツポツと会話をしていた。
そのやり取りの中でわかったことがいくつかある。
王族で竜騎士を地位を持っているのはアーサー殿下だけだということ。
目指したきっかけは先々代の王妃である曾祖母の影響だ、と彼は笑った。彼の鼻と頬にあるそばかすは曾祖母の遺伝らしく、最近になって出てきたものらしい。
そして、双子であり、姉姫がいらっしゃるとのこと。姉姫は紺色の髪に同じ赤い瞳を持っているらしい。そしてそれは、曾祖母と同じ色合いなのだそうだ。
「姉君がいらっしゃるとは…そこまでは私も把握していませんでした」
「姉は現在ヴェラリオン皇国に養子に出されていますので、さらっとした調査では出てこないでしょう。姉を見初めた精霊族の貴族が『この方こそが私の番!!』って宣言してしまった上、姉も姉でお相手に一目惚れしてしまったもので、双方片時も離れたくないというわがままを突き通した結果ですね」
精霊族の番は、人族と同じで自分で決められる。ただくっついたり離れたりできる人族とは異なり、精霊族の番は一度決めたらもう変えることができないのだとされる。
つまり、精霊族側の願いで王族を引っ張り込んだと。え、なにそれどんな権力持ってるんだよその貴族。
「双子の姉君、ということは今は15歳ですよね?未成年の、しかも一国の姫君をそこまで出来るとは…」
「…お相手は現在18歳で、ヴェラリオン皇族に近いお方、ということだけはお伝えできます。まあ、姉が18歳になればきっと公表されるのでそのときに分かると思います…うん」
アーサー殿下は前を向いているため分からないが、なんか遠い目をしている気がした。
なんか大変だったんだろうということは察せられた。どこの王族も大変だな…とちょっと同情した。うちの国のマリア第一王女殿下も、現在進行系で苦労してるからな…主に兄とも呼びたくないであろう男のやらかしで。
…違和感の正体をなんとなく、掴みかけてる。
でもまだ確証はない。ただまあ、部屋に置いてあるあの前世の資料を見る必要があるが直感としてはたぶん合ってるだろうな、とは思う。
休憩や街に立ち寄り、休みながら進んで4日目。
見慣れた本邸が遠くに見え、徐々にワイバーンたちの高度が下がっていく。
前日のうちに精霊の伝言で伝えているから、プレヴェドの使節団がうちに立ち寄ることは分かっているだろうけど、ワイバーンを見て取り乱さないだろうか。
ちなみに、国にはシュルツェン卿から連絡を取ってくれたので、うちに立ち寄る許可は得ている。
まあつまるところ、俺を送るついでに小休止するって話だな。
どんどんと高度が下がっていく。スピードもゆっくりとなっていき、本邸近くの道路に次々とワイバーンたちが着地していった。どすん、という衝撃は何度受けても慣れない。毎回体勢を崩しかけ、後ろにいるラルスに助けられている。
幸いにも本邸近くにはちょっとした草原があるので、ワイバーンたちにはそこで休憩してもらうことになり、俺は護衛団とともにアーサー殿下、使節団団長を連れて本邸へ歩いて向かっていった。
門番たちが俺たちに向かって敬礼する。
それに手を振って返しながら玄関へと向かえば、表に数名立っていた。そのうちのひとりはカールだ。
筆頭はパッと見いかつい男性だが、きちっと執事服を着こなしている。俺らを見て、彼らは一礼した。
「おかえりなさいませ、ヴォルフガング様」
「あぁ、ただいま」
「ようこそいらっしゃいました。当家は皆様方を歓迎いたします。中で当主がお待ちです」
ギィ、とドアがゆっくりと開けられた。
約2ヶ月半ぶりのエントランスホール。その中央に見目麗しい女性が立っており、隣にはルルがいる。両脇にはずらっと使用人たちが並び、頭を下げていた。
「おかえりなさいませ、ヴォルフェール様。そしてようこそいらっしゃいました、プレヴェド第三王子殿下、レイゼン侯爵閣下。わたくしがフィッシャー侯爵家当主、レナ・ゾンター・フィッシャーでございます。こちらは娘のルイーゼでございます」
「お初にお目にかかります。ルイーゼ・ゾンター・フィッシャーでございます」
「突然の訪問で申し訳ない。プレヴェド王国のアーサー・プレヴェドと申します。こちらは使節団を率いるレイゼン侯爵です」
ゆっくりとふたりがカーテシーをして、アーサー殿下らも礼を返す。
―― ああ。レナだ。
ふらりとレナの方に歩み寄る。レナの視線がアーサー殿下たちから俺に向けられて、それから目を丸くした。
両手を伸ばしてレナの頬を包む。大丈夫。ちゃんと見て、また覚えればいい。そうは思ってもやっぱり目の前にいるのがレナだと不安になる。
何度か目を瞬かせたレナは、ふと微笑んだ。
「ヴォルフェール様。大丈夫ですよ」
「…ああ」
「あとでゆっくり時間を取りますね」
「分かった」
頬に添えた手が重なって、目を細めて微笑むレナに安堵する。
予定より早く帰ってこれたし、たぶん大丈夫だろう。
よし、と気持ちを切り替えて振り返……え。なんかいつの間にかルルとアーサー殿下が話し込んでるんだけど。団長殿も置いてけぼりだし。さすがに表情には出ていないが、内心困惑してそう。
っていうかいつの間にかルルが白いバラを5本束ねた花束持ってるんだけど。え?誰か持ってた?
「ありがとうございます、大事に飾りますね」
「喜んでいただけて恐縮です」
本当に嬉しそうにルルが笑う。家族以外ではあまり見せない、本当に嬉しいときに見せる笑みを。
誰に?アーサー殿下に向けてだ。
アーサー殿下もアーサー殿下でルルに向ける眼差しにちょっと熱があるような……んえええちょっと待て待て待て。
「殿下、レイゼン殿」
声をかけると、ぱっと俺に視線が向けられる。
案の定、それに熱はなく、ここ数日間で見慣れた凪いだものだ。
「時間もあまりありません。応接室へ」
「ええ」
レナとルルにも視線を向ければ、ふたりも頷く。
内容が内容だけに詳細は伝えていないが、大事な用があるとは言ってある。
ルルが花束をドロテーアに渡して「サンルームに飾ってきます」と告げた。うん。部屋に飾る、と言わない辺り理解していて良かったよ。
応接室に移動し、手早く侍女たちが紅茶を準備して退出する。
この部屋には俺とレナ、アーサー殿下、レイゼン殿しかいない。
レナが遮音魔法を部屋全体にかけた。と、同時にアーサー殿下とレイゼン殿がソファから腰を上げて、床に膝をついて頭を下げた。
「この度は、ご夫君に怪我を負わせることとなり、誠に申し訳有りませんでした」
ひぃ、と内心悲鳴を上げる俺とは対照的に、レナの表情はすとんと抜け落ちていた。
あ。これ怒ってる。笑わないで怒ってるの久々に見た。
「ええ。先日報告を受けました。貴国の若い竜騎士が、わたくしの夫を殺そうとしたと」
―― 護衛団のひとりがフィッシャー家お抱えの隠密隊のひとりだった、というのはまあよくある話だ。
俺が怪我を負ってシュルツェン本邸に運ばれた直後、昼夜問わず馬を乗り換えながら駆け抜けて1週間弱で報告を入れたらしい。なので、俺とアーサー殿下のやり取りについて彼女は知らない。
だが、シュルツェン卿から国にもたらされた報告は『飛行型モンスターにより負傷』とされていた。恐らく、そこで察してくれていた…とは、思う。
「許されざることであることは重々理解しております。件の謀反人につきましては、本国で処刑が確定しております。現在本国へ強制送還しており、到着次第刑が執行される予定です」
「さようですか」
「しかし、ご夫君より我が国の失態をなしとする代わりに取引を受け、いま恥ずかしながらもこの場に参上させていただきました」
「聞きましょう」
レナの言葉に、アーサー殿下の顔が上がる。
まっすぐなその赤い瞳は、息を呑むほど美しいと感じた。
「ルイーゼ嬢の力となりましょう。影となり日向となり、絶対的な味方として彼女の憂いを払ってみせましょう」
しん、とその場が静寂に包まれた。
……なぁ。ルルと会って会話したの、10分もないよな?なんで?
レナも予想外の言葉に呆気にとられたのか、表情こそ変わらないものの瞳が揺らいでいた。ついで、俺に視線を向けてくる。
「…ヴォルフェール様、どのような取引をされたのです?」
「いや、黙ってる代わりにルルを裏切らない味方になってくれ、としか。というか絶対的かそうでないかはルルに会ってから決めるとか言ってませんでしたか殿下」
「ええ、お会いして決めました」
「あの短い時間で、ですか?」
「はい。真名宣誓しましょうか?」
にこりと笑みを浮かべたアーサー殿下が嘘を言っている様子は見受けられない。
大人顔負けの猫かぶりをしているなら驚嘆すべきことだが。
というか真名宣誓って。隣のレイゼン殿ギョッとしてるじゃん。
……俺、とんでもない人と取引したかもしれん。
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