第7話 プレヴェドの第三王子が仲間になった
ワイバーンでシュルツェン本邸に戻ったら大騒ぎだった。
シュルツェン卿(たぶん、筋骨隆々で顎髭あったから)は顔を真っ赤にして怒髪天をついてる状態だし、カミルは「ヴォルフガング様ァ〜〜〜!!」と大泣きしている。だから、神官としての威厳。
ただ、重ねてシュルツェン卿には「まだ国に報告しないでくれ」と伝えた。
現段階で報告したらせっかく繋いだ貿易がパァ、下手すりゃ戦争だ。この国は聖女・聖人が重要視されているから、他国の要人が危害を加えたと知れば国内にどんな損害が出ようが貿易中止。下手すりゃ国交断絶もしくは戦争。それは本意じゃない。
どっかで落とし所を決めておかないと。そのためにはあの竜騎士が俺を攻撃した理由を知る必要がある。
待機していた治癒士のお陰で骨はなんとか元の位置に修正された。
あとは体に負荷がかからない程度に、地道に治癒ポーションを飲んでいくしかない。ちなみにハイポーションは緊急用なため、副作用がひどいらしい。飲んだことないからわからんが。
「尋問が終わった、と」
「はい」
翌日、俺の負荷を考慮して、俺が寝泊まりしている客室に関係者が集まっていた。
まあ結果は俺も聞きたかったから問題ない。部屋に来ている面々はシュルツェン卿、騎士団副長、そして第三王子と使節団団長だった。
ちなみに、ラルスは俺の傍にずっと控えている。
「して。なぜ我が国の聖人を殺そうとしたのか、お聞かせ願おうか」
ずんと音が聞こえそうな威圧感を出すシュルツェン卿に、使節団団長が小さく悲鳴を上げた。
一方、第三王子の方は冷や汗を流しながらも凛とした姿勢を崩していない。
深呼吸した使節団団長は、顔色が悪いまま報告を始めた。
「…結論から言えば、見当違いの恐怖を抱いたゆえの行動、でした」
「見当違い?」
「罪を犯したグレッグは、少しばかり思い込みが強いところがありました……戦闘中、こちらに向かってきたモンスターが突然燃えたので何事かと周囲を見たとき、目に入ってしまったそうです」
第三王子と使節団団長が俺に視線を向ける。
なんだ?
「黒髪赤目 ―― 我が国の建国神話で語られる、邪神と同じ色合いを」
……あ。そういやそうだ。
フォース大陸は、その名の通り4つの国で構成されている大陸だ。
人族の王が治めるプレヴェド、精霊族の王が治めるヴェラリオン、竜人族の王が治めるレリスタ、獣人族の王が治めるサーランド。
あの大陸はこの世界が出来上がって最初に人々が暮らした大陸らしく、国の歴史もかなり古い。そのため、この世界では珍しく建国神話に創世神エレヴェドが絡んでいる。
それぞれの国に、邪神と呼ばれる存在がいた。
国によって邪神の姿は異なり、プレヴェドでは黒髪と赤い瞳の強大な魔法使い。竜族が暮らすレリスタは竜の牙すら通さぬ巨大キメラ。獣人が暮らすサーランドは火を吹き、毒を撒き散らすドラゴン。ヴェラリオンではあらゆる魔法が効かなかった無貌の剣士。
それぞれの国が、それぞれの邪神を創世神エレヴェドの力を借りて倒して建国したという流れだ。なので、各国で忌避される事柄が違う。
俺は普段、黒髪にオレンジの瞳だが魔法を使ってる間は赤い瞳になる。
魔法使いに黒髪赤目、という組み合わせになればプレヴェドに伝わる邪神と全く同じだ。力が強大かどうかは別として。
そういえばそんな設定あったな。紅ファンの隠し攻略対象者であるヴェラリオンの第一皇子がまさしくその色合いだから、第一皇子ルートのときその邪神に似てるどうのこうののエピソードが入るんだよ。
いや、相手は精霊族の国の皇族だぞとプレイ中思わず突っ込んだけど。
俺が邪神、と言われたように感じ取ったのだろう。
ピリッとした空気が部屋を支配する。使節団の団長は、冷や汗をダラダラと流しながら震えていながらも続けた。
「我が国では邪神の色合いを持つ者は、国に災いをもたらす忌避すべき存在という風潮が強く…先々代の国王の時代よりなんとか払拭しようとしていますが、やはりそう意識する者はいます。聴取したところ、グレッグはその思い込みが強いようでした」
「つまりは、何か。下手人はヴォルフガング殿を邪神の生まれ変わりか何かと思い込んだということか」
「そのとおりです。その点につきましては、メンバーを選出した際のこちらの考慮が不足していたということになります。重ね重ね、お詫び申し上げます」
第三王子が謝罪を述べ、スッと頭を下げた。使節団団長も深々と頭を下げる。
……王族とはいえ、ルルと年の変わらない青少年がこんな重大な責任負わされるって、しんどいだろうに。
せっかく繋いだ国交が、たったひとりの部下のせいで断絶の憂き目に合っている。それに、下手すりゃ周辺国にも「この国は黒髪赤目の者を攻撃する」って噂にもなりかねない。
プレヴェドの先々代国王はそれを危惧したのかもしれないな。
シュルツェン卿は腕を組んだままじっと頭を下げている第三王子を睨みつけている。声をかけない。
だからか、第三王子らは頭をあげない。
「……シュルツェン卿」
俺から声をかけると、彼はちらりとこちらを見た。
「私もひととおりプレヴェド王国の歴史については頭に入れていたつもりでしたが、勉強不足だったようです。魔法を行使した際に私の瞳の色が赤く変わるのは周知の事実。本来であれば私は魔法を行使しない、もしくはあの場にいないというのが正しかったのでしょう」
「…」
「幸いにも私は生きています。聖人たる私ヴォルフガングは、未来ある若者のため、国のため、この度の私の怪我は『飛行型モンスターによるもの』としましょう」
びく、と第三王子らが顔を上げようとして止まった。
ラルスも副長も「何言ってんだこいつ」という顔をしてるし、シュルツェン卿にいたっては眉間に深い皺が刻まれた。
「とはいえ、私個人としてはその下手人を赦すつもりはありません。内々に、しかるべき処罰を希望します」
「…正気か」
「正気ですよ。プレヴェドの王族にこれ以上のない貸しを作れるんですから、良い取引ではないですか?」
にっこりと微笑んでそう言ってやれば、シュルツェン卿は少し間を置いて盛大なため息を吐いた。
ガシガシと乱暴に頭を掻くと「頭を上げてくれ」と第三王子らに声をかけた。
恐る恐る、といったように頭を上げるふたりの視線が、俺に向けられる。それは困惑だった。
「あまりそういったのは好かん。が、このままでは国際問題に発展するには想像に難くない。…我が領はダンジョンから出てくるモンスター共で手一杯なのだ。まあ、ヴォルフガング殿が飛行型モンスター共のせいで怪我を負ったのは確かだな」
「恐れ入ります」
「…どうして」
思わず、というように呟いた第三王子に、俺は笑みを浮かべたまま答える。
「だから取引ですよ、私個人との」
死にかけて思ったんだ。
レナとギルのためにも死ねない。心配してくれるペベルやマルクス、義両親やシュルツ卿ら、そして何よりルルのためにも死ぬわけにはいかない。
けれど俺はこういった、何の関係のない場所で死ぬかもしれない。ルルの助けになれない場所でただただ指を加えて、ルルが断罪される時を待つだけになるのかもしれない。
俺はルルのために足掻くと決めていたんだ。
カティが見れなかった、あの子の幸せな姿を俺が代わりに目に焼き付けるために。
「…第三王子たる私ができる範囲であれば。国として、であれば相談させていただく必要がありますが」
「殿下!?それは」
「良い。竜騎士団を率いてきたのは私だ。責任は私が取るべきだ。内容を伺っても?」
「いえね、私に娘がいるんですよ。殿下と同い年の、まあ恐らく学院でお会いすることがあると思うんですが」
一旦言葉を区切る。表情をストンと落として、第三王子の目をまっすぐ見た。
「私の娘、ルイーゼ・ゾンター・フィッシャーの絶対的な味方となってください。彼女がどんな状況であろうが、裏切らず、見捨てず、彼女の味方となってほしい」
せっかくだから利用させてもらおう。
ペベルから「あまりシナリオというものに囚われるな」と言われている。それなら「サポートキャラ」「モブ」と呼ばれていた、物語の主軸にあまり関係のない者たちを巻き込んでいけばいい。
俺の願いに更に困惑した表情を見せた第三王子だったが、シュルツェン卿が口出しをしてきた。
「そういえばまだ続いていたのか、あのふざけた婚約は」
「ええ、業腹なことに」
「ははあ、なるほど。貴殿はもとよりそのつもりで言い出したのだな?」
「渡りに船、といったところですね」
「あ、あの…?」
困惑の声を上げた第三王子に、シュルツェン卿は今までの重圧が嘘のようにからりと笑う。
「ははは、断っても問題ありませんぞ第三王子殿下。これは聖人としての取引ではない、ヴォルフガングという男個人の取引ですからな」
「え?」
「お嬢様のこととなると見境なくなるんです、旦那様は」
ラルスがボソッと呟いたのが聞こえたのであろう。シュルツェン卿はワハハと声を上げて笑ったし、第三王子と使節団の団長、それからシュルツェン騎士団の副長はぽかんとしていた。
ま、願いが叶えば万々歳、叶わなければ別な手段を考えればいい。
困惑しっぱなしの第三王子に、ふと笑う。
「半ば事故のようなものだと思ってるのは本心ですよ。私は願いを引き受けてくださってもそうでなくてもどちらでも良いので先ほど申し上げたとおり、私は飛行型モンスターの攻撃で怪我をしたと国に報告します」
「…しかし、それでは」
「私個人の願いが難しいときは、貿易協定の見直しでちょっとこちらに有利な条件を組み込ませてもらうとか、そういうのになるぐらいです」
詳細は知らないが、マルクスから聞いた話では平等な条件だと聞いている。
5年ぐらいを期限にこっちが有利な条件で結び直してもまあ、そこまで影響は出ないだろう。慰謝料みたいなもんだ慰謝料。
第三王子は唇に手を添えて考え込み、使節団の団長は「殿下…」と困り果てていた。正直、いい大人が15歳の王子に頼るってどうなのって思うんだが使節団としてはそこまでの裁量を与えられてないのかもしれない。
実質、使節団トップは目の前の第三王子だろう。よほど優秀なのか。
時間にして5分ほどだろうか。第三王子は顔を上げた。
「―― 味方になるのは良いのですが、御息女にお会いしてから正式に契約しても?」
…え、マジ?
「こちらとしても訪問先の情報は仕入れていますよ。ルイーゼ・ゾンター・フィッシャー様は、ハインリヒ殿の婚約者でしょう?ハインリヒ殿が立太子された場合になりますが、王太子妃として相応しいという評判を耳にしています。実は、お会いできるのを楽しみにしていたんです」
人好きのする笑顔を浮かべてそう答えた第三王子にちょっと呆気にとられる。
というか、ルルの評判がプレヴェドにまで届いてんの?え、嬉しい。さすが俺の娘。
「ですがまずは、実際にお会いしてから絶対的な味方となれるか確認させてください。もしそうする意義を見つけられない場合はできる限り味方となるという内容に変えてさせていただけると、助かるのですが」
「もちろん。味方になっていただけるのが願いですから」
よっしゃ。他国王族の味方ゲット!
もとより絶対的な味方を期待してるわけじゃない。味方になる、という言質を取れれば良かったんだ。
これでルルになにかあったときに第三王子を頼って国外に逃がすということができる。
婚約破棄させようとしてる件は話していないが、まあこちらの事情を探っていると言っている以上、ある程度情報を掴んでるだろう。
面倒なことに巻き込まれるかもって分かってるだろうに。
不意に、は、と何かに気づいたように第三王子が目を丸くした。
「…申し訳ありません。正式なご挨拶をしていませんでした」
「…そういえば」
バタバタしてやってなかった、と俺も気づく。
第三王子はソファから立ち上がると、俺の傍に近寄る。本来なら俺も立って挨拶すべきなんだが、安静を言い渡されているのでベッドの上からで許してもらおう。
す、と胸元に手をあてた第三王子は微笑んだ。
「プレヴェド王国第三王子、アーサー・プレヴェドと申します」
「予備役聖人のヴォルフガング・ゾンター・フィッシャーです。伯爵位を賜っております。どうぞ、よろしく」
右手を差し出せば第三王子 ―― アーサー殿下は、笑って手を握り返してくれた。
その笑顔を見てふと違和感を感じた。
―― あれ。アーサーって、こんな容姿のキャラクターだったか?
なんだろう。何か違う気がする。
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