第6話 15歳の少年なんだよなぁ



 人は死ぬときに走馬灯が過ぎるという。

 例に漏れず俺も一瞬で今までの記憶が脳裏に浮かんだ。ギルが生まれたとき、レナと結婚したとき、ペベルと親友になったとき、カティが死んだとき、ルルが生まれたとき ――


 それらを見て、思う。

 まだギルの成長を見たいし、レナにもっと幸せになってほしいし、マルクスの子ども見るまでは死にたくない。ペベルとグレタ夫人のじれったい関係性の応援もまだしたいし、ハイネ男爵と起こした事業もまだ不安定な部分もあるからどうにかしたい。


 そして何より、あのクソガキ以外の相手との結婚式で幸せそうに笑うだろうルルのウェディングドレスも見れていないのに。



 クソッタレ!!



 そう思った瞬間、体の下から突き上げられ…え、突き上げ!?

 気づけばまた空中に放り出されてる。なんだなんだ何が起こってんだ!?地面と激突する寸前だったよな俺!?でもこれまたこのまま落下コースだろ!?

 また臓腑が浮く感覚で落下しているのが分かってるんだが何がどうなってんだ混乱したそのときだった。視界の端から勢いよく突っ込んできた何か、と同時に体に強い衝撃を受けて「ぐぇッ」と変な声が出た。ついでにメガネも吹っ飛んだ。


 痛ぇ、マジ痛ぇ。左肩めっちゃ痛ぇし体全体痛ぇしなにこれ。


「っ、ご無事ですか!?」

「ぶ、じにみえるかクソが…!」


 どうやら俺、横から突っ込んできたワイバーンの竜騎士にぶつかる形で拾われたらしい。

 ずるずるとそのまま落ちそうになった俺を必死に竜騎士が掴んでおり、何か叫びながらゆっくりと地面に降下していっているようだった。

 徐々に近くなっていく地面に安堵する。俺、死んでない。大丈夫。全身痛ぇけど。


 ドシンと音を立ててワイバーンが地面に降りた、と同時に「ヴォルフガング様!!」と恐らくシュルツェン騎士団か俺のとこの護衛団の誰かが駆け寄ってきた。誰だ、だめだ。痛みで頭が回らねぇ。


「グレッグ竜騎士を捕らえよ!!」


 幾分、幼さを残しつつも鋭い一声が存外近くで響く。

 そちらへゆっくりと視線を向ければ、恐らく俺のものであろう血まみれの軍服を身にまとった少年とも青年ともつかない竜騎士がそこにいた。

 金髪に、赤い瞳。そばかすがある。


「ハイポーションはどこだ!?」

「ダメだ、肩の骨が折れてる。このまま飲ませるのはマズイ」

「痛み止めだけ飲ませて本邸に運ぶぞ!本邸にいる治癒士に急ぎ連絡を取れ!」


 飛び交う怒号がぼんやりと遠くに聞こえる。

 とりあえず助かりそうだが、そうかあのバキバキって音は肩の骨がイカれた音か。

 この世界のポーションは傷に関しては非常に有用性が高いんだが、骨が折れてる場合は使用厳禁だ。変な形でくっついたまま修復されるから、人体に詳しい治癒士が魔法を使って骨を正しい位置にしてから治療する必要があるんだ。そこら辺は、ご都合主義とはいかないんだな。


「どういうことですか第三王子殿下、なぜ我が国の聖人を攻撃された!!」

「…攻撃した竜騎士を尋問する。信じて欲しい、我々は貴国とこれからも友好を結ぶために来たのであって、傷つける意図は全くない」


 金髪赤目の竜騎士が、食って掛かるシュルツェン騎士団員…たぶん副長か、に頭を下げている。

 第三王子殿下。ああ、そういえば、ゲームでもそんな顔だった気がする。 



 アーサー・プレヴェド。金髪赤目が特徴の青少年で、竜騎士団に所属する第三王子。

 ヒロインのサポートキャラのひとりで、例えるならばワンコ系キャラクターだった。

 明るい性格で、懐に入れた相手にはとことん優しい。俺様系ハインリヒ王太子と違う王子様キャラに蒼ファン界隈のSNSは大いに盛り上がっていたと思う。プレイ中のやり取りで「ダメだ、アーサーに耳と尻尾がついてるのが見える(ない)」「しょんぼりしないで!ごめんね!お耳と尻尾が垂れてる!!(ない)」等など、ワンコ系キャラクターが好きなプレイヤーにはぶっ刺さっていた。

 だが悲しいかな、彼はサポキャラなので彼との恋愛フラグがなく、DLCによるルート開放が切実に望まれていたキャラクターだった。


 応急処置を受けながらそんなことをぼんやりと考え、渡された痛み止めを飲み込む。マズイ。良薬口に苦しって分かってるけどマズイ。


 傍でラルスが泣きそうな表情をしていた。

 ワイバーンの急接近に気づいたラルスがなんとか俺との間に身を滑り込ませようとしたが、一歩及ばす弾き飛ばされたのだという。護衛騎士なのに守りきれなかったって嘆いてるが、ありゃ無理だろう。


「…あー、あー。ちょっと、落ち着け」

「しかし!」

「いいから」


 即効性の痛み止めのおかげか、だいぶ痛みはマシになった。

 いまだ第三王子とその後ろにいる使節団の団長と思われる男に詰め寄る副長と思われる騎士をひらひらと右手を振って止めれば、悔しそうな表情で騎士が身を引く。

 すると青白い顔の第三王子と恐らく使節団の団長が俺の前まで来た。行儀悪く膝を立てて座っている俺の前まで来ると、ふたりとも両膝と両手をついて、地面に頭をこすりつけんばかりに土下座…え、待って土下座!?


「申し訳ありませんでした…!!」

「待て待て待て、王族が地面に頭つけるな!せめて腰を折る程度にしろ!」

「いいえ!貴国にとって重要人物である聖人を、我が国の者が殺そうとしたのです。私の首を刎ねてもらっても構いません!」

「んなことやったら云百年ぶりの戦争になるだろうが!」


 俺は戦争なんざ望んじゃいない。ただでさえルルの婚約破棄をどうするかで頭が痛いんだ。これ以上余計なもんは背負い込みたくない。

 ため息を吐いて、未だ頭を下げる第三王子のつむじを眺める。落ち着け。落ち着け俺。


「あー…とりあえず、私は生きています。第三王子殿下が助けてくださったおかげです。まずそのことに御礼を」

「礼など…!」

「頭を上げてください。私はあなた方と目を見て話したい」


 ゆっくりと、第三王子と団長の頭が上がった。

 団長と思われる男の方は、ガタガタと体を震わせている。訪問先の要人である俺を、使節団のメンバーが害したことに動揺してるのだろうし、勇猛で知られるシュルツェン騎士・魔術団のメンバーからの殺気に心理的負荷がかかってるんだろう。倒れるんじゃないかとこっちが心配になるぐらいの顔色の悪さだった。

 一方、第三王子も顔は青白いものの、しっかりと俺を見ている。さすが王族、といったところか。この殺気だらけの空間で赤い瞳には僅かな動揺が見られるが、表情等には出ていない。…ルルと同い年だから、まだ15歳のはずなんだけど。


「まず、ワイバーンが地上にいた私を攻撃したことについて原因究明をお願いします。そこから国にどう報告するか決めさせていただきますので」

「承知いたしました」

「君たちも相手を殺さんばかりに殺気を出さないでほしい。向こうもまだ原因分かってないんだから」

「しかし!」

「しかしもクソもない。…とりあえず、本邸に戻ろう。詳しい話はそこで」


 とりあえず、早く帰って横になりたい。座ってるの地味に辛いんだよ。


 しかし、肩を負傷した男ひとりを抱えて下山するのは時間がかかる上、危険だった。何より血はモンスターを呼び寄せる。今はまだいいが、下山中に襲われる可能性は高い。

 そこで第三王子はひとつ提案をしてきた。


「ワイバーンで本邸までお連れいたします。ここからであれば、20分もあれば着くでしょう」

「信用ならん!」

「ですが副長、ヴォルフガング様の怪我の具合を考慮するとなると、第三王子殿下の提案が最善です。応急処置をしたとはいえ、ヴォルフガング様は血もだいぶ失っています。長時間の移動は危険です」


 団員からの指摘にぐぬぬ、と副長が唸った。

 まあ確かに未遂とは言え俺を殺そうとした竜騎士が所属していた集団に預けるのは危険だと思う。だが左肩付近からは止血したとはいえじわじわとまだ血は出ているし、山道を下るにも最低1時間以上はかかるだろう。正直、そこまで持つか分からないから、第三王子の案に乗っかるのが最善だと思う。


「…俺の護衛騎士も乗れるか」

「はい。軽装備の成人男性3名程度であれば、私のワイバーンで運べます」

「ラルス、俺を抱えて乗れ」

「承知しました」

「ヴォルフガング様…!」

「ありがとう、心配してくれて。すまないが、君は後始末をしてから戻ってきてくれないか」


 モンスターの死骸を放置すれば、更にモンスターが寄ってくる。

 副長はグッと言葉を詰まらせたあと、渋々と「かしこまりました」と言葉を絞り出した。

 本当なら俺がドーンと燃やすのが手っ取り早いんだが、そこまでやれる気がしない。


 第三王子が手早く指示を出す。

 ラルスが無事な俺の右腕を肩に回し、俺を支えながら第三王子のワイバーンの元へと向かった。


 ああ。こんな怪我してなけりゃ、ワイバーンに乗るなんて普通にテンション上がることなんだけどなぁ。


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