第5話 人は空を飛べない
モルックを後にして、近隣の街や村、街道に設置されている結界石へと補充していく。
2, 3日かけてぐるっと領内をまわり終え、へとへとになってシュルツェン本邸に戻った頃にはそろそろ使節団が到着する、という一報が入った頃合いだった。
「やはり、懸念点は使節団が通過するこの山だな。隣山には飛行型モンスターが少なくとも20体以上確認されている」
「討伐は間に合いませんでしたか」
「飛行型は当たらんからなぁ…攻撃してきたところをカウンターで、といった具合いでないとなかなか」
ガシガシと乱暴に頭をかくシュルツェン卿にそうだよなと同意する。
基本、この世界では空中戦は多くない。
せいぜい魔法を飛ばしたり弓矢を飛ばしたりといったもので、空を飛ぶ竜騎士を抱えている国なら問題ないだろうが、この国ではそういう存在がないため飛行型モンスターが最強の一角とされている。
魔法も、弓矢も手から放たれればまっすぐにしか飛ばない。空高く飛ばれたら弓矢はまずそこまで飛ばないし、放った魔法の速度によっては飛行型モンスターはひらりと躱してしまう。
精霊族や精霊師と呼ばれる精霊と協力している彼らであれば、精霊の力を借りて浮遊することも可能だろうがこの国では忌避されている存在ということもあって、この国にはほとんどいないんだ。
空から強襲してくるモンスターを討伐するのは、経験豊富なシュルツェン卿でも「カウンターしか方法がない」と言わざるを得ない状況なのだろう。
「私の魔法なら、空中にいるモンスターでもある程度は対応可能です。向かいましょうか?」
「…結界石に魔力を補充してもらった上、討伐までもとは心苦しいな」
「私も聖人以前に貴族ですよ。こんなときこそ
「まあ、貴殿の実力は耳にしている…体術の方はあまり得意ではないようだが」
ふ、と笑うシュルツェン卿に、俺も笑みを返す。
筋肉つけようと俺も頑張ったことあったけど、筋肉がつきづらい体質らしいんだよなぁ。細マッチョぐらいにしかならん。悲しい。
「魔法や弓矢に追尾機能があると良いのですが」
「…追尾?」
「ええ。私の魔法は、簡単に言えばマーキングした対象を燃やすものですので」
認識し、魔力によってマーキングした対象はどこまでも追いかけ、必ず燃やす。
導火線が動き回る対象にくっついた感じだな。
そもそも飛行型モンスターに限らず、移動速度が速いモンスターは攻撃が当たりにくい。
魔法で移動先の地面を爆破するなどして方向を変え、目的の場所に追い込んで一斉に叩くある意味追い込み漁のような形をとってようやく殺せるといった次第だ。
だがこの方法も確実ではなく、同じ種類のモンスターでも個体によっては爆破に怯まず突っ込んでくるやつもいるし、明後日な方向に走り出すやつもいる。
追尾、とまでは行かずとも魔法や弓矢がモンスターに向かう速度が向上すれば当たるような気もするんだけどなぁ。
複合魔法は有史以前から研究されているらしいが、実現には程遠いらしいから除外するとして。せめて手持ちの武器の速度向上なんてあるといいんだが…。
腕力とか魔法による身体強化で力任せにすればその分威力も速度も上がるだろうが、武器側が耐えられないんだよなぁ。皮膚が強固なモンスターの素材を使っても壊れるっていうし。
悩ましいところだ。
「追尾、追尾なぁ…魔法としても可能ではあろうが、そもそもそのマーキングとやらをするのに苦労しそうだ」
「そうですね」
俺はオートだから苦労ないけど、普通はつけるところから大変だと思う。
―― ところで。この世界には、銃というものも存在する。
だがこの世界の誰もが少なくとも魔力を保有し、魔法を扱えるからこそ護身用の魔道具、一発限りの虎の子としてしか使われないことが多い。
魔法の方が威力が強く、攻撃範囲も広いからだ。戦争やモンスター掃討戦ではあまり役に立たない。
じゃあ弓矢はどうなのかというと、メンテナンスが楽。非常に楽。あと手に入りやすい、というのもある。
…あれ。と疑問が頭をかすめた。
「シュルツェン卿」
「む?」
「今、主流の弓よりも大きな弓って存在するんでしょうか?」
前世では、弓と一言で言っても様々なものがあった。
形状や構造で区分分けされていたと思うが、その中でも長さで区分けしたものがある。
短弓と長弓。
日本人なら誰しも一度は歴史の授業で習ったであろう、蒙古襲来の様子を描いた場面を思い浮かべてもらえるとがわかりやすいかもしれない。元側が短弓を構え、てつはうに驚き腹を射られた馬の上に乗っていた武士が長弓を背負っていたあの場面である。文永の役だったか。
短弓の利点は連射性の高さと扱いやすさだ。力もそこまで必要なく、馬上でも扱いやすい。
欠点は威力が低いため、急所に当たらないと致命傷にならないといったところか。威嚇攻撃代わりにはなるが、決定打にはかける。
一方、長弓は連射性は悪い上、かなりの力を必要とするがその分威力も高く飛んでいく速度も速い。
戦国時代の日本で使われていた和弓なんか、あれ武士の鎧貫通したんだぜ。怖い。
蒙古襲来の際、元側は鏃に毒を塗って威力を補おうとしていたらしいが、武士の鎧が通らなくてあんまり意味がなかった…って聞いたことがある。いや諸説あると思うけど。
いずれにせよ、和弓については厚さ10ミリのヒノキ板3枚を容易に射抜いたとされていることから、その威力の高さは折り紙付きだ。
…もしかして、シュルツェン辺境騎士団ほどの筋骨隆々な騎士だったら扱えるんじゃないだろうか。
「あれより大きな弓か?あるにはあるが扱いづらくて、使い手はほとんどおらんな」
「現在の弓では飛行型モンスターに届かず、貫けませんが…その弓なら、届きませんか」
「ふむ」
「素人考えですが、大きな弓はその弦を引く力がより必要です。ということは、すなわち威力も増すということですよね。飛距離もその速度も段違いなような気がします」
「…確かに、威力も良かったような気はするが…さっきも言ったが、扱いづらいのが難点でなぁ。その点さえ解消できれば、試してみようとは思うが」
え、こんなムッキムキなシュルツェン卿でも無理だったのか。
まあひとりふたりしか扱えないものが出来てもなぁって感じだよな…弦を引くのにも力がいるし、重いし…フラフラして照準が定まらないか。いやそれ馬上で当ててた日本武士ヤバくないか。っていうか流鏑馬もあれ和弓だよな。動いていない的とはいえあれで走り抜けながら当ててんのか凄いな。
「だがまあ、弓を改良すれば多少は引きやすくなるやもしれん。今まで放置していたが、色々と試してみるか」
うむ、と髭を擦りながら頷くシュルツェン卿。
攻撃手段がどんなものであれ、ひとつでも手段が増えるのは良いことだろう。
休憩を終えて、準備を整えて現地へと向かう。シュルツェン卿は、問題なく山を越えられたときに誰も居ないということがないように本邸に待機することになった。その代わり、シュルツェン騎士団と魔術師団の一部を護衛として貸し出してくれている。
途中までは馬で行けるが、山頂までとなるとあとは徒歩だ。一応、山道はあるようだが馬が通れるほどの道幅じゃない。
周囲のモンスターや野生動物に注意しながら進んでいくと、じんわりと汗をかいた。
これでも鍛錬はしている方だが、やはり息切れする。周囲の面々を見れば、魔術師団は俺と同じような体型にもかかわらず疲れている様子を見せない。さすが、シュルツェン辺境領に所属する兵士だ。
うちの護衛団もやや疲れは見えるものの、俺ほどではない。クソ、もう少し体力つける必要があるな。
登山すること2時間。
「ヴォルフガング様、もう少しで山頂に到着します」
「おう…」
引率してくれた騎士団副長の言葉に疲れで取り繕わずに答えれば、ラルスが手を差し伸べてくれたので素直にその手を取る。自分で地面を踏んでいるとはいえ、ひょいと片手で一気に段差を引き上げられるラルスはさすがだなぁと思うと同時に、俺って結構重いはずなんだけどな…と遠い目になる。
ちなみに、カミルは本邸で待機してもらってる。聖人としての活動じゃないからな。
はあ、と息を切らして進めば、一気に視界がひらけた。
山頂付近はなだらかな平地が少しあるものの、戦闘するには少し心もとない広さだった。
元々は隣山の飛行型モンスターの監視をするために整備されたところだったようで、近場には監視小屋もある。
本当なら隣山に乗り込んでドンパチやれればいいんだろうが、あっちは整備されていない山だ。視界不良な上、行ったとしても間に合わないだろう。
息を吐き、呼吸を整える。
なにもなければこのまま、頭上を通り過ぎていくであろう使節団のワイバーンたちを見送るだけだ。
…実は竜騎士団ってちょっと憧れてるんだよな。だってワイバーンを操って縦横無尽に飛び回るんだぜ?男のロマンっていうか、冒険心をくすぐるっていうか。生涯に一度は乗ってみたい。
「十二時の方向、使節団と思われるワイバーンの影を視認しました!こちらに向かっています!」
「隣山のモンスターはどうだ」
「まだ動きはありません!」
双眼鏡を使って確認する様子を聞きながら、俺も隣山を注視する。
たしかに今のところ動きはない。
羽ばたく音が遠くの方から幾重にも聞こえてくる。
双眼鏡がなくとも、裸眼でワイバーンの集団が飛んできているのが俺にも見えた。
先頭は1頭。そこから両翼を開くようにワイバーンたちが整列してこちらに飛んできている。渡り鳥でよく見かけるV字型の飛行形態だ。先頭の鳥はめちゃくちゃ疲れるが、後方の鳥は先頭の鳥が作った上昇気流のお陰で飛びやすくなるってやつ。
ワイバーンの背中に人が乗っている。彼らが竜騎士か。
こちらに来るという第三王子殿下も竜騎士団のひとりだっていうらしいから、この隊列のどこかにいるんだろうな。
―― ワイバーンの集団がはっきりと見え、もう少しで頭上を飛び越えていくといったときだった。
けたたましい咆哮と共に、一斉に隣山からモンスターが空に飛び出した。
うっげ、多いなこれ。間に合うか。
腕を伸ばし、ワイバーンに真っ先に突撃しようとした飛行型モンスターを認識。指を鳴らせば、モンスターはワイバーンに届くことなく炎に包まれて悲鳴を上げた。
「副長!奴らの声に触発されたのか、狼型モンスターの群れが当部隊に接近中です!」
「いつも通りに動け!ヴォルフガング様をお守りしろ!」
認識。弾く。認識。弾く。認識。弾く。
うわ数多くてめんどくせぇ!仕方ないので発動条件を指弾きから指差し確認にスイッチして、掃討開始。
次々と燃え上がるモンスターたちに驚くワイバーンもいれば、俺が討ち漏らしたモンスター相手に戦闘を開始している個体もいる。そういった個体は燃やさない。万が一、ワイバーンを認識してしまったら攻撃してしまうから。
燃え上がった飛行型モンスターが断末魔を上げもがき苦しみながら次々と地面に落下していく。数が数だから、なんか火の玉が山に落ちていっているみたいだ。燃えないって分かってるけどちょっと不安になる光景だな。
空中はあらかた終わった、と発動条件を指弾きにスイッチし、襲ってきた狼型モンスターの群れに対応する。
さすが、シュルツェン騎士団の団員はその自慢の肉体を活かし、強烈な一撃を叩き込む者たちが多い。グシャッと脳天を叩き潰すとか俺できないよ。
若手の団員の武器を持った腕に食らいつく狼型モンスターを認識して、弾く。「ギャイン!!」と絶叫し、のたうち回りながら燃え盛る様子にこれなら大丈夫か、と次の標的を探そうとした。
「旦那さグァッ!!」
ラルスの悲鳴に近い声、と同時に、頭上の方から大きな影と風切り音。
俺がそれがなんなのか理解する前に、ぐんと体が急上昇し、え。は!?
バキバキと左肩が嫌な音を立て、その痛みに悶絶する。なにが起こったなにが起こった!?
ブオン、と放り投げられる感覚。
激痛の中、視界に映ったのは広大な山々と、俺を見上げるワイバーン、それに騎乗している恐怖の表情を浮かべた竜騎士、遥か下での戦闘光景。
そして次の瞬間には、ヒュッと臓腑が浮いた感覚と共に急速に地面が近づいてくる。
あ。これは死ぬ。
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