第3話 楽しみにしといてくれ


 ギルと遊んでいたオットーを呼び出し、使用人たちを巻き込んでバタバタと準備を進める。

 そろそろゾンター領に赴く予定だったが、仕切り直しだな。あ〜〜、ハンス辺りが眉間にしわ寄せてそう。今度行くときに王都で美味いって有名なスイーツでも買ってくか。あいつ甘いの好きだし。


「ハイネ男爵に至急連絡を取れ。1週間後に予定していた打ち合わせができなくなったから、一旦計画の進行は停止。ただ、周辺調査は進めて欲しいって伝えてもらえるか?」

「承知しました」

「旦那様、3日後に予定していた新しい商会に関する打ち合わせですが…」

「それもあったな。やっべ。マルクスに連絡を取れ。代理人を出してもらう。あいつも出資してるから建前上、首突っ込んでも問題ないはずだ」

「ヴォルフガング様、護衛を選出しました!こちらに資料を置きます!」

「おーあんがとなそこ置いといてくれ!」

「ヴォルフガング様、ベルント様がいらしてますが…」

「あああそういやそうだった!連れてきてくれ!準備しながら対応する!」

「は、はい!」


 そういや今日は約束してたんだった。

 本当はゆっくり話したいが無理だなこりゃ。本当はこのまま会わずに帰ってもらってもいいんだが、俺自身が1ヶ月以上不在になるから少しだけになるが会話できりゃいいか。


「…いやあ、驚いたよ。大丈夫かい?約束してたし、一応耳に入れといた方がいいかなと思って来たんだけど」

「すまん手を動かしながらになるわ。いや本当クソ。クソオブクソ。俺の家族と過ごす時間返せよ俺この間領から帰ってきたとこなんですけどォ!?」

「君、余裕なくなると口悪くなるよね。別にいいんだけど。じゃあ手短に済まそうか。僕、今日学院の入学式に来賓で呼ばれたから参加したんだけど…あのモニカって子、大聖女になるのかい?」


「……は?」


 引き継ぎ資料をバリバリ書いていた手を止め、思わず顔を上げる。

 というか、この場にいた全員がペベルを凝視していたといっても過言じゃないと思う。

 ペベルはむす、と分かりやすく嫌そうな顔をしながら告げた。


「聖女モニカを壇上にあげて腰を抱いて紹介してたんだけどあのクソガキ」

「……は?」

「いやねぇ、入学してきた聖女や聖人を紹介するために壇上に上げるのは分かるよ?君も実際立たされてたもんねぇ。でもまさか自分にしなだれかかる彼女の腰を抱いて『聖女モニカは大聖女となる者だ。皆、不在がちになる彼女のため力になってやってほしい』と言うとは思わないだろう?」

「……は??」

「まあそういう反応になるよねぇ」


 実際会場にいた皆、同じ反応だったよ。と、ペベルは盛大にため息を吐いた。


 大聖女?は?

 んなわけあるか。


 ゲームにもあった大聖女という称号は、実際にある。大聖人もあるぞ。

 今は誰も冠していないその称号が与えられる条件はあまりはっきり確定していないが、過去の歴史を紐解くと「魔物暴走現象アウトオブコントロール発生時に多大なる貢献をした者」に与えられることが多かったはず。

 …ああ。そりゃ、生き残れば万々歳な状況だから、生き残った奴は英雄視されるだろうなって感じだよな。


 最近は魔物暴走現象アウトオブコントロール発生してませんが?未遂は起きてるけど?未然に防いでますが??


 いやまあ彼女の魔力保有量が規格外なのは確かだ。

 俺ですらできない、王都を守る巨大な結界石をひとりで満タンにして、魔力不足に陥らないぐらいの底なしかと言うほどの魔力保有量。

 そこに何かしらの功績が加われば大聖女の称号が与えられる可能性はある。


 ―― 例えば、大穴アオセンザイターの最下層攻略とか。


 トゥルーエンドであり逆ハーエンドである「大聖女」ルートは、全攻略対象者の好感度を恋愛フラグが立つ一歩手前まで上げた上で大穴アオセンザイター内の最下層にある、とあるアイテムを持ち帰ることでゲームクリアとなる。

 大穴アオセンザイターは最終ダンジョンなんだ。エンカウントする敵も多い上めっちゃ強いし、回復ポイントも少ない。ちなみにリアルでも最下層の踏破者がいない上、中間層までしか攻略できていない。

 え、なに?大聖女名乗ろうとしてるってことは最終的に大穴アオセンザイターに挑戦するってこと?マジで?バカじゃねぇの?


 いやそれよりも。


「は~~~~!?ルルがいる目の前であいつ女の腰抱き寄せたのか!!ふっざけんな不貞だ不貞!婚約者がいる前で他所の女抱き寄せてる時点でダウトだ!ダンスのときは密着するだろうって?それとこれとは別だゴルァ!!」

「ヴォ、ヴォルフガング様…?」

「君なら突っ込むとこそこだよね。安心した」


 ガァッとひとしきり叫んでから、両手で顔を覆って盛大にため息を吐いた。手に握り込んでいたペンが机の上をコロコロと転がっていく。良かった折れなくて。

 オロオロとしている使用人に「大丈夫だ」と声をかけて、椅子の背もたれに体重をかけた。ぎしり、と音が鳴る。


「しかし、君が明日からまた遠征とはね。僕も聞いたときは驚いたよ」

「現時点で使節団に接待できる聖人は俺ぐらいしかいねぇんだと。まあ、あとはシュルツェン辺境領の結界石もそろそろ切れる頃合いだろうからちょうど良かったんだろう」

「あそこはモンスターの攻撃が激しいからねぇ…。戻りは?」

「…たぶん、3ヶ月後だ。そのあとまたすぐ、ゾンター領に行く」


 またため息が溢れる。俺、ここ3ヶ月まともに家族に触れ合えてなかったんだけど。そこからさらに半年も会えないとか辛いんだが。もうヤダ。


「あ、実は、グレタが学院の特別講師になったんだ。彼女、ああ見えても武闘派だからね。女子生徒の護衛術で学園に入るから、ルイーゼ嬢のことを気にかけておくと言っていたよ」

「助かるよ、ペベル」

「レナ侯爵とは顔を突き合わせる機会が多いから、彼女とも連携を取るよ。それにルイーゼ嬢はブラウン夫人ともちょくちょく顔を合わせているだろう?だから精神面ではたぶん問題ないとは思うけど。君がなるべく早く、無事で帰って来るのが一番だよ」

「ああ」

「じゃ、僕はこれで。何かあった精霊の伝言でも使っておくれよ…ああ、そうだ。ルイーゼ嬢の顔色が良くなかった気がするから、気にかけた方がいい」


 ひらりと手を振って帰っていったペベルに手を振り返しながら見送って、静かに息を吐く。

 目の前にある書類の山に頭をぐしゃりとかき混ぜながら、忙しなく動いている使用人たちに指示を飛ばして書類仕事の続きに取り掛かった。



 ◇◇



 昼頃になってルルが帰ってきたので作業を中断した。

 オットーに一声かけて、ルルを出迎えるためにエントランスホールに向かう。


「ねぇね〜!」

「ただいま、ギル」


 あ、出遅れた。

 ひょいと階段上の廊下からエントランスホールを覗き見れば、ギルがルルに抱っこをせがんでいるところだった。天使しかいないなこの空間。使用人たちもほっこりしてる。


「おかえり、ルル」

「ただいま戻りました、お父様」


 にこ、と微笑んだルルの様子は朝と変わりはない。

 …まあギルもいるしな。下手に沈んだ表情を見せたら最後、ギルの「だいじょうぶ?」攻撃が始まり「ねぇねげんきにする!」とカルガモ親子よろしく終日くっついて回るからな。

 ちなみに、俺にそんなことしてくれたことはない。お父様悲しい。


「あの、何やら皆さん慌ただしいようですが…」

「ああ。そのことも含めて話をしようか。もう準備ができているようだから食堂で待ってるよ」


 視界の端に映った執事が軽く頭を下げた。

 ひらりと手を振りながらそう伝えれば、ルルは「では着替えてまいりますね」とギルを俺に預けてきた。

 ギルは不満そうだが、着替える、という単語に邪魔をしてはいけないと分かったらしい。賢いな。


「今日のお昼ご飯はなんだろうな」

「ん〜、ぱすた!」





 もぐもぐと口の周りいっぱいにソースをつけたギルの口元をドロテーアが優しく拭いている。

 食べ終わった自分の食器が片付けられていくのを横目で見ながら、微笑ましい光景に思わず口元がにやけてしまうが仕方がない。


「それで、今日の慌ただしさはどうしたんですか?」

「あー…あー……いきたくねぇ〜〜〜」

「え?」


 ゴン、と空いてるテーブルのスペースに頭を軽く打ち付ける。


「…ヴォルフェール様に聖人として出動要請が。明朝には出立されます」

「え……3日前に帰ってきたばかりなのに、ですか?どちらに?」

「シュルツェン辺境領だ」


 ため息を吐きながら姿勢を戻す。

 目の前に出された食後のコーヒーに手をつけながら、渋い表情を隠せずにいた。


 何度も言ってるけど3日前に、ゾンター領から帰ってきたばっかりなんだよ。

 今日はルルの入学式もあるし、これからルルのメンタルフォローにも入ろうと気合入れてたタイミングでこれなんだよ。つら。


「ぱぱ、どこいくの?」

「ん〜、遠いところ」

「ぎるも!」

「お仕事だから、ちょっと一緒には行けないなぁ」

「や!!」


 思った以上にでかい声で言われて、びっくりした。

 何度か目を瞬かせていれば、ちょうど食べ終わって手や口を拭かれていたタイミングのギルがぴょんと椅子から飛び降りると俺の方に駆け寄ってきた。慌ててドロテーアが追いかけるものの、追いつく前に俺がいるところまでたどり着くとひしっと太ももにしがみつく。


「ギル?」

「や!!」

「お父様もギルたちと離れるの嫌だよ」


 ひょいと抱き上げて膝に乗せれば、ぎゅうぎゅうと俺の胸元に抱きつく。

 まるで離れない、と言わんばかりに。可愛い。


「ギル、ギル。お姉様とお母様も一緒にお留守番よ」

「や!!ぎるもいくの!!」

「ギル…」


 困ったように眉を下げたルルの表情に、ふと違和感を抱いた。

 あ。これ我慢してんな。


 ギルの頭を撫でながらルルを手招く。ルルは素直に俺の傍まで来た。メイドがささっと俺の隣に椅子を置いたので、そこに座らせる。


「別に家の中だから、何言ってもいいぞ」

「え…でも、」

「ただの家族団らんの時間だ。多少文句言っても目こぼしされるだろ」


 主に今もどこかにいるであろう影らに向かって言えば、コン、とどこからか音が鳴った。

 ああ、ちなみにルルにはもう王家の影がついていることは知っている。去年ぐらいに伝えた。


 ルルは少し戸惑ったものの、やがてむっと口をへの字に曲げた。


「私も、お父様と一緒に行きたいです!」

「おう??」


 そう来たか。

 ルルの頭を撫でながら笑えば、ますますとムッとしている。可愛い。


「だって私、お父様と一緒に遠出したことないんですもの!お父様と一緒に遠出したいわ!」

「たしかになぁ。うちの領地にすら行けてないし…」

「それにお父様の聖人のお仕事も見てみたいの!お話でしか聞いたことないもの」

「つまらないぞ?」


 ただただ、結界石のある場所を巡って魔力を注入するだけだから、絵面も地味だし。

 俺だってただぼんやり魔力注入してるだけだしなぁ。


 ああ、でもいい口実じゃないか?

 聖女・聖人の働きを次期王太子妃(仮)が見るの。たぶん、クソガキが聖女モニカにくっついてまわるようになるのもそういう口実だろう。

 未来の王族として、国内を見て現状を知りたい。そして国防に尽力する聖女・聖人の仕事をこの目でしかと見たい。…国王陛下辺りが食いつきそうだ。あの人、たしか若い頃実際にそうしたらしいから。


 するり、と両肩に手が乗せられたので見上げる。

 レナが俺の後ろに立ち、微笑んでいた。


「レナ。俺の考え言ってもいいか?」

「はい、どうぞ」

「俺が帰ってきたらみんなでゾンター領に行かないか?俺の仕事を見に」


 レナが目を瞬かせたが、やがて察したのかにこりと微笑んだ。


「良いですわね。それまでにあらかた仕事を片付けておきます」

「お父様?」

「たぶん、俺が戻れるのは3ヶ月後だ。ちょうどゾンター領にまた行かなきゃならん時期だし、学院の長期休暇にも入るだろう」


 ムニムニとギルのぷにぷにほっぺを触れば、ギルはきゃらきゃらと楽しそうに笑う。

 ルルもこんな時期があったなぁ。最近は淑女たろうとしてるから見てないな。


「で、でも、私王宮で王子妃の課題が…」

「そこら辺は大丈夫だ。レナに任せなさい」

「あら。任されました」


 ふふ、とレナとともに笑い合う。

 未だ困惑気味のルルに手を伸ばし、その頭を撫でた。


「…学院で辛いことがあるかもしれない。そういうときは、ちゃんとレナやカールに相談しなさい。ペベルの奥方であるグレタ夫人も講師として学院に滞在しているそうだ。長期休暇に旅行に行くことを支えにしてくれると嬉しい」

「…お父様」

「あのクソガキの件はペベルから聞いたが、他にもあったんだろう?隠していても無駄だぞ。何年お前のお父様をやっていると思ってるんだ」


 ルルの瞳が一瞬揺らいだが、すぐにそれは収まった。

 頭にやっていた手でルルの頬を撫でれば、ルルはそっと俺の手に触れて瞳を閉じる。


 …ああ、本当になんてタイミングで要請が入ったのか。

 きっと時間に余裕があれば、何日か時間をかけてルルの本心を引き出せたはずだ。

 天啓の内容と同じ年齢に近づいているからか、ルルはすっかり大人びてしまった。俺の前でも感情を隠すようになってしまった。

 貴族としては不正解かもしれないが、俺の前でだけは、昔のように喜怒哀楽を出してほしいというのに。


「…申し訳ありません、旦那様。お時間が」

「ああ。今いく」

「ぱぱ」


 オットーの声がけに、名残惜しいと思いながらルルから手を離す。

 腕の中で見上げてくるギルに微笑んで、ギルの頭を撫でた。

 レナがギルを呼び、そちらに意識が向いたギルをレナに渡して立ち上がる。

 こちらを見上げてくるルルにも微笑んで、彼女の頭にキスを落とした。


「俺はいつだって、どこにいたってルルの味方だ。何かあったら俺の魔法でどうにでもしてやるから。あ、あと帰ってきたらなんか願い事いっこ、叶えるよ。考えておいてくれ。ギルもな」

「ふふ、燃やすのはダメですよお父様。…はい。お願いごと、考えておきます」

「あい!」



 それから、結局準備に追われて家族とまともに話すことはできず。

 旅程に必要な最低限の準備を整え、朝日が昇ると同時に護衛団とともに本邸を出発した。

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