前代未聞(祭司長視点)


 中央大神殿。

 この神殿の最奥に、許可された者以外は立ち入りが許されない神域がある。


 それは一見、図書館に見えるだろう。

 膨大な量の蔵書が本棚に並び、広さは果てしない。

 天を見上げれば目も眩むほどの高さまで階層があり、下を覗けばぼんやりと地下の明かりが見えるほどまでに深いところにまで階層がある。その全ての壁に本が収納されていた。

 上から下まで落ちれば即死だろうな、と思うぐらいには、底は深い。


 この図書館は、たったひとりの神が、自身の退屈を紛らわせるために作ったものだった。

 蔵書は年間で数十万単位で増えていく。そのせいで、この館内を散策するだけでも1日どころか1週間でも終わらないほどの広さを持っているし、なんなら今でも拡張を続けている。

 …そんな芸当ができるのは、本当にここが神域だからだろう。ここは人々や動植物が暮らす世界ではない。


 しかしなぜ、そんなペースで増えていくのか。

 それはこの世界で死んだ四大種族の魂が、ここで己の人生を書き上げてから本にしてから新たな生に出発する、輪廻の入口だからだ。

 要するに、この世界で年数十万単位で人が死んでいるということになる。

 だがその代わりに、年数十万単位で世界に新しい命が生まれている。



 そんな広大な図書館内にいるのは、この図書館を作り上げた神と、たったひとりの神官である人族の私、それから生を終えた魂たちだけだ。



「エイダ、エイダ!」



 作業中だった手を止めて、呼ばれた声の下へ足早に向かう。私を真名でエイダと呼ぶのは、かの人だけだ。

 書架のスペースを抜けると、数多の魂がふわふわと浮かびながら本に生き様を書き込んでいく作業をするエリアに入る。

 すると向こうから、その方が現れた。


 絹のような白銀の長い髪を揺らし、慌てた表情でこちらに歩いてくる方。

 面立ちはどちらかというとはっきりしない、髪の色と長さを変えてしまえば群衆に紛れられるほど平凡な方。

 だがこのお方こそ、この世界を作り上げた創世神エレヴェド様なのである。


「いかがなされましたか、エレヴェド様」

「ミネアがいない」

「え?」

「マレウスの今生の前妻だ。蒼乙女の幻想曲ファンタジアの悪役令嬢の母親」

「……ああ。ベルナールト王国の。その方、何か?」

「ミネアが、私の下に来ていない。あと、他にもいくつか」


 告げられた内容に、絶句した。


 四大種族の者たちが死んだとき、魂はこの大図書館に導かれて、次の生まれ変わりのために自身の人生を書いた本を書き上げる。

 だから魂だけになった存在がここに来ることはだ。


「…迷子になっただけでは?数例あったでしょう」

「迷子になったとしても、ミネアは10年も行方不明なのはおかしい。それに皆、精霊たちに全世界を対象に探させているが見つからないんだ。消滅するほど摩耗した魂ではないことは確かだし、何より魂が消滅すれば俺にも分かる」

「それは…おかしいですね」


 先ほども言った通り、過去にも迷子になった例は少ないがあった。

 けれど、精霊たちが探しているのに見つからないのはおかしい。


「精霊が近寄れない魔塔のフォンセルドのところに迷い込んだかと思って探させたが、見当たらない」

「…もしそうなのであれば、意図的に隠された可能性が高いですね」


 そういった前例はないけれど、人の手によるものだとしたら。

 精霊避けというものもあるぐらいだから、恐らくはそういったものに囲まれている可能性もある。


「…こういう展開は、ゲームにありましたか?」

「ない。そもそも、魂が俺のところで本を書き上げるのは俺が考えたことだから…ミネアの登場は、設定資料集内の生前の様子だけで本編やスピンオフには一切関係ないし。他の迷子の魂たちの説明もつかない」

「ふむ。となると、やはり我々が生きている世界は『物語であるようで、物語ではない』ということでしょうね」

「……お前、前は『どうせ自分たちは物語のキャラクターだ』なんて悲観していなかったか?」

「いやですねぇ、若気の至りですよ」


 クスクスと笑えば、エレヴェド様も呆れたように笑われた。

 そう、本当に若気の至りだ。今はエレヴェド様がこの世界を作られたときに参考になされた物語とは全く異なる世界であることは、理解している。

 世界観を参考にしたとは言え、物語の登場人物や舞台がポコポコと自然発生したのは驚いた、とかつてエレヴェド様は仰っていた。


 けれど、まあ。

 恐らく大きな乖離が発生したのは、約100年前のプレヴェド王国での騒動だと思うけれど。


「……そういえば、エレヴェド様。聞きましたけど、あなた、当時10歳の女の子にエグい天啓を与えましたね」

「え?ああ……まあ、本人はゲームと違って至って真面目だったけど、なーんかまた嫌なのに巻き込まれているみたいだから、危ないよって伝えようと思って。傍に日本の前世持ちいたし」

「それなら私にお伝えください。巡業だと理由をつけて、穏便にお伝えすることもできるんですから。というか、ヴァット王国のときはそうしたじゃないですか」

「いや〜?ラシェールにはまんま、夢で光景を見せたから大して変わらないぞ」


 あっけらかんと呟く御方に内心ため息を吐く。

 ラシェールって、成人済みだった竜人男性でしょうに。

 …最初にお会いした頃は、もっと人間味があったと思うのだけれど。最近はこのような理不尽さが目立ってきた気がする。神だから、の一言で片付けられるといえば片付けられるのだけれど。


 まあ、すでにこの世のことわりから外れている私が言っても、という状態ではある。


「―― 私が探しに行きましょうか。場合によっては長くお傍を離れてしまうことになりますが」

「…そうだな。すまないが、探してきてくれないか。いくらか加護をつけてあげよう」

「もう十分頂いていますが?」

「ばかを言うんじゃない」


 エレヴェド様の手が伸びてきたのでそのまま跪く。

 かの方は身をかがめ、私の額に口づけを落とした。すると次の瞬間、シワがあった手の甲がつるりとして、最近は見えにくかったものも見えるようになった。


「…ああ、また若返りなんてかけて。私、意外と気に入ってたんですよあの年齢」

「何があるか分からないだろ。若い方が対処しやすいし、あれの息子だとも思われないだろう」

「生物学上の父を含めた血縁者はすでに300年近く前に皆死んでます。当時赤ん坊だった竜人族だって生きていませんよ」


 姿勢を正し、真正面にいるエレヴェド様を見上げる。


「それでは。祭司長、ハーシェス行ってまいります」

「行っておいで、エイダ。気をつけて」 

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