第22話 結界石はどこから来ているんだろうな
「―― という会話をしてきた」
「それ俺が聞いていい話なんですか!?絶対そうじゃないでしょ!?」
ガタゴトと揺れる馬車の中、移動中暇だからオットーに伝えたんだが、頭を抱えてしまった。
まあ暗号文化されてる内容だもんな。それをさらっと伝えられたのだから頭も抱えるか。
今は王都からゾンター領への移動中だ。さっきの話は1週間前の出来事。
本邸がある王都近郊から領地までは馬車で約2週間。馬で駆ければもっと早いだろうが、警備の都合上貴族は馬車に乗ることを強く推奨されてるので、よほどのことがない限りは馬車移動になる。
ただ、オットーは元は商人だったためか、馬に乗り慣れているらしく、逆に馬車には不慣れだった。
退屈だというので面白そうな話をしたんだがなぁ。
仕事も誠実だし、俺の思考を無闇矢鱈と覗こうとしない。
俺の側近としてゾンター領をより良くするための手腕を共に振るう。
側近になって1年ほどしか経っていないが、そう思わせるほどの態度と実績をこの短期間で積み重ねてきたのだ。
ここから先裏切られたら、まあそれは俺が人を見る目がなかったというだけのことだ。
「だってお前は裏切らないだろう?」
にっこりと笑いながらそう言えば、オットーは呆気に取られた表情をしたあと、両手で顔を覆った。
「旦那様男なのに!!男なのにドキッとした!!」
「どこにそんな要素があるんだ」
「無意識って怖いですね」
すんと真顔になって言われるが心当たりがないんだから仕方がない。
「で、どう思う?」
「それ俺に聞いちゃいます?…でも抱え込まれるよりマシかぁ……まあ、旦那様からしか話を聞いていないので、その所感になりますけど。宰相閣下が仰るとおりじゃないかなと。魅了魔道具の改造は違法で即処刑扱いですけど、隠れてやる奴はいるかもしれませんし。今でこそ、出回ってる魅了魔道具は精霊ですら改造できないように対策されてますが、古い納屋の中にあった旧式なんかは精霊が改造できるでしょうね。まあ、精霊も好き好んでやらないと思いますけど」
この国がある大陸から南に位置する、フォース大陸にある一国、プレヴェド王国。
そこで約100年ほど前、前代未聞の事態が発生した。魅了魔道具を精霊が改造したのだ。
精霊は自然魔力で構成された生き物のため、性質上魔道具を毛嫌いする。精霊自身の魔力が奪われるからだ。
精霊の名を冠する精霊族はどちらかというと人の性質が強いため魔道具を扱えるものの、息をするように魔法を扱える種族のため魔道具の普及は低いとされている。
さて、そんな魔道具をなぜ精霊は改造したのか。それはひとえに「精霊の愛し子」のためだったとされる。
愛し子の願いであれば何でも叶えようとする精霊たちが、魔道具に手を出したのだ。
結果、
愛し子の企みは番を得た皇子と、その従姉によって防がれ愛し子は魔塔に収監された。精霊が寄り付けない環境らしく、精霊が助けにくることもないため残りの生涯を魔塔で過ごしたそうだ。
いやどう考えてもプレヴェド王国は前作「紅乙女の
ただまあ、確かに好感度がアップしやすいネックレスとかゲームにもあった気がするからそれのことだろう。精霊たちに改造してもらったなんて設定はなかったと思うが、いかんせん30年前以上前の記憶だし、10歳のときに思い出したタイミングで書き出したメモの内容も主に蒼ファンの内容だから確認しようがない。
…俺が、この世界がゲームと同じ世界だと言い切れなかった理由のひとつがこの過去の事件だった。
乙女ゲーム「紅乙女の
メディアミックスの代表作はふたつ。
3部構成の3人の下位貴族令嬢のシンデレラストーリー「
国から追放された王子がダンジョン攻略して資金を稼ぎつつ、追手から逃げながらゴールの大神殿まで向かう「追放王子の冒険譚」というローグライクゲーム。
俺が履修していたのはそのふたつだが、その他色々な媒体で出ていたと思う。
もちろん鳴かず飛ばずの物もあったが、それでも新作が出れば特集が組まれるほどには人気だったはずだ。どの作品もビジュアルも声優も良くてそっちも人気があったのを覚えている。さっきの小説の方はコミカライズされたような。
追放王子の方は分からないが、「
そう。前作ゲームも、小説も原作の内容とこの世界で起きたことに乖離が起きているんだ。
前作ゲームはヒロインがバッドエンド以外のどのルートを選んでも「幸せに暮らしました」という流れだが、ヒロインはシナリオにない罪を犯し魔塔に収監されている。
小説は3人のヒロインがいるが、そのうちひとりは第二王子が婿入りしたはずだがそんな事実はない。また、ひとりは魅了関連の罪を犯して魔塔に収監されたらしい。最後のひとり、今は亡きヴァット王国の元王妃は一見原作通りのようだが、原作では孤軍奮闘するはずがエインスボルト王国の王族を味方につけてたっぽいんだよなぁ。
「…でも、なーんか変なんですよねぇ」
「変?」
オットーの呟きにふと意識をオットーに戻す。
うーん、と腕を組んで眉間に皺を寄せながらオットーは続けた。
「いや、なんであの王子殿下を庇うように魅了をかけるのかって話です。だって利益がないじゃないですか」
「今の王家を潰したい奴とかいるんじゃないのか?」
「でも今潰してどうなるかって話じゃないです?」
たしかに、今王家が潰れると国全体が混乱する。代わりの王家となるような家や人物がいないのだ。
権力監視役である五大公侯から出すのはもってのほか、かといって他の家門でそんな傑物は聞いたことがない。
しかし王女や王子が様々な家に嫁(婿)入りしてる家門は多い。
直近だと、フィッシャー侯爵家だろう。あそこは先代の奥方、つまりレナとエマ嬢の祖母にあたる方が王女だったはずだ。幼い頃に一度だけお会いしたことがあるが、気品があって、目の前にすると自然と背筋が伸びるような方だったと思う。
五大公侯なのに受け入れていいのか、という議論はあったようだが、珍しく恋愛結婚で先代当主が「彼女の王女という立場を利用することはない」と真名宣誓をしたため許可されたと聞いたような。
はあ、とオットーがため息を吐いて狭い車内で伸びをする。
「もー、ここでグダグダ考えても仕方ないですよ。あくまで疑いだし、証拠も掴めてないみたいなんですから」
「ルルに魔の手が迫っているようで…」
「まあ、王子妃教育で登城する頻度が増えますもんね。それでしたら、お嬢様の身近な人が精霊と契約を試みたらどうです?カールくんとか」
鉱山のカナリアというわけじゃないが、脅威ある魔道具が近くにあれば、契約している精霊は教えてくれるだろう。
たしかにオットーの言う通り、カールが精霊と契約するのは悪くない。カール自身、魔力は一応ある。精霊魔法も使えるようになると自衛の幅も広がると思うし…たしか、うちのスラム地区に精霊族の住人がいたな。彼から教えを乞えないだろうか。
「うちのスラム地区に精霊族の住人がいるから、その人物に依頼できないか確認しよう」
「普通に家庭教師が……と思いましたけど、心当たりないですね。学院でもいなかったような」
「実践はなかったな。座学はあったが」
我が国では精霊と契約し、精霊魔法を扱う人間はほぼいない。
理由はただひとつ、精霊に魔力を喰われると結界石の維持に問題が出るためだ。
精霊にも結界石にも魔力供給なんてしてると魔力がすぐ枯渇する。他国であれば契約も問題ないだろうが、原則我が国は魔力保有量が多い貴族を国外に出すことを良しとしない。《運命の番》でもない限り。
民の生活、国土をモンスターから守るために街道や街、村等を守れる大きな結界石は必要不可欠。
精霊に渡す魔力があるなら、結界石の維持に努めるべきだというのがこの国の貴族の常識だ。
精霊と精霊族は異なるというのに、同じとみなされて差別されていた過去がある。そのせいか精霊族はほとんどこの国に住んでいない。スラムにいた彼の存在自体が珍しい状態だ。
小さい結界石なら、お守り代わりにそこら辺でも売ってたりするんだけどなぁ。
ほら、俺が東ティレルの洞窟攻略で商人から買い漁って攻略部隊に渡したやつ。あれは本当にお守りで、一度きりしか身を守れない、手のひらサイズのもの。
貴族邸や領内の街道随所に設置されている結界石は中サイズで、バスケットボールぐらいの大きさ。大体はひとつでカバーできないので、広さや道の長さに応じていくつか設置する必要がある。結構な値段になるが結界石自体が数十年保つため、費用対効果を考えると買う貴族がほとんどだ。
街や村、主要街道の要所を守るものはもっとデカい。岩って言っても過言じゃないし、値段もバカ高い。ただこれは国が管理するもののため、民から徴収した税の中から賄っている。
王都を守る結界石は世界最大クラスの大きさなので値段はつけられない。このぐらいの大きさとなると中央大神殿が管理しており、順繰りに結界石を交換しているそうだ。
……そういえば、結界石の出どころって、どこなんだろうな。
「ま、ハンスさんとカール本人とも相談ですね」
「そうだな」
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