第21話 なんか事がデカくなってきたなぁ(遠い目)


 お茶会については、ルルに付き添った護衛兼従者のカールからの報告では意外にも比較的和やかに終わったらしい。

 何か物申したい雰囲気はあったようだが、向こうも向こうでかなりキツく叱られたらしく、向こうの従者の無言の圧力を受けて婚約宣言をしたときやメッセージカードのような勘違いバカの暴走はなかったという。


 …なんで伝聞なのか、というと。

 俺はその時間、別室にて王妃陛下と会話をしていたからだ。


 別に王妃陛下との会話はさほど重要じゃない。いや、重要っちゃ重要だが、今から思い返す内容よりは重要度は低い。

 まあ、主にルルの王子妃教育についてだ。これからこういうスケジュールで進めていく、という確認だな。

 スケジュール的には、順調に結婚まで進むのであれば問題ないペースではあった。ルルは勤勉で、家庭教師以外にもレナから貪欲に学ぶ意欲もある。

 シナリオ通りクソガキが立太子したとして王太子妃教育に切り替わった場合はどうするか悩むところではあるが。…学院に入る15歳頃なんだよな、ゲームで第一王子が立太子したのって。


 そのとき会話した印象では、王妃陛下に変なところはなかった。

 まず、話の冒頭で急なお茶会のセッティングの謝罪をされた。実は俺同様、この後すぐに王妃陛下は3ヶ月ほど外遊することが急遽決定したため、今のタイミングでしか教育方針のすり合わせが出来ないとのことだった。

 淡々とルルの大まかな教育スケジュールについて確認し、詳細については別途使者を立てて説明に来るという。ただまあ、俺がいないので代わりにマルクスと、婚約者であるレナに頼むことにした。



 一通りの打ち合わせが終わったあと、王妃陛下から「グラーマン宰相から、あなたに話があるそうなの。申し訳ないけれど、もう少しこちらにいてくれるかしら」と言われたので、素直に部屋で待っていた。

 暇なので部屋の窓から見える庭園を眺めていたところ、ノック音がしたので返事をする。

 すると、ひとりの身なりが良い男が部屋に入ってきた。


「待たせて申し訳ない、ゾンター殿」

「……いえ、」

「…ああ、そうか。貴殿はそうであったな。先ほど王妃陛下から聞かされていただろうが、私はグラーマンだ」


 言いながら、彼は懐から懐中時計を取り出した。

 その裏面に刻まれた家紋はたしかにグラーマン侯爵家のものだ。


「失礼いたしました、閣下」

「良い。貴殿も難儀だな」


 一礼し、促されるままにソファに腰を下ろす。

 向かいには宰相殿が座り、王宮メイドが手早く新しいお茶を準備すると部屋から退出していった…と次の瞬間には、宰相殿が詠唱して遮音魔法をこの部屋全体にかけた。


 基本、王宮内は魔法使用は禁止だが、例外の場所がいくつかある。

 王宮魔術師が詰めている研究所と俺がいる特別応接室だ。普通、この部屋は国賓や外交官との会談でのみ使用される部屋なんだよ。

 だから王妃陛下との会談のためだけになんでこの応接室に案内されるのか、と思ったが、本命は宰相殿だったか。


 双方ともに一口、カップのお茶を飲んで喉を潤す。


「…さて、急に貴殿との話す場を設けたのは理由があってだな。第一王子殿下のやらかしと王妃陛下の介入についてだ」

「はい」

「まず、宰相として王族を止められなかったこと、誠に申し訳なかった」


 両膝に手をついて、頭を下げる宰相殿に「ヒィ」と声が漏れそうになったが我慢した。

 まあ、俺にとってレナとオットーがそうであるように、両陛下にとってのストッパーは宰相殿ら家臣だ。それが機能していなかった時点で俺は向こうからの謝罪を受ける立場である。


「…まあ、思うところはありますが、こちらも宰相殿らを通さずに婚約に関する契約を押し通したことは一般的ではないと理解しています。その点に関してはこちらも申し訳有りませんでした」

「ありがたい。ただまあ、あの契約内容は問題ないとこちらでも思っているよ」


 宰相殿の頭が上がる。

 良かった、その件に関して咎められなくて。

 まあしばらく国側から契約に関して何のアクションもなく、正式に発表された時点で大丈夫っぽいなとは思ってたが。


 …謝罪だけで、この場を用意するだろうか。

 じっと宰相殿を見つめれば、彼はソファの背もたれへと背中を預ける。


「…王妃陛下と話をして、どうだったか感想を聞いても良いだろうか」


 腹の前で両手を組みながら、こちらを見据える視線に俺は瞳を細めた。


「どう、どう、ねぇ…。王妃陛下とお話する機会は今までほとんどありませんでしたから、その少ない機会からの感想となりますが。落ち着いていらっしゃいました」

「そうか…」


 憂うように宰相殿の瞳が伏せられる。

 しばしの沈黙の後、大きなため息を吐いて懐から紙を取り出した。

 差し出されたそれを受け取り、開けばこの国では国王陛下と宰相、五大公侯にしか使えない暗号文が書かれていた。

 俺は本来覚える必要はないんだが、公爵代理をせざるを得ない状況だったので覚えざるを得なかった。というか、遮音魔法使っててもこれを使わざるを得ないってどういう…嫌な予感しかしねぇ。

 暗号を解読して……あああ知りたくなかった情報ぉ……なんでこんなの紙で渡す…いや理解できるけど。遮音魔法も絶対じゃないからっていう理由もあるだろうけど、絶対もうひとつの理由の方が本命じゃん。


 俺も盛大にため息を吐いてから、薪がなく火の入っていない暖炉前に立つ。

 ピッとその紙を暖炉の中に放り、ひらひらと舞うその紙に向かってパチンと鳴らして燃やした。一瞬で燃え尽きたその紙は、紙片が残ることもなく暖炉の灰となっていく。


「……亡命して良いですか」

「……気持ちはとても分かる、が留まってほしい。こちらが言えた義理ではないが」


 俺もソファに座り直した。

 まだ温かいカップを手に取り、一口分のお茶を喉に流す。ゆらゆらと、揺れる水面に俺の顔がだんだんとはっきりと映っていく。



 無表情にもなるわ。

 王妃陛下に違法レベルの魅了魔道具が使用されている疑いがある、だなんて。

 ああ、だから王妃陛下の外遊が急に決まったのか。



「……この件、陛下は」

「ご存知だ…貴殿が乗り込んできたときに、な」


 なるほど。

 たしかにあの時、妙にクソガキを擁護する発言をしていたからな。よくよく思い返せば、陛下も王妃陛下を目を見開いて見ていたような気がする。


 クソガキ ―― ハインリヒ第一王子は王妃陛下の実子じゃない。第二妃殿下の実子だ。

 そして、両陛下の間にはマリア第一王女殿下がいる。彼女はまだ勉強が追いついていないそうだが、年の差のことを考えれば当然のことだし、人によって得意不得意は異なるものだ。

 そのことを差し引いても第一王女殿下は6歳ながらにして王族としての品位を身に着け始めていると聞く。


 そんな、将来有望な実子を差し置いて第一王子を庇うだろうか。


 …まあ、国益を優先して判断した、と言われればなんとも言えないのだが。

 ルルを婚約者としたことで、結果的に聖人である俺を王家に引き込むことが半ば成功したとも言える。


 もともと、聖女・聖人は国に首輪をつけられているようなものだ。

 けれどある意味国から独立はしていた。俺たちが動くのはあくまで民のため。

 結界石を維持し、モンスターからの脅威から人々を守るのが俺らの役目と自負しているからこそ、幼い頃から各地を回っていたと言っても過言ではない。

 だが、聖女・聖人は魔力保有量が一般的な貴族よりも桁違いに多い。そんな我々を、結界石への維持等以外に使えるようになったら?

 ルルを人質に政治的要因で予備役ではあるが、俺の派遣が妨げられるようなことになったら?


 もしそうなったら俺は、


「貴殿らに負担がかかるのは我々も重々理解しているつもりだ。そして、貴殿がルイーゼ嬢を自身の命よりも大事に思っていることも」


 ゆっくりと、視線を宰相殿に向ける。

 ひどく真剣な表情で、宰相殿は言った。


を見繕おう。このような事態のため書面で残すことができない代わりに宣誓しよう。我が真名に誓って、時間はかかるだろうが、貴殿らにとって最善のを繋いでみせよう」


 ―― それは言外に、ルルに相応しい相手を用意するということ。

 第一王子とルルはいずれは婚約解消、または破棄する前提であると明言してるも同然だ。

 そして宰相殿は真名に誓った。破れば神罰も下る、最上位の契約。

 貴族は軽々に真名宣誓による契約は行わない。それを目の前の宰相殿はやってのけた…つまり、それだけ本気だということだ。


 ふ、と張り詰めていた息を吐いて微笑む。


「承知いたしました。ヴォルフガング・ゾンター、国のため民のため、何より娘のため働きましょう」

「…貴殿は本当、娘が愛しいのだな」

「当然です」

「ははは、いっそ清々しいな。…ああ、そろそろお茶会も終わる時間か。長々とすまなかったな。私も殿下を迎えにいかねばならんのでな、共に行こう」

「はい」


 宰相殿の言葉につられて時計を見れば、たしかにもうお茶会が終わる時間だった。

 王族は分単位でスケジュールが決まっているから、これ以上延びたりすることはないだろう。

 双方立ち上がり、ドアへと向かう。俺がドアノブに手をかけ、開けようとした瞬間のことだった。


「―― ゾンター殿。貴殿は目に怒りの感情が現れやすい。気をつけることだ」

「…それは、申し訳ありません」


 パチン、と遮音魔法の結界が解かれた音が響いたと同時に、ドアノブを回し、開ける。廊下には衛兵が控えており、俺等の姿を見るなり敬礼を取った。

 労いの意味も込めて衛兵に微笑み、宰相殿と並んでルルたちのお茶会会場へと向かう。たしか、庭園の一角にある東屋だったか。

 …あ、レナが襲われたところとは違うぞ。あそこはもう取り壊したと聞く。


「明日にはもう出発するのかね?」

「はい。もうそろそろ結界石の点検に向かわねばなりませんし、東ティレルの洞窟の現状も確認しなければなりませんから」

「東ティレルか…余裕があれば挑戦してみたいダンジョンだな。光が入らないとは面白い」

「入らない、というと語弊がありますが、まあ視界はかなり制限されていますね。私では攻略は無理です」



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