第20話 側近たちとの談議


 ルルの一生懸命なダンスにほっこりしつつ、午後にやってきたレナとオットーに午前中考えた内容を話した…というか、ふたり来てからすぐ「相談すること、ありますよね?」って圧力を感じて話さざるを得なかった、というか。


 話を聞いたオットーはぎしりと椅子の背を軋ませて両手を頭の後ろに回した。


「あ〜。たしかに、この国のスラム政策って結構おざなりですよね。形だけっていうか」

「26年前の大穴アオセンザイター魔物暴走現象アウトオブコントロールが貧困層急増の原因でしょうね。公共事業をやろうにも、当時はお金がありませんでしたから」

「でもさすがに20年以上前だから多少財政も戻ってません?でもまあ、王都の公共事業ってたしかにあんまり聞かないですねぇ。貴族の領地内の場合、そこの領民が対応してますし。人手が足りないときは王都で募集してるだろうけど…スラムの住民は採用されないイメージです」

「主要街道や王都内の上下水道のメンテナンスだけでも仕事はあると思うんだがな」


 街道は馬車や馬等が通るため、舗装が壊れやすい。

 アスファルトなんてもんはないから基本は土か石畳の街道だ。いずれも、何度も重い馬車や走る馬などが通ればだんだんと荒れてくる。

 しかも、使わなければ使わないで、雑草等が生えて荒れてくる。

 上下水道も定期的にメンテナンスしないと、水路が詰まったりして道に溢れかえる…なんて大惨事も起きる。そういえばこの前の新聞に載ってたな。下水道が溢れかえったってやつ。


 主要街道は国管轄となっており、各領主は手出しできない。せいぜい申請するぐらいだ。

 領主主導で設置する私設道路や橋なんかは領主管理になるので、領民で手が空いてる者たちに依頼することも多い。俺のところもそう。

 橋の修繕や道の修繕なんかはさすがに専門の職人がやらないといけないが、雑草とか大きな石を取り除くとか、細々としたメンテナンスはうちでは定期的に近隣住民宛に依頼を出してやってもらっている。腕の立つ冒険者を護衛にして、という感じだ。もちろん冒険者への依頼料は領主持ち。

 一応、街道沿いには結界石が用意されているとはいえモンスターはうろついてるからな。結界石から住民たちが出ないように見張る程度のものなので、比較的穏やかな依頼として冒険者からは人気らしい。


 あと、街道の補修が必要なところって、結局使ってる者たちの自己申告なんだよな。結界石の魔力不足もそう。

 定期的に見回れば結界石の魔力量の確認やついでに盗賊なんかの犯罪抑止にも使えそうな…。


「パトロール…自警団…いやでもそこまで愛着が湧いてないか…?」

「…いえ、自警団はありだと思います」


 ふと、オットーが呟いた。


「現状、王都近郊を見回っているのは第2騎士団ですが管轄が広範囲過ぎて常に人手が足りていない状態です。最近庶民からも団員を募るようになりましたが、まあキツいですし危険もあるしで中々定着しませんね。お貴族様もいますし、そこに犯罪歴があるスラム住民を受け入れるのは難しい。そこで、第2騎士団から自警団に委託できれば、と思うんです」

「…なるほど。下請けか」

「実際、旦那様がテコ入れしたあの地区も生活に余裕が出て自主的に見回りするようになったおかげか、以前より治安が向上してますし。組織化した自警団をいくつか結成し、地区ごとに割り振るように第2騎士団に依頼してもらう。王都民の働き口も増えるでしょうし、スラム住民の生活向上にもなるでしょう。冒険者ギルドも考えましたけど、常時人数確保できないでしょうし」

「第2騎士団を巻き込むなら国に話を通す必要がありますね。ちなみに、結成の募集をかけるのは国ではなく、神殿に協力してもらうのはいかがでしょう?下手に貴族が主導してしまうと余計な警戒感を抱かせる可能性がありそうで」

「神殿を巻き込むのは賛成しづらいな。そこまですると神殿の善意から逸脱してしまう。せいぜい、寄付金や品物を寄付するぐらいで済まさないと神殿側も黙っていないかもしれない」


 3人の話がポンポンと弾んで、レナがメモをとっていく。


 第2騎士団は王都治安部隊ではあるが、王都近郊の巡回も担ってる。一口に王都といっても、前世で言えばイギリスのロンドンぐらい広さがあるから結構デカい。ぶっちゃけると国自体はイギリス本土と同じぐらいの広さだと思う。


 この国の騎士団は4種類ある。

 近衛騎士を含めた精鋭騎士団。主に犯罪捜査等の警察のような役割を持つ第1騎士団。巡回し、モンスターからの脅威から王都民を守るのと治安維持を担う第2騎士団。そして各領お抱えの騎士団。

 各領の騎士団を除いて、規模は大きい方から第2 > 第1 > 精鋭だ。一番体当たりで職務にあたるのが第2だし、さっきも述べたように王都+王都近郊っていう広大な範囲を巡回するから人海戦術でカバーしないとやってられない。

 彼らも彼らで魔法を扱えるが、どちらかというと魔法が不得手で武術が得意な者たちの集まりだ。いやまあ精鋭ともなると魔法もそれなりに扱えるんだが本職の魔術師には劣る。なので万が一、モンスターと対峙することとなると己の武具と身体能力が頼りになるんだな。怖い。俺は無理。


 騎士団や魔術師団に所属する者は嫡子となれなかった上、我が家のように継がせる爵位がない、嫡子が家を継げば身分が剥奪されるようなものばかりだ。だからまあ、元の身分が高いことによって横柄さを持つ者もいる…第2騎士団は人数が多いからか、特にその傾向が強い。


 だから当然、職務に忠実っぽくそれなりに見せてる連中もいるわけで。


「これが実現したら、騎士団内も実力主義のだから自浄作用で良くなるかもな」

「まあ、大混乱になるでしょうけどね。で、これ評議会に上申するんですか?」

「……いや、しない。規模がデカすぎるし調整も面倒だ」


 冷静に考えれば、よその地区にも調整かけなきゃいけねぇんだよなぁ。

 ハイネ男爵と違って、よその地区は俺とは違う派閥のところが多い。たまたまハイネ男爵は俺んとこと同じ中立の派閥だったから問題なかったと言える。よくよく考えたら突っ走ってたらヤバかったかもしれん。



 この国には現在派閥が3つある。国王派、王弟派、中立派。

 五大公侯はその性質上、よほどのことがない限り中立派に所属している。

 当然、レーマン公爵家を宗家とする我がゾンター伯爵家も当然中立派。え?婚約者が第一王子?知らんな。


 と言っても、数的には現時点では国王派が優勢で、次点で王弟派、中立派と続く。

 現王は先代とか先々代に比べれば善政を施しているためか派閥としては一番多い。次点が国王陛下の10歳下であるアンゼルム・ベルナールト王弟殿下。先代国王が、先々代国王を毛嫌いしたため王族にしては珍しくたったひとりの王妃しか迎えなかったため、子が国王陛下と王弟殿下しかいない。

 …たしか、王弟殿下は俺やカティ、ペベルと同年代だったはずだ。俺は聖人としてあちこち飛び回ってたからあまり学院にいなかったから接点はなかったが。

 噂も、兄である陛下と並んで良き人だと聞いている。


 ―― けど実は、レナを狙っていたとシュルツ夫人から知らされた連中が王弟派なんだよな。

 まあ、婚約してからは動きがないからそこは置いとこう。

 何の話してたんだっけ。ああ、そう。組織化の話をよそに広げると派閥問題で面倒だって話。


「まあ…試験的にうちの地区でやってみてもいいかもな」


 たしか、体躯が良い連中は今こそ土木工事に従事してもらってるが、ちょっとうちの騎士に見てもらったときに「剣筋は良さそうですね」と言われていた連中もいる。

 まず彼らを組織化して、意見を聞いてみるのもありだな。そこから経験を積んで別地区の奴らに聞かれたら情報を展開してもいいかもしれない。


「それでしたら、領の各町村で発足している自警団に意見を伺うのはいかがですか?王都とでは規模も目的も異なりますが、運用形態は参考になるかもしれませんわ」

「そうだな。ちょうど、来週俺が領に戻るからハンスと調整する。レナの方もフィッシャー卿に確認して、フィッシャー領の領民たちに聞ける機会を作れるか?」

「ええ、もちろん。父と話してみましょう」

「オットー、ハイネ殿にも一応案を伝えてみてくれ。現場に一番近いのはハイネ殿だからな」

「承知しました、旦那様」


 ハンスはルルの誕生日が過ぎるとすぐに領邸に戻ったから、今はいないんだよな。

 執務机に移動してサラサラと手紙を書く。あと、何かハンスに頼むものはなんかあったか…まあ、後で追記しよう。


 ふと、机の上に積んである未処理の書類で一部書式が違うのに気づいて手に取る。


「…レナ、これフィッシャー領の河川工事の計画書じゃないか?なんで俺のところに?」

「ヴォルフェール様のご意見を伺いたくて。きちんと父から許可は得ております。わたくしの意見は、2枚目にありますわ。添付資料はそれ以降に」

「ふむ…」

「でも、そちらに取り掛かる前に他のことを済ませてくださいませね」

「分かった。目を通しておく」

「よーっし、俺も仕事するぞー」

「来年は体調管理しっかりしろよ。ルル残念がってたんだからな」

「俺だって悔しかったですぅううう!!」


 この前の誕生パーティー。ちゃんとオットーも呼ばれてたんだよ。ルルから「お父さまがお世話になってる方ですから!おいしいご飯を食べてもらうんです!」って。

 ところがオットー、前日に風邪引いてダウン。泣く泣く欠席した、という経緯がある。

 ちゃんと復帰した後にルルに誕生日プレゼントは渡してたようだけどな。内容は可愛い、デフォルメされた小鳥のレターセットだったらしい。「安っぽいものですみません」と謝ってたが、ルルは絵を描くときもその小鳥をどこかに取り入れるほど気に入ったようだ。

 今日も俺の娘が可愛い。



「あ、そういえば、来週お嬢様が初お茶会ってマジですか」



 オットーの言葉にぴしりと自分の動きが止まった。


 実は先日、あのクソガキから招待状が届いた。王妃陛下の一筆付きで。

 8日後、婚約者としての交流として、お茶会をするって。もうお伺いじゃなくて決定事項。

 王妃陛下も王妃陛下で、ルルの王子妃教育について話を進めたいってなんで俺が領に戻ろうとしたタイミングなんだよ今週とかせめて決定事項の前提で進めんなバカなのか、バカなのか。王妃陛下までなにしてんだよクソが。

 領に戻る日時もほぼ決まってたのに、パーだ。ハンスに精霊の手紙で伝えて、戻ってきた返事知ってるか?「乗り込んでいいですか?手土産持って乗り込みますね」だぞ。止めたけど。

 結局、なんとか調整してお茶会の後すぐに領地に行くことになった。


「……俺、中立やめていいかな、レナ」

「気をしっかり」


 あのときはお嬢様のことを思っていたであろう、微笑んでた旦那様が自分の一言で一瞬で真顔になった上死んだ目になってビビりました、とは後のオットー談である。


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