第19話 思わず二度見したんだが


 ルルの誕生日が終わってから数日後。


 俺とマルクスは朝食後にふたり、応接室にいて互いにコーヒーを飲んでいた。

 室内には俺ら以外の姿はない。

 ふぅ、と息を吐いた俺は虚空を見つめて呟いた。


「……で?が王家から派遣された影ってことか」

『はい』


 誰もいない空間から5人分の声が返って来た。

 そこに人の気配はない。姿もない。前世だったらお化けだなんだの類だと勘違いするだろうが、彼らは確実にそこに存在している。

 特殊な魔道具で姿を隠している、らしい。詳細は語られることはないため俺も詳しくは知らん。


『お嬢様の身辺警護、及び監視となります』

「…はぁ。四六時中監視だなんて…僕らから提示した条件とは言え少しやり過ぎでしたかね」

「いや、そこまでやらんと正直向こうがどう出てくるか分からんからな。業腹だが。業腹だが」

『正直なところを申し上げますと、まあ、理解できるところではあります』

「いいのかそんなこと言って」

『我々が虚偽を申し上げられないのはご存知でしょう』


 あ、それ国以外にも適用されんのか。

 マルクスも同じようなことを思ったらしく、微妙な顔をしている。


 派遣されてきた影は、ルルが女子であることを考慮されて女性3名、男性2名で構成されていた。声色から判断した、という具合ではあるが、まあ着替え等も見られることを考えると女性が多めに構成されるのは嬉しい。男性は万が一、何かあったときの護衛代わりだろう。

 交代制で監視を務めるらしく、今回は顔見せ…というか存在見せということで声を出しているが、普段は声がけすることはほぼないらしい。


「娘のルイーゼにはまだ君たちの存在を知らせる予定はない。時期が来たら知らせるつもりだ」

『承知いたしました』

「何かあったら、俺かマルクス、もしくはに伝えてくれ」


 マルクスがパチン、と指を鳴らすとゆらりと執事と侍女たちの姿が現れた。

 ドアも開いていない。本当にその場に煙のように現れている。

 なるほど、と影らのうちひとりが呟いた。すると、影らがいるであろう一角の一部が揺れて、ひとりの全身黒尽くめが現れる。目元以外すべてが覆われているが、その目元ですら影になっていて見えてるといっていいのか怪しいところだ。


「私が連絡役となりましょう。王家の影がひとり、ラヴェンデルが承りました」


 声色からして女性か。しかし…


「影がハーブのラベンダーラヴェンデルか。面白い命名だな」

「規則で全員の名を教えるわけには参りませんが、全員花の名を冠する者だとお考えください。我々は女性王族に連なる方々をお守りする立場ですから」

「なるほど」


 女性王族の護衛は花の名前を冠する者、男性王族の護衛はまた別の命名規則があるんだな。

 そこら辺は開示しても問題ない情報なのだろう。他の影たちから諌める声は上がらない。


「では、よろしく頼みます」

「承りました」

「お前たちも、ルイーゼを頼むよ」

「はい」


 それぞれ深く一礼して、うちの執事と侍女たちは普通にドアから出ていき、影たちの気配は消えた。

 恐らく、執事たちが出ていったタイミングで一緒に出ていっただろう。


 今度こそ誰もいなくなった部屋で、ひとつため息を吐いて俺はマルクスを睨みつけた。


「…マルクス。お前、俺に報連相が大事だと言っておいて俺に伝えていなかったことがあるな?」

「…え…あ、すみません、伝えたつもりでいました。うちの隠密隊にカールが弟子入りしてまして、今回デビューです。ハンスから許可はもらってます」


 びっくりした。本当にびっくりしたわ。

 こっちの隠密隊の中にカールがいたからびっくりして二度見しそうになったぞ。

 王家の影がいる手前、動揺するのも変だと思って頑張って抑えたけど。


「…いつから」

「兄上が倒れられた頃です。ルルが兄上の様子に憔悴していたんですが、そんなルルの様子を見てカールが少しでもルルや兄上の心労を減らせるように役立ちたいと、ハンス経由で相談がありまして。試しに訓練に参加させたところ、筋が良いとのことでそのまま…申し訳ありません」


 隠密隊は、公爵家が抱えている私設部隊だ。

 情報収集が主な仕事になるが、荒事にも対応できるように訓練されている。

 俺のときは、あくまで次期当主はマルクスで俺は中継ぎだったため指揮権は持っていなかった。

 訓練しながら情報を集めつつ、マルクスの成人まで待機していた面々だ。真名宣誓はしてないだろうが、公爵家への忠誠心はべらぼうに高い。


 …なんか、シナリオに近い立ち位置になってるなぁ。

 暗殺ギルドに入ってないだけでもだいぶ違うと言えば違うが、裏で暗躍するグループには変わりない。


「…カールとは契約書を交わしてるんだ。勝手にされては困る」

「はい…僕もその話は聞いていたのに…すみません」


 …マルクスが忘れるなんて、変だな。

 というか、ハンスもなんで俺に伝えなかった?仕事を制限されていたのはたしかだが、独断でやっていい案件じゃないことは分かってるはずなんだが。


「…ただ、僕は彼を育て上げるのは賛成です。ゾンター伯爵家には隠密隊ありませんからね。彼を筆頭にして伯爵家専用の隊を立ち上げても良いと思います」

「うちには過分だいらねぇ…と言いたいところだが、ルルが王族の婚約者だからな…護衛という意味でも仕方ないか」

「もう2、3人は確保しておきたいところですが、人材がいませんね。あと資金面でも」


 もう少しで黒字安定だったんだが、ルルが王族の婚約者になったことで破綻した。

 王族の婚約者ともなると、相応の装いが求められる。公爵家であればまあ揃えられるレベルのものを伯爵家が用意しなければならないのが辛いところだ。

 おそらく、マルクスやフィッシャー卿が援助してくれるだろうが、ずっと頼り切りというのも難しい。

 王家も婚約者への贈答用予算を捻出してるだろうが、あのクソガキがきちんと目的に沿って予算を使うか…いや使ってもらわないと王家側が困るだろうな。


 人材、人材ねぇ…。


「……なあマルクス」

「はい」

「最近、うちの管轄外のスラムの治安ってどうなってたっけ?」

「…年々悪化してるというところでしょうか」

「ってことは、犯罪者もそれなりに出てるな?」

「…兄上?」


 確か、カールが所属するはずだった暗殺者ギルドは犯罪者の集まりだった。

 いやもうそもそも暗殺者って名前を冠してる辺り犯罪者だろうってのはあるんだが、表を出歩くことができない者たちが行き着く先だったはずだ。

 殺人鬼然り、手に職がなく浮浪児として王都民から疎まれ、日常的にスリをするような子どもたち然り。

 中には殺人衝動が収まらないから暗殺者ギルドに入ってる、なんて奴もいると聞いたことがある。いやそれモンスターにぶつければいいんじゃね?と思うが、人にのみ発作的に起こるものの場合は防げないな。



 ハイネ男爵とスラム改善に取り組んで分かったことは、意外とスラムの住民は実力がある、ということだ。

 きちんと鍛えてやれば、打てば響くようにメキメキと頭角を現していく連中が多い。魔法もそう。貴族より圧倒的に魔力保有量は少ないが、少ないなりに工夫して使っている。まあ中にはどうしようもない奴もいるけど。


 各種ギルドへの登録は原則犯罪歴がない者のみ対象となっており、一度でも軽微な犯罪を犯すと門前払いを食らう、結構厳し目の登録制度になっている。まあそこは治安制度上なんとなく分かるけどな。

 スラム街に住む連中は大抵、生きていくために軽犯罪を犯していることが多いから、実力があっても冒険者ギルド等に入ることはできない。

 実際、俺が商会長のような形でスラムの住民たちを雇用している状態だ。ハイネ男爵は副会長みたいな立場で助言をしたり、サポートしたり、現場での実働指揮を担当している。

 俺経由で各ギルドと調整し、人を貸し出しているような形をしているが、これなら門前払いにはならずギルドと交渉が可能だ。


 ならば、スラムの住民を対象にした組織を立ち上げてそこから人材確保できないか?


 しかしスラムの住民すべてを受け入れることはできないな。できれば、軽犯罪歴があったとしても実力があり、今後は罪を重ねないということを真名に誓わせることができればいい。それにスラムの住民だけじゃなく、王都民でもギリギリの生活をしている人はいる。そういう人たちの受け皿になれるといいんだが。

 …いやダメだな。きちんと詳細を詰めて宣誓しないと、生きていく上で仕方なく犯してしまった罪に対して神罰が下ることになってしまう。例えばスラムの住民が王都民に襲われて、とか王都民が貴族に襲われて正当防衛で殺してしまった場合など、身分的には後者の方が高いのでこの国では犯罪扱いになってしまう。正当防衛なのに。

 そもそも、神罰の方がこの国の刑罰より絶対的に重いし、真名宣誓は乱用するもんじゃない。神殿にも叱られるぞこれ。


 それに犯罪、と言ってもどこを基準とするかが問題だな。もし各ギルドのように国を跨いで活躍してもらうことも検討するとなると、国ごとに犯罪の基準が異なってくる。うちでは共同水源の開発するときに国に申請さえすれば、業者だろうが近隣住民だろうが開発やっていいことになってるが、チェンドル王国では国指定の資格がないと重罪。それを知らずにチェンドル王国でやらかせば、即牢屋行きだ。

 諸々しっかり検討する必要があるな…運営体制、立ち上げに伴う根回し、運営の費用概算も算出しなければいけないし、すぐに取り掛からなければ、と立ち上がった。


「計画書を作ってくる」

「待って兄上なんの!?なんの計画書ですか!?今の数十秒の間になにを考えたんですか!?」

「午後には形にして、そこから調査して…」

「兄上ちょっとま…ああもう!兄様、ルルのところにいきましょう!たしか今の時間はダンスの練習をしています!見たくありませんか!?」

「ルルのダンス?みたい」

「よしいきましょうそうしましょう!」


 ぐいぐいと背中を押されながら部屋を出る。

 背後で「…カサンドラ義姉さんはどうやって制御してたんだ…!レナ嬢とオットー殿はどうやって制御してんだ…!」とマルクスが呻いているが、どうしたんだ?

 変なマルクスだな。

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