第18話 俺の可愛い娘が生まれた日(後編)


 晩餐の時間。

 俺とレナはルルの部屋へ向かっていた。もちろん、ルルを迎えに行くためだ。

 準礼装セミフォーマルと呼ばれる格好なので俺もそれなりにかっちり着込んでるし、レナも品の良いドレスを身にまとっている。

 部屋の前で控えていたカールが俺たちに気づいて、一礼した。

 それからカールがルルの部屋をノックする。


「お嬢様。旦那様とレナ様がいらっしゃいました」

「はい」


 部屋の中から声が聞こえてきて、ドアがゆっくりと開けられる。

 中から出てきたのは ―― まごうことなき天使。かわいい、めっちゃかわいい。


 ふわふわカールにしたマロンブラウンの髪に、薄く化粧が施されていて俺と同じオレンジの目がぱっちりとしている。グリーン系のドレスはこの年代の娘らしい、フリルが使われた可愛らしいものだ。

 そしてドレスには琥珀で出来た鳥型のブローチがつけられている。これはカティが遺したもののひとつで、カティが気に入っててよくつけていたものだった。


 実は、このブローチをつける案はレナから提案されたものだ。

 カティが遺した装飾品があるのであればそれをつけるのが良いだろうと。きっとカティも一緒に誕生日を祝いたいだろうから、と。

 もともと、ルルが淑女教育を真面目に受けていれば渡すものだったひとつだから、渡す分には問題ない。実際、講師からもレナからもルルはこの年頃での合格点をもらってる。

 …本当、レナには頭が下がるばかりだ。


「似合うよ、ルル」

「ありがとうございます!ドロテーアがくるくるにしてくれたんです、エマ様とおそろいです!」

「もともと、ルル様の髪も少しカールされてましたからね。しっかり巻くとまた印象が変わって大人っぽく見えますわ」

「本当ですか?じゃあ、真名をいただくときもこの髪型にしようかな」


 えへへ、と笑うルルが可愛すぎて思わず口をきゅっとした。

 カティどうしよう。俺ルルを嫁にやりたくないってか嫁にやるにしてもあのクソガキは嫌だ。


 少し気持ちを落ち着かせて、ルルに手を差し出す。


「行こうか」

「はい!…あ、レナ様とも手をつないでもいいですか?」

「…はい、もちろんです」


 少し目を丸くしたレナだったが、やがて花が綻んだように笑ってルルと手を繋いだ。

 視界の端で見えたドロテーアとカールが「この世の尊いものを見た」みたいな表情浮かべてる。分かる。っていうかドロテーアもそんな表情できるんだな。


 3人仲良く手を繋いで食堂に向かう。

 食堂のドア前で控えていたクリストフとハンスが俺らを見て目を丸くして、それからクリストフはにっこり微笑んだ。ハンスは顔を両手で覆ってプルプルしてる。そうだよな、ルルの天使っぷり最高だよな!

 ドアを開けると、普段質素な食堂は装飾が施され、カラフルなガーランドが壁に取り付けられているのが視界に入る。

 食卓である長テーブルの上には所狭しと料理が並び、中央には大きないちごのチョコレートデコレーションクーヘン。ルルはいちごが大好きだからなぁ。

 そして長テーブルの長辺部分には招待客が並びマルクスがクラッカーの紐を引っ張って、パン!と音が鳴る。続けてペベルやフィッシャー卿たちも料理にかからないように気をつけながら、クラッカーの紐を引くと、パンパン!と賑やかな音が鳴った。


「「お誕生日おめでとう、ルイーゼAlles gute zum Gerburtstag, Luise!!」」


 この場にいる全員から、声を揃えて言われた祝いの言葉。

 ルルの瞳は大きく見開かれ、頬が紅潮して喜びを抑えきれないようだった。

 それでも、幼い頃に飛んだりはねたりと全身で喜びを表していたルルは、きちんと皆にカーテシーをしてから、お礼を述べる。


「ありがとうございます…!とても嬉しいです!」

「さあ、おいでルル」


 ルルの手を引いて、いつもであればマルクスが座るテーブルの短辺部分に置かれた椅子に座ってもらう。

 椅子を引いて、ルルが座るのを見てそっと位置を合わせたのはマルクスだ。

 そうして、レナがドロテーアからそっと花冠を受け取り、ルルの頭に乗せる。丁寧に編み込まれた花冠はレナが作ったそうで、売り物と見間違えるほどの完成度になっている。


 ちなみに、たぶんこの祝い方は俺のところだけだ。

 両親が生きていた頃はやっていなかったが、俺とマルクスだけの誕生日もなんか虚しいと思ってクリストフたちに協力してもらって、前世のパーティーっぽいのを再現してもらった。クラッカーもそのひとつ。

 最初に話を通したときのペベルやフィッシャー卿、レナのびっくりしたような表情は記憶に新しい。



 そこからは、もう無礼講のようなものだ。

 料理を食べながら、各々ルルに誕生日プレゼントを手渡しし、その場でルルが開封。


 ペベルとヴィンタース嬢は、ルルが俺と一緒に絵を描くと聞いたらしく水彩画の画材セットだった。

 うわちょっと待てその画材どこで買ったお前。めっちゃ品質良くてしかも値段相応のとこのじゃねぇか…!俺ですら手を出すのを諦めたやつ!

 まだルルは色鉛筆でしか描いてないが、そろそろ水彩画にチャレンジすることも考えてたからまあ、タイミングとしてはいいかもしれない。


 フィッシャー卿らから贈られたのは裁縫セットで、最近ルルが裁縫の授業に励んでいることを知ったフィッシャー夫人が吟味した針やいろいろな糸、手本となる刺繍が施されたハンカチをいくつか用意したそうだ。

 もちろん、貴族御用達の道具店からの取り寄せだ。しかも手本のハンカチはフィッシャー夫人お手製。

 パッと見ただけでも門外漢の俺でも「え、売り物?」と思うほどに繊細で、丁寧な刺繍。まずは簡単な図柄から、とのことだったがレベルが高い。


 エマ嬢からはリボンだった。

 よく見れば、リボンの裾についている文様は刺繍で、ちょっと縫い目がガタついている。

 おそらくエマ嬢お手製なんだろう。同じリボンがエマ嬢の髪に結ばれており、ルルは「おそろい!」と喜んでいた。


 レナ嬢からは日傘。

 子どもは日傘じゃなくて帽子だからなぁ。ある意味大人の象徴でもあるので、ルルは嬉しそうだ。

 日傘はレース部分が細かく、デザインはバラだろうか。持ち手部分にも装飾が施されているが、持つのに邪魔にならない程度にしてある。持ち手部分は装飾別にいらないんじゃ、と思うだろうが、意外とこういうところをレディたちは見るらしい。


 マルクスからはブローチ型の魔道具だった。

 一体何のかと思えば、魔石の魔力が続く限り何度でも繰り返し録音・再生できる、かなり高いやつ。あれは記録を維持する魔石部分が結構デカいはずなんだが、カールに小型化を頼んだらしい。

 やべぇ、これ商売になりそう。あーでも記録媒体の道具は作れるが、繰り返し記録できる魔石は……あれ、これ1回こっきりでも結構需要あるよな?むしろ世間一般で出回ってるのは1回限りのやつだし。

 となると、カールみたいに物を小型化できる混じり属性コンビテュープルの人材を探すのがいいかもしれん。カールひとりに頼るより、今後も継続できるようにできれば色々できることが増えそうだな。であれば、まずは…


「ヴォルフェール様?」


 もろもろ考え込んでたところで聞こえてきたレナからの呼びかけに反応してレナを見たところ、にっこり微笑まれてた。

 あ、これ色々考えてたのバレてるわ。


「…オットーを交えて相談しよう、明日以降」

「はい」


 よし、今度は俺の番だな。

 ルルはわくわくとした表情で俺を見ている。

 うわ、すっげープレッシャーだわ。正直国王陛下から褒賞もらったときよりも緊張してるかもしれん。


 ハンスに合図を出して、使用人たちに持ってきてもらった。

 イーゼルが出されて、その上に布がかかったキャンバスが置かれる。大きさはF10号サイズ…だから、大体長辺50cmぐらいか。イーゼル込みだとルルよりも大きく見えるだろう。


「めくってごらん」


 そう促せば、ルルは緊張した面持ちで布を掴み、優しく引っ張った。

 布の下にあった絵画を見て、ルルの瞳が丸く、大きく見開かれる。



 俺と、ルルと、レナが描かれた油絵だ。

 日常の風景を切り取ったようになっていて、公爵邸の庭にある東屋で3人で穏やかにお茶をしている様子。俺の顔もちゃんと描けてる……はず。

 これを描くために、前世でいう写真が1回だけ撮れる写影魔道具カメラを買った。痛い出費だった。レーマン公爵家時代だったらまあまあ買える値段だけど…ゾンター伯爵家はなぁ、カツカツなんです。

 こっそりマルクスに撮ってもらった映像を見ながら描いたもんだからたぶん大丈夫だと思う。


 たしかレナと婚約した頃に「お父さまの自画像がない」って言ってたから、まあ、プロも考えたんだけど呼べるほどの余剰金はなくてな。だから自分で描いたというか。

 …あれ、写影魔道具カメラの方が高かったか、もしかして。


「へぇ、君の絵は初めて見るけど、すごいじゃないか。売り出せるだろ」

「素人もド素人だ、プロには負ける」

「そうかなぁ…僕も色々と絵画を鑑賞してきたけど、お世辞抜きで称賛できるレベルだよ」


 そりゃ公爵家ともなれば目も肥えるか。

 俺はいかに公爵家を維持するかでヒィヒィしてたから美術品なんて目もくれずにいたから良く分からん。


 ルルはじっと、絵を眺めている。

 …どうしよう、反応がないとちょっと不安なんだが。


「あー…ルル?」


 思わず声をかければ、バッと勢いよくこっちにルルが振り向いた。

 それに驚いて体を震わせた瞬間、ルルが間髪入れずに俺に抱きついてきた。思った以上の衝撃が来て「ぐぇ」と声が漏れたのは許して欲しい。ちょうどルルの頭が俺の腹辺りなんだ。倒れなかったのは良かったと思う。


 ぱ、とルルの顔が上がった。


「嬉しい!ありがとう、お父さま!!」


 満面の笑みで、本当に嬉しそうで。俺も思わず笑った。

 睡眠時間を削ってでも、描いて良かったと思う。事情を知ってるマルクスにはだいぶ苦言されたけど、ちゃんと最低限の睡眠時間は確保してたし。

 マルクスもルルの様子に「仕方ない」といった表情を浮かべていた。



 …ああ、ちなみに。

 あのオレンジ系統でまとめられた花束は、たぶん察してると思うが、ハインリヒ王子名義で届いたものだ。メッセージカードもそう。

 形式上は婚約成立していて、婚約者となっているから贈られてきたのだろう。…日がなくて、花束になったんだろうが、こちらとしてはそれがいい。


 メッセージカードについては、レナが我が家に到着した直後に目を通してくれた。

 すると苦笑いを浮かべながら「燃やさないでくださいね」と告げられたので俺も目を通した。


《誕生日だと聞いて、王宮庭園から私が選んでみた。君の瞳のオレンジに合わせたのだが、どうだろうか?君のために作ったんだ、今度会うときに感想を聞かせてほしい》


 ここまでは普通だな、と最後まで目を通す。


《気に入らぬ場合は教えてほしい。私がなぜ君のためにこの花を選んだのか、今度会ったときに教えよう ―― お前が愛するハインリヒより》


 すー、と息を吸って、メッセージカードを閉じる。


「―― ふっざけんじゃねぇぞあのクソガキィいい!!」


 俺の叫びは、サンルームにいたルルたちには聞こえなかったらしい。

 花に罪はないので、ルルには「ハインリヒ王子殿下から誕生日プレゼントとして花束をもらったよ」とだけ告げてメッセージカードの存在は伏せた。

 現在は、玄関先にひっそりと花瓶に飾られている。


 メッセージカードの方は「保管しておいた方がよろしいかもしれません」とレナから進言されたので、執務室の片隅にある箱にひっそりと入れてある。

 レナいわく「メッセージカードの筆跡がどこかで見覚えがある」とのことで。

 …たしかに、ルルと同年代にしては綺麗な字だったように思う。あのクソガキの実際の字を知らんから、なんとも言えねぇが。

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