第16話 勝った!完! …とはならないんだよなぁ
両陛下は少しだけ声を潜めて話し合い始める。
隣のフィッシャー卿とマルクスをちらと見やれば、フィッシャー卿はふんぞり返っており、マルクスに至っては微動だにせず真顔でじっと両陛下を見つめている。ねえマルクス、それきっとやられてる方は怖いと思う。
時間にすれば、10分程度だろうか。
「…貴公の条件を飲もう。文官、記録しておるな」
「は、はい!確定予定の条件を申し上げます!」
記録文官が読み上げた5つの条件は話し合いの結果決まったやつと同じ。
うん、まあ王家の体裁を整えつつルルを守る条件としてはいいんじゃないだろうか。
俺たちが「内容は合っている」と回答すれば、急ぎ文書化するために記録文官が退室する。
となると、近衛騎士がいたとしてもこの場は非公式の場。無礼講だ。
「兄上」
「んー?」
「先ほどから目が赤くなってますよ。落ち着いてくださいね」
「分かってるよ」
ピクリと近衛騎士が身動ぎした。
鋭い眼差しで俺を睨みつけてくるが、俺は口元に笑みを浮かべる。
だって本当なら、俺はこの王宮にいるクソガキを燃やしてやりたい。
ご自慢の金髪だけ燃やしてチリチリな毛にしてやろうか。一生、毛髪が生えないほどに重度な火傷を負わせてやろうか。
ああ、それとも東ティレルの洞窟にクソガキを放り込んでやろうか。暗闇の中で逃げ惑うだろうなぁ。歴戦の冒険者や騎士団、魔術師団でも苦戦したんだ。泣き叫んで逃げ惑うだろうか。そうして暗く、深いところまで逃げ惑い、迷宮で野垂れ死ぬだろうか。
まあそれやると犯罪になるからやらないけど。今度モンスター出没の話が出たら、出動しようかなぁ。燃やしたい。完膚なきに、灰となって土に還るほどに。
はは、オットーが今の俺の心を覗き見たらドン引きするだろうな。
俺を見る両陛下の顔色は悪い。
そうだなぁ、実際、今は起動スイッチを指鳴らしにしてるけど本来なら対象を認識できれば無条件で燃やせるから、ここにいる両陛下も近衛騎士も、一発で燃やせるんだよ。
やらんけど。
しばらくして、記録文官が書類を持って戻ってきた。
そしてそれぞれ差し出された書類に不備がないか確認し、問題なければサインをして交換する。
もう一度、交換した書類を確認して問題なければサイン。
これで契約は成立した。
「たしかに受け取りました…では、国王陛下、王妃陛下。娘と婚約者が待っておりますので、失礼いたします。遅い時間にご協力いただき、ありがとうございました」
立ち上がり、深く一礼する。
両陛下は弱く微笑むだけだ。もう時間は21時を過ぎている。
マルクス、フィッシャー卿も俺と同様に深く一礼すると、一緒に退室する。
颯爽と城内を歩き、馬車止めのところで待たせていたフィッシャー侯爵家の馬車に3人乗り込んだ。
御者が馬を操り、馬車は動き出す。
「……はぁ」
「お見事です兄上!」
「私が口を挟むこともありませんでしたな」
タイを緩めながらため息を吐く。
無理。もー無理疲れた。
フィッシャー卿が目の前にいるからあんまり姿勢を崩せないがこのぐらいは許してほしい。
「やはり、ルルの婚約白紙は叶いませんでしたね」
「…ルルのことだけを考えれば、俺が伯爵位を捨てて庶民になればいいんだけどな。それじゃレナを守れん」
そう。本当にルルのことだけを考えれば、俺はこの爵位を捨てて庶民として暮らしていけばいい。国外に出てもいいな。
まあ、俺が聖人であるから国は絶対俺を離さないだろうし、爵位を返上するのも許されないだろうけど。
俺が爵位を捨ててしまうとマルクスに負担が行く。マルクスも爵位を捨てるとなると領民たちが路頭に迷う可能性もあるし、せっかく活気が出始めたスラム街のみんなの事業も頓挫してしまう。
それに、庶民になってしまったらレナを守る力も失ってしまう。
…ルルに負担をかけてしまうのが、本当に心苦しい。
「ルイーゼ嬢は、ヴォルフガング殿とレナが結婚すれば我が孫も同然だ。我が家も力になろう」
「助かります、義父上」
「レーマン公爵家も当然!力になります」
「ああ」
ひとまず、これでよし。
たとえシナリオどおりヒロインが現れて、クソガキが惹かれたとしても。
クソガキがこの条件を覚えていればヒロインに手を出すことはないだろうし、まあ条件忘れて心惹かれて不貞になったらルルはクソガキから開放される。
万が一このまま結婚することになってしまったとしても、新たにルルに不利にならない条件を設定できる。
…だが、まだ足りない。
ルルは王太子ルートのほか、逆ハーレムルートでも悪役令嬢として登場する。
逆ハーレムルートは攻略対象者すべての好感度をまんべんなく、恋愛フラグが立つギリギリの状態(友人以上恋人未満)でクリアすることで発生する。
となると、他の攻略対象者から何かのきっかけで糾弾され、ルルが悲しい思いをする可能性もある。
攻略対象者のひとりであるカールはもううちの執事として働きはじめているから問題はないかもしれないが、魅了魔道具を用いられるとどう転ぶか分からない。
魅了魔道具は世間一般に流通している、一般的な魔道具のひとつだ。
だがこの魅了魔道具は同時に世界で規制されている魔道具のひとつでもあり、ランク付けがされている唯一の魔道具でもある。
かつて、ヒースガルドという小国があった。
そこで開発された魅了魔道具の効果は絶大で、当時のヒースガルド国王はまず、自国の民を魅了した。―― 兵士として、民を徴用するために。
魅了魔道具を用いられた民は国王を狂気的なまでに慕い、老若男女に至るまで兵士として志願した。
そして国民一丸となって隣国だったモディリア王国に侵攻を開始した。そこでも魅了魔道具を使って他国の民を魅了し、侵攻されたはずの国民はヒースガルドに忠誠を誓い、次々と侵略していった。
最終的には神々をも魅了し、世界の半分以上を制覇した巨大な帝国になったという。
しかし、今その帝国は見る影もない。国王の血縁もすでに絶えたとされている。
ヒースガルドの魅了魔道具はたしかに強力だった。
けれど《精霊の愛し子》以外には魅了耐性が比較的強い精霊族の国々と、神への信仰心が強く揺らがない敬虔な神官たちが創世神エレヴェドを筆頭として魅了されなかった神々と共に全面戦争を行った結果、ヒースガルド帝国は滅ぼされたのだ。
この戦争を機に、魅了魔道具を含めた魅了系のものは世界レベルで規制がかかった。
世界基準の魅了レベルを5段階制定した。これは、魔道具、魔法薬等で魅了効果があるものすべてに適用される。
レベル1『使用可』、レベル2『魔法薬師の使用指示のもと服用可』。ここら辺までは流通してるものだ。
レベル3『研究目的外での使用禁止、研究目的での製造は可』、レベル4『研究目的外での使用禁止かつ製造法公開禁止』、レベル5『一切の所持・製造禁止』。いずれも効果は高いが副作用が酷いとかそんな感じだったり、レベルが高いものになればなるほど他人の心を無理やり捻じ曲げるような威力を持つものだ。
レベル3以上の規定違反を犯すと一発で国際指名手配犯になり、捕まれば魔塔での実験体コース。
レベル1はほんのり好感度を上げるとかそんなものだ。店主とか、受けが良いと商売がうまくいくだろう?そんなときに使う。副作用もほぼない。
レベル2は服用記録が残るようになっている。普通に用法・用量を守って服用すれば問題ないが、オーバードーズなどすると身体に影響があるため、魔法薬師の処方箋が必ず必要なもの。舞台俳優等が使うな。客からの好感度をあげたいとか。
レベル3、レベル4は研究目的であれば使用や製造が許可されている。何らかの原因でこれらの魔法薬とか魔道具が出来て、解除できる術がないと困るからその研究のためなら、と目溢しされている状態のもの。
レベル5とまでなると研究目的でも違法とされ、製造法が記載されている物があれば速やかに該当箇所は破棄、または国際機関の魔塔にある機密書庫へ格納されることになる。
ヒースガルド帝国で開発されたものはレベル5扱いとなっており、現在は魔塔で厳重に封印されているという。ほか、精霊が魔改造した魅了魔道具もレベル5らしい。今は精霊も魔改造できないような加工がされてるようだけど。
いずれにせよ、レベル3以上はどの国でも禁じられていることが多い。
―― だが、あったのだ。
乙女ゲーム「蒼乙女の
あのゲーム中の好感度の上がり具合を考えるとあれはレベル3以上に相当する魔道具になると思う。
あれがこの世界にもあるとしたら、今は味方のカールも敵に回る可能性もあるし俺らも無事じゃすまない可能性もある。
魅了効果を防ぐ魔道具自体、300年以上前の遺物に近い。
当時は必死だったからこそ作れた代物で、今は神ですらどうやってその魔道具を作り出したのかすら分かっておらず、現在も研究が進められていると聞く。
だから逆立ちしたって俺がその魔道具を手に入れるのは無理だ。
…精霊族は《精霊の愛し子》以外は魅了耐性が高いんだっけか。
となると、精霊魔法を取得して精霊に補助してもらうのが良いかもしれない。
精霊魔法に精通しているのは誰かいたかな。一応、属性によらず精霊魔法は習得できるというが、精霊との相性もあって実際に扱えるかどうかは微妙だ。
ペベル辺りなんかは知らないだろうか。
「兄上、兄上!」
そこまで考えて、トントンと肩を叩かれて我に返る。
気づけば馬車は止まっていて、マルクスが良い笑みを浮かべていた。フィッシャー卿は興味深そうに俺を見ている。
…あ、やっべ。
「はい、兄上。なんでしたっけ?」
「報・連・相!」
「明日で良いので共有してくださいね」
「いえっさー」
「…いや、レナから話は聞いていたが。本当にヴォルフガング殿は没頭すると声すら聞こえないのだな。何度か声をかけていたが、全く反応がなかったよ」
「申し訳ありません…!」
これ帰ったらマルクスに怒られるやつ。
実際目が笑ってない。いやホントごめんて!
明日なんて報連相しよう…前世とか乙女ゲームとか言えねぇ…。
夜も遅いし、ルルを預かってもらってるし…と俺はそのままフィッシャー邸で泊まる流れとなり、マルクスはそのままフィッシャー家に待たせていた自分の家の馬車に乗り換えて帰っていった。
フィッシャー卿と共に、邸宅に入る。
は~。早くこの堅苦しい服を脱ぎたい。
「おかえりなさいませ、あなた。ヴォルフガング殿」
「ただいま、アンジェリカ」
「ただいま戻りました。すみません、後をすべて任せてしまって…」
「構わないわ。あの件の方が重要だもの」
待っていたのはフィッシャー夫人だった。
少し疲れた様子なのは、やっぱり全部パーティーの件を対応してくれたからだろう。
レナにも申し訳ないな。王妃陛下が言った通り、彼女の晴れ舞台のひとつなのだから俺が傍で協力しなきゃならなかったのに。
「ルイーゼ様はエマとレナと寝ているわ。やっぱり不安だったのね」
「そうですか…寝る前に一目見ようと思ってましたが、おふたりも一緒であれば大丈夫ですね」
「私と見に行けば良いだろう。親が子を心配するのは当然だ」
「ええ、そうね。わたくしも3人の様子が見たいわ」
「…ありがとうございます」
本当は俺がレナやエマ嬢の寝顔を見るのはあんまりよろしくないんだろうが、誘ってくださったことに感謝する。
軍服の上着は脱いでこの邸の執事に任せ、比較的ラフな格好で3人でルルたちがいる部屋にこっそりと入る。
レナとエマ嬢がルルを挟むような形で寝ていた。すやすやと眠るルルの目元は泣きはらしたような痕がある。
エマ嬢が手前にいるのでちょっと手を伸ばして撫でることはできなさそうだ。でもルルの顔が見れただけでもホッとした。
……本当、レナとエマ嬢には頭が上がらんな。
そっと部屋を出て、廊下を歩きながらフィッシャー夫人に結果を軽く報告した。
ひとまずこちらの条件をほぼすべて飲んでくれた、という点に安堵の表情を浮かべている。
「あとは様子見ね。これから王子妃教育が始まることになるけれど…わたくしもできる限りサポートするわ。あと、ブラウン夫人にも声をかけておくわね」
「ああ、ブラウン夫人はたしか陛下の婚約者候補だったひとりだったな、そういえば」
「ええ。候補者時代にも王子妃教育に近いことを受けていたそうだし、経験談を少しでも耳にしていればルイーゼ様の不安も少しは晴れるかもしれないわ」
「何から何までありがとうございます」
「いいのよ。あなたも大変だったわね…ゆっくりと休んでちょうだい。明日の朝は気にしなくても良いわ」
「はい」
正直、疲れたので素直に申し出を受け入れる。
明日の朝はゆっくり起こしてもらおう…ああ、でもルルの顔が早く見たい。
部屋に戻り、蒸しタオルで軽く身体を拭ってから寝巻きに着替えてベッドに潜り込む。
―― 怒涛の1日だった、と思ったところですとんと意識が落ちた。
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