第15話 さあ、条件を飲んでもらおうか
口火を切ったのは、マルクスだった。
「此度の問題は、当家への侮辱と受け取ります」
「なにを、」
「ゾンター伯爵家は我がレーマン公爵家の分家。そしてゾンター伯爵は私が爵位を継ぐ成人まで我が家を支えてくれた後見人であり、恩人であり、何より私の実兄です。そんな兄の娘である姪の未来を、あのような衆人環視の中、打診もなく勝手に決めるなど当家を侮っているも同然ではありませんか」
ひゅ、と王妃が息を呑んだ。
隣にいる俺ですらなんかすごい圧感じるから、真正面から受けてる両陛下はしんどいだろうな。
フィッシャー卿が、ゆっくりと口を開いた。
「あの場は我が娘レナとヴォルフガング殿の祝いの場だったにもかかわらず、よくもまあ、あのような発言をさせましたな陛下」
「それは…まことに、すまないと思っている。私もハインリヒがあのような発言をするとは」
「女の晴れ舞台のひとつである婚約パーティーを台無しにしたこと、わたくしからも謝罪いたします…」
王妃陛下がか細い声でそう告げると、ハッとマルクスが鼻で笑った。
両陛下がギョッとしてマルクスを見ると不遜にも腕を組んで嘲るような笑みを浮かべている。
「謝罪はフィッシャー嬢のみですか。ルイーゼには何もないと?」
「それは、」
「あの場は兄ヴォルフガングとその娘であるルイーゼ、そして婚約者であるフィッシャー嬢がこれから家族として手を携えていこうと、連れ子であるルイーゼがフィッシャー嬢を受け入れたという意思表明の大事な場です。そのような場でルイーゼが望んでもいない婚約を結ばされるなど!」
「要するに私の娘は女でもなくハインリヒ王子殿下の玩具だということでしょうか、王妃陛下」
「そのようなことは!」
王妃陛下の悲鳴にも近い反応にため息を吐きたくなったのを我慢した。
さて。ここからは簡単ではあるが、レナと話し合って決めたこちらの条件を提示する時間だ。
本当はもう少し精査してから出したかったが、明日の朝イチでは王家にも考える時間が出来てしまうため間に合わない。出発までの僅かな時間の間でレナ、シュルツ卿と案を出し合い、ここに来る馬車の中でマルクス、フィッシャー卿と詳細を詰めた。
こちとら五大公侯を味方につけてるとはいえ、向こうは向こうで宰相や交渉事に長けた外交官もいるからなぁ。
一呼吸おいて、にこりと微笑む。
「あのような場で口に出してしまった子どもの責任は取っていただきましょう、陛下」
「…何が望みだ?」
「即、婚約白紙を。もしくは王家による婚約破棄を。いずれにせよ、ハインリヒ王子殿下の発言による瑕疵は公表していただきましょう」
ぐっと言葉に詰まった様子を冷めた心地で見つめる。まあぶっちゃけ、これは無理だと思ってる。
内心伯爵風情が、と思われているかもしれないが俺、ちょっと前まで公爵代理やってましたし。というかこの魔眼がなければおそらくはレーマン公爵のままだったろうし。血筋はしっかりしてるわけで。
案の定、苦渋の表情で「それは、」と陛下から声が出た。
「……すまぬ。これは本当に当家の失態だ。しかしすぐに撤回は無理だ。…五大公侯の一角を一時とはいえ担っていたのだ。そなたも分かっているだろう?」
まーなぁ。
俺が知ってる限りでは直近で二度やらかしてるからな、王家。
といっても、一度目は俺が生まれる前の話だ。
先々代の国王が、それはもう歴史に名を残すほどの愚王だった。
当時は五大公侯なんていう権力監視の役割を持つ家もなく、絶対君主制だったんだ。
で、愚王がそれはそれは高慢で、女好きで、更に処女厨だった。…当時も今もそうだが、女性は貞淑であることを求められる。婚約中は黙認されることが多いけど。
まあ要するに愚王が女性たちを権力を使って集め、食い散らかしたんだ。幸いにも愚王自身が種無しだったこともあって、そんな男の子どもを身ごもった人はいなかったそうなんだが、自殺者がそれなりに出てな。
愚王の弟である先代国王がクーデターを起こして玉座を奪取し、愚王の被害にあった女性たちへの賠償金の支払いで王家の私財がすっからかんになったぐらいだ。
ちなみに国庫はもちろん別にあるから安心してくれ。なので、国家運営には問題ない。
この愚王のおかげといえばいいのか、先代国王の時代から五大公侯が制定されて現在の三公爵家、二侯爵家が権力監視の地位に就き、評議会制度が発足した。だから五大公侯や評議会って言っても、実はそんなに歴史は古くない。
そう。俺が詳細を知ってるぐらいには、そんなに過去の話ではないんだ。
なんなら庶民でも知ってるぐらい。当時、庶民からの王家への支持はどん底にまで落ちたらしい。
あと、もうひとつ庶民や貴族から受けが悪い理由がある。
26年前に発生した大規模な
発生場所は国南部にある、シュルツェン辺境領に次ぐ大きさを誇るダンジョン
恐らく上層階部分が陥没して地上に露出したんだが、当時未発見だったこのダンジョンから大量のモンスターたちが溢れかえった。
このダンジョンがあった近隣の街や村は壊滅し、初期対応に向かった近隣領主数名および各家の騎士団、魔術師団が全滅した。この段階で王家が全貴族に出動命令を出していれば、もう少し被害を抑えられただろうと言われている。
しかし、なにを思ったか先代国王は「きっとまだ大丈夫だ」と派遣しなかった。…たぶん、
何度も、何度も、それこそ波のように押し寄せてくる。
実情を知っている貴族たちが自主的に出動し、殺されていく状況にとうとう当時の宰相と発足したばかりの五大公侯が独断で全貴族に出動要請を出し、陣形を整え抑え込んだ。それはさながら300年以上前に起こったヒースガルド大侵攻のような地獄絵図だったという。
学院生は未成年ということもあり投入はされなかったが、最後の方は学徒動員一歩手前の状況になり後は発令待ちの状態だったと当時の教師から聞いたことがある。
そこまでいってようやく王家が腰を上げ、精鋭騎士団・魔術師団も投入されやっと収まった経緯があり、回復しかけた王家の威信はまた一気に落ちた。
さらにこの戦いで聖女・聖人が数人死んでしまい、一気に結界石への供給が不安定に。結果的に10歳の真名授与の儀のタイミングで俺の魔力保有量が分かった途端、聖人として各地を巡る羽目になった。
聖女・聖人は経験を積んで15歳から巡るのが通例だったんだけどな。結局、聖女・聖人の人数が現在の人数に落ち着いたのは俺が結婚してからだったと思う。今の現役も10歳から動いてる聖女・聖人たちだ。
そんな逸話がまだ根強く記憶されている今の世で、王家から無理やり婚約をまとめた、と知ったら民がどう思うか。
……今の国王は、本当に良い王だと思うんだけどなぁ。
必要以上の贅沢をせず、民に寄り添う。真名授与の儀のすぐあとに、聖女・聖人と判明した10歳の子息子女に自ら赴き、頭を下げてその力を貸してくれと希う。
王妃陛下だって、第二妃殿下だって王族として自身を律し、スラム街を無くそうといろいろと試行錯誤されているのに。それで最近、ようやく支持が回復してきたってタイミングだったのに。
「さすがに、三度目は許されないでしょうね。しかしそのために我が娘に辛酸を嘗めよと?」
「…重ねて、頼む。このとおりだ」
両陛下が深く、俺に向かって頭を下げた。
普段だったら俺より高位の人が頭を下げてくるのは胃が痛くなる光景だが、目の前のこのふたりは俺の娘の将来を奪った奴の親だ。むしろ頭を下げなかったらどうしようかと思っていた。
ちら、と記録文官を見ればちゃんと記録はとっているようだが顔が真っ青だ。そりゃそうだよな、普通王族は頭下げないし。
俺はわざとらしくため息を吐くと「仕方ないですね」と呟いた。まあ、これ以上王家の威信が落ちてクーデター起こされても困るし。
ゆっくりと、ふたりの頭が上がる。
「では、この婚約の契約条件を決めましょう。もちろん、こちらが提示した条件にご不満がある場合はその理由を添えてお答えください」
俺側から出す契約条件は以下の5つ。
1. この婚約は「王家から」提示されたものであることを明記し、両家当事者にも周知させておくこと。
2. 婚約者としての交流は行うが、必ず両家1名ずつ、信頼ある者をつけること。結婚までふたりきりでの行動は公的行事以外は行わない。
3. 双方どちらか不貞を行ったとされる場合、第三者で精査し、事実であった場合は不貞を行った側の有責で破棄する。
4. 婚姻前に改めて婚姻後の契約について話し合い、締結する。
5. 3の事態が発生、もしくは上記1,2,4のいずれかが破られた場合、破った側を有責として婚約を破棄する。
即白紙・破棄に比べりゃ簡単だろう?
にこり、と微笑めば国王陛下は渋い表情を浮かべた。王妃陛下も考え込んだ後、顔を上げる。
「…契約について2つほど質問しても良いかしら?」
「どうぞ」
「なぜ、ふたりきりで会うのは避けるのかしら。婚約者同士の交流は執事、侍女を除いてふたりきりであることは普通のことよ」
「私どもがハインリヒ王子殿下の噂を知らないとでも?」
「…あれはたかが噂よ。わたくしたちの方でも定期的に、あの子には知らせずに面会しているわ。不敬も不問とする、と宣誓してる中で相性が良い子は『側近として続けられる』と言われて」
「その条件、もう少し仔細を詰めても良いだろうか」
……あ、これ王妃陛下の目が曇ってるわ。
食い気味で国王陛下が答えたが、わずかに眉間に皺が寄ってるから…国王陛下の方は現実が見えてるな。
まああのクソガキ、性格と王族としての自覚以外は今のところ魔力制御も勉学も優秀で文武両道なんだよな。これで平凡だったら、国王陛下も見限れたんだろうが…。
この国ではよほど性格破綻していたり魔法が使えない等の理由がない限り原則、長子継承となっている。
クソガキの1歳下のマリア王女殿下は、あの年齢ながら王族の自覚もある立派な王女様らしい。ただ、勉強面があまり明るくないのだとか。
御年5歳の双子のマティアス第二王子殿下、レベッカ第二王女殿下はまだ幼いため判断できないが、それでも5歳当時のクソガキよりは落ち着いてると聞いている。
俺は口元に手を添えながら「そうですね…」と呟いた。
「その信頼ある者たちについては執事、侍女同様の立ち位置と考えていただいても問題ありませんよ。…それかもしくは、王家の影を付けていただいても構いません。当然、我が家も類似の者をつけさせていただきますが」
王家の影、とは聞き覚えがあるだろうか。
そう、WEB小説なんかによくある設定だ。王家直轄の暗部。表に出ない連中で、影で王家を支える…まあ、忍者のようなイメージだな。
王家が民や各領地の様子を知るために国中に派遣することもある。
正確に、見聞きしたことを嘘偽りなく報告する義務がある集団。
万が一虚偽の報告をした場合、即座に首が飛ぶ。物理的に。
そういう真名宣誓を創世神エレヴェドと山神ヴノールドにしているのだ。こんな狂ったことをするのは王家の影以外ほとんどいない。
「…そうだな。王家の影をつけよう」
「それでは、2つ目の契約は『婚約者としての交流は行うが、必ず王家の影、およびゾンター家所縁の隠密を常時つけること』としましょう。次のご質問どうぞ」
「不貞の件よ。不貞が発覚した場合は、という部分には同意なのだけれど…婚姻後も有責による破棄は継続なのかしら?」
「当然です。ただ殿下が立太子され、国王となられた場合は第二妃以降の件はもちろん、制度上可能ですから問題ありませんよ。娘ときちんと話し合って決めていただくのなら」
現在の制度上、国王は妃を複数人を迎え入れることができる。
しかし名目上「妃」として迎え入れるためには
王子妃もさることながら王太子妃、王妃教育はどんなに優秀な者でも一朝一夕、ましてや5年も掛からずできるものではない。
そしてこれまた制度上、国王は愛妾を迎えること自体は制限していない。
幸いにも現国王、先代国王は第二、第三妃など妃はいても愛妾は抱えていなかった。先々代国王はお察し。
「いかがです?難しいことではないでしょう?この場でご回答いただけるのなら、我が娘ルイーゼ・ゾンターをハインリヒ王子殿下の正式な婚約者とすることをこの場で受け入れましょう」
両手を膝の上で組みながら、両陛下に問う。
この内容は普通の政略による婚約関係なら問題ない条件だ。普通なら、な。
ちなみに、明日に回されたら明日朝イチで評議会に参加する半数の家門当主から緊急評議会の召集願いが出されることになっている。うん、今日のパーティーに参加してくれた方々だな。目的は王家の瑕疵を明確化し、国民に広く公表すること。評議会の話し合いの結果は庶民にも公開されるものもあったりする。
王宮に着く前、精霊の手紙でシュルツ卿から連絡をもらったんだ。俺らが王宮に向かったあと、レナやペベルたちが頑張ってくれたらしい。
そのことは両陛下は知らないだろうが「別に回答は明日でも良い」という雰囲気を出さずに堂々と居座る俺達にその場で回答しないとどうなることか、というのは想像がつくだろう。
…ようやっと回復してきた信頼を、更に地に落とすか。それとも、条件を飲むか。
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