第14話 クソガキにクソガキと言ってなにが悪い


 こいつは今、なんと言った。

 ギョッとした表情を浮かべた陛下とは異なり、興奮気味にクソガキは語る。


「ルイーゼ嬢はとても美しいですし、講師たちからも『才女』だとお聞きしています。そのような方を王家に迎え入れるのは、とても良いことです!それに、家格も問題ありません!」

「何をいうかハインリヒ!そもそも手を上げてくれた候補のご令嬢方と交流してから決めるのが通例だ。それを、このような場で…!」

「―― 陛下」


 思ったよりも低い声が自分の喉から出た気がする。

 びっくりしたようなクソガキは置いといて、陛下も目元がひくついてこちらをゆっくりと振り返る。

 す、と腕に手を添えていてくれたレナが離れた。「ルル様」とルルに声をかけてくれたらしい。そっと寄り添ってくれていることだろう。

 陛下とクソガキからふたりが見えないように立ち位置を少し変える。


「我が家は立候補などしておりませんがいつの間に候補に上がったのでしょうか」

「…そなたの婚約が落ち着き次第打診する予定であったのだ。レーマン公爵から耳にしていないか」

「耳にしておりますが、順序に誤りがあるのでは。本来であれば王家より我が家に直接打診の上、我が家了承の元、貴族院へ議題として上げると思っておりましたが」

「……その点は当家の落ち度だ。すまぬ」

「その点のみではないでしょう」


 我々の周囲を囲むように、遠巻きに招待した貴族らが固唾をのんで見守っている。

 視界の端には顔色を失ったマルクスと祝いに来てくれていたペベルとグレタ嬢が強張った表情でこちらを見ていた。たぶん、場内にいるフィッシャー卿夫妻も、シュルツ卿夫妻も同じだろう。


 目の前の陛下を睨みつけてる自覚はある。不敬だ?うっせぇ先に礼を失したのは向こうだ。


 仮にも第一王子ともあろう者が、自分の発言の重さを知らないなんて言わせない。

 んなもんは教育が始まってすぐ教わるもんだ、うちのルルだって知ってる。

 権力を持つ者ほど発言に重みが増す。我が家は伯爵家だが、俺自身は公爵家出身、しかも公爵代理まで務めたんだから発言の重要性は身に沁みている。

 貴族同士もさることながら、庶民に対する発言は伯爵であれ男爵であれ、爵位を持つ者であれば責任を持つ必要がある。



 このクソガキは、ルルを「婚約者とする」と言いやがった。

 候補じゃなく、言い切った。



 この場には多くの貴族がいる。

 このような大勢の場、しかも高位貴族が大勢集まった場での発言は、内容によっては「決定事項」となる。彼らが証人になるからだ。

 それを分かっているからだろう陛下の表情は変わらぬものの、顔色は悪い。

 クソガキは怯えを見せつつも困惑した表情を浮かべてる。ほら分かってねぇじゃねぇか。


 マルクスやフィッシャー卿から聞いた話では、先日の評議会で「ルイーゼ嬢なら良いのでは」という一声があったらしい。

 だからおそらく、評議会もルルをクソガキの婚約者とすることを賛成多数で承認するだろう。

 だって候補に上がっていたご令嬢方は皆、泣く泣く手を上げたと言われている。万が一選ばれたらと怯える娘をどうして送り出せようか。絶対賛成にいれるだろうし、決まらなかった問題を解決できるならとさっさと賛成にいれるところもあるだろう。

 …こんなとき、五大公侯は爵位に応じた権力しか持たない。評議会をひっくり返すほどの根回しもこれからというときだった。


 目元が熱い。頭に血が上っている自覚がある。

 だがここで暴れるわけにはいかない。冷静さを保たねばならない。俺は手のひらに爪を喰い込ませ、クソガキを睨みつけることでなんとか怒りを逃そうとしていた。

 …カティのときみたいに、相手周囲を火の海にするわけにはいかない。


「…ヴォルフェール様」


 レナの心配そうな声に振り返る。

 ルルが、真顔を維持しようと、ぎゅっとドレスを握りしめて必死に耐えていた。泣きたいだろうに。


「…ゾンター伯爵。この件については、後日話し合いをしたい。フィッシャー嬢もせっかくの祝いの場を乱してすまなんだ」

「ええ、そうでございますね。このようなことが二度とないことを願っておりますわ」

「…戻るぞ、ハインリヒ」

「え、でも」

「戻ると言っている。聞こえなかったのか」

「…はい」


 陛下とクソガキが会場から出て行く。

 入口付近の貴族たちは道を開けながら、軽く礼をして見送る。

 完全に、陛下たちの姿が見えなくなった頃合いになっても会場は静かだった。



 ああ、クソ。クソ、クソクソクソ!!

 あのくそったれめ、クソガキめ!!


 ……落ち着け、落ち着け俺。ここで取り乱すのは良くない。この場には大勢の招待客がいる。

 ひとつ深呼吸して、微笑んだ。


「申し訳ありませんが、娘の体調が優れないため少し席を外させていただきます。その間、皆様どうぞ我が家とフィッシャー侯爵家の腕利きの料理人が腕をふるった料理をご賞味ください」

「わたくしも一度下がらせていただきます。お父様」

「任せなさい」


 3人で一礼し、ルルを俺とレナで挟んだ状態で揃って会場を出る。

 会場として使っていたのは大ホールだ。某魔法学校の大広間ほどの広さはないが、今回みたいにそれなりの人数を集めて立食パーティーみたいな催しものをするには十分の広さ。

 客人が入れる廊下を通り過ぎて、家人のみが立ち入れる廊下に入る。そこから家人が休憩用にと設けた小部屋へと入った。


 レナがルルの侍女であるドロテーアにお茶の準備を依頼して、ドアがパタンと閉まった。

 ルルをソファに座らせ、俺とレナもルルを挟むようにソファに座る。


「……ルル」

「…おとうさま」


 その顔は真っ青だった。


 ルルは賢い。優秀だ。

 だからクソガキの発言の重さを知っている。

 もう、自分が婚約者になるしかないだろうということも。


 そっとルルを抱きしめる。

 震えるその小さな体は、俺の背中に手を回すと可哀想なぐらいに強く俺の服を掴んできた。


「レナさまが」

「うん?」

「レナさまが、ずっと、支えてくれました。私、あんなこと言われて、クラっとして…」

「うん」

「……こわい」


 それは小さな声だった。

 けれど俺を突き動かすには十分な声だった。


「―― このあと王家に乗り込む」

「ヴォルフェール様」

「時間を与えるつもりはない。ねじ込んでやる」


 マルクスとペベル、それからフィッシャー卿にも協力を要請しよう。シュルツ卿ももしかしたら協力してくれるかもしれない。

 五大公侯の三家以上から権力監視機構による名目で謁見を申し込まれれば陛下だって無視できない。

 だってこれは王家の権力を乱用したも同然の行為だから、要件としては該当する。


「そうですわね。向こうに対策を取られる前にこちらから事実を公的に突きつけなければ」


 レナの言葉に頷く。

 事実を周囲に知らしめるのは重要だ。ゾンター家は候補に上がることを了承していなかった。あのクソガキとの婚約は非常に不本意であり、叶うことなら解消したいと。

 王宮にいる文官や武官、魔術師は今回のパーティーに参加していない貴族もいる。そいつらにいらぬことを吹き込まれると厄介だ。


「ルル様」


 レナの声に、ゆっくりとルルが俺の胸元から顔を上げてレナを見た。

 泣いてこそいないが不安げなその表情にレナは真剣な面持ちで告げる。


「酷なことですが…王家側の事情により、すぐに婚約を白紙にすることは難しいでしょう。体裁もあり数年は維持することになるかと思います」

「…はい」

「そこで、ヴォルフェール様が婚約条件を王家に突きつけます。ひとつでも違えば、先方有責での破棄となるよう交渉していただきます。…苦労をかけることになると思います。けれど、わたくしも、ヴォルフェール様もルル様の味方です。なにかあったときはすぐにわたくしたちに相談してください、どんな些細なことでも」


 ルルはしばらく黙り込んだままだったが、やがて小さく頷いた。


 ああ…本当に、どうして、俺はあのときもう少し早く動けなかったんだ。陛下が隣にいれば余計なことはしないだろうという慢心もあったのかもしれない。そんなの、あのクソガキには関係のないことだったのに。

 ルルを幸せにするとカティに誓った。なのにこれでは、ルルを不幸せにするだけじゃないか。


「ヴォルフェール様もご自身をお責めにならないでください。すぐに動けなかったわたくしが言えることではありませんが…」

「……ありがとう、レナ。もちろん君のせいでもない。元凶はあのクソガキだ」

「…まあ、ヴォルフェール様。お口が悪いですよ」

「自覚はある」


 こうなってしまってはもうどうしようもない。

 それならば、ルルの未来が明るくなるよう、俺たちが頑張るほかない。



 ゲームのシナリオの強制力なのか。

 それとも、単純にあのクソガキが(考えたくもないが)ルルを気に入ったのか。


 …いずれにせよ、ルルがシナリオの通りに婚約者となってしまったのならば、俺がやることはただ一つ。



 ―― 対策しよう。ルルが、悪役令嬢としてシナリオ通り衆人環視の中辱めを受けないように。嘆き落ちぶれていかないように。




 シナリオなんざクソ喰らえだ。俺は、俺の娘を守る。




 レナや関係者と軽く打ち合わせしたあと、ご来場の皆さんには謝罪して俺は着の身着のままでフィッシャー侯爵家の馬車を使って王宮へと乗り込んだ。

 そう、婚約式の格好のままで。軍服での登城は有り得るが、婚約式の色合いである白軍服は登城する格好じゃねぇな。

 案の定、門番とか仕事帰りの文官・武官なんかがギョッとした表情で俺を見ている。


 ディナーから就寝前のこの時間帯は普通、王族への謁見は許可されない。

 だが五大公侯のうち二家の当主が「権力使用について陛下へ緊急の取り次ぎを願いたい。今すぐに」と真顔で淡々と訴えた上に残り三家当主からの直筆サインがあれば最強なわけで。夜警担当の武官はあわくってバタバタと引っ込んだ。


 本当はペベルも乗り込んでくる意気込みだったんだが、番のグレタ嬢から止められた。現状、ペベルは俺と友人とはいえ無関係だ。だから一晩じっくり、一貴族として客観的な内容を書き上げて、朝イチで王家に抗議文を叩きつけるのが効果的じゃないかと。

 俺もレナもグレタ嬢の案に同意したので、渋々、本当に渋々ペベルは引き下がった。

 今度うちにグレタ嬢と一緒に招待しよう。フィッシャー夫人にあのプレヴェドの茶葉がまた手に入らないか聞いてみるか。


 まあ、レーマンうちフィッシャー婚家(仮)は当然としてもまさか五大公侯みんなが味方になってくれるとは思わなかったけど。

 ペベル他、シュルツ卿とブラウン卿はいまこの場にはいないが、明日書状で抗議文を送るらしい。

 ブラウン卿とはあまり接点はなかったんだが、今回のパーティーでのクソガキのあの発言には思うところがあるため味方になってくれるそうだ。ありがたい。



 そうして応接室に通された今、目の前に顔色の悪い国王陛下と、王妃陛下がいる。


 マルクスが射殺さんばかりの目つきをしてるし、フィッシャー卿なんか顔を真っ赤にしている。

 ちなみにパーティーはレナとフィッシャー夫人が「あとは任せて」とのことだったのでお願いしてきた。エマ嬢がルルの傍に寄り添ってくれてるらしい。頭上がらんな。

 そして部屋の隅っこで顔色悪く立っている記録文官。こういった謁見の場以外での発言等を公的記録として残すため呼ばせた。

 だってなぁ。レーマン公爵、フィッシャー侯爵がいるとはいえ「そんなことは言っていない」なんて言われたら困るだろう?残業代はきっちり王家に請求してくれ。


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