第13話 婚約式
婚約式、および婚約披露パーティー当日。
この国において、婚約式は庶民も貴族も行われる。
庶民の場合は小神殿内でサクッとやる程度のもので婚約式に参列するしないも自由。ドレスコードも婚約するふたり以外は指定がない。婚約するふたりは白を基調とした衣服で参加する。結婚式みたいだな。
神前で「これから結婚の準備進めます、神様よろしくね!」みたいなノリだ。このとき真名には誓わない。結婚準備中に「やっぱ無理」ってなるケースはあるからだ。
で、貴族の場合は仰々しいの一言だ。
だって、神官を呼び寄せて、神官の前で誰それが将来を誓い合い〜みたいなことを宣言するのをパーティー参加者にも見せるんだ。要するに証人だな。
ドレスコードはもちろん決まっていて、参加者は白以外。当然メインであるレナは白を基調としたドレスで、差し色として俺の瞳の色であるオレンジ系統の色合いが入っている。レナのスラッとした体躯に合った、細身のドレスは門外漢の俺でも似合うと思う。
一方の俺は白を基調とした軍服。差し色はレナの瞳の色である紫系統。襟袖に使われている刺繍は金糸だ。
ルル?ルルはもちろんレナとお揃いだ。これから家族になるからな。連れ子は白をベースに自分自身の色を身に纏うことになってる。ルルの瞳の色もオレンジ系統だから図らずともレナと同じになったが。
全部オーダーメイドだ。ハッハッハ、飛んでった金の値段を見て二度見したよ。
…実は1週間後にはルルの誕生日も控えてるんだ。
ふふ、金が消えていくぜ…。
五大公侯の次期一角を担うレナの婚約式ともあって、フィッシャー家を除く五大公侯当主を招いたのをはじめ、王都近郊にいた中位貴族以上の家門当主は当然呼ばれている。もちろん、王家も。…来たのはやっぱ王弟殿下じゃなくて、国王陛下とハインリヒ王子。なんでかなぁ。
レナをエスコートして、神官の元に歩み寄る。
ヴノールド大神殿からわざわざ来てくださった高位神官。王侯貴族の結婚式もだいたいこの大神殿に所属する高位神官が派遣されることが多い。
ルルはマルクスのそばで式を見守っている。その目がキラキラとしているのは、こういうのを見るのが初めてだからだろう。
「ヴォルフガング・ゾンター伯爵、レナ・フィッシャーご令嬢。結婚宣誓のそのときまで、お互いを知り、お互いを信頼し、お互いを尊重するよう願う。創世神エレヴェドと山神ヴノールド二柱からの祝福がありますよう」
シャン、と神官が手に持っている鈴がついた杖が鳴らされた。
俺たちは頭を下げ、複数回鳴らされたその鈴の音を聞く。
鈴の音が鳴り止んだタイミングで頭を上げ、神官に俺は胸に手をあて一礼、レナはカーテシー。それをもう一度見守ってくれていた参加者に向かって行う。
……実質、これだけなんだよなあ。婚約式。
正直いらなくね?とカティとやったときも思ったが、お口にチャック、ミッフィーである。
盛大な拍手に迎えられ、俺はもう一度神官に向き直った。
「ご足労いただきありがとうございました」
「いいえ、我々としてもこういうタイミングでなければ王都に来ることはありませんから。いただいた寄付金につきましては、後日用途をお送りいたします。送り先はフィッシャー様宛で問題ありませんか?」
「はい。当家宛にお送りくださいませ」
「承知いたしました。それと、お嬢様のお誕生日が1週間後だとか。またひとつ、エレヴェド様より真名を賜る日が近づいたことを心よりお祝い申し上げます。おふたりとお嬢様に創世神エレヴェド様のご加護がありますよう」
神官が一礼し、フィッシャー家の執事が案内していく。
まさかルルのことも言ってくれるとは思っても見なかったから嬉しいな。
こういう貴族主導の催し物に神殿が協力してくれる場合も寄付が必要なんだが、神殿はきっちり使用目的などを明記して手紙を送ってくれる。しかも、神への宣誓付きで。
ヴノールド大神殿に限らず、世界各国にある神殿は寄付は受け取っても賄賂は絶対受け取らないからな。
さて。ここからはパーティーである。
神官と話している間にも次々と両家料理人が腕をふるったビュッフェ形式の料理が並べられ、参加者にシャンパンやジュース等が配られる。
俺もハンスが持ってきたグラスをふたつ受け取り、レナに渡した。
傍に立ったフィッシャー卿がスッとグラスを掲げる。
「この度は我が娘レナと、ゾンター伯爵との婚約式を見届けていただき感謝いたします。どうぞ、ふたりの門出に祝福を。
わあ、と一斉にあちこちで乾杯が始まる。
俺はレナと乾杯し、ついでフィッシャー卿とも乾杯した。
―― 実は、数日前にマルクスからきな臭い話を聞いていた。
『ルルが、ハインリヒ王子の婚約者候補として目をつけられています。今日の評議会の議題にあがりました』
評議会は、各家門から宗家が出席する日本で言えば衆議院のようなものだ。二院制ではないので参議院みたいなのはない。
五大公侯はあくまで権力監視のために存在しているので、評議会では一般貴族と同じ扱いだ。各貴族は家門を代表して領地と国力のバランスを考えつつ、国のために施策を提案していくスタイル。
さて、そんな評議会が取り扱う議題として「王族の婚約・結婚」がある。
王族の婚約・結婚には評議会で多数の承認を得ねばならず、ここは国王といえど捻じ曲げることは難しい。
そう考えるとゲームのヒロインはハインリヒ王子(王太子)ルートってどうやって承認もらったんだろうな…?王家も王家で魔力保有量多いほうだし、そこに聖女と謳われるほどの魔力保有量と結婚ともなると子どもの出来にくさも段違いだから、王族に嫁ぐのは除外されることが多いんだが。
そこはご都合要素か、それとも実はあのエンディングの後に側妃が出来たとか。あり得るな。
王家も程よく魔力を維持していなければいけないから、魔力保有量がそこそこ多い相手が割り当てられる。それでも子どもの数が少ないんだよな。今代の国王が3人も恵まれたってだけで普通はひとりかふたりだ。
ルルは俺とカティの娘なだけあって魔力保有量が多いと見做されているが、ルルより2つ上の年代は魔力保有量が多い子どもが多く、ハインリヒ王子の婚約者候補は数人キープされてる状況だったはずだ。
あと、そもそも五大公侯のうち、ハインリヒ王子と同年代の娘がふたりいる。
グレーテ・シュルツ公爵令嬢とエマ・フィッシャー侯爵令嬢。シュルツ嬢にいたっては婚約者候補に上がっている。
そこにわざわざ、レーマン公爵家の分家である我が家の娘を候補に入れるか?
ルルが婚約者候補として上がるのはなんかきな臭い。フィッシャー卿もルルのことを心配してくれて、どうにか回避できないかとマルクス、ペベル、シュルツ卿とここ連日話し合ってくれている。
……あれ。五大公侯の四家揃ってない?
ブラウン侯爵の意向はわかんないけど大丈夫じゃね?
だが油断は禁物、と心を戒める。
まずは来賓である王族への挨拶だ。
マルクスの傍からルルを呼び寄せ、3人一緒に陛下とハインリヒ王子の元に赴く。
こちらに気づいた陛下が周囲との会話を切り上げ、にこりと微笑んだ。
「おめでとう、ゾンター伯爵、フィッシャー嬢」
「ありがとうございます」
「こちらまでご足労いただき、ありがとうございます」
「社交界を賑わせていた美男美女が婚約か。私もあの新聞を見たが、ずいぶんと思い切ったことをしたな」
「ははは」
…俺は知らんかったけど。
というか陛下も新聞とか読むのか、それとも臣下から「面白い記事がある」って献上されたのか。
ちら、と陛下の傍にいたハインリヒ王子を見た。
じっとハインリヒ王子はルルを見つめ…あ?見つめてる?しかもなんかだんだんと口角を上げて、ゾッと背筋に悪寒が走った。新しい玩具を見た子どものような目の輝き。
ハインリヒ王子がなにか行動に出る前に、と口を開いた瞬間。
「父上、やはりルイーゼ嬢は僕の婚約者に相応しいです!彼女を僕の婚約者とします!」
「あ゛?」
いま、なんつった?
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