第10話 交流会という名の選別会



 帰宅予定時間頃になるともう心配で心配で、クリストフにも呆れられてるけど玄関ホールでウロウロしながら待っていた。

 いや「せめて近くの応接室で座ってお待ちを」って言われたけど、座ってられん。

 だって王都近郊のご令嬢だけを集めた交流会だぞ。どう考えたって、ハインリヒ王子の婚約者候補選定の場だ。


 ゲームの設定では、ルルは真名授与の儀前にハインリヒ王子の婚約者になってたはずだ。

 公爵家の権力を使ってゴリ押しで、となってたけど今の俺はそんな権力持ってないし。ルルがハインリヒ王子に良い印象を持っていなければお願いされることもないだろう。

 もしかして、詳しくは載っていないけど設定上もこういう交流会でゲームのルイーゼは嬉々としてアピールしたんだろうか。


 馬車がこちらに向かって走る音が聞こえてくる。

 思わず玄関から飛び出そうとして「坊ちゃま!!」という鋭い声にビクッてなって止まった。

 後ろを振り向けば、怖い顔のクリストフ。もう一度言おう、怖い。思わず背筋が伸びて、出迎えの位置につく。


 大きめの玄関の扉が開く。

 仲良く帰ってきたふたりに疲れの色はなく、そこにほっと安堵した。

 ルルが俺に気づいてパッと顔を明るくする。


「ただいま戻りました、お父さま!」

「おかえり、ルル、レナ嬢」


 レナ嬢は微笑んで軽くお辞儀する。

 ルルはドレスの裾をつまみ、はしたなくない程度に急いで俺の元に来たのでひょいと抱き上げた。

 さすがにドレスごとは重い、が我慢する。


「レナ嬢、まだ時間はあるか?少し休んでいくといい」

「それでは、お言葉に甘えて」

「ルル、着替えたら応接室においで」

「はい!」


 ルルを下ろし、レナ嬢に歩み寄り腕を差し出す。

 レナ嬢は微笑むと俺の腕にそっと手を絡めたので、ゆっくり応接室へとエスコートした。

 歩きながら、他愛もない話をする。

 一番聞きたい交流会のことは腰を落ち着けてからだ。 


 レナ嬢を応接室に案内し、ソファに座ってもらう。

 ササッと我が家の給仕メイドがお茶を用意してくれた。

 俺も向かいのソファに腰掛けて、両手を腹の前で組んだ。


「…どうだった?」


 紅茶を一口、飲んだレナ嬢はカップをソーサーに戻すと、真面目な表情で答えてくれた。


「やはり、ハインリヒ第一王子殿下の婚約者候補探しのための交流会のようでした。王妃陛下、第二妃殿下共々表面上は交流を促しておりましたが、時折混じり、周囲から目当てのご令嬢の評判やご本人とのやり取りを確認されていたようです」

「…ルルは」

「……声を、かけられました」


 レナ嬢の声色が硬い。

 それはすなわち、ルルがかなりおふたりに気に入られた可能性が高いということだろう。


 深く、ため息を吐いて髪をかきあげる。

 ああああ、クソ、クソ。考えたくもねぇ。

 なんなんだシナリオ通りか、ここはやっぱりゲームの世界なのか。


「申し訳ありません。わたくしがもう少し、うまく立ち回れれば…」

「いや、レナ嬢のせいじゃない。まあ、本来なら王族に気に入られるのは良いことなんだろうが…」

「…お相手が、あの方ですからね」


 レナ嬢もハインリヒ王子の悪評は耳にしているようだ。

 最近のハインリヒ王子は表面上は良い王子になっている。そう、表面上は。


 ―― これは王都近郊に住んでいる高位貴族にしか知られていないが、未だ側近候補の子息子女たち相手には横暴な態度を取っていると聞く。

 だが、アメとムチを使い分けるようになってきているようで、中には心酔し始めてきている者たちもいるようだ。…前世で言うカサンドラ症候群のようなものだろうか。

 物理的な暴力はない。だが、精神的な暴力はある。


 この事態を両陛下と第二妃殿下が把握されているかは分からない。

 把握していて放置している可能性もあるが、そこはハインリヒ王子がうまく立ち回っている可能性もある。 

 そんな野郎の元にルルを嫁がせるわけにもいかない。だが、だからと言ってルルの評判を意図的に落とすような真似をすればルルが今後、好きな相手ができたときに嫁げなくなる可能性もある。

 それにルル自身頑張って、レナ嬢を目標に日々邁進している状況だ。そこにストップをかけるのは違う気がする。


「ヴォルフガング様」

「…うん」

「まずは、方針を話し合いましょう。何でも構いません、些細なことでも構いません。お考えになられていることをわたくしに共有を」

「…うん、そうだな。この話は次回、婚約者として来てもらったときで良いか?」

「はい」


 レナ嬢がそう返事をしたタイミングで応接室のドアがノックされた。

 許可の返事をすればひょっこりとルルが顔を出す。


「お父さま、レナさま」

「おいで、ルル。今日の交流会がどうだったか教えてくれ」

「はい!」


 ルルが俺の方…じゃなくてレナ嬢の方のソファに腰掛ける。

 ルルに伸ばした手が宙ぶらりんとなってしまったが、レナ嬢の隣でキラキラと目を輝かせるルルを見て、まあ、仕方ないかと手を引っ込めた。

 レナ嬢はルルの行動に目を丸くしていたが、ふふ、と小さく笑う。


「新しいお友だちが増えました。ひとつ上のフンケル辺境伯家のカロリーナさま、ベッカー伯爵家のローラさま、同い年のヴィンタース子爵家のクリスティーナさまです!」

「へぇ……ベッカー?」

「はい!あの、事件が起きてしまったフィッシャー侯爵家でのお茶会ではあまりお話できなくて…今日、たくさんお話してお友達になりましょうってなったんです」


 …ベッカー伯爵家って、ヒロインを養子に迎え入れるあのベッカー伯爵家か。

 頭の中にある貴族名鑑をザッとめくっても、ベッカー伯爵家は一家しかない。

 ああ、そういやあの襲撃未遂事件のときにいたな。相変わらず顔覚えてないけど。

 家族構成までは覚えてねぇな。あとで名鑑見るか。


「そうだったか。あのお茶会は緊張してたから、一緒に参加してた家はあんま覚えてないんだよな」

「お父さまも緊張していたんですか?」

「周りはみんなご夫人だったからなぁ…他には、交流会で何か気になったことはあったか?」

「あ、王妃陛下と第二妃殿下と少しお話しました!」


 陛下と殿下と話した内容はある意味他愛もないものだった。

 俺の領地が現在どういう状況か。未来の義母となるレナ嬢とお揃いのドレスがとても良いと褒められただとか。


 …7、8歳の娘に聞く内容じゃねえよな。

 ルルは領地の状況をレーマン公爵本邸に滞在していたときのハンスから少し聞いていたから、その当時の話だと前置きして自分なりに話したらしいが。ルルは賢い。だが、このふたりの前ではその賢さはちょっと抑えてほしかったというジレンマ。


「あと、お菓子がおいしかったので帰るときに、給仕メイドさんにどこで売ってるのか聞いてきました。今度お父さまとレナさまと一緒に食べたいのですが…」

「ああ、じゃあその店を教えてくれ。買っておこう」

「ありがとうございます!」

「とても立派なレディでしたよ、ルイーゼ様」

「えへへ」


 可愛い。俺の娘が可愛い。

 レナ嬢が微笑みながら、撫でられて嬉しそうに笑うルルの光景を写真に撮りたい本当に。

 いや今夜にでも筆を取ろう。忘れないうちに描かないと。



 それから少し話して、レナ嬢の帰宅予定時間となったため玄関まで彼女を見送った。

 馬車に乗り込むところまでエスコートし、彼女の手が離れる前に、その手の甲にそっと額を当てる。

 顔を上げれば、レナ嬢も微笑んでいた。


「今日はありがとう。次は明後日かな。仕事になるが、よろしく頼む」

「はい。また明後日」


 手を離し、馬車から数歩離れると御者がドアを閉める。

 窓から手を振るレナ嬢にルルと一緒に手を振って、走り去る馬車を見送った。



 …ひとまず、一旦の山は超えたかな。


「お父さま、お父さま。カロリーナさまが、もう少しで領地に戻られるそうなんです。その前にもう少しお話したいので、お呼びしてもよろしいですか?」

「それなら、今日の夕食時にマルクスに場所の許可をお願いしようか」

「はい!」


 ぱ、と花開くように笑うルルが本当に可愛い。天使。


 フンケル辺境伯令嬢がなんで王都近郊にいたご令嬢だけを招待した交流会を対象に…?と思ったが、そういえば近衛騎士団と辺境騎士団の技術交流試合があるって話があったな。それで来ていたのか。

 なあ何にせよ、友人が増えることはいいことだ。




 …あれ、俺、今思い返すと友人って呼べるのひとりしかいなくね?つら。



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