第9話 《運命の番》の感覚は俺には分からん


「お父さま、いってまいります!」

「楽しんでおいで」


 お揃いの色合いのドレスを着たレナ嬢と一緒に馬車に乗り込んだルルを手を振って見送る。

 ガタガタと走っていくその馬車が見えなくなるまで見送って、ひとつため息を吐いた。


 今日はとうとうあの招待状に記載があった、交流会の日だった。

 ゾンター伯爵家の家計から捻出したルルのドレス代と、レナ嬢への装飾代が地味に痛い。ハンスからは「必要経費なので仕方ありませんが、しばらく抑えめにしないとなりませんね」と連絡があった。

 うん。まあ、スラム住民たちの事業はまあまあ軌道に乗っているとはいえ、初期投資代はまだ回収できてない状況だしな。仕方ない。


 …あー。不安。なんか不安。

 ルルの振る舞いに不安はない、レナ嬢も一緒だし。

 やっぱり、あの招待状の目的が不明瞭なのが不安だ。


「ハインリヒ王子の婚約者候補の集会だよねえ、どうみても」

「だよな」


 用事があるってんで邸に来ており、一緒に見送っていたペベルがポツリと呟いた内容に激しく同意する。

 絶対あれ、ハインリヒ王子の婚約者候補を見繕う会場だろう。



 婚約期間は1年から10年と結構幅広い。

 それはそれぞれのご家庭の事情によって様々なんだが、大体は学院生に該当する15歳以降に婚約者を決めることが多い。

 俺のような魔力保有量が多いと見做された子どもは早いうちに婚約者を決める。魔力保有量が多ければ多いほど、相手の間と子どもが生まれにくいから。要するに早く結婚して身体が成熟したら早く子ども生む行為しろって話だ。

 俺も8、9歳頃にカティと婚約した記憶がある。


 そして、王家に嫁ぐ者は大体真名授与の儀前までには候補を選出し、お互いの真名授与の儀をもって婚約と成す習慣になっている。

 理由は勉強。王太子妃(配)や王子妃(配)は覚えたり身につけたりすることがそれはもう多いと聞く。

 国の礎として、王家として立つために必要なことを教える時間がそれだけ必要ってことだ。

 かなり昔は詰め込み型で、他と同じように15歳以降に婚約者決めたりしてたんだが余裕がない、無理ってんで数代前の王妃が自分の息子の代から今の形に変えたって話を聞いたことがある。


 …この世界が、あのゲームと全く同じではないことは知ってる。

 でもところどころ、設定資料集の片隅に載っていた内容が現実でも起きている。


 不安でしかない。

 ルルが、ルイーゼ・レーマン公爵令嬢が権力でねじ込んでハインリヒ王子の婚約者になったように、ルイーゼ・ゾンター伯爵令嬢が意図せずハインリヒ王子の婚約者になるんじゃないかと。


 ぽん、と肩を叩かれて我に返る。


「ルイーゼ嬢が心配なのは分かるけど、一旦戻らないかい?」

「…ああ、そうだな。悪い」


 たしかに玄関先に立たせっぱなしだ。

 ペベルが話があるから来たっていうのに。ペベルもペベルで忙しい中来ているはずだから、俺の事情で長引かせるのも良くないな。


 ここ、レーマン公爵邸には庭が見えるサンルームがある。

 外は肌寒いが、ここはガラス張りの天井・大窓になっているので日差しで暖かいぐらいだ。

 設置されているのは長ソファにローテーブルで、ちょうど良い気温のときはここで昼寝することもある。


 サンルームに設置されているソファに腰掛けると、使用人たちがさっと目の前のテーブルに茶器を準備して下がってくれる。

 ペベルはソーサーを持ち、カップを持ち上げると中の紅茶を堪能した。意外と紅茶好きだもんな、お前。


「おや、これはフォース大陸にあるプレヴェド王国の茶葉かい?珍しい」

「ああ。この前、ようやく貿易交渉が成立したらしくてな。いち早く手に入れたフィッシャー夫人からおすそ分けいただいたんだ。門外漢の俺でも良い匂いで、美味しいと思えるものだからお前にどうかと思って」

「ふふ、ありがとう。僕も手に入れようと思っていたものだから嬉しいよ。ますます欲しくなった」

「そりゃ良かった」


 そこからしばらくは雑談だった。

 どこぞの貴族がやらかしただの、どこぞの領地にあるダンジョン内から良質なドロップ品が見つかっただの。

 妹君であるベアトリス嬢が元気にやっていて、こちらがうんざりするほどの惚気た近況報告を送ってくるのだとか。


 ペベルは大事なことは最後に話す。

 だから俺は話を聞いて、俺からも話題を出したりして会話を続けた。


 ―― カップの中身が入れ替わり、なくなった頃。

 ペベルは口を閉ざし、俯いた。その表情はストンと落ちている。


「……結婚が決まったよ」

「そうか…結婚?婚約じゃなくて?」

「ああ、そう。結婚。奇跡的に運命の番に出会えたんだ」


 獣人と竜人には《運命の番》という、魂レベルで惹かれ合う本能がある。

 自族ではなく他族にいることがあるらしい。ベアトリス嬢の件が良い例だろう。

 恐らく、原初の頃は自族内だけだったが、四種族が交流し混じり合った結果だろうと言われている。

 この国では相手が《運命の番》だと確定している場合、貴族では通常設けられている婚約期間をすっ飛ばして準備が整い次第結婚しても良いことになっていた。


 《運命の番》なんて見つけるのは砂漠の中で一粒の金を探すのに等しいと言われている。そんな中、兄妹そろって見つかるというのは結構幸運なことだ。

 それに獣人や竜人にとって《運命の番》を伴侶とすることは最も幸せと言われていて、実際妹君のベアトリス嬢も幸せそうだったが…。

 ペベルの様子からして、どうもそうじゃないんだよなぁ。


「話してみろよ」

「…だが」

「なんだ、親友にも話せないことか?」


 バッとペベルの顔が上がる。

 やがて顔をくしゃりと歪めると「このタイミングで言うか、君は」と呟いて、両手で顔を覆って体を丸め、膝に肘をつけた。

 俺は黙ってペベルを見守る。伊達にって言葉を出したつもりはないからな。


 しばらくして、落ち着いたのかペベルは姿勢を直した。

 その表情は先程と同じで真顔だ。


「信じられないんだ。番だって分かってるのに。裏切ることはないって分かってるのに」


 《運命の番》が別れたという話は聞いたことがない。

 お互い結婚していて、子どももいるときに出会った場合は前世で言うソウルメイトみたいな形になるらしい。まあ、もしかしたら《運命の番》が同性の可能性もあるもんな。魂レベルだし。

 それほどの信頼感が本能的に起こり、相手を裏切ることはない、とされている。


 ……うーん。けどなぁ。


「俺の考え言ってもいいか?」

「もちろんだとも。むしろ君の意見を聞きたい」

「いやそこまで大層なもんじゃないが…別に、すぐに信じる必要はないんじゃないか?」


 きょとん、目を瞬かせるペベルに、俺は頭を捻りながら続ける。


「いやだってさ。好き合ってる者同士だって信じられない部分はあると思う。そりゃ、信頼を寄せたり寄せられたりっていうのは嬉しいと思うけど、それって時間をかけてゆっくり築き上げていくもんだと俺は思うんだ」

「時間…」

「俺は人族だから《運命の番》の感覚は分からんが…相手も獣人か?」

「あ、ああ」

「ならお前が言っていた『運命の番なら信じて当然』って感覚か。とりあえず、お前自身は先祖返りの獣人で家族は人族同然だから価値観も人族同然だって相手に伝えとけ。そうすりゃ多少は相手も配慮してくれんだろ。してくれないようだったら俺に言え。人族はこういう価値観だって懇切丁寧に伝えてやる」


 物語だと《運命の番》が傾国の相手だったりして共に落ちぶれることもあったりするが、ペベルならまあ大丈夫だろう。もし落ちていく様子を見せたら俺がどうにかしてやる。


 ペベルはぽつりと「信頼…」と呟くと、ふ、と笑った。


「そうだねぇ…そう、簡単に信頼は築けないよね。君が僕をずっと警戒していたのと同じように」

「うぐっ…それは…すまん……」

「それについてはもう気にしてないよ。今、こうして親友とまで言ってくれたのだから」


 いや、本当に嬉しそうに笑うペベルに俺の心をザクザクと刻みつけられてる気がする…俺ってほんと他人を信用してなかったんだなって思い知らされた感じが凄い。

 ペベルはしばらく黙り込むと、急に立ち上がり、うんと頷いた。

 その表情はだいぶスッキリしている。


「早速番と話してみるよ。彼女、僕に何か言いたそうにしてたけど黙っていたようだから」

「おう、そうしておけ」

「君と話せて良かったよ。…ありがとう」

「どういたしまして」


 見送りは結構だよ、とさっさと帰ったペベルを見送り、ソファの背もたれにずるずると寄りかかった。

 給仕メイドもいつの間にかいなくなってる。ひとりだからこんな変な格好をしても許されると思うと、深い、深いため息が漏れた。


 ……大丈夫かな、ルル。

 いや、レナ嬢が一緒だしなんならエマ嬢もフィッシャー夫人もいるし…大丈夫、うん。きっと大丈夫。





「マルクス~~!!ルルが心配だからやっぱり俺も会場に」

「ダメに決まってるでしょう。クリストフ、兄上がお疲れのようだからフィッシャー嬢とルルが帰って来るまで兄上のお相手してくれ」

「承知しました」


 居ても立ってもいられずマルクスの執務室に特攻して訴えてみたけど即却下された。

 しかも素っ気なくて兄ちゃん悲しい。

 マルクスの本日の側近くんがポカンと呆気にとられているのが視界に入りつつ、俺はクリストフに引きずられてマルクスの執務室から追い出された。



「……あの、今のって、ゾンター卿ですか…?」

「そうだ。あの人は娘のことが関わるとそうなんだよ。ところで、僕もあと10分で休憩に入りたいんだけど大丈夫かな?」

「え、あ、はい。大丈夫です」


 後日、側近くんが「ゾンター卿のイメージが崩れたし、さっさと切りの良いところまで仕事終わらせてから嬉々としてゾンター卿のところに休憩しに行ったマルクス様のイメージも変わりました」とクリストフに愚痴ったという。

 え、俺どんなイメージ持たれてたの?


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