第8話 双方合意の上での契約です
―― 結論から言えば、俺はレナ嬢と婚約することになった。
ルルに「こんな話が出てるんだけど」と恐る恐る切り出したところ大いに喜ばれた。
「レナさまはわたしが上手に出来なかったところでもほめてくださるんです。その上で、どこが良かったのか、悪かったのかと先生と一緒に教えてくださるので、最近の勉強はとっても楽しくて!それに、ちゃんとわたしが悪いことをしたら叱ってくれます…お母さまがまだ生きていらしたら、きっとこんなふうなんだろうなって」
…そういえばルルが魔法に興味を持って、家庭教師に内緒で独学で身につけようとしたところレナ嬢に見つかって、こっぴどく叱られたって報告があったな。
この国では真名授与の儀前は魔法があるとは知識として教えられても、発動までは許されていない。せいぜい魔力操作を覚えさせる程度だ。
ルルがやらかしそうになったのは発動レベルだったので、それはまあ見つけたレナ嬢も慌てたことだろう。
ちなみにこのとき、ルルは侍女たちの目を掻い潜って発動させようとしてたので、侍女から「お嬢様がいなくなった」と報告を受けた俺も邸内の使用人たちも大わらわでルルを探してたときだ。
「…人によって態度を変える、というのはよくあることだ」
「?」
「貴族なんてのは、裏表があるものだ。それは俺もマルクスもそうだし、ルルもいずれは身につけていかなくちゃいけない。レナ嬢がそうだと決まったわけじゃないが、俺と婚約後に豹変する可能性もある」
この国では政略結婚が多いからか、お互い割り切って生活してる家も多い。
標準よりも高い魔力持ちを維持しなければならない貴族が結婚を強要されるこの国において男性は30歳までは独身でいられるが、その頃には国から斡旋された女性と婚約し、31歳になる頃には結婚することがほとんどだ。
俺のような高魔力量保有者ともなれば、学院に入る前から婚約者を充てがわれる。俺はカティがそうだな。
ペベルの場合は、婚約者がいたが破棄をしている。例のあの破廉恥行為を促したのが当時の婚約者だったそうだ。本来の逃げ場だった婚約者にしかけられた事態だったのであればそりゃ信じられなくなるよな。だから権力を使って、高位貴族にしては珍しくギリギリまで独身になってるわけだが。
ああ、話が逸れたな。
つまり、基本的にやもめ相手に嫁ぐ際は政略かつ相手の家の事情を知った上で婚約・婚姻を結ぶケースが多い。
前世でいうステップファミリーは、大体親同士が意気投合したり恋愛関係になって作られるものだと思う。だがこっちでは大体が政略で、お互いに「相棒」「仲間」という意識はあっても「恋人」という関係性はないことが多い。夜のアレソレも義務だと感じてるのが多いな。
だがそれでも前世でもあったように血の繋がらない前妻・前夫の子どもを虐待するケースは稀にある。自分の血を引いた子が一番!っていう感覚も分からんでもない。
ルルは何度か目を瞬かせて、それから小さく頷いた。
「マルクス叔父さまが、お父さまの前と他の人の前でちがうのと同じですね!」
「うーん?そう…そうか?まあ、そんな感じ。もしかしたら、レナ嬢もルルに悪いことをするかもしれない。そういうときは俺に言ってくれ」
「はい、分かりました!」
「あと、そうだな。このままレナ嬢と結婚すると、弟か妹が生まれることになるんだが」
「わたしに弟か妹ができるんですか!?わあ、楽しみです!」
「おぅ…」
そんなこんなで、ルルの方は大歓迎状態。
レナ嬢の方はというと…
「本当に、申し訳ありません」
「いやいや、顔上げて。謝ることないって」
「いいえ、いいえ。こうして側近としてお仕事をお手伝いできる環境をいただいた挙げ句、わたくしの身を守るために婚約者として引き受けてくださると…」
めっちゃ謝罪された。
同じ場にいたオットーもびっくりするぐらいに謝罪された。
「いや俺のほうこそ、国から押し付けられる後妻回避したいな〜〜ぐらいのノリだから…」
「その発言結構ヤバくないですか旦那様」
「ヤバい自覚はある」
「もちろん、承知しております。ルイーゼ様やゾンター卿から婚約期間中に不可と結論が出された暁には解消を受け入れますが、もし継続しても良いという結論でしたら、誠心誠意おふたりの力になれるよう尽力いたします」
いやそこキリッとして言うことじゃないぞレナ嬢。
というかルルの方はもう半ばクリアしてる状態だから、あとは婚約者として俺が彼女を受け入れられるか…だな…。
ダメだったら解消という形も出来るが、古今東西、婚約解消はご令嬢の方に瑕疵がつきやすいのでなるべくやりたくない。それだったら俺有責での破棄の流れに……いやそれだと俺はいいけどルルの評判が。
そうなってしまったときはどうにか婚約白紙の方で持っていけないか、がんばろう。うん。
「だが、レナ嬢ほどの美しい女性にこんなおじさんを婚約者に、だなんて可哀想だとは思う…」
「…たった今全世界の男を敵に回しましたよ、旦那様」
「え?」
「はいはい、ご自分の顔覚えてらっしゃらないですもんねコンチクショウ」
「お前、だいぶ口調崩れてきたな。別にいいけど」
「旦那様のせいですよ!」
ガンと机を叩いて突っ伏したオットーに首を傾げていると、クスクスとレナ嬢が笑う。
ちなみに、フィッシャー侯爵は泣きながら「どうか、どうかレナをよろしくお願いいたします…!」って言われたけどまだ嫁にするって確定したわけじゃ…。
フィッシャー夫人はにっこにこだったし、エマ嬢にいたっては「え!じゃあルルは私と親せきになるのね!」とキャッキャ喜んでた。
なんだこれ、外堀埋められてる気がするんだが気のせいか…?っていうか普通、俺が次期女侯爵の伴侶として相応しいか見極められる側じゃないのか?
「…あー。前妻のことなんだが」
「存じております。カサンドラ様には、わたくしが幼い頃になにかと気にかけていただいて…わたくしにとって、カサンドラ様は憧れです。ゾンター卿にとって現在の制度上、否が応でも再婚しなければなりませんが、カサンドラ様への想いが残っているであろうことも承知しております。…わたくしは、そこに割り込もうとは思っておりません。可能であれば家族として、受け入れていただければと思っております」
そういえば、まだルルが生まれてない頃にカティがフィッシャー夫人に呼ばれて帰ってきた途端「聞いて聞いてヴォル!!レナ様がかしこくて可愛いの!!私ちょっと心配!!」って語ってたな。
俺もちょっと心配になるな。この聞き分けの良さ。
…俺も腹をくくるか。相性が悪ければ1年程度の婚約期間だ。
相性が悪そうだ、と思ったら良い男を探しておこう。
「…まあ、何にせよ。よろしく頼むよ、レナ嬢。俺のことは名前でいい」
「はい、よろしくお願いいたします。ヴォルフガング様」
「あ、じゃあ良かったですね。ルイーゼ様の招待状の件、クリアしたじゃないですか」
「その前に婚約発表をしないといけませんね」
「そうだった…」
俺とレナ嬢が婚約したっていう内容を周知させなきゃいけない。
だが、招待状に記載された日付まで日がないな。取り急ぎ、婚約契約書を国に提出して、婚約式の手筈を…いや無理だな。フィッシャー侯爵家ぐらいになると結構大々的にやらないといけない。
周知する必要があるんだから、手紙でも…いや手紙書くのもめんどいな。量がヤバそう。
「手紙では間に合わないでしょうから…グラーフ様。なにか良い案はございませんか?」
「新聞がいいと思いますよ。貴族向けの発行物に掲載してもらうのはどうでしょう?」
「ああ、レナ嬢ほど美しい女性の話題なら載せてくれるし、それはいい案だな」
「社交界を騒がせるほど美しいと言われる男女が婚約したってスクープ扱いですよ、むしろ向こうが金を払ってくるぐらいに」
んなアホな。と笑う俺にオットーは呆れたようにため息をついた。
レナ嬢も苦笑い浮かべてて…え?俺が変?
数日後。
新聞に掲載された、と聞いたのでダイニングルームで朝食後のコーヒーを啜りながらクリストフから渡された新聞を手にとって ―― 開く前に見えた一面の内容にコーヒーを吹き出しかけてそれを抑え込んだために噎せた。
げっほげっほと咳き込む俺に、ルルが慌てて駆け寄ってきて、心配そうに背中を撫ででくれた。優しい。
新聞に目が入ったのだろう。「あ」とルルが声を上げた。
「お父さまが新聞にのってます!レナさまも!」
《麗しきレナ・フィッシャー侯爵令嬢ご婚約!お相手はなんと美の化身と名高いヴォルフガング・ゾンター伯爵!》
そんな前世の週刊誌みたいな煽り文句を貴族向けの新聞の、しかも一面に載せんな。いやでも他のセンセーショナルな内容はこんな煽り文句だったか…?
っていうかこれ、たしかフィッシャー家とレーマン家の校閲入ったはずだよな?それでこれ!?
新聞には俺やレナ嬢の肖像画付きで、公開されている範囲のそれぞれの情報が書かれている。あー、俺ってこんな顔だったっけ。たしかにまあ、ペベルやオットーが言う通りイケメンのような…いや、俺のイケメンの定義はマルクスのようなキリッとしてガタイのいい奴だ。こんな優男じゃねぇ。
ルルがキラキラとした目で新聞を眺めている。
……うーん。
「ルル、俺が読み終わったらそれあげるよ」
「本当ですか!?お父さまの描かれる自画像も好きですけど、お父さまの肖像画が欲しかったので、嬉しいです!」
うぐっ、まだ俺の自画像下手くそだから…プロにルルと俺と、マルクスがいる絵を描いてもらおう。
ハンスに今どのぐらいうちに余裕あるのか確認する必要があるな。プロ呼ぶと高いんだよ…。
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