第7話 相談のつもりが相談じゃなかった

 翌日、レナ嬢から結果を聞いたところ、やはりエマ嬢にも招待状が届いていたようだ。

 フィッシャー夫人もルルのことを気にしていたようで、フィッシャー卿経由で俺のようなやもめの家宛に異性限定の招待状が届いた場合、どうしていたのかを確認してくれるところだという。ありがたい。

 俺もオットーやレナ嬢の強い勧めでマルクス経由でシュルツ卿に相談できないか打診したところ、お忙しいにもかかわらずその件で対面で相談に乗ってくれるとのことで、現在シュルツ公爵本邸にお邪魔している。

 …前の俺だったら、こうやってすぐに相談しようとしなかったな。


「ゾンター卿、待たせて申し訳ない」

「いえ、こちらこそお忙しい中お時間を作っていただき、感謝いたします」

「話しの内容も内容だ。妻のフリーデリーケも同席させてもらう」

「お久しゅうございますゾンター卿」

「お久しゅうございます、夫人。その海を思わせる美しいマリンブルーの煌めきに再びお目見えできたこと、光栄に思います」

「まあ、相変わらず褒めるのが上手だこと」


 ころころと笑いながら差し出された手をそっと取り、手の甲に額を軽くつける。

 この国でのレディへの敬愛の挨拶方法だ。前、ペベルが自然とルルにやっていたな。

 もちろん、夫人も俺が顔を覚えられないことをご存知だ。


 促されて席に着く。

 もともと飲んでいた紅茶は新しいものに差し替えられ、シュルツ卿夫妻の前にも手早く並べられる。


「話は手紙で把握したよ。ルイーゼ嬢のことだね」

「ええ。どうしたものかと…」

「たしか、ゾンター卿もレーマン卿も婚約者の選定中でしたものね。縁戚の者は、まあ…無理でしょう。わざわざ付け入る隙を与える必要はありませんもの」

「君の補佐であるフィッシャー嬢に婚約者がいれば、彼女に任せることもできたのだがな…難しいものだ」


 俺個人がフィッシャー侯爵家と仲が良いのは割と知られていることだ。

 それにレナ嬢を補佐としている関係から、オットーやシュルツ卿が言う通りレナ嬢を付添人として依頼することもできた。だが、難点はやはり彼女に婚約者がいないこと。


「ペベル…ベルント卿にも相談してみたのですが、ちょうど妹君が隣国に戻り、婚家で仕事を学び始めた辺りなので戻って来るのは難しいと」

「たしかにそれは難しいですわね」


 相談したときは嬉しそうに笑ってくれたが、すぐに「申し訳ない」としょぼんとした様子に今はない狐耳が垂れている気がしたのは気のせいじゃないと思う。


「たしか、前レーマン夫人はバルテル伯爵家、お亡くなりになったゾンター夫人はグリーベル伯爵家のお方だったか」

「はい。しかし、現在バルテル伯爵家とグリーベル伯爵家は…」

「そうだったな」


 そして俺の母方の、バルテル伯爵家だが。

 現在その伯爵家は存在しない。そしてその爵位はマルクスが持っている。

 …後継者が母しかいなかったんだ。しかも、俺の祖父母は既に亡くなっている。


 カティの実家であるグリーベル伯爵家の方は、そもそもカティとの交渉を向こうが拒否していた(葬式にすら来なかった)のと、グリーベル伯爵現当主でカティの兄君がモンスター退治でミスしたらしく重症を負い、今もベッドから動けないために引退した前伯爵夫妻が一時的に復帰して奔走してるらしい。


 ちなみに父方のレーマン公爵家の親戚筋はがめつい奴らが多く、後見人制度を利用した公爵位の一時継承ですら大反対、妨害工作等やらかしてきたからな。ある意味、あれら魑魅魍魎を抑え込んできた父は凄腕だと思う。

 現在、マルクスにそいつらが牙をむこうとしているが、マルクスもマルクスで対策していて睨み合いの状態だ。…何が悲しくて親戚同士で争いせにゃならんのか。


「わたくしが…とも思いましたけれど、逆に王家に目をつけられそうですわね」

「ただでさえゾンター卿自身が目をつけられているからな。止めておいた方がいいだろう」


 え。俺、王家に目つけられてんの?

 なんか嫌な情報知ってしまった。知って良かった、という部類だと思いたい。


「それとなく気にしてはいましたけど、ゾンター卿に相応しくゾンター家の事情に寄り添えそうな未亡人、ご令嬢は……やはりあのご令嬢しかいないのではなくて?」

「まあ、そうだな。そこに戻るというか」

「…あの」


 Who is ご令嬢。

 該当するようなご令嬢が見当たらず困惑する俺に、シュルツ夫人はにこりと微笑んだ。


「いるじゃあありませんか、ひとりだけ。あなたもよく知っていますよ。最近顔を覚えられたでしょう?」


 最近顔を覚えたご令嬢って、ひとりしかいないんだが。


「…いやいやいや!」

「あら、お嫌?」

「そういうわけではありませんが、フィッシャー嬢は弟と同じ年頃のご令嬢です!それなら弟の婚約者に……あ」

「ふふ、お気づきになられましたね。たしかに年頃で言えばレーマン卿との方が釣り合いが取れていますが、おふたりの現状の立場では許されませんわ」


 五大公侯同士の結婚は、そのパワーバランスを崩さないために様々な制約がある。そのうちのひとつが当主同士の婚姻だ。

 この国は子どもを複数人生むことが前提の結婚制度となっているため、爵位を保有している当主同士の結婚自体は可能だ。通常の当主と爵位を持たない者同士の結婚よりは色々手続きは面倒だが。


 俺は当主ではあるが、五大公侯の一角ではない。ちょっと前までは代理でそうだったけど。

 つまり、俺ことゾンター伯爵とレナ嬢ことフィッシャー次期女侯爵の婚約・結婚は可能だということ。

 爵位継承も原則「爵位を持っている者の血族であること」が前提のため、俺のようなやもめと結婚した場合でも爵位継承で混乱が起こることはない。ルルがフィッシャー侯爵を継ぐことはないからだ。


 いやそうだけど。制度上はそうだけども。


「たしかにフィッシャー嬢にルイーゼは懐いていますし、妹君のエマ嬢とも良い付き合いをさせていただいております。しかし、それとこれとは…」

「まあ、私も仮に後妻を娶らねばならぬとなったときに年若い娘となると抵抗はあるな。だが、私はフリーデリーケの言う通りフィッシャー嬢が適任だと思う。理由は3つ。ひとつはフィッシャー嬢はあの若さながら社交界から多くの注目を浴びている。口さがない者からは女だてらと言われているが、五大公侯の一角の当主となれる逸材だ。そんな彼女と釣り合いが取れる男はそうそういない。それこそ、レーマン卿ぐらいでなければな」


 それだと俺も釣り合いとれないんじゃ、と思うが黙り込む。

 目上の者の話を遮るのはよろしくない。


「ふたつめは、君を制御できる逸材だということだ」

「…え?」

「ゾンター卿、君は優秀ではあるが時折思考が暴走して猪突猛進になることがある」

「あ、はい」

「君の側近ふたりから、君の思考暴走の報告をレーマン卿は聞いているそうだよ。復帰してからまだそう日も経っていないというのに、もうすでに止められた回数は30を超えたそうだね」


 ……面目ない。

 っていうかその話、マルクスに届いた上にシュルツ卿に届いてるのか。恥ずかしくて、思わず背筋が丸まった。

 夫人、扇子で口元隠されてますが笑ってるの分かりますよ…。


「直接的なストッパーはグラーフ氏だろうけど、君が暴走しかけてるのに最初に気づいてグラーフ氏に依頼してるのはフィッシャー嬢だ。亡きカサンドラ夫人は思考暴走の結果、君が行動に移そうとするタイミングで誘導するのが上手かった。あれも才能のひとつだろう。フィッシャー嬢もそうだ、あの子は観察眼が鋭くて良い。私の次男がもう少し優秀だったら婚約を申し込んでいたぐらいには欲しい逸材だ」

「まあ、でもわたくしどもから出来ることは提案だけです。わたくしどもからすれば、レナ様が適任ではないかという話ですわ。…それに、みっつめのレナ様を守るためにも勧めたいというのもありますが」


 思わず顔を上げる。

 夫人は難しい表情を浮かべながら、パチンと扇子を閉じた。

 すると控えていた侍女がスッと俺のところに来て、メモを差し出されたので夫人を見て、受け取る。


 メモに記されていたのは、貴族名だった。

 ほとんどが男性名だが、一部女性名もある。当然のように顔は知らんが、家名は覚えてるのでどの辺の派閥にいるのかも。総勢で20名ほどだが全部同じ派閥だなぁ。


「それは近々レナ様を手籠めにしようとする、あるいは害そうとする疑いを持つ者たちのリストですわ。彼女の婚約が成立しないのも彼らの影響のようで。同じものをフィッシャー卿にもお渡ししております」

「…なるほど。私にの役目を、というわけですか」

「君の影響力は、君が思った以上に大きいものだ。身内がレーマン公爵とはいえ、伯爵位であるにもかかわらず我がシュルツ公爵家やベルント公爵家とも個人的に繋がりがあるからな。我々五大公侯としてもフィッシャー嬢に期待している。レーマン卿、フィッシャー嬢はあの学院でも首席争いをしたふたりだからね。それに、法の抜け穴としても利用できるだろう」


 …お互い利用し合え、ということか。


 レナ嬢は婚約することにより最低1年縛られるが、その間に他に相応しい婿探しが出来る。

 俺の方は、法律の穴をついて事実上独身でしばらくいられるってことだ。法律上はやもめ状態でいられるのは正確には「伴侶または伴侶候補がいなくなってから5年間」だから。婚約期間はよっぽどの瑕疵がなければ最低1年継続する必要があるものの、それを含めればあと最短でも6年ぐらいまで延ばせる。まあ、この手が使えるの1回だけなんだけどな。


 …っていうか、最初からこの話に持っていくつもりだったな、このおふたりは。


「この話は、フィッシャー卿らには?」

「既に通してある…が、御息女本人にはまだ伝えていないそうだ。まずは君の意向を知りたいとのことでな」

「……ルイーゼと話させてください」

「いいだろう。伝えておく」


 レナ嬢を側近として預かるときにフィッシャー卿と話したが、あのときもずいぶんと疲労感を隠せない様子だったな。その頃にはすでにこのメモの連中に色々ちょっかい出されてたのか。

 フィッシャー侯爵家として対応しても後から湧いて出てくるのか、こいつらの裏になにかいるのか。五大公侯の一角が対応しきれないってどんだけだ?

 そんな俺に、彼女を守れるのかちょっと不安なんだが。


 まあ、いずれにせよルルに話を通さないことには話は始まらない。

 戻ったらルルとの時間を真っ先にとろう。



―――――


ストックが尽きたので、不定期更新になります。

ご了承ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る