第6話 嫌な予感しかしない招待状がきた


「……ん?」


 一通り終わったので次は届いた手紙をチェックしていたところ、王家からの招待状が入っていた。

 こんな季節に?と首を傾げながらペーパーナイフでさくりと封を切って、中身を取り出す。

 広げた用紙に書かれていたのは《王妃・第二妃主催による交流会について》。招待されたのはルルだ。俺宛じゃなくて、ルル宛。


 …いや、ほんとなんでこんな季節に?

 雪が降らない国だから冬季期間の移動も苦ではないが、王侯貴族の社交期間は大体フリューリングからゾンター終わりに固定化されてる。まあ、大体日本で言えば8月末か9月初旬頃だな。

 ヘルプストに入ると大体そこで中位から低位貴族なんかは領地に帰って仕事をする。次の社交が始まるヴィンター終わりまでは出てこない。移動にも金がかかるし、王都に滞在するにも金がかかるから。


 …これ、明らかに王都近郊の貴族を狙ってないか。


「…レナ嬢、ちょっといいか」

「はい」


 資料から顔を上げたレナ嬢が席を立って、俺の机の前まで来る。

 彼女の前に招待状を差し出すと、受け取って内容を確認した彼女は目を丸くした。


「これは…」

「何か知ってるか?」

「いえ…しかし、こんな時期に、子女だけを集めての交流会…ですか?」


 やっぱそう思うよなぁ。

 レナ嬢の困惑した声に、オットーも内容を聞いて怪訝な表情を浮かべた。


「こんな季節にそもそも招待状なんて変だなと思いましたけど、内容も変ですね。本当に陛下と殿下からのお手紙ですか?」

「封蝋が王家の印だ。偽造なんてしたら極刑だしなぁ」

「えぇ…」

「今日、戻りましたら母に聞いてみます。この招待内容でルイーゼ様宛に届いたのであれば、恐らく妹にも届いたと思いますので」

「頼むよ」


 しかし、困ったな。

 こういった催しは男親は歓迎されない。レーマン公爵家門内で頼れる成人女性は……ダメだ、みんな両親が死んだタイミングで乗っ取ろうとしてきたアホどもだったから最低限の交流しかしないようにしてたんだった。だからルルの成人教育に困ってたんだったクソ。

 招待を断るのが手っ取り早いが、王妃陛下・第二妃殿下連名での主催となるとよほどの理由がないと断れないし…弱ったな。


「あら…グラーフ様、ゾンター卿が…」

「えぇ…本当にすぐ暴走すんだから…旦那様」


 断ったとして、エマ嬢にも招待状が届いていたら恐らく王都周辺の未成年の子女を集めているだろう。

 ルルだけ断ったら後々に影響が出やすくなる可能性がある。ルルは恐らく学院に入学できるはずだから、早めに同年代の子女と交流しておくのは悪いことじゃない。

 しかし、一体何のために子女を集めてるんだ?まさか、ハインリヒ王子の ――


「旦那様!!」


 は、と我に返る。

 見上げればいつの間にかそばに来ていたオットーと、困った表情のレナ嬢が立っていた。


「……あ、悪い」

「今考えた内容を話してください」


 オットーが採用された理由のひとつがこれだ。俺のストッパー。

 俺が倒れてから散々言い聞かされた『問題が発生すると些細なことでも自己完結させようとする』を止めてくれる立場だ。

 …オットーは俺と同じで、何らかの要因で一般的な魔法が使えない。その代わり、耳が特殊なんだ。地獄耳とも違う、そうだな。強いて言うなら『相手が考えていることが聞こえる』、心の声が聞こえるとでも言えばいいか。

 もちろん、俺と同じで四六時中発動してるわけじゃない。必要に応じて発動させてるようだ。


 …だから商会でも優秀だったんだなぁと思う。商談相手の考えていることが分かるから。

 元家族にこの能力を知られるとヤバいってんで、ひたすら隠していたらしい。引き取ってくれた現アルタウス商会長には話したそうだが、めっちゃいい人で「その能力はあまり使わず、ここぞと君が思うときに使いなさい」と言われ実際に指示されたことはないそうだ。


 で。その能力をさっき使われたんだろう、たぶん。

 俺が言い逃れできないように。

 あ、俺は別に聞かれても気にしてないぞ。オットーのことを信頼してるから、無闇矢鱈に能力使わないだろうし。


「あー…ルルの付添人をどうしようかな、と」

「…まあ、多少情報不足ですが概ね合っていますので良しとします。縁戚の者たちには任せられない状況ですか」

「そう。俺がさっさと婚約者なり後妻なり決められていりゃ良かったんだろうけど」

「それは厳しいですね。ルイーゼ様は多感なお年頃だ」

「わたくしも賛成できかねます。…我が邸の襲撃未遂事件の折りに父、ないし母が万が一亡くなったとして、義父・義母が喪が明けてすぐや3年以内に来るなど、エマも耐えられないでしょうから」


 まあ、だが万が一そうなった場合、義父・義母は来なかっただろう。

 あと1年ほどでレナ嬢が成人といった段階だったから、おそらく後見人がつけられて、成人と同時に爵位を継承していたはずだ。


 レナ嬢は少し考え込むと、ゆっくりと口を開いた。


「…エマに招待状が届いていた場合、付添人は母になりますね。となると、本物の姉妹であれば可能でもさすがに他家のルイーゼ様もということは難しい。かといって、エマの付添いを縁戚に任せ、ルイーゼ様の付添いをするのもおかしいですし、我が家の縁戚にルイーゼ様の付添いを依頼するのも…」

「レナ嬢は?」

「…え?」

「ん?」

「レナ嬢は既に成人デビュタント済みだろ。できるじゃないか、付添い」


 あっけらかんとオットーから告げられた内容に、俺はポカンと口を開けた。

 レナ嬢も目を丸くしていたと思う。


 たしかに、未成年の付添人となる第一の資格は成人であることだ。

 その点はレナ嬢は成人済みなのでクリアしている。だが、それはある問題点が含まれていた。

 すっとレナ嬢の瞳が細められ、淡々と答えを述べる。


「…それはいけません。わたくしは確かに成人済みですが未婚の上、婚約者もおりません。未婚かつ婚約者がいない者が未成年の付添人となる場合、その未成年の身内であるとされます。つまり、ゾンター卿の婚約者とみなされてしまいます」

「あ、そうか。レナ嬢はまだ婚約者を定めていないのか」

「可能であれば、ゾンター卿の補佐を務める前に決めておきたかったのですが…なんなんでしょうね。縁が続かず、向こうから断られてばかりで」


 悩ましげにため息を吐いたレナ嬢は首を軽く横に振った。


 なんだろうな。よろしくない何かがレナ嬢に憑いているのか。それとも、シナリオ通りならレナ嬢はフィッシャー侯爵本邸、あるいは領邸で療養しているはずだから尽く縁が繋がっていないのか。

 だがそれなら俺の側近やってる間になにかあってもいいんだが、何もないんだよなぁ…。

 と、考えているとドアがノックされた。


「旦那様、ドロテーアでございます。フィッシャー様とルイーゼお嬢様のお約束の時間になりました」

「あら、もうこんな時間…ではゾンター卿、グラーフ様。お暇させていただきます。招待状の件は分かりましたら明日、ご報告いたします」

「ああ、ありがとうレナ嬢」

「また明日」


 きれいなカーテシーをしたレナ嬢は執務室から出ていった。

 おそらくドロテーアに連れられてルルのところに行ったのだろう。


 先日、フィッシャー卿にあの夜会の件で「御礼を」って言われたときに回答した「レナ嬢の内輪のお茶会にルルを招待してほしい」っていう内容が、今回の側近引き受けの件もあって進化した。

 マナー講師の授業の手本としてレナ嬢が参加することになったのだ。

 もちろん、マナー講師の腕も良い。だがマナー講師本人も伯爵家だし、内容も伯爵家として見合うレベルのもの。

 より高いレベルである侯爵令嬢相手へのマナーはその講師本人の経験によるものが大きく、また、自分より高貴な方の所作から学べることは多い。

 本来なら母親や縁戚を交えてやることなんだが、以下略。それをレナ嬢が「側近として仕えている間でよろしければ」と引き受けてくれたんだ。

 デビュタントしたてだってのに、マナー講師からは絶賛されてる。ルルもレナ嬢の物事に対する姿勢や所作に感動しているようで、目標としているようだ。

 もともとエマ嬢経由で話をしていた程度であったが、今ではレナ嬢とも仲が良いらしい。休日にフィッシャー侯爵邸にお呼ばれされて行くと、たまにレナ嬢もいてそのときは3姉妹かと思うほど仲の良さになっている。


「…なんであんなきれいな人に婚約者がいないんですかね」

「フィッシャー卿が蹴散らしてる可能性はある。次期女侯爵だからな」

「たしかに。変な男にすり寄られたら困りますもんね。でも、男避けに仮でもいいから婚約者作ればいいのに」


 ペベルみたいなこと言うんだな、オットー。

 だが、あんな美人さんを仮初の婚約でいいって納得する奴いるのか…?

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