第5話 俺の補佐と現状の仕事量


 結局、完治したと太鼓判を押されたのは戻ってきてから3ヶ月も経ってからだった。魔力保有量が多いのが仇となり、完治まで時間がかかったらしい。

 もう季節はすっかりヴィンターだが、前世日本で言えば雪が降る一歩手前ぐらいの寒さ。


 完治に目処がついたタイミングの先月ぐらいにハンスは先にゾンター領に戻り、俺がいなかった間の対応をやってくれている。いやほんと、ハンスがいて助かったわ。

 ゾンター領にもレーマン公爵家から派遣された代官を置いたが、やはり慣れぬ地の経営ともなればいろいろ不足はあるようで、そこをハンスが上手くサポートしてくれているらしい。


 俺用の執務室(なんであるんだマルクス。あと2〜3年しかいないのに)で、期限が近い順から書類をさばいていく。以前の量の1/3ぐらいだから、夕飯前には終わる感じだ。

 前はこの3倍に公爵代理の仕事もあったから、夕飯食ってルルとおしゃべりして風呂入ったあと、毎日明け方近くまでやってたなぁ。

 そのルーティンをボロっとこぼしたらクリストフとハンスから信じられないといった表情で絶句された。え、気づいてるかと思ってた。まあ起こしちゃ悪いと思ってこっそりやってたんだけど、意外と見つからなかったんだな。

 ちなみに、クリストフは膝から崩れ落ちて嘆いたし、ハンスは両手で顔を覆って天を仰いだし、それを傍で聞いていたマルクスからは説教された。


 で、こんなに量が減った理由だけど。



 ちょうどコンコンとノックされ「ヴォルフガング様、オットーです」と声がかかったので「入れ」と返す。

 ドアが開き軽く頭を下げて入ってきたのは、茶髪茶目のひとりの青年だった。その後ろから、もうひとり女性が入ってくる。


 オットー・グラーフ。グラーフ元子爵家の次男坊25歳の青年だ。

 そして彼の後ろにいたのはなんと、レナ・フィッシャー嬢。そう、あのフィッシャー侯爵家長女のレナ嬢だ。

 …このふたりが、今の俺の側近。マルクスとシュルツ卿が選定してきた。


 いやオットーは分かるけどなんでレナ嬢?と思ったさ。

 でも聞けば、レナ嬢は次期フィッシャー女侯爵として現在研鑽を積んでおり、その経験を積むという一貫で俺の領政に携わりながら勉強したいとのことだった。まあ、他家で事例を学ぶっていうこの国の武者修行みたいなもんだ。

 俺?俺もやったよ。ゾンター伯爵次期当主として、1年くらい。本当は2~3年かけるはずだったんだが、両親が事故死したからやめざるを得なかったよ。その分、シュルツ卿が手助けしてくれたし…今思えば、当時まだ次期当主の立場だったペベルも自分が分かってる範囲でさり気なく教えてくれてたな。



 ただ、この側近というか補佐の話。マルクスやシュルツ卿から提案したのではなく、レーマン公爵家がゾンター伯爵の側近を探しているという話を聞いたフィッシャー卿自ら持ってきたものだった。


 実はレナ嬢、うちに来る前に何家かの補佐として入ったが、すぐに辞めさせられている。

 理由は、その…あれだ。ほら、レナ嬢美人だから…レナ嬢自身は真面目にやろうとしているのにその家の人間が懸想してきたり「愛人目当てだ!」なんて夫人から嫉妬されたりしてまともに仕事できなかったらしい。

 レナ嬢は次期女侯爵だぞ愛人とかバカなのかって感じなんだけど、その話が社交界に出回ってしまってどこも引き受けてくれなくなったとか。

 で、困り果てたフィッシャー卿が俺の件を聞いて藁にも縋る思いで願い出たらしい。


 次期女侯爵であるレナ嬢には領の機密は任せられないが、その部分はオットー、その他はレナ嬢という役割分担で進んでいる。


 ちなみにこのふたりが側近になる、と聞いてものすごく頑張って肖像画を描いて顔を覚えた。時間があったからなんとか本格的に来てくれる前には覚えられたと、思う。



「こちらが本日追加の書類です。資料はこちら。また、いくらか却下した方が良いと思われる案件があったので、こちらにリストアップしてます。詳細を確認されたい場合はお知らせください」

「ありがとう」


 オットーから書類と資料を受け取る。

 もうすでにあらかじめ分類・選別されている状態で、俺があと最終チェックして決裁するだけのもの、上がってきた書類の中から改善した方が良い、却下した方が良いと思われるもの等が理由付きで資料と共にある。

 オットーの目から見て明らかに差し戻しした方が良いものはオットーの方で差し戻されているので、俺がチェックする量がグッと減った。


 そして、レナ嬢が抱えていた書類を俺に差し出す。


「こちら、先日ゾンター領から届いたダンジョンの報告書をまとめました。ご査収ください」

「ずいぶん分厚いな!?」

「これでもずいぶんと報告内容を簡素化したのですが…。それから、わたくしの方で気になる点がいくつかございましたので、そちらに注釈を。仔細が必要であれば原本をお持ちします」


 レナ嬢は、マルクスが言っていたとおり優秀だった。

 情報の取捨選択が適切で、見落としは稀だ。たくさんある資料や報告書の中から必要な情報だけを引き出し、補足が必要であればつける。

 しかも速読術を身に着けているので俺よりも数倍読み込むのが早い。


 …俺も今からでも頑張って速読術習得しようかな。便利そうだ。



 オットーは、グラーフ子爵家の中で埋もれていた逸材だった。

 実家の手伝いをしていたらしい。…ああ、いや。手伝いっていうか、搾取だな。


 どこぞのラノベの主人公かと言わんばかりに、オットーの人生は不幸の連続だった。

 語ると長いから詳細は省くが、かんたんに言えば以下の3つ。


 1. 泥酔した子爵が夫人と容姿が似ていたハウスメイドを取り違え、一夜の過ちを犯して生まれたのがオットー。

 2. 一度は過ちだと理解した夫人だったが、日に日に子爵に似てくるオットーに耐えきれず下級使用人扱い開始。

 3. 学院を好成績で卒業したオットーの就職予定先である商会を脅し、内定取り消しさせてオットーに子爵家の仕事を任せて飼い殺し状態に。


 社交界に出させられずに、ほぼ軟禁状態でこのまま死ぬまで家のために働き続けるしかないのか、と絶望しかかっていた頃に、オットーは治安を担う第2騎士団によって救い出される。

 オットーが就職するはずだった商会からの通報だった。子爵家は結局色々後ろめたいことやってたらしくてお取り潰しになって、今のオットーはただの平民だ。


 救出されたあとは就職予定だった商会で数年働き、その優秀さが噂になってあちこちから引き抜き要請が来ていた。そりゃそうだ。俺もマルクスの補佐に打診しようと思ってたし。

 ただその話を出す前に一度話してみようと思って会ったときに「僕はまだ商会で働きたい。恩を返したい」と言われたので俺はすぐ引き下がった。

 そりゃ、自分の窮地を助けてくれた上に拾ってくれた商会には恩返ししたいよなって納得したから。


 なぜか、俺の側近を探していたときにマルクスから打診を受けたときは、あっさりと受け入れてくれたが。

 …あと、なんか名前に聞き覚えがあるな、と思いながらオットーが仕事してる横顔を見て思い出した。


 ヒロインのサポートキャラのひとりだ。

 貴族も市民も利用する《アルタウス商会》の商会長オットー・アルタウス。

 ゲーム中ではアイテムや武器を揃えるのによく使用した商会だ。国の各所に支店があって、サブイベントでオットーからの依頼を解決すると資金だったりレアアイテムなんかがもらえてた。


 え?なんで商会長が俺の補佐引き受けたの?って思ったらオットーは商会長じゃなかった。

 そんな養子の話もあったけど、断ったらしい。どういうこった。



 そんなこんなで、政務は俺、オットー、レナ嬢の3人、伯爵家内の人事統括、経理等の女主人の仕事に相当するところはハンスを筆頭とした使用人長たちが代理で担う形で現在ゾンター伯爵家をまわしている。


 書類に目を通して内容を確認し、決裁印を押す。

 執務室内にある専用の席にそれぞれついて、各々が担当する部分の仕事をさばいていく。

 ちなみに、部屋の中には男女ふたりにならないよう、必ずレナ嬢の専属侍女が控えることになっている。書類等が見えない位置で姿勢良く椅子に長時間座るなんてさすがだなと思う。あ、ちゃんと交代制だぞ。


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