第二章

第1話 この国とゲーム内の設定について


 この世界には冒険者がいる。

 ファンタジーよろしく、よくある実力主義の世界だ。

 もちろん、彼らの技量やランクによって様々で、高ランクの冒険者ともなると魔法を扱える者が多い。


 それなら、なぜ我が国に聖女・聖人システムがあるのか。

 冒険者ギルドに都度依頼するのではダメなのか。


 まず、高ランク冒険者は一国に留まることはほとんどないと言っていい。

 周辺各国から様々な依頼が、指名で出されるからだ。

 また一国のみで囲うことは周辺各国では条約で禁じている。高ランク冒険者をだしにして金儲けをすることも考えられるから、らしい。


 各所に結界を張っている結界石へは定期的な魔力補給が必要だ。

 施錠魔道具エリアロックはあくまで結界石の破壊を防ぐもののため、効果範囲は非常に狭い。結界石周辺ぐらいしか効果がないんだ。しかも、結界石はモンスターだけを通さないっていう機能もあって、人や物は通してくれる。エリアロックはそこら辺、融通が効かない。

 だから結界石は生活を維持しつつモンスターから我々の身を守るために必要なんだ。


 実は俺は魔力保有量の多さから国から聖人認定されており、魔力の扱いに慣れた頃には自領だけではなく各地を周っていたことがある。


 聖女・聖人は未婚の子息令嬢を主に指していることが多い。

 なぜなら、領主やその伴侶ともなると自領のこと以外から離れづらいからだ。実際、俺も公爵代理になって動けなかったし。今も勝手には動けない。

 まだ未婚の子息令嬢であれば動きやすく、様々な地域に派遣しやすい。

 もちろん、結婚しても周囲の協力を得て精力的に各地を周っている方もいる。


 現在、活動している聖女・聖人は5名。緊急事態の予備として普段は動けない聖女・聖人は俺を含めた既婚者が3名。

 

 …国土の広さや結界石の配置数に反して少ないと言ったらなんの。

 基本、自領のことは自分たちでっていう方針だが、結界石の大きさ次第では1回で注入する量が貴族の平均魔力保有量なんてことはザラだ。

 どこも結界石の残存魔力はギリギリまで耐え、もう危ないとなった段階で補給するのが普通。そうでないと回らない。

 自領程度であれば自力で(それこそ家門総出で)カバーできる貴族家もあるにはあるが、魔力の回復にも時間がかかるからなぁ。

 あまり連続して補給できないんだよな。ドーピングポーションは連続服用の条件について厳格に定められているし。


 ちなみに、この聖女・聖人システムは周辺諸国にはない。

 …この国のダンジョン発生量が他国より異常だからだ。普通、他国だと国に大小あわせて5つあるかないか、多くても10といったぐらいだが、この国が現在確認できているダンジョンは39。世界でも類を見ない多さ。

 周辺諸国では結界石がなくとも生活できる程度のモンスター発生具合しかないが、この国では必需品だ。その効力を発揮させるために、魔力を補充する存在も。


 ただその代わり、ダンジョンのドロップ品の多さはピカイチだ。それで周辺国との貿易品として輸出されたり、さらにダンジョンアタックする冒険者たちによって経済が周っていると言っても過言じゃない。

 それでもまあ、冒険者のなり手があまり多くない以上、ダンジョン管理は難しいんだが。


 そんな中、ゲームのヒロインがやってくる。

 元庶民のモニカ・ベッカー。真名授与の儀で史上最多の魔力保有量であることが判明し、ベッカー伯爵家の養子となった娘。

 ゲームでのモニカはマップに表示される補充が必要な結界石に魔力を補充していきつつ、近場のモンスター退治やダンジョン攻略をして魔物暴走現象アウトオブコントロールの発生を防ぐ。その功績から徐々に民衆から慕われるようになっていく、流れだ。


 乙女ゲームよろしくマルチエンディング方式だったが、トゥルーエンドと呼ばれる逆ハーレムルートのみ「大聖女」として国からも神からも認められる。

 まあ、つまりはそれだけすごいヒロインだってことだ。その分レベル上げがしんどかった記憶があるが。ちなみに逆ハーレムっていっても、みんなからでろでろに愛されるとかじゃなくて強い絆で結ばれました、みんなでこれからも頑張ってこの国を守っていこう!みたいな友情エンド。

 なのになんで逆ハーレムルートなのかって言われているのかというと、攻略対象者すべての好感度をまんべんなく、恋愛フラグが立つギリギリの状態(友人以上恋人未満)でクリアする必要があるから。親愛のキスとか普通にするけどセックスはしないみたいなそんな感じ。


 ただ、庶民時代のモニカがどこにいたのか。

 それは設定資料集には載っていなかったし、本編でも語られていない。モニカなんて名前も庶民の間ではよくある名前だ。

 だから本当にヒロインが存在するのか、分からない。


 もし存在しない場合は、ゲームのような断罪劇はほぼ起こらないだろう。だが、結界石への魔力補充のメンツは足りなくなる。予備役の聖人がひとり、老齢による魔力保有量減少を理由に引退する予定だからだ。

 だから別な意味で、この国に危機が訪れることになるだろう。


 だが存在している場合も問題だ。

 ルルは王太子と逆ハーレムルートでの悪役令嬢として登場する。そのいずれも、ルルは婚約者であるがゆえにヒロインを諌めれば虐めと受け取られ、ハインリヒ王子を奪われそうになるのを防ごうと行動したことが仇となり、ハインリヒ王子とその側近共から大勢の観衆の前で責め立てられる。

 最終的には国外追放だ。しかも、本来なら貴族籍剥奪の上、平民として処罰をというところをモニカので国外追放だけになったという経緯がある。



 ―― 物語のエピローグとして「ルイーゼはこの国を追放され、父親もひっそりと姿を消した」と短くあったけど、俺なら同じ立場になったらどうするだろうか。


 そんなの、ルルと一緒に出て行くに決まっている。

 絶対にルルを、娘のルイーゼを見捨てることはない。

 恐らく後追いになったのはマルクスにすべてを引き継いだのだろう。俺もたぶんそうする。


 …まあ、そもそも今のルルなら王太子妃になりたいなんて言わないし。

 それに五大公侯のうちシュルツ公爵家とフィッシャー侯爵家、その他侯爵家や伯爵家にもハインリヒ王子と釣り合う年齢のご令嬢たちがいる。

 政略として考えても我が家と王家が繋がるメリットは双方共に薄い。まだ他の貴族家の方が良いぐらいだ。



 ―― ガタン、と馬車が揺れて思考の海から浮上する。


 なんかもう、この辺の景色も懐かしく感じてしまう。

 レーマン公爵家本邸への道中だ。


「もうじき到着します」

「悪いな、ハンス。こっちまで来てもらって」

「旦那様のサポートをするのが私の最優先すべき仕事です。…それに、お嬢様とも久々にお会いしたかったですから」

「そっちが本心だろ」

「さて。なんのことやら」


 すまし顔でそう告げてきたハンスに苦笑いしつつ、再び車窓から外の景色を眺めた。



 ―― 約3ヶ月ぶりの、本邸だ。



 本当なら2ヶ月前にはここに戻っていたんだ。

 だが、モンスター掃討に1ヶ月かかり、その後の東ティレルの洞窟の攻略で助言していたらすっかり《旋風の盾》の面々に信用されて、内部調査をする王家の精鋭部隊にも引き止められた。

 ルルが待っているんだよォ!!と心の中で叫びギリギリと血を流しながらも、この周辺の治安やせっかく領内で見つかったダンジョンの観光資源化も考えると残らざるを得なかった。

 うちの領は、特に観光資源も特産品もないからな。ダンジョンがあるだけで、領内が潤いやすくなるからできれば観光資源化しなければならない。


 レーマン公爵本邸とゾンター伯爵領邸間で使用する通信魔道具はあるが、あれは使用記録を定期的に国に出さなければいけないから私用目的では使えない。

 ルルとは手紙で頻繁にやり取りするのと、それからマルクスとの事務的な話をする際に少しだけ顔を合わせるだけ。

 会いたい。抱きしめてやりたい。ルルと一緒にお茶したり遊んだりしたい。

 通信魔道具越しで見えた、寂しそうな表情を見て、通信後にしばらく使い物にならなくなる俺にハンスが喝を入れてくれたお陰でなんとか乗り越えたと思う。


 ちなみに、戻ってこれた理由はダンジョン攻略の目処が立ったからだ。

 第2階層にあった巣の掃討が完了したためダンジョン内のモンスター発生が落ち着いて、外にも出なくなったので村周辺の治安が改善された。

 後はうちの騎士団・魔術師団と、調査員として精鋭部隊から数名の騎士が残り、《旋風の盾》メンバーと一緒に攻略を進めている。

 前世のギリシャ神話にあったミノタウロスの迷宮の攻略方法である「糸」が使えるんじゃないかと思って提案したんだが、文字通り攻略の糸口になったみたいだ。


 それで、俺が現地にいなくても良くなったのと、後始末に一段落ついたのでようやくルルとマルクスのところに帰ることができたってわけだ。



 馬車がゆっくりと止まった。

 馬の小さな嘶きの後、御者がドアを開ける。先にハンスが下り、続いて俺も下りた。


 地面を踏んだ瞬間、ぐらりと揺らぐ視界。

 察したハンスが咄嗟に支えてくれたから無様に倒れることもなくきちんと馬車から下りることができた。

 軽く御者に礼を伝えて、本邸玄関で待っていたクリストフが俺に対して一礼したあと、玄関のドアを開けた。


 広めのエントランスにずらりと並ぶ使用人たち。

 中央階段前には、マルクスとルルが立っていた。


 ハンスに支えられながら、ゆっくりとふたりに歩み寄る。

 マルクスはさすがに表情を変えていないが、ルルは俺を見て顔色を悪くしていた。

 マルクスの前まで歩みを進め、ハンスから離れ姿勢を正して立つ。胸に手を添え、軽く頭を下げた。


「…ゾンター伯爵家当主、ヴォルフガング・ゾンター。ゾンター領東ティレル地区において発生しかけた魔物暴走現象アウトオブコントロールを防ぎ、帰還いたしました」

「報告は聞いています。ご苦労でした、ゾンター伯爵。無事に帰還いただけて何よりです」


 ここまでは形式的な挨拶。

 顔を上げ、マルクスと目が合うとふと彼の表情が和らいだ。


「……おかえりなさい、兄上」

「おかえりなさいませ、お父さま」

「おう。ただいま」


 顔色は悪いものの、ルルはしっかりと俺を見上げたあとドレスを軽くつまんで挨拶を返してくれた。

 うん。動揺せずにきちんとやるべきことをやれたな。偉いぞルル。


「……積もる話はあるし正直ルルにめっちゃ構いたいけど、ごめんハンス後は頼んだ」

「旦那様!」

「兄上!」


 立ってられん。無理。

 膝から崩れ落ちた俺にルルは両手で口を覆い、近くにいたハンスとマルクスが咄嗟に俺を支えた。


 ハンスとマルクスの肩に腕を回し、半ば抱えられながら俺は3ヶ月ぶりに本邸の自室に戻ったのだった。



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