第18話 クソは地獄に堕ちろ
そろそろ頼まれたレナ嬢の付き添いの頃合いか、と思っていたところ、フィッシャー卿夫妻が慌てた様子でやってきた。
…ん?ふたり?
「ゾ、ゾンター卿っ、レナを見ませんでしたか!?」
「え?」
「ゾンター卿はほぼ私と一緒にいたが、私もフィッシャー嬢は見かけていないねぇ。どうしたんだい?」
「レナが、レナがいないのです。ずっと傍にいたのですが、夫とわたくしに挨拶に来られた方の応対中にレストルームへ、とのことだったので、先に行ってもらってすぐにわたくしも後を追ったのですが、レストルームにも休憩所にもいなくて…!」
小声で話しているから周囲にはバレていないが、これはマズいな。
ペベルの細い目が更に細くなって、近くを歩いていた給仕を呼び寄せた。小声で何かを伝え、頷いた給仕がその場から離れていく。
「…フィッシャー卿が私の元に来られたということは、ご来賓のお相手の時間が来ているということですね」
「え、ええ、しかし」
「近衛騎士に伝え、内密に探してもらいます。私も探しましょう」
「先ほど、我が妹のベアトリスにもレストルームに様子見に行ってもらうよう頼みました。私も微力ながら手伝わせてください」
「ベルント閣下、ゾンター卿…どうか、どうか娘をお願いいたします。アンジェリカ、君は彼らと協力して探してくれ。先方には上手く言っておく」
「分かりました」
傍から見れば和やかな会話をしていたであろう。俺とペベル、夫人は分かれて捜索を開始した。
ペベルは場内を、夫人は女性陣が行きやすい場所を。
俺は場内を警備していた近衛騎士にこっそりと事態を伝えたところ、彼らもわずかに表情を変えた。さり気なく見張りの交代を装って、急ぎ上長に報告が上がるだろう。
その間に俺は、開放されている庭園に出た。夜会に疲れてた者たちが涼みに出ることが多いが、良からぬことを考える奴もいる。
もちろん、そうならないように巡回している騎士はいるが…悲しいことに、せっかく近衛兵になれたのにこんな地味な仕事と不貞腐れて真面目にやらない奴もいるというのは小耳に挟んでいる。
王宮の庭園は夜間でも魔道具でほんのりとライトアップされて幻想的な美しさを見せていた。
そんな中、俺はあくびをするふりをしながらいちゃついているカップルたちの横をすり抜けながらぐるりと周っていった。
「~~ぅっ」
ふ、と小さい声が聞こえた。
周囲に人気はない。俺は気配を遮断するような魔法も使えないから、そっと音を立てないように近づく。
くぐもった声は女性のようだった。猿轡かなにかされてるのか、悲壮感がある。
と。
「静かにしろ、見られたいのか」
「う、ぅ…ッ」
「はは、だが、見られてもいいかもしれないな。そうすれば君は僕の手に落ちてくれる」
気色悪い声色の男が、興奮気味に話している。…話してる内容からしてどう考えたって合意じゃねぇな。
くっそ、レナ嬢を探さなきゃならんっつーのに!見捨てるわけにもいかない。
そっと声のした方を高い生け垣から覗き込めば、そこは古い東屋だった。
小さな石造りのテーブルが屋根の下に備え付けられていたが、その上に男女ふたりが伸し掛かっている。
いや、正確には女性が押し倒されていた。ドレスの裾がめくりあげられているのか、艶めかしい足がバタついて抵抗している。顔は東屋の柱に隠れている上、全体は暗くて見えない。
誰か呼びに…いや、呼びに行ってる暇はないな。
しかし、ここは魔法禁止区域。下手に魔法を使えば周囲にバレて今襲われてるご令嬢の将来が危うい。
それに将来ルルは美しい淑女に育つ。絶対。そうしたら今回みたいな野郎に襲われるかもしれない。無理。
さっさと止めに入って ――
「はぁ、ああ、綺麗だよ、レナ嬢」
反射的に地面を蹴り上げて飛び出した。
男が俺に気づく。だが、もう遅い。
駆け出した勢いのまま、体当たりした。その拍子で転びそうになったのをなんとか堪える。
当然男は「ウグッ」と悲鳴をあげて、東屋の柱に激突した。衝撃が強かったらしく動かない。
…本当なら蹴り飛ばすとか殴りつけるとかの方がカッコいいんだろうが、俺はそこまで強くないんだよ。
そして先ほどまで男が体を倒していた方向を見て、絶句した。
そこには両手を縛られ、ハンカチを口に突っ込まれ、胸元を露わにされ、腹までドレスをめくりあげられたあられもない姿となっていたレナ嬢だった。
大きく見開かれたそのアメジストの瞳からボロボロと涙がこぼれ、震えている。
彼女のドレスの裾を直し、口の中にあったハンカチを取ってやる。両手を拘束していた野郎のタイを解いて捨てるとゆっくりと体を起こさせた。
それから、ジャケットを脱いで彼女の肩に羽織らせる。
「…う、ぅ…っ」
「もう大丈夫だ。怖かったな」
「ふぇ、ええぇ…っ」
ボサボサになってしまった頭を撫でてやれば、レナ嬢は泣き始めた。
そうだよな、怖かったよな。
せっかく、大人の仲間入りしてこれから頑張ろうとしたタイミングで怖い思いするなんて辛いよな。
胸元はコルセットごと壊されたからか、白い柔肌が見える。
綺麗だったせっかくのドレスの裾はもうしわくちゃで、外にあるテーブルだからか土埃がついたりして汚れてしまっていた。
…乾杯の後すぐに夫妻から彼女を引き取りエスコートすればよかった。
事前に「連れて行くから」と言われていたとは言え、おふたりがレナ嬢を俺に預けに来るまで待っていたのは悪手だった。
ああ、いや。反省会は後にしよう。今はレナ嬢をここからこっそり連れ出さなければ。
「う…」
男の声に、びくりとレナ嬢の体が震えた。
様子を見るが、うめいただけで起きた様子はない。
本当は燃やしてやりたいが、さっきもいった通りここは魔法禁止区域。魔法を使ったら警報のようなものが鳴り響いて、周囲に知らせるらしい。
そうすると、野次馬共が集まってレナ嬢が好奇な目に晒されてしまうだろう。
―― 晒されるなら、このクソ野郎だけがいいよな。
「レナ嬢、ジャケットを頭から被ってて。あとあいつは見ないように」
「…っ、は、はい」
俺のジャケットをすっぽり頭から被ったのを見て、俺はぐったりとしている男に歩み寄った。
気絶してるってことはもしかしたら頭を打ってるかもしれん。まあ、すぐに巡回の騎士を呼んでやるから安心しろ。
ついでに名誉も落としていけばいい。
手早く、ズボンのベルトを外し、ずるりと下履きごとズボンを太ももまで下ろした。
うわ、貧相。
レナ嬢のところに戻って、ジャケットに入れていたハンカチで手を吹いてから、スラックスのポケットに突っ込む。無作法だが、仕方ない。
「レナ嬢、まずは休憩室に避難しようか。なるべく人目につかないよう行きたいんだが…立てるか?」
「も、もうしわけ、ありません、立てそうには…」
「まあそうだよな。じゃあ抱えさせてもらいたい…大丈夫か?」
小さく、ジャケットの中の頭が縦に揺れた。
レナ嬢の背中、膝の裏に腕を回して抱き上げる。
俺は運動神経は平凡だが、7歳児のルルをお姫様抱っこして長時間歩き回れるぐらいの筋力はある。
だが、レナ嬢はあんまり機会がなかったのか咄嗟に俺の首に抱きついてきた。
まあその方が安定するだろう。恥ずかしいかもしれないが、我慢してほしい。
たしかあっちはまだイチャコラしてる連中がいたな…と来た道と人気は避けて、庭園を抜ける。
道中、さり気なく巡回を装いながら誰かを探している風だった騎士を見つけた。
騎士にレナ嬢はひとまず無事であること、東屋に男がぶっ倒れてることを伝えると、魔道具を使って連絡を取り始めた。なんかトランシーバーみたいなやつ。
男の回収は他の騎士に任せるとのことで、目の前の騎士の案内で人目を避けて使われていない休憩室に入った。無論、ドアは少し開けてある。
そっと、ソファにレナ嬢を下ろす。かわいそうに、泣きはらした目元が痛々しい。
「…あ、ありがとう、ございます」
「どういたしまして。ああ、ジャケットはそのままでいい、被るか羽織ってなさい」
良かった、マルクスの強い勧めでベスト着てて。さすがにシャツ一枚は格好つかなかっただろうな。
ジャケットに袖を通して、ぶかぶかなそれの前を手で閉じる様子からそっと目を逸らして、窓際に立った。
……ここから庭園見えるな。さすがに東屋の中までは見えんが。
あ、あいつ近衛騎士たちに囲まれて連行されてんじゃん、ざまぁ。
そして、騎士の連絡がすぐに届いたのだろう。
慌ただしいヒール音の後、やや強めにドアが叩かれ、返事をする間もなく開かれた。
「レナ!!」
「っ、お、お母様!!」
フィッシャー夫人が駆け込んで、手を伸ばしたレナを強く抱きしめる。
俺はそのまま、入れ替わるように部屋を出て、ドアを静かに閉めた。
はぁ~~~。
「大活躍だねぇ、ヴォルター」
「…ペベル」
いつの間に、いや、夫人に付き添ってきたのだろう。
ちなみに「ヴォルター」はペベルが考えた俺の呼び名だ。俺にならって名前と、家名の組み合わせにしたらしい。
「いやはや、お疲れさま」
「…お前もな」
「君ほどではないさ。近くに部屋を取ってもらったんだ、飲まないかい?」
「…聴取のためだから酒なんざないだろ」
「大正解!でもジュースや軽食も用意してもらったんだ、まあ、休もうじゃないか」
帰りが遅くなるな。
ああ、ルルに会いたい。
しっかし、王宮で強姦紛いのことを起こすなんざ、何考えてんだあいつ。
バカじゃないか?
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