第17話 愚鈍にもほどがあるだろ、俺
「レナ嬢のこと、ですか?」
ガタゴトと王城に向かう馬車の中、暇だったのでマルクスに話を振ってみた。
話題はこれから向かう夜会…で落ち合う予定のレナ嬢のことだ。
「さすがに、おふたりを待っている間に会話がないっていうのも辛いからな。彼女について何か知らないか?」
「うーん…同窓生ではありますが、さすがに会話はしたことがないので伝聞になります。それでも?」
「ああ」
頷けば、マルクスは顎に手を添えて思い出すように馬車の天井を見上げる。
さりげない仕草だが、身内びいきであることを差し引いてもマルクスはカッコいいと思う。
俺と同じ黒髪に新緑を思わせるペリドットの瞳、すらっとした鼻筋に切れ長の瞳。まつげもバサバサだ。
同じ親から生まれたとは思えないほどの美貌って言ってもいいと思う。うん。
ちっちゃい頃はまさしく天使だったからなぁ。
「…レナ嬢は首席で卒業したほどの秀才です。魔法技術はどちらかというと不得手なようでしたが、それを補うほどの努力家でした。あと、人気がすごかったですね」
「人気」
「兄上の時代にもありませんでした?学院のミス・ミスターコンテスト」
「ああ、あったなぁそんなおふざけ」
「彼女、3年連続のミス優勝者ですよ」
マジかよ。
まあ、顔を覚えられない俺でもレナ嬢は美人だって印象が残ってるぐらいだもんなぁ。
っていうか容姿に優れ、賢いと来た。となると、フィッシャー卿も娘の縁談をさばくのに嬉しい悲鳴を上げてるんだろうな。
ちなみに俺の時代のミス・ミスターコンテストでの優勝者で連続優勝者はいなかった。
だが、毎年選ばれてもおかしくないレベルの才色兼備が揃っていたように思う。
あとなんでか毎年俺もエントリーされてたんだよなぁ。面倒だったし、担当委員が誰だか分かんなかったからすっぽかしてたけど。
「ミスターの方は?」
「……僕ですね。なぜ選ばれたのかわかりませんが」
だよな~~!マルクスだよな~~~!!
いや他に顔も性格も成績も良い奴いたかもしんないけど!俺の弟が優勝だよな!!
「兄上。また変なこと考えてませんか」
「いや?さすが俺の弟って思ってただけ」
「…さすがに、その。身内から両手を挙げて称賛されるのは恥ずかしいんですが」
少し口を尖らせたその様子ですら様になってる。
さすが俺の弟。鼻が高いぜ。
そんな、他愛もない会話を続けていれば目的地に到着した。
王城主催の夜会。デビュー後の淑女たちにとっては初の社交界だ。
ダンスもあるし腹の探り合いや情報交換の場にもなる。特に今夜は他国からの来賓を受け入れてるっていうから、活発に話が飛び交うだろう。
そんな夜会だが、俺はのんびりとさせてもらうつもりだ。
公爵になったマルクスの王城デビューだ。壁になって堪能させてもらうぜ。
「じゃあな、マルクス」
「はい。また後ほど」
マルクスは公爵、俺は伯爵。
入場は伯爵が先だ。というか、低位貴族から、って感じだな。
なので騎士爵、男爵、子爵あたりは早く来て結構待たされる。高位貴族は時間ギリギリに来るからなあ。ここらへん、召集されたときと同じだ。
前世日本人としてはちょっと早めに来たかったから、公爵代理として時間ギリギリに行くのは胃がキリキリしていたので今伯爵になって助かってる。ほんとに。
ちなみに何でマルクスと一緒に来たのかというと、王城で爵位継承完了後に行う手続きがまだ残っていたため、その手続きをしてしまうために早めに行く俺と一緒だったってわけ。
会場の入口まで向かえば、会場の大きな、開放された扉の前で衛兵が立っている。
でもその扉の向かいにある、広めの部屋にもわらわらと人、人、人。正装した男女が入り乱れ、ざわめいている。会場入りの順番待ちをしている待合所だ。
…まあ、これでも少なくなった方だろうな。男爵、子爵レベルになるとかなりの数の家があるから。
ちなみに、侯爵家と辺境伯家、公爵家には専用の待機部屋がある。ま、ここら辺は差別化しないといけないだろうしな。
軽く身なりを直しながら、その集団の手前にいた衛兵に招待状を見せながら「ヴォルフガング・ゾンターだ」と告げた。彼らの近くで何か書き物をしているのは、受付だろうか。大変だな。
「お待ちしておりました、ゾンター伯爵様。ただいま前の入場者の準備を進めております。順にご案内いたしますので、いましばらくお待ちくださいませ」
「分かった」
―― 一瞬、俺の近くのざわめきが消えたのはなんだ。怖い。
けれど素知らぬ風に待合所に入り、壁際に寄る。
腕を組んでぼんやりと遠くを見ていれば声をかけてくるやつはあまりいない。らしい。
あんまりにもげんなりする俺にペベルが教えてくれた方法だ。
実践するのは初めてだが、はてさて効果のほどは。
ざわめきが徐々に戻っていく。
時折「ゾンター伯爵が」「―― よね。ため息が出てしまうわ」「若造が」とか微かに聞こえるが全部右から左へ聞き流す。あ、脳内にあの某芸人が歌ってたメロディが流れてきた。懐かしすぎて思わず笑ってしまいそうになって、口元が緩みかけたのを引き締め直す。
危ない危ない。ニヤニヤしてる変なやつと思われるところだった。
ペベルが教えてくれた方法は、効果てきめんだった。誰にも話しかけられなかった。よし。
気づけば俺が呼ばれたので、開放された扉の前に立った。夜会会場はすでに多くの人が集まり、ここからでは話も聞き取れないほどにざわめいている。
ベルの音が、鳴り響いた。と次の瞬間にざわめきが薄れ、衛兵の声が高らかに響く。
「ヴォルフガング・ゾンター伯爵のご入場!!」
声に続いて足を踏み出す。
背筋を伸ばしカツカツと場内に足を踏み入れれば、多くの好奇な視線が俺に向けられているのがひしひしと感じられた。
あ~~、帰りたい。ルルに癒やされたい。
人の興味はさほど続かないのは分かってるから、適当にそこら辺歩いている給仕を捕まえてシャンパンのグラスを持った。
現に、次のベルの音でみなの視線が離れている。
さて、陛下の挨拶が始まる前に食い物でも見に行くかな。軽食コーナーにある料理は王宮料理人が作ってるってだけあって美味いんだよなぁ。乾杯の音頭の後に何食うか見繕っとこう。
シャンパン片手に機嫌よく料理を眺めていると、とうとう五大公侯の入場になったらしい。
ブラウン侯爵家の名前が呼ばれ、少し間をおいてフィッシャー侯爵家の名が呼ばれた。
「ユルゲン・フィッシャー侯爵、並びにアンジェリカ・フィッシャー夫人、レナ・フィッシャー令嬢のご入場!!」
お。来た。
料理から、会場入口に視線を向ける。
堂々と入場してきたフィッシャー卿、エスコートされてきた夫人。そして、その斜め後ろにレナ嬢。
俺はドレスに関しては門外漢なのでよく分からないが、夫人もレナ嬢の装いは場に相応しい。
夫人は、フィッシャー卿の目の色であるアメジストに近い紫のドレスを身に纏っている。あー、なんだっけ…あのああいうドレスの形の名前…カティに散々覚えろって怒られた……ああ、そうだ。Aラインドレスだ。
けどフリル等は極力少なく、どちらかというとレースが多めで上品な感じ。ドレスの裾に細かい刺繍がしてあって、うん、夫人によく似合ってる。
フィッシャー侯爵夫妻は俺らよりもだいぶ年上なんだが、若々しいなほんと。
レナ嬢もスッキリとしたデザインで、瞳の色に合わせたのであろうパステルパープルの淡い色から裾にかけて紫紺に変わっていくドレスは、よく分からない俺でも綺麗だと思う。アクセサリーはトパーズか?髪の色と同じ色合いになっていた。
レナ嬢自身も整った面立ちをしているから、入場した途端男どもの視線が一気にレナ嬢に集中して、婚約者や奥方と思われる女性陣から男は睨まれてるな。まあ、目を奪われるのは分かるけど。
次に、三大公爵家のうち一番若手であるマルクスの入場が知らされた。
あ、今度は一気に女性陣の視線が。うわ、なんかギラついてる方もいらっしゃるんだが?
そんな中、ブラウン卿やフィッシャー卿たちに挨拶に行ったのを遠くから眺めつつ、成長したなぁとじんと感動する。
「ペーター・ベルント公爵、並びにベアトリス・ベルント令嬢のご入場!!」
……あれ。ベアトリス嬢って、誰だっけ?
ペベルにエスコートされて入場してきたのは、ペベルそっくりなご令嬢だった。
黒髪に細い目、真っ赤でタイトなドレス。裾を優雅にさばいて歩く姿はさすが公爵家ご令嬢と言える。
ヒール履いてるとペベルと同じぐらいの身長だな?結構デカい。あんだけ顔つきが似てるってことは、兄妹だろうか。
いやしかし、妹の話は一度も聞いたことがないような…。
「やあやあゾンター伯爵!」
二大侯爵とマルクスに清々しいほど短時間でさっさと挨拶したペベルが、ぱっと表情を明るくして俺の方に近寄ってきた。
結構離れてるしこんな人混みの中、よく俺を見つけるな。
ペベルからやや遅れて、ベルント嬢?もこちらに来る。
「…ベルント卿。エスコートをしてきた女性を置いてこちらに来るのはいささか失礼では?」
「むっ。それもそうだ…すまないベアトリス」
「別に構いやしませんわ。お兄様のゾンター卿の話は耳がタコになるぐらい聞かされていますもの」
呆れたように告げられた内容に、俺の脳裏に一瞬宇宙が広がった。
耳にタコ…?こいつどんだけ俺のこと話してんだ?
にこり、とベルント嬢が微笑んだのを見てはっと我に返る。
「初めまして、兄がいつもお世話になっております。ベルント公爵家長女、ベアトリスと申します」
「こちらこそ、いつも兄君にはお世話になっております。お初にお目にかかります、ヴォルフガング・ゾンターと申します」
お互い礼をして微笑み合う。
と、その間にひょっこりペベルが割り込んできた。
「惚れないでくれたまえよ?」
「少なくともあなたに惚れることは万に一つもありませんが」
「いや惚れないでほしいのはベアトリスであって、私には親友として惚れてくれても構わないんだが!?」
「いや何言ってんだお前」
「ふふ…お兄様、本当にゾンター卿のことが好きね」
「当然だとも!」
いやドヤ顔で言うことじゃなくないか。
思わず呆れた表情を浮かべていれば、クスクスとベルント嬢が笑う。
ペベルからの怒涛のような紹介によれば、ベルント嬢はペベルや俺の4歳下で、隣国のチェンドル王国に婚約者がいるとのことだった。
まだ結婚していないのは、婚約者の都合だという。なんとお相手、9歳年下の17歳。
「…失礼ですが、どういうきっかけで?」
「わたくし、学生時代はチェンドルに留学しておりましたの。学友から実家に遊びに来ないかと誘われまして…そのときですわ」
ぽ、と頬を染めるその様子から惚れ込んでるんだなと思う。
…ベルント嬢が15〜18歳のどっかで、っていうとその当時相手は10歳未満…あれ…これ合法か…?
表情に出していないつもりだったが、何かを察したペベルはにやりと笑う。
「ちなみにベアトリスのお相手は、竜人族さ」
……それなら納得だわ。
竜人族は人族の倍以上の寿命を持つためか、成長は人族等他の種族のそれとは違う。
この世界で年を表す「歳」は生きている年数ではなく、その種族ごとの「身体がどの程度成長しているのか」を表すものだ。
人族や獣人族は大体1年で成長する。精霊族もまあ、多少長生きするが1.2倍とかそんなもんなので誤差の範囲だとして人族や獣人族と同じ数え方をしている。唯一、竜人族だけが2年に1度、歳を取るという数え方だ。
しかし、10歳(人族等では20年に相当)までは、体は他の種族と同じペースで成長して、徐々に成長や老いは鈍化するらしい。竜人族の10歳の見た目は青年だ。
つまり、ベルント嬢の婚約者の青年の外見は、ベルント嬢と出会った当時はすでに人族の20歳相当だったというわけで。
「…申し訳ありません、ベルント嬢」
「お気になさらず。皆様、同じ反応をされますもの」
「しかも、ベアトリスは彼の運命の番だったのさ。ああ、ロマンチックだね!」
「そういうベルント卿は婚約者の話は聞きませんが…」
五大公侯の一角だ、ひっきりなしに縁談も来ているだろうに。
男の結婚適齢期だって30歳までと言われてるぐらいだし、そろそろ婚約しなきゃいけない時期じゃないのか。
そんな、当然の疑問に珍しくペベルは眉根を寄せて嫌そうな表情を浮かべた。
「…しなきゃいけないのは分かっている。分かっているとも」
「…ベルント卿?」
「ま、この話はこの場にはそぐわない。また今度、我が家に招待したときにでも話そうじゃないか」
そう、肩をすくめてあからさまに避けたペベルに、俺は追求することはなかった。
いつになるか分からないが、話してくれる機会があるならそのときに聞くさ。
そこまで話して、ラッパ音が鳴り響く。
王族入場の合図に会場にいたすべての紳士淑女が、王族が立つ予定の壇上へと体を向けて、一礼した。
「国王陛下、王妃陛下、並びに第二妃殿下のご入場!!」
靴音とヒール音が、この広い場内に響いていく。
皆頭を下げたまま陛下たちが壇上の椅子に座り、頭を上げるのを許されるのを待つ。
やがて音が静かになり「顔を上げよ」という一声で皆一斉に姿勢を正した。
壇上には国王陛下、王妃陛下、そして王妃陛下の隣に第二妃殿下が座られていた。
「皆、集まってくれたことを嬉しく思う。今宵は成人したばかりの紳士淑女の初舞台だ。先達の者たちは、若い彼らの導きとなるよう今一度引き締めよ。今宵、はじめてこの場に立つ若き者たちは先達の忠告をしかと胸に刻み、民を守る力となってくれ。また、本日は友好国チェンドル王国大使のフェルーべ公爵、およびリンドバルム侯爵を招いておる。有意義な時間を共に過ごそうではないか」
壇上近くに控えていた男性ふたりが軽く礼をした。フィッシャー夫人が言っていた来賓とはこのふたりのことか。
両陛下、第二妃殿下が立ち上がり、侍従たちからグラスを受け取る。
この場にいる貴族は皆、あらかじめグラスを持っている。話しながら給仕が適宜変えていたから、温くなっているものとかはないだろう。
「創世神エルヴェドと山の神ヴノールドに感謝を。そしてこの国の平和に祈りを。
わあ、と一斉にあちこちで乾杯が始まる。
俺も隣に立っていたペベルとベルント嬢とグラスを軽く合わせた。
そこからは、至って普通の夜会だ。
酒を飲みながら情報交換しつつ談笑し、エスコートしてきた相手とダンスを踊る。
相手がいない紳士は淑女に声をかけ、ダンスを誘って会話を楽しんだり。
俺はというと、別にエスコート相手がいるわけでもなく、女性に声をかけるつもりもなかったので酒をちびちび飲みながら食ってた。
いや〜、さすが王宮料理人!めっちゃうめぇ!
ベルント嬢は友人会いに行って、傍にはペベルひとりだ。ちなみにペベルも俺と同じように酒を飲みながら食ってる。
時々、ペベルがふらっと離れて誰かと談笑していることもあるが、あまり長く離れることなくいつも俺の隣に戻ってくる。
…それも、俺が誰かに話しかけられたタイミングという絶妙さで。相手の名を呼びながら。
……ああ、馬鹿だな、俺。今気づいたよ。
こいつ、俺が相手の顔が分からないからサポートしてくれてる。
昔、カティがやってくれていたことをペベルが代わりにやってくれている。
…本当。なんで、俺なんかのためにここまでやってくれるんだ、こいつは。
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