第16話 幸せが続けばいい


 引っ越しは、ルルの真名授与の儀まで延期することになった。

 まあ、あと3年ほど。

 ただゾンター領での仕事もあるので、俺は3ヶ月に1度ぐらいゾンター領に出張することになった。

 …いや、出張って変だな。本来ならゾンター領に住んでるはずだったから。


 ルルはまだエマ嬢と頻繁に会える距離でいられることになったのが嬉しいようだ。

 そうだよな。ゾンター領に引っ越したら会えなくなるもんな。



 今日はフィッシャー侯爵夫人に誘われてのお茶会。

 朗らかな陽気の中、庭園の東屋で俺は夫人とテーブルを挟んで座りながらお茶してる。

 …一応、夫人からの招待だし、訪問時にフィッシャー卿に挨拶したから大丈夫なはず。あとフィッシャー家の侍女と俺の護衛もいるし。ふたりきりじゃない。


 エマ嬢とルルは、少し離れた庭の開けたところにいる。

 草原みたいに花が自然と生えていて、エマ嬢とルルはそこに座って花冠を作っていた。あーだこーだ言いながら、一生懸命作ってる姿が微笑ましくてかわいい。癒やし空間。

 そうほっこりしていると、ふと夫人から「ゾンター卿」と声をかけられた。

 視線を向けると、夫人は朗らかに笑っている。


「御礼を。娘のレナに成人祝のお花をお贈りくださりありがとうございます」

「いえ。こちらも弟と我々のお披露目の際に過分な祝福をいただきましたから」

「直接、レナからゾンター卿に御礼を申し上げたいと言われていますの。呼んでも?」

「もちろん」


 夫人が侍女に声をかけると、侍女は軽く頭を下げてからスッといなくなった。

 それから時を置かずに本邸の方から人が歩いてくるのが見えたので、立ち上がる。

 椅子は夫人と俺の二脚しかなかったが、いつの間にか一脚増やされていた。さすが侯爵家の使用人。



 金糸の髪に、アメジストの瞳。

 ゲームに出てきた成長したエマ嬢とはさすが姉妹というべきか、似ているな。

 ゲームのエマ嬢も美人だったからなんとなくレナ嬢もそうだろうと思っていたが、うん、美人だ。


「娘のレナですわ」

「お初にお目にかかりますゾンター卿。ユルゲン・フィッシャーが娘、レナ・フィッシャーと申します」


 デイドレスの裾をつまみ、綺麗なカーテシーを見せたレナ嬢。

 デビュタントしたてではあるが、さすがと称賛せざるを得ない。ここまで美しくできるご令嬢はそうそういないからな。

 俺も胸に手をあて、微笑んで挨拶を返す。


「ヴォルフガング・ゾンターです。いつも娘が世話になっています」


 それからレナ嬢の手を引いてエスコートして、椅子に座ってもらう。

 白い肌にほんのりと赤みがさしているのは緊張しているのだろうか。

 まあ家族以外でエスコートされる機会なんてデビュタントまでほぼないだろうしなぁ。

 こんなおっさん相手で悪いな、レナ嬢。


 夫人は俺の護衛騎士にエスコートされたようだ。彼女が椅子に座ったのを見てから俺も元の席に座った。


「デビュタントの際にお花をお贈りいただきありがとうございました。とても、嬉しかったです」

「それは良かった。苦手な花だったらどうしようかと思っていましたよ」


 つい先日、王家主催でのデビュタントの夜会があった。それに合わせてその日の朝、レナ嬢に花を贈ったんだ。

 普段からフィッシャー侯爵夫人に世話になってるし、それに…ゲームでデビュタントできなかったレナ嬢が思い浮かんでしまって。

 ゲームのレナ嬢と目の前にいる現実のレナ嬢は違うことは分かってるが、それでも、無事成人できたことを祝ってやりたくて贈った。

 ルルと一緒に選んだから間違いはないと思っていたが、本人から嬉しそうに報告が得られて良かったと思う。


「うふふ。レナがあまりに喜んで、その花を加工して髪飾りにしてデビュタントにつけていったほどですのよ」

「お、お母様!」


 へぇ。生花を髪飾りにしたのか。それは華やかそうだ。

 俺が贈ったのはラナンキュラスと呼ばれる、前世にもあった華やかな花だ。色はピンクと緑を選んだ。そこにかすみ草が追加されてる、シンプルなもの。

 …一応女性に贈るからな。花言葉や花の本数には気をつけてるぞ。


「それは、見てみたかったですね。とてもお似合いでしたでしょう」

「そうなのよ!わたくし付き添いで久々にデビュタントの場に出ましたけど、我が子可愛さがあってもレナが一番目を引きましたわ!白いドレスの中で思い思いにアクセサリーを付けていたご令嬢方の中で、生花の髪飾りにシンプルなアクセサリーのレナはとても美しかったわ」

「…言い過ぎですわ、お母様」


 もうレナ嬢の顔は頬だけじゃなく首まで真っ赤だ。

 普段お淑やかな夫人がこんだけ興奮するってことはよっぽど綺麗だったんだろう。



 デビュタントかぁ。

 懐かしいな、カティのエスコートで入ったとき以来か。

 デビュタントは父親か婚約者のエスコートだからな。


 この国のデビュタント、といえば女性のみだ。

 男性の社交デビューは16歳頃。親に連れられて夜会に顔を出すようになる。そこで嫡子は当主として、次子以降は様々な進路にあわせて経験を積んでいったり人脈を作っていく。ただ、まだこの段階では見習いのようなものだ。

 デビューした紳士淑女は今度開催される王家主催の夜会で正式に大人として扱われることになる。そこから経験を積んで、さらに人脈を作ったり仕事の話をしたり、婚約者がいない未婚の紳士淑女は交流をし、恋愛をしたり家のために政略結婚をしたりとか。


「レナ嬢、デビュタントはいかがでしたか?」

「はい。両陛下に初めてお会いして、直々にお言葉まで頂戴できてとても感激しました。父からは聞いていましたが、とても優しい方々だという印象で…学院時代の友人とも語らえて、とても素敵な時間でした」


 うっかり俺が相貌失認だってのを忘れてるお茶目な陛下でもあるがな。

 実はあのあとしばらくしてから、個人的に王妃陛下からも手紙が来て「王はそなた自身の問題をうっかり忘れていたそうだ。王が申し訳ない」と書いてあって意識が遠のきかけたことがあったな。


 そこで、パチンと思い出したように夫人が手を叩いた。


「そうだわ。レナのお礼の件もありましたけど、実はお聞きしたいことがありましたの」

「はい?」

「ゾンター卿は明後日開かれる王家の夜会には参加されますか?」


 出たくないけど、欠席できるほどの理由がないから出席で返事をした記憶がある。

 頷けば、ほ、と夫人は安堵の表情を浮かべた。


「実はゾンター卿にお願いがありまして…わたくし共はその夜会中、どうしても国外からの来賓の方の相手で手が離せない時間帯があるのです。その間、レナのサポートいただけないでしょうか?」

「…あー。私は、社交に疎いのですが…」

「本当はわたくしの従兄弟に頼んでいたのですが、足を挫いてしまったようで出席できないと昨日連絡がありまして…隣にいていただくだけで良いのです。どうか、娘をお願いできないでしょうか」


 うーん。弱ったな。

 俺、本当に社交できないんだが…しかし、世話になっている夫人からの依頼だしなぁ…。

 マルクスに…とも思ったが、ちょうど釣り合いのとれる年齢のお嬢さんと一緒にいるといらぬ噂が出るか。

 まあ、エスコートするわけじゃないし。ずっとフィッシャー侯爵夫妻が席を外してるってわけでもなさそうだし。

 ペベルに精霊の手紙で俺のサポートを頼んどけば良いか。


「……分かりました。他ならぬ夫人からの頼みです、お引き受けしましょう。ただ、私は本当に社交が不得手ですのでただの壁代わりになってしまいますが、その点はご了承ください」

「まあ、ありがとうございます!」

「ありがとうございます、ゾンター卿」


 ふわりと微笑んだレナ嬢に俺も微笑み返す。

 まあ、男避け程度になればいいって話しだよな。それならお安いご用だ。


「お父さまー!」


 ルルの声に振り返る。

 少し急ぎ目でやってきたルルの手には花冠が出来ていた。

 エマ嬢の花冠は作り慣れているからか豪勢だが、ルルの花冠は明らかに四苦八苦したようなあとが残っている。


 失礼、と夫人らに断ってルルの前で膝をついた。


「あのね、エマ様みたいに、きれいには出来なかったけど…」

「何言ってるの!とっても上手だわ!私なんて、最初はもっとひどかったもの」

「そ、そうかな」


 花冠を口元近くまで持ち上げもじもじとするルルが微笑ましい。

 俺にとってはルルからもらったものは全部宝物だ。


「……お父さま、もらってくれますか?」

「もちろん」


 そっと頭を下げれば、花冠が頭に乗せられた。

 顔を上げると、嬉しそうに笑うルルがいて俺もつられて笑う。


 ああ。幸せだ。

 こんな幸せが、ずっと続けばいい。




 そう、願うことは愚かだろうか。

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