第13話 お披露目会の準備は忙しい
それから、時は過ぎて。
ルルは7歳になり、マルクスは無事学院を卒業し、成人を迎えた。
―― とうとう、正式に俺はお役御免になった。なれたのだ。
両親が死んでから12年。ようやく。ようやく、だ。
もちろん公爵代理でないと積めない経験もあった。ただ苦労するだけではなくそれに伴う人脈も得られたし、地盤も固められた。
風属性と水属性の
クリストフはそのままマルクスにつくことになる。もともと、公爵家執事だからな。
もちろん、マルクスの助けとなる引継書を作って手渡してある。クリストフからはギョッとされたが、多少でも情報があるのとないのとじゃ今後が違うだろう。
五大公侯の一角の代替わりともなれば、お披露目も大々的なものになる。
俺が公爵代理として引き継いだときは、書面だけで済ませた。いやだって代理だもん。本来は別にいるし。
そこでやっかみを受けるより、引きこもって粛々と代理業を行ってますよ~っていうアピールをするのが一番波風が立たない。
実際、書面だけで済ませたお陰か周囲からのやっかみや妨害などもそこまで多くなく、シュルツ閣下からも「あれは良い判断だった」と褒められた。普通にお披露目してたらもっと多かったらしい。怖い。
俺が当主代理として手腕を振るえるのは、我が家で行うお披露目の夜会まで。
終わったら色々片付けをして、俺とルルはゾンター伯爵領にある領邸に引っ越す予定だ。
ゾンター伯爵家としては王都にタウンハウスは持ってないんだよ。つーか今絶賛赤字だからな。維持できるかってんだ。
レーマン公爵本邸も比較的王都へのアクセスが良い立地にあったが、ここはあくまでレーマン公爵家のもの。ゾンター伯爵家は親戚関係になるが、そこに居座るのもおかしな話だ。
ルルには不便を強いるかもしれないが、本人にはしっかり話をしてある。まだ7歳だというのにちゃんと理解してくれる。いい子過ぎて弊害が出ないだろうか。これが終わったらしっかり甘やかさないと。
招待客リストを作成し、会場となる広間の飾り付け方針の指示。
それから、マルクスのお披露目用の衣装と伯爵として参列する俺とルルの衣装の採寸・縫製依頼を王都で懇意にしてるブティックに出す。
邸内の警備計画に目を通し、クリストフと料理長を交えて招待客に振る舞う料理の決定。
合間にルルとお茶会をし、ルルとカールの家庭教師からの進捗状況を聞く。
当然、領政や管轄する地区の治安に関する仕事も山のようにある。代理管理官を地域に派遣しているものの、最終チェックは俺だ。レーマン公爵領と、ゾンター伯爵領の両方。父上は他にいくつかの小さな領地がある爵位を保持していたが、父上が亡くなったときに王家に返上してよかった。さらに俺は例のスラム地区の件も抱えてるからこれ以上あると死ぬ。
本来なら、半分くらいは女主人の仕事。
だが俺のカティは流行り病で亡くなってしまい、俺ひとり。
マルクスもこの前まではちょくちょく帰ってきていたが、卒業した学院の寮からの引っ越しと学友たちと人脈を確保するのに必死で、まだ戻ってきていない。
やることが…やることが多い…!
頭を掻きむしり、ぎし、と執務椅子に思いっきり寄りかかって天を仰いだ。
は~~~、と盛大にため息が出る。
すると、ノック音が聞こえた。
「…お父さま、よろしいですか?カールも一緒なのですが」
「……あぁ、ルル。じゃあ隣の応接室においで」
さすがにルルにカッコ悪いところは見せたくないから、何でもないように装う。直前まで頭を掻きむしりながらやってたから頭がボサボサだったけどすぐに直して立ち上がった。
この執務室には、隣の部屋にドアが続いている。
このドアの先は応接室だ。執務室の中に入るのは家族ですら憚られる。なんせ、重要書類だらけなので。
そちらのドアを開けて、鍵を閉める。するとほぼ同時に廊下からひょっこりとルルが顔を覗かせた。可愛い。癒やし。
ルルの後ろから次に、専属侍女とカールがやってきた。
カールは我が家の使用人の衣服を身にまとっていて、ガラガラとカートを押している。
実はロケットペンダントの件は早々に実現してしまった。
王家から派遣されてきた
王宮魔術師は普通、貴族家に派遣されることはない。権力に屈せず、王家にのみ忠誠を誓うという組織体質だからどんなに金を積まれようが頷かない。
王宮魔術師が頷くのは、領地等で国民が困窮していると貴族家からの嘆願が王家に届いてからだ。
つまり、貴族でもなんでもない一平民に対して王宮魔術師が教えるということ自体があり得ない状況だった。
理由は分からないが、派遣されてきた
今は次なるステージへ進めようとカールに熱心に教え込んでいる。
しかし、カールは「もっと仕事がしたい」と願った。
2番目に作った王妃陛下の肖像画(画はもちろんプロにお任せだ)を縮小し、入れたロケットペンダントを陛下に献上した影響で貴族家界隈から色々と注文が来ており、カールには縮小する魔法をかけてもらうという仕事をしてもらっているが、まだ数は少ない。
どちらかというとロケットペンダントの方が売れている。これはスラム地区にいた大人たちの努力の賜物だと思う。
デザインが好きだという者にロケットペンダントの装飾案を出してもらい、我慢強く体力がある者が鋳金し、装飾案を元に手先が器用な者が行うという分業制で動いている。
前世の記憶にあった「ピルケースにも使えます」っていうのが案外需要があったらしい。
他、ロケットペンダント以外にもネックレスやペンダント、指輪などのアクセサリーも徐々に作り始めている。これは、一般庶民向けに販売するものだがウケがいいようだ。
話がそれたな。
その魔法の回数が少ないため本人はあまり働いている気がしないらしく、もらっている金額にも見合わないと感じていたらしかった。
そこで本人や保護者の立場である神官、クリストフと相談した結果、我が家の使用人として受け入れることにした。現在はルルの専属侍女であるドロテーアの補佐についている。やっと最近ドロテーアの顔と名前が覚えられた。
「どうしたんだい、ルル」
「一緒にお茶をしたくて…クリストフに相談したら、お父さまに聞く前に行動した方が良いと」
事前に伺いに来られてたら、だいぶ先になっていたことだろう。
今も落ち着いていないが、休憩としてお茶をする時間ぐらいは出来ていた。
やっぱりクリストフは優秀だなぁ。引退後にご意見番ぐらいの立ち位置でゾンター領に来てくれないだろうか。
いやまあ、ゾンター伯爵当主となる俺の右腕になる後任はいるけどね。今はちょっと別件で動いてもらってるからいないけど。
ドロテーアがお茶の準備を進める間、カールが手早く茶菓子の準備をする。
うんうん。所作もお客が来てもある程度は見られるほどにはなったな。まだもうちょっと修行は必要かな。
「お父さま、わたしにも何かお手伝いできることはありませんか?マルクス叔父さまのお祝いの席ですし、わたしもお手伝いしたくて…」
「んー。そうだなぁ…ちょっと今回は難しいかな。ゾンター伯爵家として開催する夜会、晩餐会、お茶会ならルルに手伝ってもらう余地はあったけれど、マルクスのお披露目だから」
「そう…ですか…」
しょんぼりする姿にグッと心が締め付けられる。
うん、実は猫の手も借りたいほどに忙しい。けど、ルルに任せられる部分があるほど余裕のある会じゃない。
あらゆるところでレーマン公爵家としての格が求められる。稚拙な部分がひとつでも見つかればマルクスが嘲笑の的になる。
姪っ子が手伝ってくれるなんて微笑ましいじゃないかと俺は思うが、世間一般では「姪に手伝ってもらわねばならぬほどに困窮している」と見られてしまうのだ。
それはマルクスにも、ルルにもとてもよろしくない評価となってしまう。それは避けたい。
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