第12話 俺に価値?ないない
国王陛下は朗らかで良いお人柄が滲み出ており、貴族庶民に関わらず人気が高い。
王妃陛下は凛としたお方で一見近づき難い印象を醸し出しているが、国を想う施策の発案や立ち振舞いは国母としてまさに相応しく、国王陛下ともとても仲が睦まじい。
しかし、国王陛下と王妃陛下はご婚姻してから5年経過しても子に恵まれなかった。
国の安寧を考え、また、法律に従い王家はヤスミン第二妃殿下を娶った。その結果生まれたのがこのハインリヒ第一王子だ。
その後、続けて王妃陛下も御子に恵まれマリア第一王女殿下がお生まれに、さらにヤスミン第二妃殿下との間にマティアス第二王子殿下、レベッカ第二王女殿下という双子もお生まれになった。
…いやさ。本当は殿下って敬称つけなきゃいかんのは分かってるんだよ。
でも、このガキに関しては無理。敬称なんかは表面上は取り繕ってるから許してくれ。誰に向かって言ってるのか自分でも分からんけど。
ゲームでのハインリヒ・ベルナールト王子は一見爽やかな青年で、王太子としての評価も高い王子となっている。
表面上は皆に公平に接する王子だが、その実は俺様王子。猫かぶってるだけだ。いや貴族なんて猫かぶりしてなんぼだとは思うよ。国王陛下だって猫かぶってるかもしれんし。
ただ、本人に一度でも接したことがある身としては現時点では敬いたいと思える少年ではない。
御年5歳のマリア王女殿下の方がまだ…いや、まあ、男は総じて精神年齢の成長は遅いと言われるけれども。それでも、これはないと周囲の貴族家が口に出さずとも考えているほどの性格なのだ。
王宮メイドやフットマンに難癖をつけ、物を投げつけるのは当たり前。
授業は真面目に受けているようではあるものの、機嫌が悪ければ側近候補の貴族家の子息子女に無理難題を言い出し、彼らが出来なければ
王宮メイド・フットマンたちや側近候補の貴族家から苦情が上がり、両陛下も実母である第二妃殿下も専属教師もハインリヒ王子の性格を是正し始めたところだ。
そう、ぼやっと考えていると隣から盛大なため息が聞こえた。
「そのようなお考えをお持ちとは…両陛下や第二妃殿下のご苦労が偲ばれますね」
「しの…?なにを言っている!」
「なぜこのような場所におられるのですか、殿下。ここは多くの貴族家が出入りする場所。あなたのような王族が近づくようなところではありません」
「なぜ王子であるぼくが近づいてはいけないばしょがある!この城は、この国はぼくが王になったらぼくのものになるのだから、どこを歩いてももんだいはない!」
……これ、矯正できんのかな。っていうか誰かの影響受けてないか、その言動。
内心ドン引きしてる俺とは異なり、ペベルは淡々と言葉を返した。
「さようですか。それであれば、殿下はいつの間にか消えても問題ない、ということですね」
「…え?」
「皆が皆、国のために動いています。国のためにならぬと皆に思われれば、殿下は消えるしかないでしょう」
「おい、ペベル。言いすぎだ」
それ言っちゃいかんやつだろ。言いたくなるのは分かるけど。
思わず声が出てしまったが、ペベルはハインリヒ王子に視線を向けたまま僅かに驚いたように目を見開いたものの、すぐに淡々とした表情に戻った。
「おどす気か!?」
「ええ、脅しています。そうでなければあなたがここが危険だと理解できないでしょうから。まあ、たっぷり叱られてきてください。そして二度とこのような場所でお目見えすることがないよう祈っております」
「ハインリヒ殿下!!」
「げっ!」
バタバタとやってきたいかつい男 ―― 身につけている軍服の装飾からして近衛騎士か。
ハインリヒ王子は逃げようとしたが、それを予測していたのか待ち伏せていた近衛騎士に捕まった。
離せと叫ぶハインリヒ王子を複数人がかりで抱えて連れて行く。
……近衛騎士を複数人動員しないと連れていけないって、どんだけあの王子の力が強いのか。もしくは、近衛騎士の質が落ちているのか。
もはや奇声を上げるばかりになったハインリヒ王子と近衛兵たちを見送る俺たちに、いかつい近衛騎士は深々と一礼した。
「ベルント公爵閣下、レーマン公爵代理閣下。お騒がせいたしました」
「あれでは皆も苦労するね」
ペベルの呆れたような言葉に近衛騎士は答えられない。
ここで是と答えれば王族に対して不敬だし、否と答えればあの言動を許容しているとペベルと俺に認識されるからだ。
板挟みになって可哀想に。
顔を上げなさい、とペベルが言えば近衛騎士はゆっくりと顔を上げた。
その顔には若干疲れの色が浮かんでいる。
「まあ、ぶつかったのが私で良かったよ。他の貴族家…特にシュルツェン卿であればもっと容赦ないだろうから」
「むしろシュルツェン卿に根性叩き直してもらった方が良いのでは」
俺がそう言えば、近衛騎士も同感のようで苦笑いを浮かべていた。
シュルツェン辺境伯家はこの国最大のダンジョンを管理している猛者の一族だ。
当代のシュルツェン卿と何度か話したことがあるが、武人気質ではあるが竹を割ったようなサッパリとした性格の方だったと思う。
だがシュルツェン卿、というかシュルツェン辺境伯家は王家に忠誠を誓う武門で有名。
王家に仇なす敵には容赦しない。それは、子どもであっても適用されるという。
…ま、根性叩き直してもらうのは、ダンジョンや野良モンスターから民を守るのに忙しいシュルツェン卿に押し付けることになるから絶対ないだろうけど。
「では、我々は今度こそ帰らせてもらうよ」
「はい。お引き止めしてしまい申し訳ありませんでした。お気をつけてお帰りください」
近衛騎士に軽く手を振って、俺とペベルは歩き出す。
あの近衛騎士も忙しいのだろう、ちらりと振り向いてみれば急ぎ足でハインリヒ王子たちが去っていった方向に向かっていた。
ほとんど黙っていた俺は、ぽつりと呟く。
「…災難でしたね」
「全くだよ。だがしかし、良いこともあった」
と、とんとペベルが俺の前に飛び出てくるりと俺に向き直る。
突然の行動に驚いたが、ペベルは後ろ向きに歩きながら嬉しそうに、両手を広げて笑った。
「君から特別な呼び名で呼んでもらえるだなんて!なんて良い日だろう!」
「………あ」
やっべ。
さっき素でこいつのこと「ペベル」って呼んでた。
一瞬謝らなきゃ、と思ったがひょいと ―― それこそ、親しい者や家族の範囲内の距離 ―― 顔が近づいたのでビビる。
「公式の場ではそうともいかないだろうが、ぜひ!私的な場ではペベルと呼んでくれ!あと話し方もだ!」
「……嫌じゃないのか?」
「嫌なものか!愛称でもない不思議な呼び方だが、もしかして私の名前と家名を組み合わせたものかい?」
「そうだけど…」
ああ。そういえばこの世界、というかこの国、基本誰かを親しく呼ぶ場合は「愛称」なんだよな。「あだ名」じゃない。家族間や夫婦間のみであれば真名で呼ぶこともある。
というか、こいつなんでこんな…。
俺の微妙な表情を読み取ったのか、そうでないのか。
ペベルはニコニコと嬉しそうに笑ってるだけだ。その細い目を更に細くして、本当に嬉しそうに。
「……じゃあ、俺のことも適当に呼べよ」
「なに!私が親友たる君の呼び名を決めていいのかい!?何にしよう!」
「親友どころか友人じゃないと思うが」
「えっ」
えってなんだよ。
嘘だろお前本当に友人だと思ってたのかよ。
「だって君、夜会では私としか会話しないじゃないか」
「お前が話しかけてきてずっと離れないからだろうが」
「だって私は君と話したかったんだ。だから、私が私と分かるようにしたかったんだよ」
ふ、とペベルが柔く笑う。
本当にこいつはどうして、俺なんかと友人になりたいと思ったのか。
助けられたというが、俺はペベルを助けた覚えはない。
「…ほんと、変なやつだなお前」
「ふふふ、なんとでもいいたまえ!君の親友の座は誰にも譲る気はないからね!」
「いや誰が好き好んで俺の親友の座を狙うってんだよ」
ぴた、とペベルが止まった。
それから残念な子を見るような目で俺を見る。おい。
「君は本当に、自己評価が低いねぇ」
「は?」
「君は今社交界で話題のレーマン公爵代理、ゾンター伯爵だよ?まあ、社交界に顔を出していないから分からないのだろうけど…自覚を持ちたまえ。君は、君が考えている以上に周囲からその懐に入らんと虎視眈々と狙われているのだよ」
んなこと言われても、というのが俺の素直な感想だ。
代理とは言えレーマン公爵当主だからそれなりの色眼鏡で見られていることは自覚してる。
だが俺は当主代理を近年中に引退し、ただの伯爵に戻る。ゾンター領はレーマン公爵家傘下の領の中でも特に特産品はないし、観光名所もない何の面白みもない領地だ。
そんな領はこの国に腐る程あるし、あるといえば次期レーマン公爵の兄だという程度でしかない。
「あと、未婚のご令嬢方に狙われているのも自覚したまえ。男やもめでルイーゼ嬢というレディがいるのは周知されているが、それを考慮しても君自身の価値は大きい」
「…それ、マルクスたちにも言われたんだが本当なのか?」
「ああ、嘆かわしい。弟君の苦労が偲ばれるよ」
「どう考えたってマルクスの方がツラもいいし、頭もいいし、魔法の扱いも上手くて地位もある。30になる俺なんかよりそっち狙った方が断然いいだろう」
そう。俺は現在29歳。ルルは23歳のときに生まれた娘だ。
結婚適齢期は女性で16〜25歳、男性で16〜30歳と言われている。
女性の年齢幅が少ないのは出産の危険性も考えられるからだろう。
医療技術が発達した前世ですら出産は命がけだった。この世界の医療技術は前世日本の医療技術より低い。その分、魔法でカバーしているが万能じゃない。
まあ、未亡人とかそこらは可能性あるか…?
けど未婚なら若くて有能で、兄の俺から見てもイケメンなマルクスが良いと思うんだけど。
俺の答えは違ったらしく、ペベルからは盛大にため息を吐かれた。なんだよ。
思わずムッとすると、ペベルはふふ、と笑った。
「そういう表情が見れて、私は嬉しいよ」
……こいつといると調子が狂う。
話しながら歩いているうちに、馬車止めに着いたようだった。
すでに俺らの馬車が待機しており、その後ろにはずらずらと俺たちのあとに来る貴族家の馬車が並んでいる。
「では、また会おう!小さなレディにもよろしく言っておいてくれ!」
「ああ」
ペベルは颯爽と馬車に乗って、去っていった。
俺はそれを見送りつつ馬車に乗り込み、ドアが閉められたタイミングで深く息を吐く。
…あいつ、俺があいつの顔を認識してないって理解したときから、あの独特な話し方してたのか。
たしかにあの喋り方と声じゃないと、俺はあいつがペベルだって認識できていない。
「…帰ったら、描いてみるか」
次に会うであろう日までに顔覚えて、こちらから声をかけてやればペベルも喜びそうだな。
ふ、と思わず笑みが溢れて、車窓に流れていく景色を眺めながら俺は貴族名鑑をどこにしまったかなと考え込んだ。
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