第11話 俺の座右の銘は「過ぎたるは及ばざるが如し」だ


「失礼いたします!レーマン公爵代理、ヴォルフガング・ゾンター伯爵様が参られました!」

「通せ」


 目の前の扉が開かれて、改めて背筋を伸ばす。

 広がった空間は華美過ぎず、質素過ぎず。それでいてかつ荘厳と思える空間を創り上げた職人には万雷の拍手を送るべきだと思う。

 若干そんな現実逃避を行いながらレッドカーペットの上を進み、ある程度の位置につくと俺は玉座に座るその方に向かって跪礼した。


「王国の太陽たる国王陛下にお目見え叶い、万感たる思いでございます。レーマン公爵家代理当主、ヴォルフガング・ゾンター、召喚に応じ御前に参上いたしました」

「よく来た、レーマン公爵代理」


 玉座に座っているのはベルナールト王国第32代国王、アンドレアス・ベルナールト陛下。

 この方の顔は必死で人物画を描きまくって覚えた。だってさすがに陛下の顔を知らない、とかなったら不敬だろう。


 そして、その近くに控えているのは宰相のニコラス・グラーマン侯爵…のはず。最近宰相が代替わりしたから、今必死こいて貴族名鑑の肖像画を描き写してるけどまだ覚えられてないが、なんとなくそれっぽい。

 宰相が五大公侯出身じゃないのは、この国の登用制度がある程度実力主義なのと、五大公侯は権力監視の役目を負っているからというのもある。余談だが、グラーマン侯爵の子息もゲームの攻略対象者のひとりだ。

 あとは近衛騎士か。名前は忘れたが、こいつもイケメンだな。

 その他、謁見の間にずらりと並ぶ貴族家当主一同。


 はい。俺、あとから入場させられて、ずらっと並んだ当主一同から見られています。

 帰りたい。切実に、許されるならこの場で回れ右して帰りたい。ルルに癒やされたい。


「フィッシャー侯爵邸を皮切りに見つかったエリアロックに仕掛けられた犯罪を明らかにし、第二の被害を防いだこと。また、ハイネ男爵が管轄していたスラム地区において、ハイネ男爵と共に改革に望み民へ職業斡旋、教育を施したこと。また、王都近郊の手の回らぬ地区へ使用できる井戸ポンプを開発したこと。いずれも、称賛に値すべき行いである」

「陛下より直にお言葉を賜り、恐悦至極にございます」

「よって、報奨として貴公に侯爵位を授ける。レーマン次期公爵への引き継ぎが完了後はゾンター侯爵と名乗るが良い」


 ―― ひゅ、と一瞬息が止まった。


 まて。待て待て、待ってくれ。

 侯爵位だと?

 たしかに侯爵位は3年ほど前に後継者がなく王家に返上された宮廷貴族の空きがある。だが待ってくれ。俺は昇格には興味がない!


「お、恐れながら申し上げます」

「うむ?」

「非常に名誉なことではありますが、我が身には過ぎたる褒美かと存じます」


 周囲がざわめいた。

 そりゃそうだ。普通、陛下からの恩賞を断る奴なんていない。

 だが俺にとっては身に余る、高位貴族は無理!!っていうか陛下も俺が人の顔を覚えられないって知ってるはずだ!!

 …え?もしかして忘れられてる!?


「レーマン公爵代理!貴様、陛下からの恩賞を断るなど!!」

「良い。では、レーマン公爵代理。何を望む?」

「はっ。それでは魔術師として将来を期待する混じり属性コンビテュープルの子どもへの師を派遣いただくことを望みます」


 貴族家レベルで依頼できる魔術教師は、俺のように単一属性、あるいは属性ごとに魔法を操れる者であれば良い師にめぐり逢いやすい。

 だが、カールのような混じり属性コンビテュープルには教えることができない。属性が混じり合った状態を持って生まれてくる人はマイナーだからだ。

 属性ごとに操れる者には分からない感覚があるらしい。


「はっはっは、たしかに私が与えようとしたものと比べるとずいぶんとささやかな願いだな。期待できそうな子どもなのか?」

「面白い魔法を習得しております。その力を伸ばすため、より良い師のお力添えをいただければ幸いです」

「成長した暁にはなにか見せてもらえる、と考えて良いな?」

「我が娘の次に、お見せしましょう」

「はっはっは!娘が一番か。良かろう!楽しみにまっておる!では侯爵位への陞爵しょうしゃくは保留とし、混じり属性コンビテュープルを扱える魔術師を探して家庭教師として送ることを報奨とす」


 だってもうルルに一番に見せるって伝えてたし。

 それに俺の目的はルルにロケットペンダントを作るってことだから。陛下でもそれは譲れない。


 そんな俺の発言に周囲は更にざわついたが、陛下は寛大にも許してくださった。

 下がって良し、という宰相の一言に俺はスッといつもの五大公侯の立ち位置につく。

 それを見た宰相が次の報奨を与える貴族当主を呼び出した。魔物暴走現象アウトオブコントロールを事前察知して、対処した家らしい。

 朗々と読み上げられる実績を聞き流しながら、内心盛大なため息を吐く。


 ……あ゛〜〜、緊張した。



 ◇◇



 謁見の間から退出し、ざわめく廊下を歩いて馬車止めに向かう。

 魔術師に関してはこれから調査もあるだろうし、今日明日に派遣されるなんてことはないだろう。


 「まさか陞爵しょうしゃくを断るとは!さすがレーマン公爵代理!」


 そう、ぼんやり考えながら廊下を歩いていると聞き覚えのある声とトーンが耳に入り、足を止めて振り返った。

 ニヤニヤと笑みを浮かべるペベルに、俺はため息を吐いてみせた。


「陛下に申し上げたとおり、過ぎたる褒美でしたので」

「いやいや、ルイーゼ嬢のことを考えれば受けた方が良かったと私は思うがね」

「嫌味ですか?」

「ふはは、そうでもない。本心さ。しかし可哀想に。君が辞退したから、あとから恩賞を受けた者は皆受け取りづらそうだったじゃないか」


 それはちょっと悪かったと思ってる。

 特に…えーと…何男爵…まあいいや、俺のふたつ後に陛下から陞爵の恩賞を賜った何とか男爵は傍から見て分かるほどに狼狽していた。

 公爵代理とはいえ、伯爵位だった俺が辞退したからな。倣って辞退した方が良いのか、判断に迷ったらしい。

 宰相からさり気なく「気にせず素直に受けなさい」みたいな感じでやんわり勧められて、ようやく受けた感じだ。


「私には伯爵位がちょうど良いのです。ただでさえ代理の立場でも力及ばずだというのに、侯爵という地位は身を滅ぼすだけですから」

「…君、自分の能力を過小評価してないかい?」

「そんなつもりはありませんよ」

「いやー。過小評価だと思うがね」

「ところで、ご用はそれだけですか?娘が待っているので帰りたいのですが」

「本当、ブレないなぁ。まあ、馬車まで道は一緒だ。ともに行こうじゃないか」


 まあ、立ち話して止まっていると中位以下の貴族家が帰りづらいだろうしな。

 馬車止めエリアまではさほど距離はないし、断る理由もないと俺は頷いて歩き出した。



 ―― しかしまあ、接点はないと思っていてもこうやってできるものだな。



「…なんか、騒がしくないかい?」


 ペベルの疑問の声に、俺もようやく気づいた。遠くから誰かが叫んでいる声が聞こえる。

 ここは王城内でも門に近いエリアだ。何かトラブルでもあったのか。

 思わずペベルと顔を見合わせるも、まあ、騒ぎを解消するのは王城内に勤務している近衛兵や侍従、侍女たちの役目だ。


 そう思って「なんでしょうね」と言いながら馬車止めに再び向かい始めた、そのときだった。


 俺たちが通ろうとした十字路の右手影から誰かが飛び出してきた。

 ドンとペベルに思い切りぶつかったものの、ペベル自身は鍛えているようで少しぐらついただけで済んだ。しかし、ぶつかってきた相手は反動でふっとばされたような形になり、通路に転がった。

 いやむしろこれ少年じゃね?ルルと同じぐらいか?ん?なんで王城内に子ども??


 ……ちょっと待て。

 子どもにしては身なりが良すぎる。王城内をうろつくには比較的ラフな格好ではあるが、身につけている衣服の質は高級品だ。

 いや、しかし、考えられる人物はこんな場所にはいないはずだろう。


 思わずペベルを見れば、ペベルも苦い薬を飲んだような表情を浮かべていた。

 ああ、俺と同じ結論出してる。


 時間にして5秒も満たない間。

 痛みに震えて俯いていた少年がギッとこちらを睨み上げたと同時に、一瞬にして外向きの表情に切り替えたペベルと俺。


「なにをする!」

「なにをする、とはこちらの台詞ですよ。人にぶつかっておいて文句ですか、ハインリヒ王子殿下」


 そう。

 乙女ゲームのパッケージセンターを飾る主要攻略対象者のひとり、ハインリヒ・ベルナールト第一王子。

 パッケージよりも幼いその容姿は麗しい、まさしく天使と呼ぶに相応しい金髪碧眼の少年だ。

 だが、我々家臣界隈ではこの王子は天使ではないことを知っている。


「ふん!きさまなどにあやまる必要などあるわけなかろう!よけぬきさまがあっとうてきに悪い!」



 ―― 頭にがつくほどのワガママ王子様なのだ。このクソガキは。



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