第10話 嘘だと言ってくれ
カールを連れて帰宅してから、早速取り掛かった。
案の定、クリストフからは「なんてことをしたんですか!ますます引退できないじゃないですか!」と嬉しい悲鳴を上げられた。スラム付近の改革なんて、他の家門ではやらないだろうからなぁ。
マルクスは驚いたものの「面白そうですね」と一枚噛んでくれることになった。もうじき爵位継承するってのに、余計なもんを背負い込ませてしまったが…本人が楽しそうなら、いいか。
あの小神殿周辺の領地を管轄していたハイネ男爵には話を通して、レーマン公爵家とゾンター伯爵家が関わることは了承してもらえた。段々と悪化していく治安にどうにかせねばと手をこまねいていたところだったらしい。
協力してもらえることになったので、より動きやすくなった。
カールを自邸に連れてきた理由はふたつある。
カール自身の保護と、あの運送業者の手伝いについて証言させるためだ。
あの後、自邸に来る途中で改めて聞いたんだが、やはり目撃されていた男と少年のうち、少年の方はカールだった。
この時点でクリストフやハイネ男爵に依頼して、あの周辺をこっそり警備させている。カール以外を連れて行かれて人質にされても困るしな。
カールと一緒にいたという男は本当に他人で、ある日カールの魔法を知って「ちょっといいアルバイトがあるんだ」と誘ってきたらしい。
いや、その文句は詐欺師の常套文句…!
「その人は、ヘルマンって言ってたんですけど…仕事自体は、運ぶ業者さんのお手伝いや見張り、と、あとヘルマンからお願いされたものを小さくするだけでした」
「その小さくしたものってどんなものだったか分かるか?説明しづらかったらこれに描いてくれ」
「ええと、こんな感じのでした。これを、このぐらいのサイズに…」
カールが描いた絵は、何かの部品のようだった。元は手のひらサイズのそれを小指の爪サイズまで小さくしたらしい。
俺は魔道具はさっぱりなのでよく分からなかったが、同席してもらった魔塔所属の魔具士は困惑した表情を浮かべた。
彼の表情の変化に、これまた同席していた王家から派遣された調査官や第1騎士団の副団長も首を傾げる。
「…こ、れは」
「いかがされた」
「これは、おそらく通信魔道具です。しかも最新式の…これは対になる魔道具があって、もうひとつの魔道具が映したものを離れたところからも見聞きできるものでして。公開されたばかりなのでさほど数は出回っていないんですが…」
「そんなものが出ているのか。最近の魔道具はすごいな」
思わず、といった様子で副団長が感嘆の声を上げるが、ちょっと待て。
つまりその魔道具は受信機と送信機がある、ってことだな?
スッと手を上げて「ちょっといいか」と声をかけてみる。
この場にいる全員の視線が向けられてウッとなったが、これだけは言っておかねばなるまい。
「その通信魔道具は、親機と子機がある、という理解でいいか?」
「はい、そうです」
「カールのこの魔法を使って小さくした子機が動く前提だが、販売したエリアロックに子機をくっつけて、設定時の様子を親機で受信して盗み見していたのであれば…血縁によるロックコードでなければ、打ち込めて解除できる状態じゃないか?」
ひゅ、と誰かの喉が鳴った。
エリアロックは両手ほどの大きさの魔道具だ。小指の爪ほどのサイズになった子機がついていても気づかないかもしれない。
カールの魔法が物を小さくする…つまり、機能そのままに小さくできたのであれば、恐らく子機は機能する。あれがどのぐらいの範囲の子機を拾えるかは不明だが、少なくとも数日かけてあちこち行けばいくらかは拾えるはずだ。
エリアロックの新調時期は、家門によって異なるから。
思わず頭を抱えた俺をよそに、調査官と副団長がバタバタと指示を出し始めた。もう魔具士は事態を把握して顔を真っ青にして魔塔に慌てて連絡を入れ始めた。
不安そうに見上げてきたカールに気づいて、頭をぽんと撫でてやる。
「だ、だんな様…ぼ、僕…」
「たぶんこれから同じことをたくさん聞かれるだろう。だが、正直に話しなさい」
こくこくと頷いたカール。
カールは悪くない。なんの魔道具か理解していなかったし、話を聞けば男はやや脅す形でカールに協力を強いていたみたいだから。
カールの証言により、事態は急展開を迎えた。
王家から全貴族、全行政長宛に一斉に送られた書状。それにより、例の文句を述べた商人・商団が利用した運送業者ほぼすべてにあの男が関わっていたことが判明した。それから、例の文句を言われたときに購入したエリアロックを調査したところ、小指の爪サイズほどの通信魔道具の子機が見つかった。
例の文句を述べた商人・商団は「ヘルマンはとても気さくでいい奴だとなぜか思ったので言われるままに伝えていた」との証言もあったので、あの男はおそらく市販流通している魅了魔道具も使っているだろうことも判明した。
また、被害にあった家や街々のロックコードの設定は、コードさえ知っていれば他人でも解除できるものだったらしい。
エリアロック自体に問題はない。それは当然だ。ロックコード自体、設定者以外は知らないことが前提で作られたものだから。王宮魔術師でも解錠魔法で把握できるが、再設定時は解錠した魔術師は関与しない。
だから、コード自体の漏洩なんて想定していなかったんだろう。
魔塔側もこの抜け穴に衝撃を受けたようで、魔塔から全世界に向けて「エリアロックのロックコードは他人がコードを使用しようとしてもできない、設定者限定となりうるものとすること」通達が行われた。
現在、魔塔はこの問題の対策に大わらわになっているらしい。
そりゃそうだ。
本人以外知り得ない情報を知られる手段だもんな。前世でいうスキミングみたいなもんか、これ。
ちなみに、今回の騒動のきっかけとなった男 ―― ヘルマンだが。
確保に向かった騎士団曰く、すでに根城としていたあばら家で殺されていたそうだ。
まあ、こういう大々的なことは個人ではやれないだろうからなぁ。今、前世の警察に相当する第1騎士団がヘルマンの交流関係の調査にあたってるが、元は辿れない気がする。
「旦那様」
あれから2ヶ月。
事件の続報を記した新聞を眺めながらコーヒーを飲んでいると、クリストフから声がかかった。
紙面から顔を上げると、その手には書類の束がある。
新聞紙を畳んでそれを受け取ってパラパラとめくれば、口角が上がった。
「順調そうだな」
「はい」
あの孤児院一帯の貧困層を調査したが、もう、人材の宝庫だった。
文字や数字が読めないものの、工夫してなんとか過ごしていた者は頭がいい。
それに精霊族も数人いた。彼ら経由での精霊たちの助力もあってあそこは他のスラムに比べて治安が良かったようだ。
手先が器用な者も多く、文字や数字を率先して学ぶ者はどんどん吸収していっていった。
中にはガタイが良いやつもいて、そういうのは力仕事向きだ。剣等を教えれば騎士になれそうな者もいたし、中にはカールと同様にちょっとした魔法が使える者もいた。
もちろん、どうしてもどの仕事にも向かず、あぶれる者もいる。
そういった者は自分の力量を納得してもらった上で、かんたんな雑用や清掃の仕事を任せることにした。
本人の意向も聞いて、手先は器用だが性格上、文官向きの者は勉強させてやったりしている。
はっはっは。
ゾンター伯爵家の資金がだいぶ目減りしたな!
「短期的には赤字ですが、この調子であればあと数年で投資分は回収できましょう」
「それで良い。今のところ、ゾンターとして派手な催しをする予定はないし。もちろん、災害用資金等は確保しているよな?」
「当然でございます」
「ルルには悪いが、当面はドレスや装飾品は必要最低限とする。せめて10歳の真名授与の儀までには黒字に片足突っ込みたいな」
「大丈夫でしょう。ハイネ男爵も、マルクス様も可能な限り支援してくださるとのことでしたから」
主体が俺なので、ゾンター伯爵家として動くことにした。
後援がレーマン公爵家、ハイネ男爵家だ。
マルクスからはだいぶ渋られたが、レーマン公爵家として必須の行動かというとそうでもない。俺個人が勝手にやってるものだから、俺の家の資産でやりくりすることにしたのだ。
もちろん、ルルにも目的と、その過程で金がこれだけかかるということを噛み砕いて説明した。
まだ6歳なのに頑張って理解しようと努力する。とってもいい子だ。
「カールはどうだ?」
「こちらは少々手間取っておりますな。どちらかというと、教師との相性があまりよろしくないのかもしれません」
カールには、あの物を小さくする魔法を極めてもらうためにルルと同じ魔法学教師をつけた。
カールの力があれば、前世であったロケットペンダントをこの世界でも作り出せる。
この世界ではカメラはあるが、手元に残るような現像ができない。写真が作り出せないのだ。
ロケットペンダント自体はピルケースの役割も果たしていたほど小さなもの。そこに合うようなサイズで手書きの肖像画を入れるなんてのはどんなプロでも無理だろう。
そこで役立つのがカールの魔法だ。望むサイズまで小さくできればロケットペンダントに入れるサイズの肖像画ができる。
応用してさらにもっと細かい部品も作り出せるようになるはずだ。魔道具を構成する部品は人の手で作れるサイズしかできない。より小さいものは魔力操作が緻密な高レベルの魔具士しか作り出せず、量産も難しい。
だがここで、カールの魔法を解析し、人の手サイズで作った部品を小さくできるようにできれば。それを魔道具で代替できるようになれば、量産が可能だ。
その設計書さえできればもっとより良い、便利な魔道具ができるだろう。
もしかしたら魔力が不要な、前世でいう機械ができるかもしれない。
ただまあ、カールは特殊だ。
恐らくカールは水と土属性の魔力が混じり合っている、
普通の魔法学教師じゃ単一属性、あるいは属性ごとに魔法を操ることしかできないから、基本的な部分しか学べないか。
「うーん。ちょっと別な魔法学教師がいないか探してみるわ」
「…楽しそうですね、旦那様」
「ああ、これからどうなるか。楽しみで仕方ない」
「そんな旦那様にこちらを」
「ん?」
スッと差し出された手紙の、封蝋を見て思考が一瞬真っ白になった。
……ちょっ…待て。
え、この封蝋、俺、生で見るの初なんだけど??学院で習ったときぐらいしか見覚えないんだけど??
今まで王城から来た手紙の封蝋は、王家を表す印が刻まれている。だが、目の前にあるこれは個人の印だ。
「国王陛下からのお手紙になります」
誰か嘘だと言ってくれ。
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