第9話 彼こそ俺が求めていた逸材だ!


 ペベルが最後にもたらした情報は、最後のピースのようなものだった。

 問題がなかったシュルツ公爵家、レーマン公爵家と問題があったベッカー公爵家、フィッシャー侯爵家、学院が利用していたそれぞれの商人・商団の運送業者は統一性がなかった。

 だが、問題があった家が使っていた商人・商団の運送業者の唯一の共通点が、エリアロックを魔道士ギルドから商人・商団に運送するときに「親子に見えない男と黒髪黒目の少年が臨時で入っていた」ことだ。


 結構カラフルな髪や目の色が多いこの国で同色で、しかも黒髪黒目は珍しい方だ。

 だからこそ、記憶に残りやすかったのだと思う。


 確定じゃないが、おそらく黒髪黒目の少年はカールだ。

 カールが暗殺者ギルドに所属し始めたのは15歳の頃。孤児院をでざるを得なくなったタイミングだったはずだ。

 つまり、まだ彼は真っ黒な犯罪に手を染めていないはず。

 となると同行者だった男が怪しい。なんで男は少年と一緒に行動しているのか。11歳の子どもはまだ戦力にもならないはずだ。

 もしかして、カールを連れ歩いているのは捜査の目を撹乱させる…万が一のときに、カールに冤罪を着せるためだとしたら?


 幸いにも、前世の記憶のお陰でカールの顔は分かる。

 大怪我を負って顔がミイラ状態にでもなってなけりゃ判別はつくだろう。

 可能であればカールを保護したい。


 …保護することでシナリオを変えることになるだろうことは分かっている。

 だが、俺はルルの幸せのためならどんなことだってやる。ルルが一般的な貴族令嬢として幸せな人生を送れるのなら。


 ―― ああ。こういうところは、ゲームのヴォルフガングと同じなんだろう。



 ゲーム上でカールが出会えるのは、王都にある小神殿併設の孤児院だ。

 我が国も他国同様、創世神エレヴェドを崇めているが、他にもう一柱崇めている神がいる。


 自然神が一柱、山の神ヴノールド。

 我が国の南東にそびえ立つ、この大陸随一の高さを誇る山に本神殿を構える神だ。

 大地の神アスガルドの兄弟神となっており、主に山の恵みや火山活動について司っている。

 本神殿は山頂付近にあり、一般人がおいそれと近づける場所ではないので拝殿として通いやすい国内各所に小神殿が配置されている。


 そこの神殿へ我が家と付き合いがあまり良くない派閥が寄付を行っていないことを確認した上で、俺は寄付を名目に足を踏み入れた。

 ルルも社会勉強、ということで一緒に連れてきている。

 こういう神殿や孤児院への寄付行為は美徳とされているから、突然付き合いのない神殿や孤児院に寄付するということはよくあることだ。


「まあ、まあ。ゾンター様。ようこそお越しくださいました」


 世間一般で言えばあまり身なりが良いとは言えない女性神官が出迎えてくれた。

 30代前半に見える…が、頭上にある角で理解した。この神官は竜人だ。竜人族は平均寿命が人族の俺たちの2~3倍長い。俺の倍は生きてる人だ。

 身なりが良くないのは、ここの神殿はスラムに近いことから、あまり治安が良くないため貴族が寄付してくれることが少ないのだろう。


「都合をつけてくれて感謝する。金銭の方は神殿の方に預けたので、後で確認してほしい。それから食料と毛布を持ってきたから、運び込んでも良いだろうか?」

「ええ、ええ、ありがとうございます。こちらからお手伝いできる人員がいなくて、お手を煩わせてしまい大変申し訳無いのですが…」

「問題ない。それから、娘が見繕ったものも持ってきた。…ルル」


 俺の斜め後ろに立っていたルルが、侍女から数冊本を受け取って神官に手渡す。


「絵本を持ってきました。これは文章もとてもかんたんなので、文字をおぼえるきっかけになればと…」

「まあ、まあ。ありがとうございます。文字であれば私めが読めますので、読み聞かせができます」


 ルルにはもう読まない絵本をピックアップしてもらった。

 幼子に与える絵本のレベルは、どの階層の子どもも同じだろう。その紙の質が良いか、そうでないか。それと印刷技術の良さの違いぐらいしかない。

 ルルが考えて持ってきた絵本は主に物の名前を学ぶような、単純な単語と絵が並んでいるようなものだ。だが識字率が極端に低いここらのレベルにはちょうどよい。

 残りの数冊は、ルルの専属侍女が抱えていたのでそれも神官に見せた。神官は目を丸くし、それから嬉しそうに笑う。


「子どもたちは?」

「ええ、こちらになります。ただ、お嬢様にはショックを与えてしまうやも…」

「私からもフォローする予定であるし、事前にある程度説明はしてきたので大丈夫だ。ルル、いいね」

「はい!」


 それではこちらへ、と神官の先導に従って歩き出す。

 歩きながらさり気なく周囲を見渡せば、最低限の掃除はされているもののそれでもひどく汚れている。

 物陰に隠されていた掃除道具はもう古くなっており、ボロボロになっていた。それをなんとか修理しながら使っている状況のようだ。モップの毛先なんか、もうほつれて黒ずんでいる。

 鼻につく臭いもある。ルルの顔色が悪いのは、こういう臭いに慣れていないからだろう。


 孤児院の庭先に、子どもたちは集められていた。種族は主に獣人族と人族。もしかしたら、精霊族もいるかもしれないが、我が国は主に獣人と人しかいないから可能性は低そうだ。ちなみに竜人族はもっと可能性が低い。国内で見かけるのは旅行者や神官ぐらいなほどだ。

 皆身なりは小綺麗になっている。世話役の神官や神殿の努力の賜物だろう。それでも肌や髪の状態から栄養状態はあまりよろしくないだろうし、痩せぎすな子が多い。

 背丈の大きい子ほどその傾向が多いのは、小さい子に食料を分け与えているからか。

 衣服は繰り返し、繰り返し使われているからか修繕されているのがあちこち見て取れた。

 ルルはこの光景に、表情を強張らせた。それでも事前に俺やマルクスから繰り返し聞かされていたからか、すぐに表情を柔らかくする。


「皆さん、本日はゾンター伯爵様とその御息女であるルイーゼ様から食料等をご寄付いただきました。御礼を」


 ありがとうございます、と子どもたちの元気な声に思わず頬が緩む。

 ふ、とその中に黒髪黒目の子どもが…カールが、いるのが見えた。間違いない。記憶にあるゲームの登場人物である青年のカールを幼く、そして痩せたようにした感じだ。


「あの、今日は皆さんの分のお菓子を持ってきました。ぜひ食べてください」


 ルルの一声にわっと歓声が湧く。

 このレベルの孤児院で甘いものが食べられるのはこうやって貴族が寄付してくれるときぐらいだ。しかも、貴族によっては準備していない場合もある。

 砂糖は一般家庭に流通するほど価格が安いとはいえ、嗜好品だからな。

 普段の食事すら事欠くこともあるかもしれない経営状況では、難しいだろう。

 カールも、嬉しそうに周囲の子と話している。


 ―― 彼は血を見て歓喜するサイコパスじゃない。至って普通の男の子のように見えた。



 菓子も配り、食べ終わった後にルルは自分より幼い子に強請られて、早速持ってきた本を読み聞かせることになった。傍には専属侍女もいるし、大丈夫だろう。

 わんぱくな男の子たちは俺の護衛騎士のひとりを巻き込んで庭で遊んでいる。

 俺はそんな光景を微笑ましく眺め、それから神官に向き直った。


「他になにか困っていることなどはないだろうか。新参者ではあるが、なにか力になれると良いのだが」

「何から何までありがとうございます。十分いただいておりますので…」


 そう、神官は苦笑いを浮かべた。

 まあそう言わざるを得ないのだろう。そこは俺も理解できるので、同じような笑みを浮かべた。

 

 スラム近くのここは、子どもたちは保護できるが大人は保護できない。

 上層部で様々な施策を講じてはいるものの、なかなかスラムを解体できないほどには王都に広く、浅く食い込んでいる。

 あまり子どもたちばかり手厚くすると、スラムの大人たちから反感を買って被害にあう可能性がある。

 それを防ぐためには、ほどほどに寄付して、神殿からもほどほどにスラムの人々の手助けをしてもらう必要がある。だから俺は神殿に金を寄付したのだ。

 神殿は貴族の介入を受けない。神殿は神のもの、という意識が強いからだ。


 前世であれば神や仏は一生涯でも姿を見ることがほぼない存在だが、この世界では神々は実在する。

 約25年前に、ある国が海洋の女神セレンディアから見放されて滅んだのは記憶に新しい。なんでも、もともと女神セレンディアから数百年に渡って呪われていたとか。もうちょっとで呪いが解けるところで、当時の王がやらかしたそうだ。その内容は、まあ、割愛しよう。


 まあ、なので神殿からの施しであればスラムの住民は比較的素直に受け取る。

 貴族の影響を受けないと分かっているからな。

 道中、俺らを襲わなかったのも神殿に寄付をしにやってきたと分かったから。そうすれば、当面は飢えに苦しむことはないと分かっているから。


「娘が望めば、また来ても?」

「ええ、もちろん」


「お父さま!」


 向こうでみんなと一緒に遊んでいたルルが、パタパタとこちらにやってきた。

 その手は、カールの手が掴まれていて俺は瞬きする。カール自身は困惑している様子だった。


「どうした?ルル」

「この方のまほう、すごいの!」

「うん?」

「これを見てくださいませ!」


 ルルが反対の手で差し出したのは、小さな、小さな花だった。

 人差し指の腹に乗せても落ちないぐらいのサイズだが、こんな小さな花は見たことがない。雑草か?


 ……いやちょっと待てよ?

 これ、バラじゃね?

 いやいやこんな小さいバラはない。だが感触は本物っぽいし、慎重に匂いを嗅ぐとバラの香りが少しする…。


「これをこの方がまほうで作ってくださったの!元はふつうのバラだったのよ!」


 ルルが興奮気味に、カールの手を引っ張った。

 カールは困惑した様子ではあったが、恐る恐る俺を見上げてくる。


「これは君が?」

「あ、は、はい。庭の、あそこに生えている野バラです。おじょうさまがきれいだとおっしゃったので、ひとつだけですがおわたししようと思って…で、でも本当は、押し花にしやすいサイズにするはずだったのに、失敗しました」

「押し花にしやすいサイズにだった?」

「ゾンター様、カールは魔力が少しありまして、物を小さくする魔法が使えるのです」


 え。待ってそれ…。


 ルルに持っていた小さい花を渡す。

 それからくるりとカールに向き直った。よし、まずはちゃんと名前を聞こう。


「…君、名前は?」

「カール、です。家名はありません」

「よしカール。私の名前はヴォルフガング・ゾンターだ。ここら辺一体巻き込んで商売始めるぞ」

「え」

「ゾンター様!?」


 ギョッとした神官の悲鳴に、俺は満面の笑みを浮かべた。


「よく彼を保護してくれた!」

「しょ、商売とは…!」

「彼の魔法は素晴らしい。方法がなく諦めていた私の夢を実現できる力を持っている。だがしかし、そのためだけに彼を引き取るのはいらぬ軋轢を生むだろう。だから私はここら一体に住む皆と協力し、皆が働ける地盤を作ろうと思う」


 もともと、カールが暗殺者ギルドに所属していたのも困窮している孤児院や周辺の皆をどうにかしたい、と思ったから。暗殺者ギルドや情報ギルドはその仕事の難関さから高収入だが、危険も多いハイリスク・ハイリターンな仕事だ。

 なら、カールが心配していることを潰せばいい。

 カールが暗殺者ギルドに足を突っ込むようなことをなくせばいい。


 偽善者だなんだと言われるだろうが、俺の手が届く範囲なら俺はなんとでもやるさ。

 幸いにも、例の井戸ポンプの開発で金はあるからな。


「みんなのはたらける場所が、できるってことですか?」

「もちろん。恒久的に働けるようにしたいが、そのためにはこの辺りに住んでいる住人のスキルを把握する必要がある。もしかしたら、カールのように一見役に立たない魔法が使える人がいるかもしれない。そこから何か商売に繋がることを実現できるかもしれないからな」


 ははは、クリストフに叱られるな。まあいいか。

 もういくらかマルクスに業務の引き継ぎを始めている。少し余裕が出てるから、手を出しても問題ないだろう。


 何のことか分かっていないルルを抱き上げる。

 目を瞬かせたルルは、すぐに嬉しそうに笑った。


「ルル、よく彼を見つけてくれた!俺が考えていたペンダントが作れそうだ!」

「あのペンダント?うれしい!」


 カティの肖像画を小さく、ペンダントに格納する。

 前世で言うロケットペンダントは写真が主だったが、この世界には写真がまだない。

 カールの魔法で実現の見込みが立ったのは僥倖ぎょうこうだ。


 よし、まずはここらで商売するために地主や役所に話をつけなきゃならないな。

 忙しくなるぞ。


「カール、早速だが君に仕事を頼みたい」

「え」

「そのために今から我が家に来てくれないだろうか。もちろん、働きに応じて給金は出す。契約書も作って、神官に確認してもらおう」

「…お金が、もらえるんですか?」

「もちろんだ。君の力を利用させてもらうんだから、それ相応の対価を出すよ。それからここの神殿への寄付も定期的にしよう。万が一私の構想が成り立たなくても、将来有望な君を引き抜きたいと思うことは変わりないからね」


 カールの頬が染まる。

 それから、涙を浮かべながら「ありがとう、ございます…!」と笑った。


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