第3話 俺の魔眼


 あれから、早いもので2年が経った。

 ルルは6歳になり、淑女教育が始まっている。


 ルルが落ち着いた頃から、ルルには「お父様はマルクス叔父様のために公爵家を守っているだけだから、お父様は公爵じゃないんだよ」と噛み砕いて伝えていた甲斐もあって、自分が公爵令嬢ではなく伯爵令嬢であると自覚してくれている。

 家庭教師も伯爵の身として呼べる中で優秀な人材にお願いした。

 俺があくまで公爵代理であり、本来は伯爵であることは社交界では有名な話だからな。


 食事や一緒にお茶を飲む時間などで、ちょっとずつ教わった内容を実践しようとしている光景が微笑ましい。

 あ、今のカーテシーの様子いいな。初々しいって感じだから残しておきたい。あああ、カメラ、カメラが欲しい!

 よし、今夜早速キャンバスに下絵を描いて残そう。


「兄上は相変わらずルルにはデレデレですね」


 呆れたようにそう告げたのは、俺の弟であるマルクスだ。

 今日は弟も交えて、家族で茶を嗜んでいたところである。


「いいだろう、可愛いだろう」

「お父さま!」

「ええ、ルルは可愛いですが兄上のそのだらしない表情は止めていただきたいですね」

「身内だけだからいいじゃん〜〜」

「だめですよお父さま!今日は叔父さまはお客さまとしていらしてるのですから!」


 ぷんぷんと怒るその様子も可愛い。

 ああ、あと数年も経てばこんなやり取りしてくれなくなるのかな〜。辛い。


 呆れながらも俺らの様子を微笑まし気に見ていたマルクスが、不意に纏う雰囲気を変えた。

 俺も姿勢を正し、表情を引き締める。たいていこういうときのマルクスの話は真面目な話だ。

 …とはいってもまあ、内容はなんとなく察してるんだよな。ソーサーを持ち、カップを持ち上げて温かい紅茶を口にする。


「兄上にお願いがあります」

「当主交代についてなら却下だ」

「…っ、兄上!」


 やっぱな。

 軽くため息を吐きながら、マルクスを見やる。眉間に皺を寄せながらもその表情は真剣だ。


 実は、カティが病に倒れる前からずっとマルクスからは「兄上に公爵を継いで欲しい」と言われていた。もうマルクスは17歳になった。あと1年もすれば学院も卒業して、爵位を継承する。

 マルクスからしても、すでに実務を10年近くこなしている俺がこのまま当主として継いだ方が効率が良いだろうし、領民からしても現状維持できるならそうしたいだろう。

 だが領民はまだしも、マルクスなら知ってるだろうに。


「国にはレーマン公爵家として俺は廃嫡、成人したら親父が保有していたゾンター伯爵位を継ぐと申請があって既に17年前に承認されている。事実、俺はゾンター伯爵家当主のヴォルフガングとして貴族名鑑に記載されているだろう?」


 ルルの正式呼称はルイーゼ・ゾンター伯爵令嬢だ。

 俺はただの代理であるから、ルルが公爵令嬢になることはない。ルルがマルクスの養子になるならまた別な話だろうが、直系の血を引くマルクスがまだ結婚していないのだから養子を取るという手段は取れない。養子が取れるのは、既婚者限定という法律がある。


 あくまで俺は、嫡子たる弟が成人となる18歳まで、代理として公爵を勤め上げていただけ。


「何もすぐドーンと全部任せるわけじゃない。今年から2〜3年ぐらいかけて徐々に引き継ぐし、今後も補佐に入るしクリストフだっている」

「実務のことじゃない、道理のことを言ってるんだよ!」

「道理も何も、もう受理されてるから俺にはどうしようもないよ」


 それこそマルクスが公爵としての役割を果たせない、愚かな男であったら。ルルのためにと最高位の教育をと俺が望んだなら。ゲームのヴォルフガングのように法律の穴を突いてマルクスから公爵位を譲渡してもらっただろう。


 この国での後見人制度は、原則他家が後見人となる。

 だが例外として嫡子の兄姉の中に成人済みで、他家も認める優秀な人材がいる場合は兄姉が後見人となることができる。そして、嫡子が何らかの理由で当主としての資格がないと判断された場合、後見人であった兄姉が特例として、そのまま代理を請け負っていた家の当主を引き継ぐことができるのだ。

 長子継承を基本とするこの国で次子以降が嫡子とされているケースは、長子の性格や素質に問題があることが多い。嫡子よりはが傍系から選ぶよりは、といったパターンで、この特例が利用されるのだという。


 両親が亡くなった当時、俺はギリ成人していた。

 学院では実技魔法以外はトップ。国としても文句はない、ということで俺が代理として決まった。

 成長したマルクスはそれがおかしい、と憤っている。


「そもそも、兄上は後見人を務められるほど優秀じゃないか!」

「俺はザ・魔法が使えないからなぁ」


 貴族ともなれば、魔法を扱うことは必然と多くなる。俺が使えるのは魔眼だけだ。

 もちろん、公爵家として魔術師団を保有しているから普段は出ないので困らない。

 けれど魔物暴走現象アウトオブコントロールが発生しないよう、モンスターを大々的に間引くときは公爵代理として前線に立ち、力を振るわざるを得ない。


 何度かその機会があって前線に立ったが、異様なものを見る眼差しばかり向けられるから辟易としている。

 やおらメガネを外し、モンスターを見たと思ったら炎に包まれるモンスターたち。実際には目に集まった魔力が放出されて魔法が発動してる状態なんだが、わかりやすく目からビームみたいなのが出てるわけじゃないから傍から見ると突然発火なんだよな。

 だから領主何やってんの、みたいな雰囲気だからすごく嫌。

 まあ、それはゾンター伯爵領でも同じなんだけどさ。


 …それにもうひとつ、公爵家当主となるには無理な問題が俺にはある。

 公言はしていないが、マルクスも薄々気づいているだろうに。


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるマルクスにため息を吐きながら、紅茶を飲んだときだった。


「…まほうを使ってますって分かりやすくしないと、ダメなのかな」


 ルルは思わず呟いたんだと思う。

 マルクスにもその呟きが聞こえたようで、また何か言いかけたその口が閉じた。

 俺とマルクスが黙り込んで、じっと見ていることに気づいたんだろう。ハッとしたルルだったが「続けて?」と優しく言えば、視線を彷徨わせたあと、恐る恐る考えを口にした。


「お父さまの炎も、まほうなんでしょう?でも、まわりの人は、お父さまはまほうを使ってないっていうんでしょう?」

「そうだね、ルル。悔しいことに兄上の炎は魔法だと見做されていない」

「じゃあ、じゃあ、まほうを使ってます!っていうフリをするのはどうかしら!お話のまほう使いみたいに、ロッドを使うとか!」


 一生懸命俺のために考えてくれるとか最高の娘じゃんか。好き。


 しかし、フリ、フリねぇ。実際に魔力を込めてだけで発動するから、そんなの考えたこともなかったな。

 いやでもなんか今更動作つけるってのもなんか恥ずかしいなぁ。


「…傍から見れば無詠唱で魔法を発動できてるように見える。無詠唱の発動は高レベルな魔術師のみできるから…うん、良い考えだと思うよルル!」

「でしょう!」


 マルクスとルルが盛り上がってる。

 ちょっとそれは…とかすごく言い難い雰囲気になってる。ルルの目がキラキラしててますます言い出し辛い!


「いやぁ…別に…っていうか俺が魔眼持ちだって社交界には知られてるだろうよ」

「けれどどんな魔眼なのかまでは王族や王宮魔術師たち以外には知られていません。好機ですよ兄上!兄上を見下している奴らを見返すことができます!」

「俺は別にどうでもいいというか」

「ルルもカッコいいお父様の方が良いよね?」

「うん!」

「よしきた頑張る」


 チョロい言うな。

 ルルのためだったら俺は恥も外聞も捨てて何でもするってだけだ。

 …もしかしてゲームのヴォルフガングも、同じ気持ちだったのかな。なんて。


「見返せれば、公爵としていても」

「それは無理」



 ◇◇



 結論。

 指パッチンになりました。


 公爵邸にある魔法練習場でロッドやらペンやら色々持ってやってみたけど、うっかり持ち歩き忘れたときに発動したらごまかせないよねって話になって、俺の身一つでできる方法になった。

 そのとき、ふと前世の某錬金術漫画を思い出した。カッコいいよね、あの大佐の動きって思いながら試しに指パッチンでやって見せたらルルもマルクスも大ウケ。クリストフ、なんかお前も地味にはしゃいでない??


「わたし、お茶会でみんなに言うの!お父さまは指ですごい炎を起こせるのよって!」

「待ってルル。それは恥ずかしいから止めて」

「いえ、子どもたちから話を広めてもらうのはアリです。むしろ子どもだからこそ喜々として親兄弟に広めるでしょう。兄上のルックスも存分に使うべきです!」

「待ってマルクス。俺そんな立派なもんじゃ」

「いえ、旦那様は奥様しかご興味がなかったためご存知ありませんでしたが、数々のご令嬢たちから秋波を送られていましたよ」

「クリストフ!?」


 みんな暴走してるんだけど。

 誰か助けて。


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