第2話 俺のことについて


 ルルを部屋に戻して、仕事のために執務室に戻った。

 椅子に座って一息つくと、すっとコーヒーとメガネを差し出された。

 視線を上げれば、やっぱりクリストフだった。


「お嬢様をご案内されたのですね」

「もっと早く連れていけば良かったな。喜んでいた」

「…坊っちゃんも少しは心の整理がついたようで、ようございました」

「坊っちゃん言うな」

「失礼いたしました、旦那様」


 クリストフの柔らかな笑みに、俺も心配をかけていたのだなと悟る。そうだな。カティが死んでからまだ喪も明けていない。


 メガネの縁をなぞる。


 俺のメガネは視力矯正のほかちょっと特殊な仕様が入っている。

 俺の目は所謂と呼ばれる類のものだ。能力はなんと聞いて驚け、だ。

 視るものすべてを燃やし尽くす炎の魔法。


 この能力は設定資料集にもあり、ヴォルフガングがもともと持っていた能力だ。いや、魔力といった方がいいか。

 ヴォルフガングは魔法が使

 魔力は有り余るほどあるが、普通に魔法として使おうとするとなぜか霧散してしまうのだ。


 学院生時代は絶望したなぁ。

 だって魔法実技が実質0点なんだもんよ。


 この世界には6大属性が存在する。よくある火、水、土、風、光、闇だ。

 創世神エレヴェドを筆頭に六大神と呼ばれる神々も存在し、さらに自然事象に関する神々がいる。

 自然事象に関する神々についてはゲームでは登場しなかったが、設定資料集には「いる」とだけあったのを覚えている。

 自然事象の神々の中で最も有名なのは雷神ライゼルドだろう。現在2代目であり、初代ライゼルドは人の娘に恋して夫婦になったという。奥方は子を産めない体だったが孤児を3人、引き取った。その3人のうちひとりは静かに暮らしたいという理由で公表されていない。

 残りふたりのうちひとりが現在の2代目。もうひとり、有名な養子がいるがそれは今とは関係ないため割愛しよう。


 話は逸れたが、10歳の真名授与の儀のときに一緒に神殿に設置してある鑑定の魔道具で魔力があることは分かった。

 幼年期は魔法が使えずとも10歳前後には開花する者もいる。だが俺は前述したとおり、魔法が使えない。神官に確認してもらったところ、生来の体質であると診断されてしまった。

 もともと欠陥があって、更に魔法も使えないと分かった親父とお袋はとうとう俺を見限って励んだよ。その結果、12歳下の弟マルクスが生まれた。


 …けど、なんで俺が公爵をやってるのかって?

 俺が成人した直後の18歳、マルクスが6歳のときに事故で死んだからだよ、両親が。


 弟が生まれてすぐ俺は嫡子ではない、親父が持っていた伯爵を引き継ぐと国に届けられていたものの、未成年のマルクスに家を継がせるわけにはいかないから、後見人制度で一時的に俺が公爵となっている。

 マルクスが18歳になり、そしてこの国の最高学府であるクレーゲル学院を卒業できればマルクスに引き継ぐことができる。

 つい先日、マルクスが15歳の誕生日を迎えたからあと3年といったところか。


 そうそう。物語上、ルルが公爵令嬢になっているのは設定資料集では俺が正式に公爵を引き継いだからだった。

 法律の穴を突いてマルクスが爵位継承を辞退するよう交渉した…らしい。まあ、現実のマルクスも公爵位の継承は乗り気じゃないからなぁ。事あるごとに「兄上が公爵でいいでしょう!?」と言われてるし。


 頑張れマルクス。

 10年近く公爵やってるけど、内政はともかく公爵としての社交はむーりーってなってるから何が何でも継承してもらうぜ。


「しかし、旦那様もだいぶ制御が上手になられましたな」

「一定の怒りを感じると誤爆しそうになるから、これがないときはヒヤヒヤしてるよ」


 メガネをかけ直しながら苦笑いを浮かべる。

 俺に魔眼がある、というのは転生していることに気づいてからは分かっていた。

 前述したとおり、設定資料集に載ってたからな。使い方が分からなかったから試行錯誤していたものの、予想外のところで分かった。


 まだメガネがなかった学院生時代に、カティに対して嫌がらせが起きたことがあった。

 まあ俺が公爵子息のくせに魔法がまともに使えないというのもあって、俺自身にも多少なりとも嫌がらせはあったんだよ。親父に言ったって「事実だろう」と取り合ってくれなかったから基本スルーしてたんだけど、カティがそれに巻き込まれた。

 俺は別にいい。けど、カティは関係ないだろう。

 そう思った瞬間、頭が沸騰した。それが怒りだと理解したのは後々。

 その沸騰した感覚が俺が魔法を行使した際の感覚らしく、傍から見れば俺のオレンジの瞳が真っ赤に染まって、嫌がらせをした令嬢令息に思わず指を指したとき彼らの周囲が突然炎に包まれた。


 その後王宮魔術師の鑑定により、俺は魔眼持ちであることが正式に判明。

 メガネはそのとき鑑定してくれた王宮魔術師からもらったものだ。

 このメガネには、万が一俺が魔眼で魔法を発動しようとしても魔力を遮断してくれる、いわばストッパーが仕込まれてる。

 魔力制御ができるようになってからは、このメガネはある意味スイッチのような役割を担っていた。


 魔法を発動するときと、そうでないときの。


「…お嬢様ならきっと、屋敷中の皆に謝罪してまわるでしょう」

「うん。そのためにジュースを用意しててもらえる?きっと喉がカラカラになってると思うんだ」

「承知いたしました。では、それまでは仕事に取り掛かってください」

「はいはい」

「坊ちゃま、『はい』は1回です」

「はい」



 ◇◇



 その後、ルルはきちんと屋敷で働く者たちに謝罪して周ったらしい。

 泣いて疲れていただろうに。俺との約束を守って、最後に俺の執務室に来たときには目がしょぼしょぼしていた。


「おとうさま」

「ルル、おかえり」

「るる、ちゃんと…あやまってきました」

「うん」


 両手を広げれば、ルルが俺に駆け寄って抱きついてくる。

 これはカティが亡くなってからはやらなかった行動だ。毎回拒否されてたしな。


「偉いな、ルル」

「るる、これからたくさんべんきょうします。おとうさまの、おてつだいしたいです」

「ありがとう。俺もね、ルルにたくさん教えたいことがあるんだ。でもまずは、ジュースを飲んでからにしようか」


 ぱ、とルルの表情が明るくなった。

 かわいい。



 たぶんさ。

 ゲームのヴォルフガングが公爵位をマルクスから引き継いだのは、現実同様ゲームのマルクスが継承に乗り気じゃないってのもあったけど、ルルを愛してたからだと思うんだよ。

 公爵位はその地位の高さもあって、与えられる教養も物も一級品だ。

 亡き妻との間に残った、たったひとりの愛娘を幸せにするにはより良い結婚相手も考えなきゃいけない。ルルは幼いながらも聡明な子だ。高度な教育にもついていけると思う。

 だからルルは公爵令嬢でいるのが一番だったという結論に至ったんだろう。俺もそう思う。


 でも、俺はルルを悪役令嬢になんてしたくない。

 王族を除いた高位の令嬢にかかる負担は大きい。王妃にもなり得る女性は社交界の華とならなければ引きずり落とされる。

 俺はルルは不幸せにしたくない。少しでもルルがあの断罪の場で崩れ落ちる未来なんて引き寄せたくない。

 ルルが、ルル本人が「王太子妃に」と望めば伯爵として全力でサポートしよう。でも、今はまだ幼い子どもだ。判断を任せるのは、真名授与の儀の後で良い。



 なあ、カティ。

 俺はルルのポテンシャルを信じてる。

 けれど年齢を言い訳に彼女の選択を伸ばす臆病な俺を許してくれ。



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