第一章

第1話 どうも、悪役令嬢の父親です

 どうも、転生者のヴォルフガング・マレウス・ゾンターです。レーマン公爵家の当主代理をやってます。

 そう、転生しちゃったんだよ。



 悪役令嬢ルイーゼ・レーマン公爵令嬢の父親に。



 前世、蒼乙女あおおとめ幻想曲ファンタジア、通称蒼ファンと呼ばれた乙女ゲームがあった。

 俺は結構雑食系なゲーマーで、エログロ純愛変態なんでもござれだった中でハマっていたシリーズのひとつだった。

 前作紅乙女べにおとめ幻想曲ファンタジア、通称紅ファンと同じ世界観を持つ続編で、前作とは時間も国も異なる。舞台は前作から約100年後の、とある大陸にある国の中での話だった。

 内容としては、従来の魔法システム・魔物暴走現象アウトオブコントロールイベントを踏襲しつつ、新システムである「聖女」があった。前作であった精霊の愛し子システムとは全くの別物だ。


 前作では精霊の愛し子であった女主人公が、精霊の協力を得つつ授業でパラメーターを上げながら攻略対象者たちと交流して愛を育み、ラストで発生する大規模な魔物暴走現象アウトオブコントロールを迎え撃つストーリーだった。

 ところが、今作は学園モノではない。聖女と呼ばれる令嬢が国内を巡礼しつつ修行を重ね、攻略対象者たちと交流を深めながら魔物暴走現象アウトオブコントロールを発生させないようにしていくというストーリーになっている。

 もちろん、ひとつでも魔物暴走現象アウトオブコントロールが発生すればバッドエンドゲームオーバー


 我が国ベルナールト王国は、聖女・聖人と呼ばれる貴族令嬢・子息が街々に結界を張っていくことになっている。なぜ貴族令嬢・子息限定なのかというと、この国では魔力が高いのが貴族ぐらいしかいないからだ。

 アーデル・フェアプリヒテ ―― 日本語や英仏圏ではノブレス・オブリージュと言った方が分かりやすいか。なんでこの国はドイツ語が多いんだ ―― が貴族には課せられている。力ある者は国民、領民を護る必要があるのだ。

 もちろん、中には貴族の落胤などで庶民の中でも高い魔力を持つ者が出ることがある。この場合はまずは国が保護し、所定の手続きでどこかの貴族の養子になることが我が国の法で定められている。


 主人公であるベッカー伯爵家令嬢、デフォルト名モニカは元庶民。

 前作は生粋の伯爵令嬢だったが、彼女は今作の引き取られた子息令嬢のヒーロー・ヒロインよろしくよくあるな一面がある。

 そうして、周囲を籠絡して俺の娘を不幸のどん底に叩きつけるのだ。


 そう、俺の娘ルイーゼを。

 可愛い可愛い、愛しい妻の忘れ形見を。



 ゲーム本編では語られなかったが、設定資料集で悪役令嬢の母親は早逝したとあった。

 それはこの世界でも同様で、俺の妻であるカサンドラも、数ヶ月前に流行り病で亡くなった。娘はまだ4歳。淑女教育が始まっているとはいえ、まだまだ母親に甘えたい年頃だ。


「おとーさまいや!!みんないや!!おかーさま、おかーさまぁ!!」


 わんわんと泣きわめくルイーゼ ―― ルルから拒否される俺。

 抱きしめようにも、嫌々されてしまいにはひっぱたかれるほどだった。

 それが連日続き、俺との会話も拒否されっぱなしだと俺だってしんどい。


 ここで大人な対応をするのであれば、そっと距離を取るんだろう。実際、ゲーム上のヴォルフガングもそうだった。

 俺の頼れる、親父の代から仕えてくれる執事のクリストフも「しばらくお嬢様とは距離を置かれた方がお互いのためかと」と助言をもらっている。


 ゲームと同じじゃダメだと無理に接触してもルルの態度が変わる可能性は低い。むしろ悪化する可能性が高い。だから俺はルルの心が落ち着くまで、ルルと当たり障りのない関係を築くのが良い。


  ―― と、転生脳なら考えるだろう。

 だが残念ながら性格まではゲームのヴォルフガングとは一致していない。


「っ、お、おとうさま…?」


 侍女やメイドたちにも八つ当たりしていたルルを諭そうと、膝をついて目線を合わせて話していた。それでも暴れていたルルの手がメガネに当たり、ぼとりと落ちたときに目を丸くした。ひょうしにぽろりと涙が溢れたが、本人は気づいていないようだった。

 実はと言うと、俺はそれどころじゃない。ボロボロと自分の目から溢れる涙が止まらない。


 カサンドラが、カティがいなくなってしまったのが辛いのは俺だって同じだ。


 カティは、ゲーム関係なく俺が恋した、愛した大事な人だった。

 元は政略による婚約だったが、接しているうちに好きになったんだ。


 フルネームの真ん中、前世で言えばミドルネームの位置にある真名は、神から与えられるおいそれと他人に明かさない名前だ。それは、10歳になったときに創世神から神官経由で与えられる。

 その真名授与の儀を受けて唐突に転生してることを理解した俺は、悪役公爵になるのか!?と怯えた。そのときにちょっとした事情で親に見限られたときにもカティは俺に寄り添ってくれたし、なんなら俺の荒唐無稽な転生話も(表面上かもしれないが)信じてくれた。

 ゲームのヴォルフガングと違って常に冷静沈着The貴族でもないしカッコよくもない、失敗も普通にする俺にカティは「あなたが好きよ」と根気強く伝えてくれた。

 死の間際まで、俺を愛してる、と伝えてくれた彼女。


「カティ…」


 俺は君と一緒なら、世界でも生きていけると思ったんだ。



 ―― ふと、頭を撫でられた。


 いつの間にか落ちていた視線を上げれば、ルルが俺の頭を撫でていた。

 俺の視線に気づいたルルがそっと手を引っ込めて、ぎゅうと服を握りしめる。


「…ルル?」

「…ごめん、なさい。おとうさま」

「…何に対してのごめんなさいかな?」

「ルル、おとうさまは、おかあさまがいなくなったこと、なんともおもってないんだとおもってたの。おわかれのとき、おとうさま泣かなかったから」


 カティの葬式のときは、公爵としての体裁を整える必要があった。

 これが前世の世界だったり、俺自身が低位貴族、もしくはただの平民であれば泣き叫んで亡骸に縋り付いていたと思う。

 けれど俺は代理とはいえ公爵だ。弔問客の中には公爵家を引きずり落とそうと企む派閥の輩がいたのも気づいていたから、俺は公爵として振る舞う必要があった。

 …それが子どもの目から見れば、母を亡くしても涙ひとつ見せない鬼に見えたのか。


「お別れの日は、いろんなお客さんが来ただろう?あの中には、悪い人もいたんだ」

「そうなの?」

「そう。そういう人が悪さしないように、お父様は何でもない振りをするしかなかったんだよ。…そうだルル、おいで」


 言葉で説明を尽くしても分からないだろう。

 それなら、例の部屋に連れていけばすぐに分かってくれるはずだ。

 俺がどれだけ、カティを愛していたか。


 ルルを抱き上げて、例の部屋に連れていく。

 クリストフは俺が向かっている先を察すると、ルルの専属侍女には待機するように伝えている声が聞こえた。



 当主の私室と夫人の私室の間に、主寝室がある。もちろん、私室側にもシングルベッド(ぶっちゃけセミダブルぐらいありそう)がある。

 カティが死んでしまってからは主寝室は使わなかった。

 そもそもカティとの思い出が詰まったこの部屋を使えなかった、というのもある。


 その代わり。


「わぁ…っ」


 カティの思い出を、家族の思い出を目一杯詰め込んだ部屋にした。

 そこかしこにカティの若い頃の肖像画、結婚した頃、生まれたばかりのルルを抱きしめる母娘の肖像画。

 それから俺がカティに贈ったドレス、装飾品。そういったものをまるで美術館かのように、所狭しと並べている。


 ルルを腕から下ろす。

 ルルは目を輝かせて、馴染みがあるだろう、病にかかる前の元気な頃の様子を描いた肖像画の前に立って、食い入るように見つめていた。


「おかあさまが、いっぱい…!」

「もっと早く教えれば良かったな。ちょっと、恥ずかしくて教えられなかったんだ」

「はずかしい?」

「…全部、俺が描いた絵なんだよ」

「おとうさまが?」


 一番古い肖像画を手に取る。

 女性と思われるその絵は、カティにはじめてモデルを頼んだときのものだ。

 …ひどいもんだ。線はガタガタだし、色塗りは雑だし、そもそもカティの顔じゃねぇ。

 それでもここにあるのは、廃棄しようとした俺の手を止めて「私にちょうだい。あなたが初めて描いてくれた私だもの。これも私だわ」と言ってくれたから。


 前世から、俺は絵が好きだった。

 もちろん前世も今の腕前もプロには及ばない。まあ、暇さえあれば繰り返し描いてたからか、ちょっと上手いなぐらい。

 写真や映像を撮る魔道具はある。あるにはあるが、高価なもんでそうそう気軽に使えない。

 我が家では普通に買える値段ではあるが、繰り返し使えないし魔道具ごと保存するしかないから嵩張るという問題点もあった。


 親から早々に見切りをつけられていた俺は、勉強と絵に逃げた。

 そのせいで視力が多少悪くなったが、まあ裸眼でもそれなりに見える。


「ブローチやネックレスは、ルルがちゃんと先生の言う事を聞いて『もう淑女になりました』と合格がもらえたら譲ろう。ルル、お父様が描いた絵でよければどれかひとつ部屋に持っていっていい。それとも、小さいものを描こうか?」

「小さいもの?」

「ここにあるのは大きいものばかりだから。小さいキャンバスに描いたものであれば、ルルも持ち歩けるだろう?ああ、ロケットペンダントもいいな」


 名案かもしれない。俺も欲しい。いや、俺の場合はカティとルルの肖像画だな。

 だがロケットペンダントサイズの絵は描いたことがない…小さくする…圧縮する?魔法はないものか。


「……おとうさま」

「うん?」

「どうして、おとうさまといっしょのがないの?」

「描いてるのがお父様だからなぁ」

「ルル、おとうさまとおかあさまがならんでるのがいい…」


 ぎゅ、とワンピースを握ったルル。

 そんなルルを抱き上げて、俺は笑った。


「お父様は自画像が下手だぞ、文句は言わないでくれよ」

「…うん!」

「ルル」

「ん?」

「お父様以外にも謝る相手がいるのは分かってるかい?」

「…はい」

「終わったらお父様のお仕事の部屋においで。待ってるよ」

「はい」


 子どもとはいえ、全力で暴れられればそれは怪我をする。

 痣になっている侍女やメイドもいるだろう。特別手当は出しているが、ルルがきちんと反省して謝罪を口にすればわだかまりも少なくなるだろう。


 仕える家族だからと我慢させる家もたしかにある。むしろ俺の家の教育方針が奇特だろう。

 日本人だった頃の人格で育っちまったからなぁ。人との関わりが多いから心労が大きい。俺ん家は核家族だったんだよ。人の目あり過ぎじゃね?この世界。

 まあ何にせよ、ギスギスした家より過ごしやすい家の方がいいじゃないか。


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